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夜を纏う男はかく語る_012

――そうだ。思い出した。何故、忘れてしまっていたのだろう。

 どうして、その場所に行ったのか。

 事故に遭う直前、何を願っていたのか。

 そして、彼――冥一郎さんを助けようとした時のことを。

「そう、だ。私、願いを叶えたくて……あの場所に行ったんだ」

 車のライト。そして、耳をつんざくようなクラクションとブレーキ音。

 轢かれるその瞬間を思い出すにつれ、カタカタと身体の底から震えが湧き起こった。

「……どうして。どうして、すぐに教えてくれなかったんですか?」

 思い出した瞬間、次々と言葉が溢れてくる。忘れていた事実も、気遣ってくれた優しさもかなぐり捨て、責任転嫁をしていることすら気づかぬまま言葉を吐き出し責め立てる。

「そら、言うてみたことか」

「…………」

「か、帰して……くれます、よね? すぐに……。私、どこも怪我してませんし」

 縋るように、冥一郎さんの瞳を真っ直ぐに見据える。

 けれど冥一郎さんは私の気持ちに反するように、フイと目線を逸らした。

「……残念だが、今すぐ帰してやることはできない」

「まあ、帰せないのは当然じゃな。――なにせ、お主は死んでおるからのう」

「え……」

 あまりにもあっさりと告げられた、死んでいるというその言葉に絶句する。

「死んで、る? そ、んな……」

 思いも寄らない言葉に、はらりと涙が零れ落ちる。

 それが意味するのは、死に対する恐怖か後悔か。

 分からない、分かろうとしたくても言いようのない感情が心の中で脆く溢れ出る。

「死んで、る? 嘘……、私は……」

 震える自分の両手を見つめる。

 本当に死んでいるというのなら、今の私はなんなのだろう。

 こうして泣くこともできる。涙の温もりも感じることができる。

 なのに、あまりにも実感が湧かない筈の『死』という事実を――頭の片隅で受け入れ始めてている自分自身がいる。

「馬鹿……だ、私……ッ」

 両手で顔を覆い、嗚咽を漏らす。

 誰かを助けようとしたこと、自分自身が取った行動に後悔はない。

 助けようとせず見過ごし、無かったことにしていたら、きっともっと後悔しただろう。

 でも、自分の浅はかな行為に乾いた笑いが零れた。

 進んで、死に行くつもりなんてない。

 今までの自分よりもほんの少しだけ、幸せになりたかった。

 互いに好いた相手と、一生を添い遂げられるような人生を歩んでみたいと、ただそれだけを願っただけなのに……。

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