6話
迎えに来た公爵家の馬車はとても豪華なものだった。夜会なんて見栄の張り合いのようなところがあるもの、豪華な馬車で行くよね。馬だって、良い馬を繋ぐよね。御者も、それなりに見栄えがする人を選ぶよね。お仕着せも立派。
馬車に乗るのにギルベルト様が手を貸してくれる。私がこちら側で、公爵とギルベルト様があちら側に座る。当然と言えば当然なのだけれど、ちょっと不服。隣に座りたかったな。
公爵の口元が少し笑ったようだわ。もしかして考えを読まれた?随分とはしたないことを考える娘だと思われてしまったかしら?でも、好きな人のそばにいたいと思うのは当たり前よね。
乗ってから気づいたのだけれど、この馬車にはグロリア様がいない。グロリア様が夜会に出席しないなんてこと、あり得るの?王宮主催の夜会で、王太子殿下の婚約者なのに。もしかして、私みたいな不細工とは一緒に行きたくないとか?
前向きで自信満々だった気持ちが一気に萎む。グロリア様はとても美人だもの。やっぱり、私のような不細工ない地味子と親戚になるのは嫌なのかな?引き立て役にもならないもの。むしろ不細工すぎて足を引っ張るかもしれない。だから、一緒に来ないのかしら?涙が出て来そう。こんなところで泣いたらダメなのに。せっかく、ハンナが可愛くお化粧してくれたのに。
ギルベルト様が不安そうな顔をしている。
「殿下、ご気分が優れないのですか?馬車をとめましょうか?」
「いえ、大丈夫です。
あの、グロリア様は今夜の夜会に、、、」
最後の方の言葉は尻窄みになってしまった。ギルベルト様の顔から不安が消え、なんとも言えない顔になった。
「グロリアは王宮ですよ。アーサー殿下がエスコートしてくださるので、王宮で支度をしてるんです。そのまま夜会に出席できるから。」
そう言った。
そうよね。支度をして馬車に乗って行くより、王宮で支度してそのまま夜会に行った方がいいわよね。でも、なんでギルベルト様はあんな表情をしたのかしら?自分一人で私の相手をするのは気が重いから?
「殿下、ノーザンフィールドはいかがでした?」
ギルベルト様に聞かれたけれど、夕方に着いて、朝早くというより夜明け前に出発したからよくわからない。でも、よくわからないと言ったら、ガッカリされるよね。どう答えよう?
ほとんど滞在していないことに気づいたのか、
「申し訳ありません。強行軍を強いてしまって。ゆっくりお休みにもなれなかったですよね。
しばらく王都に滞在なさるのでしょう?明日にでも王都を案内させてください。」
誘われた!ギルベルト様に誘われた!
「ええ、お願いします!」
食い気味に返事をしてしまった。呆れられてしまったかも。どうしよう。でも、ギルベルト様も公爵も楽しそうに笑っている。この返事で間違ってなかった。
うんうん、ルイーゼ、この調子よ。
そんないい感じで馬車は王宮に着いた。
公爵の後、ギルベルト様にエスコートされて王宮の広間に入る。私は自分のデビュタントの夜会にしか出たことがない。けれど、そんな私でも、この夜会はとても豪勢なものだとわかる。
緊張する。だって、夜会は自分のデビュタントしか出たことないもの。初めてと言っても間違ってはない夜会。なのに、外国の夜会で、会うのが二度目の婚約者にエスコートされている。これで、緊張するなという方が無理でしょう。周りを見る余裕なんてない!ギルベルト様も「私から離れないで」と言ってくれたし。
公爵が「殿下、夜会を楽しんでください」と言って、向こうに行ってしまった。私がギルベルト様の婚約者だということは「進級試験に差し障りがあるから」とまだ発表になっていないはず。なのに私の紹介もせずに、公爵は「知り合いを見つけた」と、そちらに行ってしまったのだ。ギルベルト様は養子とはいえ自分の後継者。その後継者の婚約者が初めて参加する夜会なのに、私を他の人に紹介もせずに知り合いのところへ行くなんて、なんて自由なの?それとも私をギルベルト様の婚約者と認めたくなくて、知り合いのところに行ってしまったの?
