幽冥の月に見初められし者_005
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「ひとまずは一段落か」
部屋を出て行ったみことの背中を見つめながら、ポツリと黄泉月が呟いた。
「それで、どうじゃった? みことのことは、何か判ったか」
「……話だけは先代から訊いてはいた。だが、みことのアレは最早〝呪い〟だぞ……」
話に訊いていたような、生易しいものではない。
こうしているのが不思議なくらい、みことの内面には暗い影が潜み蠢いている。
(自分にできるのか?)
言葉にしないまま、自問自答する。
否、できないままにするのではない。
しなければならない。
それも、みことに伝えてはいない『役目』の一つだ。
「…………」
記憶の蓋を開く度、いつも眼にするのは先代とその番の姿――。
自分と同じ深い夜色の瞳。思い浮かぶその表情はとても柔らかで心根の優しい人だった。
そしてその番であった奥方様も、いつも先代の傍に寄り添っては〝方術〟による補助を行っていた。
二人は、相思相愛だった。
馴れ初めや艶めいた言葉を積極的に話す機会を見ることはなかった。
だが、先代が言わずとも番である奥方のほうから、よく話しかけているのは耳にしていた。
『――様、今日は屋敷の外の方から牡丹を頂きましたよ』
『もうすぐ月が満ちますね。――様も、ご無理をなさいませんよう』
口を開けば、先代の身ばかり案じていたように思う。
一方で、奥方様自身の話はあまり耳にしたことはなかった。
――まだ『役目』を継ぐ時よりも随分前のある日のことだ。
初めて……『幽冥の月に見初められた者』の存在を耳にした。
それは、幽世の澱みも薄れ幾何かの平穏が続いていた頃、満月の下で先代と奥方様と一緒に月見酒をしていた時、
『貴方もいつか出逢うことになるでしょう』
紅色の盃を片手に、先代はゆっくりと口を開く。
そして、言葉を紡いだ。
この世には、生を受けた瞬間から〝死〟に祝福された存在がいる、と。
ソレは常に、不幸と共に在る。
ソレは常に、死と隣り合わせの宿命を背負っている。
『だから……もしそんな相手に出逢った時は、どうか力になってあげてください』
それだけの強さと優しさを貴方は持ち合わせているから、と先代は柔和な笑みを浮かべながらその言葉を口にした。
その言葉の真意が、分からなかった。
そう――みことと出逢うその時までは……。
みことの魂が身体から剥がれ落ちた瞬間――垣間見えたのだ。
これまで受けてきた、不幸の余韻を。
これから受けるであろう、因果の先を。
幽世へ誘おうとするために張り巡らされた悪辣な死の罠を。
〝幽冥の月に見初められた者〟の運命だと決定づける数々の不幸。
それは、なにもみこと自身だけにいえることではない。
みことに関わる者すべてが、巻き込まれる。
本人の意思に関係なく、みこと自身が不幸を振りまき生きていく存在として疎まれ続けるのだ。
「そんなこと……在ってはならない」
数々の不幸を享受したのなら、相応の見返りが在っても良いはずだ。
特に、不幸を払拭しようと努力をしてきた者であるなら、尚更――。
(だが、みことは今〝幽世〟にいる……)
現世で事故に遭った後、そのまま放置していればどうなっていたかなど考えたくもない。
けれど、幽世に誘うことしかできなかった結果が怨めしい。
「今までみことが受けてきた傷は……簡単に癒えるものではないだろう。だが、それでも……その傷ごと、みことの全てを受け止めたい」
「ならば、どうする? 〝護人〟よ」
「決まっている。――〝幽冥の月〟の因果を断ち切り、還すまでだ」




