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幽世の護人_003

「威厳……か」

 フッと私は今までの自分自身を思い出す。

 気づいた時には大人としての枠組みに押し込まれ、仕事に追われ、目まぐるしい人間関係に翻弄されてばかりいた。

 失敗と後悔。不幸と不信。そして――自棄。

(嗚呼……もう、本当に私という人間は碌でもない……)

 思い返すだけでも、眩暈がしてくる。

 人の言葉、人の視線、人の感情――その数々に翻弄され、そこに自分というモノは何一つとして存在していなかった。自分の人生である筈なのに、その全てを自ら放棄し生殺与奪の権利を他人に握られているのだと錯覚してしまっていた。

(本当に……私は、馬鹿だ)

 認めよう。そして――受け入れよう。

 死にたくなるような不幸と後悔。

 その全てが在ったから、今の自分自身が在る。

 その全てが在ったから、これからの自分自身が在る。

 もう、そんなことにはさせないと自分自身に誓うことができる。

(以前の私なら、きっとそんなこと思いもしなかっただろうな……)

 そう思えるのはきっと『現世』ではなく、この『幽世』という世界だから。

 人間関係という名の全ての(しがらみ)をかなぐり捨て。

 魂魄(うつわ)という形で新しい〝存在〟に生まれ直った。

 だからきっと、こんなにも積極的になれるのだろう。

「もっと、教えてください。この幽世のことや……貴方達のことを」

 後ろを向くのは止めだ。

 今はただ前だけを見ていたい。

「ふぅむ。みことは勉強熱心だのう。感心感心」

 そんな私の言葉を真っ直ぐに受け止めて、黄泉月は顎に指を添え何やら考える仕草をする。

「色々と教えてやりたいのは山々じゃがな。みことの魂魄(うつわ)にはまだ脆さがある。きちんとした〝感覚〟を取り戻すまではこの屋敷で魂魄(うつわ)を休めるのが先決じゃ」

 やりたいこと。行きたいところ。できないこと。そして――できること。

 その〝感覚〟を取り戻していけばいい、と黄泉月は口にする。

「あまり急ぎすぎては事をし損じる。それはみことも本意ではあるまい?」

「はい……」

「冥一郎はおらぬが、他の者達に世話をやくよう言うておいた。今日はその者らと交流を深めてみるのがいいじゃろう」

 そう言うと、黄泉月は不意に柏手でも打つかのように、パンパンと手を打ち鳴らす。

『参りました。黄泉月様』

「うむ。入るがよい」

『失礼致します』

 重なった異なる音。同時に紡がれたその声は、とても綺麗な旋律だった。

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