ギルベルト様が申し訳なそうにしている。
「申し訳ありません。伯父上は夜会が好きではないのもあって、昔からあんな感じです。でも、これで二人きりですね。」
そう、ニッコリ笑ってくれた。
きゃー!二人きり、二人きりって!夜会でいっぱい人がいるけど、二人きり!夜会にいる人なんて、その他大勢だもんね。いないのと一緒。
そう浮かれていると、脳内でロッテが話しかけてきた。
「殿下、何、浮かれてるんですか。辺境伯ほどのイケメンですよ?女性の扱いにも慣れているでしょうから、殿下に『自分に気がある』と思わせるくらい、朝飯前でしょうよ。朝飯前どころか息をするくらい無意識にできるでしょう。」
そこでようやく私は我に帰った。ギルベルト様が私を連れていることに気づいた人が品定めするような目で私を見ている。ご夫人方が扇子で口元を隠している。何かを言い合っているみたい。ご夫人方だけでなく、男性も。私が婚約者だということは知られていないでしょうから、私が誰か話してるのかしら?「婚約者でもないのに、不細工なくせに隣にいるのは相応しくない」そう言っているのかしら?きっと、そうに違いない。「あんな不細工、ギルベルト様のエスコートを受けるに相応しくない」って。女性陣は侮蔑的な目で私を、男性陣は同情や優越感に浸った目でギルベルト様を見ている気がする。
みんなが見ているのは事実で、私の被害妄想じゃないと思う。ギルベルト様は気づいてないのかしら?
「殿下、みんなが私達を見てますね。きっと殿下が可愛らしいから、噂をしているんですよ。殿下をエスコートできて、とても誇らしいです。」
人の注目を浴びても、気にならないんだ。それが普通だから?そして私が「可愛らしいから見ている」とお世辞まで言う余裕。さすが生まれた時から人の注目を浴びてきた人間は違う。私まで注目を浴びるに相応しい人間のような気がしてくる。
そう思ってギルベルト様と歩いていると、ものすごい悪意のある視線を感じた。その方向をみると、男性に囲まれた女性がこちらを見ている。すごい美人でスタイルもいい。ドレスもアクセサリーも豪華。誰かわからないけれど、とても敵意の籠った目で私を見ている。その視線だけでひとが殺せそうだ。ギルベルト様はときどきその女性の方をチラッと見ている。
怖い!ギルベルト様はあの美人に気があるの?本当はあんな美人と婚約したかったのかな?それで盗み見るように、その女性を見るの?その女性が、手紙と一緒に贈ってくれた髪飾りをつけるべき人だったの?私のせいで二人は引き裂かれてしまった!
「辺境伯、女性連れとは珍しいですね」と声をかけて来た人がいた。「どちらのご令嬢で?」とも訊いている。ギルベルト様は笑いながら、
「私にもエスコートする女性くらいいますよ。」
とだけ返事をした。私のことは紹介しなかった。それからも何人かに声をかけられたけど、ギルベルト様は誰にも私のことは紹介してくれなかった。
ホールの入り口の辺りがざわつきだした。王太子殿下がいらっしゃったのだ。当然だけれど、婚約者のグロリア様をエスコートされている。グロリア様はとても美人。あれがギルベルト様の普通。だから、人並みであろう私はとても不細工。
私は泣きそうなのを我慢する。こんなところで泣くわけにはいかないもの。私はヴェストニアの王女。私の後ろにはヴェストニアがある。私のしたことはヴェストニアがしたのと一緒。夜会で泣いて王太子殿下にご挨拶できないなんて、そんなみっともない真似はできない。
いろいろな人が王太子殿下に挨拶に行っている。けれど、いつまでたってもギルベルト様は挨拶に行こうとしない。どうして行かないの?王太子殿下は私とギルベルト様の婚約は知っているはずだけど「この人がそうです」って、紹介しなくていいの?私は紹介されないの?やっぱり、不細工だから婚約者として認めたくないの?私は一生誰にも紹介されないのではないかしら。不安になってくる。
私はそっとギルベルト様の方を見る。ギルベルト様は周りを気にしているみたい。やっぱり、私のことが嫌なのかな?だったら、どうして夜会に一緒に行って欲しいなんて手紙をくれたのかしら?それも私ではなく、お父様に。エルメニアの宰相であるロイド伯爵からも招待がきたということは、王宮が招待したということ。エルメニア王宮が招待したから仕方なく私をエスコートして一緒にいるの?
