幽世の護人_016
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着物の用意を頼まれ、部屋の隅に置かれた着物箪笥の前で、私は微かに唸っていた。
(私の好み……か)
それこそ、不知火さん達のように着物の知識もない。
上から順番に取っていったとしても、冥一郎さんの好みじゃない物だったらと思うと、不安になる。それでもモタモタしてはいられない
(魂魄としての今の状況でも、風邪を引くかなんて判らないけど。よし……)
意を決して着物箪笥を開けると、そこから藍色とは少し違う、紫色と青色の中間のような着物を手にしてゆく。
(綺麗な色の着物ばかり……。私が着せて貰ったものとはまた違う良さがあるなぁ)
つい、そんなことを思いながら見惚れそうになるのを我慢し、次々と着付け道具を手にしては着物箪笥を閉め振り返ったその時だった。
トン……、
不意に、冥一郎さんの大きな掌が、顔の傍に触れた。
お待たせしました、という言葉を言い切ることができないまま、目の前には夜色の瞳を宿した男性が一人、立っていた。
「ずっと、捜していたんだ」
静かに紡ぎ出される言葉。
その真意は、私にはまだ分からない。……にも関わらずまるでずっとその時を待っていたお姫様のような錯覚を覚える。
「〝幽冥の月〟に見初められた人物を見つけたら……求婚しようと決めていた」
「求、婚……?」
どこか他人事のように、その言葉を鸚鵡返しに呟く。
あまりにも自分に不釣り合いな言葉。
なのに、心の奥底に抱くこの気持ちはなんだろう。
戸惑いと、嬉しさ。
不安と、焦燥。
疑心と、恐怖。
どの感情も当てはまりそうで、当てはまらない。
そんな最中でも、冥一郎さんとの距離はゆっくりと縮まる。
「……っ」
濡れて冷えた冷たい掌がそっと肩に置かれると、そのまま優しく抱き締められた。
抱き上げられた時とは違う。まるで壊れ物を扱うような抱擁に、緊張感が全身から伝わってくる。




