幽世の護人_020
それは、どこか非現実な世界だった。
目の前にいるのは、私には不釣り合いな美しさを持つ異性。
(そんな人が、どうして……)
思いがけない出会い。
それが運命だというのなら、神様は意地悪だ。
私でなくとも、もっと釣り合う女性が他にいるだろう。
そんな悲観的な考えをグルグルと頭の中で巡らせていたその時だった。
冥一郎さんが、私の長い髪を梳くように指を通した。
優しい手つきの筈なのに、その触れる感覚に思わずゾクリとしてしまう。
「ん……」
微かな声が、無自覚に零れ落ちる。
冥一郎さんの手がまるで何かを探るように――少しだけ優しく動く。
そんな感覚に翻弄されながらも、不意に首筋に微かな痛みが走った。
何度か触れるだけの優しい口付け。そして着物の帯が緩められる衣擦れの音が静かに室内に溶けてゆく。
「冥一郎、さん……」
「ゆっくり、呼吸をしろ……」
呼吸が忙しなくなっていく。そしてまるでお酒を呑んだ時のような、クラクラとした感覚に翻弄される。冥一郎さんの指が身体の筋をなぞる度、たったそれだけなのにゾクリとした快感が身体の奥から湧き上がる。
「大丈夫か?」
たった一言。
気遣う言葉が嬉しくて、恥ずかしい。
冥一郎さんの肩口に顔を寄せ、腰が砕けてしまわぬよう、掴まりながらも小さく答えた。
「少しだけ、痺れるような感じが……します」
「痛みは?」
「大丈夫、です」
吐息混じりに頷くのが、精一杯だった。
(私の、ため……。本当に?)
そんな甘言を信じていいのだろうか、と。
私の中に潜む人間不信な人格がゆっくりと鎌首をもたげていく。
『幽冥の月に見初められた存在』
『禍津者』
『魂魄と番』
『幽世の護人』
様々な事情が複雑に絡み合っているのだと意識の端で考えながら、ゆっくりと私は冥一郎さんの腕の中に落ちていった。