ギルベルト様の顔が笑っている。少し、意地の悪い顔。なんでそんな顔をして笑っているの?急にエルメニアで流行っているという小説の一場面を思い出す。こんな人の集まっている場面で婚約破棄されるという場面。婚約破棄の理由は「真実の愛を見つけた」とか「虐めを行った」とかだった。私は誰も虐めてないけれど、不細工だから私も小説の登場人物のように、ここで婚約破棄されてしまうのかな?美人で可愛い女性をそばに置いたギルベルト様に婚約破棄を突きつけられるのかな?
ギルベルト様、いくらなんでもそれはまずいわ。私はヴェストニアの王女だもの。両国の関係に決定的な亀裂が入ってしまう。下手をすれば戦争になりかねないわ。婚約破棄するにしても、もっと穏便にしなければ。
「辺境伯?」
ギルベルト様が私を見る。安心させるように優しく微笑んでくれる。でも、私は安心できない。小説のように婚約破棄されたらどうしよう、そんなことばかり考えてしまう。
そんなことを思っていると、一人の女性がギルベルト様に話しかけて来た。ちょっと美人で明るくて元気な女性。私の事を気にしているけど、きっとギルベルト様は私の紹介はしない。
「殿下、こちらの女性はスタンフォード侯爵令嬢ナタリー・オルブライト嬢、隣の男性は彼女の婚約者でオールドベリー公爵チャールズ・ブラックモア卿です。
こちらの方はヴェストニア王国第三王女ルイーゼ殿下。」
「辺境伯の婚約者でしょう。この夜会に出席されると噂だったものね。それにしても態度でバレバレよ。そんな愛おしそうな顔をして、大切なものを扱うようにエスコートしているんだもの。ドレスだって、その生地、一般では手に入らない最高級品じゃない。発表しなくても、一目瞭然だって。
まあ、わからないでもないけどね。身分もだけど、こう、なんて言ったらいいかな、一緒にいて幸せな気持ちになれそうな方だもの。」
そう言ってくれた。
ギルベルト様の紹介ではナタリー様は王立高等学院の級友で、グロリア様の友人。クラス最強とのこと。どういう意味かわからないけれど、ナタリー様は自信に満ち溢れていて堂々としている。
その紹介に対してナタリー様はギルベルト様に抗議し、婚約者であるオールドベリー公爵に自分を擁護するように言っている。けれど公爵の返事は「的確すぎて足しようも引きようもない」ですって。ナタリー様は頬を膨らませて怒ってる。真似だけど。公爵もそのお顔を見て笑っている。お二人が互いに信頼しあっているのがわかる。私もギルベルト様とそんなふうになれたらいいなぁ。
そのあと、ナタリー様は「王太子殿下は政治的にもトレア公女よりグロリア様を選ぶ。婚約破棄はしない。婚約破棄をする事態になれば監禁する」と言った。けれどナタリー様の婚約者のオールドベリー公爵は発言の内容は咎めず、発言の場所を考えるように言っただけだった。王太子殿下はグロリア様を「婚約破棄より監禁」する。これはエルメニア貴族社会では周知のことなのかしら?
今度は可愛らしい感じの女性が話しかけてきた。随分とギルベルト様と親しいみたい。だってギルベルト様はその女性を「イザベル」と呼び捨てにしているし、女性も「ギル」と愛称で呼んでいるもの。私を見て「しまった」ってお顔をしている。私がいたら都合が悪かったのかな、ギルベルト様とどんな関係なのかしら?
ギルベルト様はその女性を紹介してくれた。
「第一宰相ロイド伯爵の令嬢でイザベル。宰相は伯父上の学生時代からの友人なので、小さい頃から互いの家を行き来しているんです。私とグロリアの大事な友人です。」
ロイド宰相、昼に会った人ね。雰囲気と言ったらいいのかな?なんか似てるわ。親子だから当然だけれど。
隣の男性はイザベル様の婚約者で王太子殿下の乳兄弟で側近のウィリアム・タイラー卿ということだった。ロイド伯爵家に婿養子に入るらしい。調査書に書いてあったわ。とても優秀な人物って。代々法服貴族だけれど、お父様もお兄様も優秀でご活躍だとか。
このお二人もとても幸せそう。互いを想いあっているのが伝わってくる。私とギルベルト様は周りからはどんな風に見えているのしら?家と家の結びつきしかない明らかな政略結婚?そうだとしたらとても悲しいけれど、現実を受け止めなくちゃ。まずいわ、涙が出てきそう。
通りかかかった私より少し年上と思われる男性にオールドベリー公爵が声をかける。ギルベルト様はその人にも私を紹介してくれた。
「羨ましいですね。このような可愛らしい方が婚約者とは。」
その男性はそう言ってくれた。可愛いって、私のこと可愛いって!出かかった涙が引っ込む。
王太子殿下の諮問委員会にいるエヴァンズ侯爵ね。覚えておくわ。というより忘れられない。社交辞令だとわかっているけれど、「可愛い」って言ってくれたんだもの!
