夜を纏う男はかく語る_019
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「〝メ〟ってなんですか……?」
チラリとみことの顔を一瞥する。
不安と覚悟の入り交じった、真剣な眼差し。
どれだけの情報を耳にしているのだろう。
黄泉月や胡蝶達のことだ。そう多く話す時間はなかっただろう。
「この幽世には……いくつかの規律が存在している」
まだ話すべき内容ではないのかも知れない。
だが、先延ばしにしたところで黄泉月の言うように結果が変わるわけではないだろう。
「存在する規律。その一つが――〝メ〟だ」
(仕方あるまい……)
内心言葉を選び取りながら、ゆっくりと言葉を紡ぎ出す。
「〝メ〟は……この幽世において彷徨っている魂魄達の総称だ」
「あ……」
わずかに、みことの表情が変化する。
「……もしかして胡蝶さん達も以前は?」
合点もいくだろう。
みことの問いかけに、頷いた。
「普通の魂魄は、ただ幽世に彷徨っているだけではその身体を保たすことはできない。それどころか、幽世の穢れた気によって潰えてしまうのが大半だ」
「穢れた気……? それって……」
「幽世は、なにも此処のように清い場所ばかりではない。不浄の地や気の溜まり場もある」
胡蝶達から多少話しを聞かされたのだろう。
胡蝶、水木、鉄線、芙蓉――みことへの着付けを頼んだ者達も、幽世で彷徨い潰えかけていた魂魄だった。だがそれも今では〝契り〟を結んだことにより、この幽世でも存在することができている。
それが、この世の規律だ。
知らず知らずのうちに潰えるか。
〝契り〟を結ぶことで生き存えるか。
それとも――『奴等』の餌食となるか。
唯一の差異といえば『選択肢』を与えられる存在が、目の前に現れるか否か。
ただ、それだけだ。誰一人として――例外は、ない。
「……冥一郎さん?」
真っ直ぐにこちらを見上げてくる瞳。
その視線は、疑心も穢れといった負の感情など一切見当たらない。
きっと、今この瞬間でさえこれからしようとしていることなど微塵も考えが及んでいないだろう。
「…………」
さらりと長い髪に指を通す。
月の光に照らされた白い肢体。
わずかに色づいた頬と薄い口唇。
まだ何者にも、誰にも傷つけられていない純粋無垢な魂魄。
それがこの『幽世』でどれほど希少な存在なのかを、彼女はまだ知らない。
「みこと……」
そっと肩に触れる。
華奢な肩にわずかばかりの力を加えると、その身体はあっという間に後ろに倒れていく。
(なんて、無防備さだ……)
容易く組み敷くことができた、その無防備さに内心呆れてしまう。
人を疑うということを知らないのか。ただのお人好しなのか。
それとも――言葉以上に、信頼を寄せてくれている証でもあるのだろうか。




