幽世の護人_007
ある山の麓に拡がる樹海。
そこは、現世でも自殺の名所として有名な場所だった。
鬱蒼とした木々に覆われた樹の海原は、昼間であっても常に薄暗く空気は湿っていた。
樹海の入口。そこに辿り着くためには、決められた道を通る必要がある。
けれどその道行く先々には、必ずといっていいほど目につく物が設置されていた。
「……。また同じ看板」
一つの看板の前に立ち止まると、その文言を呟く。
「思い留まりましょう、か……」
命の尊さを説き、自殺を防止するためなのだろう。
より目に付きやすいよう看板という形で、設置がされている。
だが残念ながら効果的かと言えばそうではないらしい。
何故なら森の至る所には、死の残り香が色濃く漂っている。
自殺を行使するために用いたと思われる道具の数々。
土や枯れ草の上に混じった、もとは人間であったであろうモノの残影。
人の身では解らぬであろう死の形。
錆びた鉄。
湿った土と草木。
腐敗した骨肉。
澱んだ水。
様々な残り香が、森の中には渦巻き、そして抜け出せぬ死の螺旋の中で藻掻いている。
――山上他界。
古来より死んだ魂は山々に向かい、他界……つまりは〝幽世〟に通じられた場所に行くと信じられてきた。山を神聖視し、現世の人間がそう説くのも無理はない。
山も、海も――広大な自然物には確かに宿るモノはある。
人が神だと崇め奉るモノも。
人が悪霊や妖怪だと蔑むモノも。
だが、そんなモノに大きな差異はない。
善性も悪性も、結局のところ人の身の上での価値観で線引かれているだけで、そこに宿ったモノらにとっては微塵も関係のないことなのだから。
「ひぃ、ふぅ、みぃ……やはり簡単に連れて行けるものでもないか」
一つの入口から樹海の奥に進むに連れ、闇がいっそう色濃くなっていく。
風のさざめき、影の揺らめき。
そしてそれに混じって身体に纏わり付いてくる魂魄に瞳を細めた。
「お前たちの居場所は、此処ではない。……それは充分理解しているだろう」
幽世にも行けず、現世に留まることしかできなくなった残り滓。
そういったモノに逃げ場はない。
意味も理由もなく積もり、留まる。
その様は、粉雪が降り積もりやがて古家や木々を押し潰すのと似ている。