ギルベルト様は一瞬嫌そうな顔をした。この人のこと、嫌いなのかな?でも、普通に話しているみたいだし、嫌そうな感じは見られない。どちらかというと、尊敬しているように見える。だったら、何で一瞬とはいえあんな嫌そうな顔をしたのかしら?嫌そうな顔は侯爵が来た時ではなくて、社交辞令とはいえ私を褒めてくれた時だった。もしかして、嫉妬?嫉妬をしてくれたの?嫉妬をされるというのは良くないことなのでしょうけど、嬉しい。だって、私のことをなんとも思っていなかったら、嫉妬なんてしないもの。少なくとも私に好意がなければ嫉妬はしないでしょうから。
しばらく話した後、それぞれ、知り合いのところに行ってしまい、私とギルベルト様が残された。
それからの展開?は私のトラウマになっている。トラウマというのとは少し違うかもしれないけど。今でも、どうしてそんなことになったのか、あれは何だったのかわからない。
最初、嫌味な感じの男性が話しかけてきた。小説なんかのテンプレな「嫌味な存在を具現化しました!」みたいな男性。ギルベルト様はその男性が嫌いみたいだった。その男性、ルー公爵にギルベルト様は私を紹介しなかった。そのことには私も不服はない。私もこんな人には紹介されたくないもの。
それから、ルー公爵は私達のところへ来たグロリア様と嫌味の応酬を始めた。グロリア様は優雅に微笑んだまま嫌味を返す。ルー公爵はグロリア様に「今夜が最後の夜会かもしれないから、楽しんだ方がいい」って。王太子妃、未来の王妃が夜会に出席しないなんてことがあるの?出来るの?先程、ナタリー様は「王太子殿下はグロリア様との婚約を破棄するくらいなら監禁する」とか言っていたし、一緒にいたオールドベリー公爵も否定はしなかった。むしろそれを当然のこととして受け止めているようまった。最後の夜会ってことは、グロリア様は婚約破棄をされないけれど監禁されてしまうってこと?監禁されるから夜会に出られないってこと?よくわからないわ。でも、ルー公爵はグロリア様よりトレア公女に王太子妃になってもらいたいと思っているのはわかった。
そこへ王太子殿下がいらっしゃる。私は淑女の礼をしたけど、無視された。でも、そんなことはどうでもいい。そんなことは気にならないほどの衝撃発言を王太子殿下はしたからだ。「グロリアは夜会に出ないでも許されるか」と仰っている。私の国のヴェストニアでも、このエルメニアでも王太子妃が夜会に出ないなんてことはあり得ないし、許されないと思うわ。許されるとしたら、本人の体調不良とか身内の不幸くらいかしら。グロリア様はお元気そうだけれど、お身体が弱いとかあるのかしら?それとも、本当に王太子殿下はグロリア様を監禁する気なの?監禁するから、夜会には出られないの?王太子殿下の発言の意図がさっぱりわからない。
ルー公爵は「この夜会で王太子殿下と辺境伯の婚約者が出席するという噂があって、みんな気にしているから発表するよう」要求した。実際は臣下が王太子にお願いするのでもっと丁寧な言い方だったけれど。
私は「この公爵はなんでこんな要求をするのかしら?噂があるからなんて理由、自分が噂に惑わされていると白状しているようなものじゃない。正式な発表がされていない私はともかく、王太子殿下の婚約者はグロリア様と何年も前から決まっているのに」と思いながらも、こんなに注目されながら発表されるんだ。緊張しちゃうな。なんか、お芝居の一場面みたい、もしかしてこの「ルー公爵の先程の科白も私の婚約発表を劇的にする仕込み」なのではないかしら。こんなお芝居のように発表される婚約者が私みたいな不細工の地味子でいいのかしら、でも、そっちの方がインパクトがあってお芝居的には面白いよね、ドレスアップしたら無茶苦茶美人になるのが昔話にもあるしね。あ、でもドレスアップしても私はこの程度だけど「実は王女」というところでバランスを取っているのかしら。なんて呑気に思っていた。私を侮蔑するような目で見ていた令嬢達はどんな表情をするのかしら、とかなりワクワクしながら。
