幽世の護人_015
「……冥一郎さん」
ふと、名前を呼ばれ我に返る。
腕には、まだ『番』を持たない魂魄が一人。
そしてその魂魄は――なにより『幽冥の月』に見初められるほどの価値がある。
どう扱うかは、自分次第なのだ――。
「……急に、連れてきてすまなかったな」
「いいえ。それより、着替えて、くださいっ。風邪をひいてしまいます。それに……」
「うん? どうした……」
「は、恥ずかしい、ので……」
「…………」
それは見るのが恥ずかしいくらいの身体ということだろうか。
どう解釈すればいいのか、と頭の中で噛み砕きながらも一先ずは言うとおりにしようと、みことを降ろした。そして、ツイと部屋の片隅にある着物箪笥を指さす。
「着物を選んでくれないか? なんでもいい。みことの好みが知りたい」
「ひぇ……? わ、私が……?」
「嗚呼。どんな物を選んでくれるか楽しみだ」
そう言うとみことに背を向け、手拭いを使い髪や上半身の水気を拭う。
このままにしておけば、みことの言う通り、風邪をひいてしまいそうだ。
「それとも風邪をひいたほうが、みことにとって都合がいいか?」
「都合とか、そんな話じゃないです。……ただ、普通に心配します」
「心配か。そうか……フフッ」
どうやら怒っているのだろう。声に少しだけ棘がある。
本当はもう少しばかり会話を楽しみたい気持ちもあるが、あまり長くこの状態でいるのは良くない。落としきったとはいえ、穢れは水にすら溶け込む。早めに替えるに超したことはない。
「すまないが、着物の用意を頼みたい。まだ髪が濡れていてな、そのまま触るわけにはいかないんだ。箪笥の上段から、順番に手に取っていけばいい」
「はっ、はい。えぇっと、これとこれと……これも、かな?」
後ろでは、わたわたと慌てふためく声が時折聞こえてくるが、敢えて気にしないことにする。
「…………」
ワシワシと髪の水気を拭いながら、一息吐く。
成り行きとはいえ、連れてきてしまったことに罪悪感がないこともない。
だが〝役目〟をこなす以上、みことと会う時間も限られてくるだろう。
そんな中、あまりにも無防備なその姿を、屋敷の中だけに閉じ込めておくのも憚られる。
だから早く――……。
(〝契り〟を交わさなければならない。なにより、みことの身の安全のためにも……)




