夜を纏う男はかく語る_010
「四季様。お迎えに上がりました」
着付けが終わってから、すぐのこと。
着物に不慣れでよたつきながら歩いていた私のもとに、一人の女性がやって来た。
「冥一郎様と黄泉月様がお待ちです。――どうぞ、お手を」
「は、はい! すっ、すみません」
差し出された女性の手を支えにしながら、板張りの長い廊下を歩いて行く。
縁側から差し込むのは、仄かに灯る行燈と外から降り注ぐ月の冷たい光。
歩いていくと、やがて中庭らしき開けた場所に出た。
そこから空に浮かぶ寂しげな月が見える。
(あれ……?)
ふと、気づく。
いつの間に、夜になったのだろう。
朝の知らせを告げる鳥の鳴き声も聞こえていた筈だ。
着付け部屋に移動する時は、別の廊下を通ってきたから、外は見えなかったけれど……自分でも気づかないうちに時間が経ってしまっていたのだろうか。
「…………」
言葉に出来ない違和感。そして、何かを忘れてしまっている。
それはずっと起きてから考える余裕がないからだと思っていた。
でもそれがもし、別の要因があるのだとしたら――。
(私は……どうして〝此処〟にいるの)
その疑問に、ようやくぶち当たる。
ずっと目を背けていた疑問。それがゆっくりと鎌首をもたげる。
(私は……なんのために〝此処〟にいるの)
ザワリと胸の内側を荒い舌で舐めあげられたような悪寒が奔る。
このまま逢うべきではないのかも知れない。
そんな不安から女性に質問をしようと声をかけようとした。刹那、
「四季様をお連れ致しました」
無情にもその場所へと、私は辿り着いてしまっていた。