王太子殿下が「私の婚約者はノーザンフィールド公爵令嬢グロリア嬢」と言ったところで「なっ、」とトレア大公女シャルロット様が声をあげて、手を震わせている。「シュバルツ辺境伯の婚約者は隣にいる、」と言ったところで、妹公女のロクサーヌ様が叫び出したので、びっくりした。
「お姉様は王太子殿下と自分はシュバルツ辺境伯と結婚するはず!そんな不細工な女と結婚するなんて。もう、貴女達とは結婚しない!」
そんなことを一方的に叫んで、帰って行った。
たしかに私はトレア大公国のシャルロット様やロクサーヌ様に比べると不細工かもしれないし、ギルベルト様との話が進んでいた時にロクサーヌ様との話がでたみたいだからわからないでもないけど、王太子殿下とグロリア様は何年も前に婚約なさってるはず。それを「結婚するはず」とは?私が知らないだけで、そんな話があったの?それとも、公女が勝手に思い込んでいただけなの?
公女が出て行ったそのあと、公女の取り巻きだった男性にその妻や婚約者から離婚や婚約破棄が突きつけられた。もしかしてこれは本当にすべてお芝居で、私を驚かそうとしているの?
だって、他国の王宮主催の夜会で叫んだりして滅茶苦茶にしたら国際問題になりかねない。だから一国の公女がそんなことをするとは思えない。それにこんな場所で離婚とか婚約破棄をするなんて考えられないのに、何人もしている。それに離婚とか婚約破棄とか、人の不幸(少なくとも幸福ではないよね)を嬉々として話しているなんて、やっぱりお芝居だよね。なんて大掛かりなお芝居なのかしら!
でも、本当にお芝居だったのか、違ったのかは今でもわからない。多分、お芝居ではなかったのだと思う。当時、私には公女姉妹の言動はお芝居には思えなかったし、後から聞いた話では、エルメニア滞在中の公女姉妹は王太子殿下の、ギルベルト様の婚約者として振る舞っていたらしいもの。お芝居なら、そんな振る舞いをする必要ない。けれど、それもお芝居を本当に見せかけるための「仕込み」だったのかしら?
それは置いといて、結局、私はお披露目をしてもらったっけ?
頭が大混乱して固まっている私にギルベルト様は「帰りましょう」と声をかけた。私はギルベルト様に連れられて、帰りの馬車に乗った。公爵は乗っていなかったように思うのだけれど、記憶が曖昧。
ギルベルト様が私の隣に座る。正式に婚約しているとはいっても、結婚はしていない。なのに隣に座るなんて!たしかに行きの馬車で隣に座りたいなぁとは思ったし、とても嬉しいけれど、結婚もしていないのにはしたない行為なのではないかしら。戸惑っている私にギルベルト様はこう言う。
「この国の王太子殿下が『婚約者は隣に座らないといけない』と仰ったのですよ。」
ナニソレ?王太子殿下かギルベルト様のどちらかが嘘を言っている。少なくとも私の常識ではそうなってしまう。
私の考えていることがわかったのか「王太子殿下がグロリアに仰ったのです」と笑った。私の考えていることがわかったのなら、私はギルベルト様の隣に座ってサイコーな気分なのもわかってしまったかしら?はしたない娘だと思われた?でも、幸せすぎて勝手に顔が笑ってしまうのを抑えられない!
ギルベルト様がこちらを見ている。変な顔をして笑ってたかしら?ただでさえ不細工なのに、変な顔をしていたらもっと不細工になってしまう!私、今、どんな顔をしていたの⁈
「笑った顔の方がずっと可愛いですよ。」
うわー、可愛いって言ってもらえた。ギルベルト様に可愛いって!エヴァンズ侯爵に言われた時も嬉しかったけれど、その比じゃないわ。好きな人から可愛いって言ってもらえるのは、最高に幸せ!
そんな時にロッテが脳内で話しかけてくる。
「殿下、女性を褒めるのは自分に気があると思わせる常套手段ですよ。なに、そんな初歩的な手に引っかかってるんですか?情けないにも程がありますよ。」
うるさいわね。そんなこと、私にもわかっているわよ。相手は婚約者なんだから、素直に引っかかっても問題ないじゃない。
「お屋敷はどうですか?何かご不自由なことは無いですか?そうは言っても、一晩お泊まりになっただけではわからないですよね。しばらく滞在されるので、遠慮なく仰ってくださいね。」
ギルベルト様のその言葉に、現実に引き戻されたような気がした。
私は昨夜遅く王都に到着し、公爵邸ではなく、別邸に泊まった。大事な客は本邸に招くはず。昨日はヨレヨレヘロヘロな姿をギルベルト様に見せないために別邸に泊まったのかと思ったけれど、そうではなかった。エルメニア滞在中はずっと別邸にいるんだ、、、
「いえ、特に不自由なことはありません。素晴らしいお屋敷をありがとうございます。」
涙がドレスを握りしめた手に落ちた。
驚いた顔をするギルベルト様。
「あの、やはり何かご不自由なことが?どのようなことでも仰ってください。結婚すればあの屋敷に住むのですから。調度品も私の趣味より、あの屋敷に長くいるだろう殿下の趣味を優先するべきと考えています。」
私は首を横に振る。私はギルベルト様の妻だけれど、公爵邸には住まない。最初から別居なんだ。だったら、私の趣味よりギルベルト様の趣味にした方が、少しでもギルベルト様が来てくれる可能性がある気がする。
困った顔をするギルベルト様。何か言おうとしたみたいだけれど、馬車が停まった。別邸に着いたのだ。ドアが開けられる。先にギルベルト様が降りて、私が降りるのに手を貸してくれた。
降りてきた私が泣き顔なので、出迎えてくれた使用人が驚いている。
私は淑女の礼をとると逃げるように家の中に入る。馬車の音が遠のいて行った。
玄関を入るとハンナとロッテが寄ってくる。
「殿下、どうなされたんです?何があったんです?」
「辺境伯に何かされたのですか?私、殴ってきます!」
駆け出していきそうなロッテの腕を掴む。
「何もされていない。結婚すればこの屋敷に住むから、私の趣味にするようにって。」
そこまで言って、ぼろぼろ涙が出てきた。
ハンナとロッテは顔を見合わしている。それとは反対にマーサの顔は明るく楽しそう。
「まあ、では明日、マクミラン商会を呼びましょう。それとも、リッツェンになさいますか?殿下のお年頃なら、リッツェンもご令嬢方に人気があります。王太子殿下もグロリア様に贈らています。」
「このままでいいです。もしするのなら、ギルベルト様のお好きなように。」
マーサはますます嬉しそう。
「お二人で選ばれるのですね。」
どうしてそうなる?この屋敷に住むのは私だけ。だからギルベルト様は一緒に選んでなんてくれない。
「ギルベルト様も喜ばれますわ。今日はもう遅いですから、明日、ギルベルト様にきてもらいましょう。」
とても嬉しそう。
私はトボトボと自分の部屋に帰った。
「マーサさんて、いい人だと思ったのに酷い人ですよね。殿下が結婚してもこの屋敷に住むと知って、あんなに嬉しそうにするなんて。」
ロッテが怒っている。
「仕方ないわ。ギルベルト様は好きな人がいたかも知れないのに、家や国の都合で私と結婚させられるんだもの。それを知っていれば、私が公爵邸でなくこの屋敷に住むのを『いい気味』と思っても仕方ないかも。」
「でしたら、どうして『お二人で選ぶ』と言ったんでしょう?殿下だけがこのお屋敷に住まわれるのですから、『お二人で選ぶ』という発想にはならないと思いますが。」
ハンナが考え込んでいる。
それもそうね。マーサは私だけがこのお屋敷に住むと知っているはずだから、「二人で選ぶ」というのはおかしいわ。
そういえば私が「ジョンストン通りのお屋敷に滞在している」ことを知った時のナタリー様の反応、あれは何だったのかしら?一瞬驚いた顔をして、ニヤニヤ笑いながらギルベルト様に「うわー、今からジョンストン通りのお屋敷に?どんだけ気が早いのよ。でも、大切に思っているんだ」と言ってた。「気が早い」って言葉の意味はわからないけれど、それを言った時のナタリー様の雰囲気からは否定的な感情は読み取れなかった。なんかギルベルト様を冷やかしているような。私達は何か大きな勘違いをしているのかしら。
「考えていても仕方ないわ。もう遅いし、早く寝ましょう。」
疲れがとれるから、とマーサは湯の準備をしてくれており、私は一日に二度もお湯を使うことになった。これもよくわからない。体が浸かれるほどのお湯を準備するのはそれなりの重労働。洗顔のお湯と身体を拭くだけお湯を用意する方が簡単だ。私のことを嫌っているなら、こんなに良くしてくれる必要はないよね。
うーん!と湯の中で身体を伸ばす。たしかに気持ちよくて疲れが取れそう。でも、少しぬるいかな。夜は冷えるからもう少し熱い方が。そう思っていたら、マーサが他のメイドを連れて足し湯を持ってきてくれた。なんで、こんなに親切にしてくれるのかしら?
マーサは私に熱い湯がかからないように慎重に湯を足していく。
「マーサ、ありがとう。私の世話はハンナとロッテがいるから大丈夫よ。」
「殿下、ご無礼を承知でお伺いします。やはり私達のお世話ではご満足いただけないのでしょうか?」
不安そうな顔のマーサ。そうよね。気に入らない相手とはいえ、他国の王女で女主人になる人物の不興を買うのは嫌よね。
私はなるべく笑顔を作る。
「そんなことないわ。良くしてもらって感謝しているわ。でも、もう夜遅いし、寝む時間でしょう?明日も早いんでしょうし、早く寝た方がいいと思うの。どうしても用事を頼まなければならない時は起こしてしまうけど、許してちょうだいね。」
マーサの後ろにいたメイドが両手で顔を覆う。肩が震えているところを見ると泣いているようだ。隣のメイドが慰めているみたい。私、なんか変なこと、酷いこと言った?慌てる私に、
「なんてお優しいんでしょう。こんな方にお仕えできて幸せです。」
マーサはそう言いながら、目頭を押さえる。
え?私、別にそんなに優しくないよ。だって、ハンナとロッテがいるから困らないし、明日朝早くから働くんだろうから夜更かしをしない方がいいと思っただけで。あ、ハンナとロッテは私のせいで夜更かしさせてるか。まあ、昼寝してもらえば良いかな?メイドのように家の用事をするわけではないし。その間、私も昼寝しよう。
マーサがハンカチで目元を拭う。
「取り乱して申し訳ございません。同じ給金を払うなら出来るだけ働かせなくては損だ、と考える主人も多うございますのに。なんてお優しい。」
そう言って、また目元を拭った。
同じ一箱のクッキーなら、中身が多い方が嬉しい。同じ給金ならしっかり働いてくれる方を雇うけど、もう夜だし寝てもらわないと明日の仕事に差し支えるのでは?
「とにかく、夜中に喉が渇いても水を飲めるようにしてあればいいから、もう寝てちょうだい。私としては、眠くて明日仕事をしてもらえない方が困るから。」
マーサとメイドは礼をして出て行った。
悪い人達ではないのでしょうけれど、よくわからない人達ね。なんなのかしら?
湯から出て身体を拭いてもらいながら「夜は寝るよう」言っただけで泣くほどのことなのか、聞いてみる。
「殿下はご存知ないかもしれないけれど、少しでも『働かさなくては損だ』と考える主人は結構いるんですよ。そんな家にいた人なのですかねぇ。」
ロッテはそう言った。ふーん、そうなんだ。効率が落ちるから、夜はゆっくり休んで昼間しっかり働いてもらった方がいいと思うけれど。考え方の違いなのかな?まあ、いいや。このお屋敷は私のやり方でやらせてもらおう。それに、メイドより自分のこと。早く寝よう。明日は寝坊しないようにしなくちゃ。朝食を食べ損ねてしまう。
寝衣に着替えてベッドに入る。
「ハンナ、ロッテ、おやすみ。
あ、ロッテ、忠告してくれるのはありがたいんだけれど、大丈夫よ。ギルベルト様が私に『自分に気がある』と思わせても婚約者なのだからなんら問題はないと思うの。ってか、人の脳内に話しかけるのはやめてちょうだい。」
「なんですか、ソレ?脳内に話しかけるって、怖いですよ。あ、もう寝てしまって聞いてませんね。おやすみなさいませ。」
聞いてるよーだ。私は夢の中でそう返事をした。幸せな夢を見られますように。




