34話
最終話です。
拙い文章を読んでいただき、ありがとうございます。
変な夢を見た。呪いの言葉を吐く黒い塊が私を飲み込もうと近づいてくる。けれども私は動かない。恐怖で動けないのではなく、逃げる必要がないのだ。あれは私には触れることはできないから。「いつまでそれを見ているのです?さあ、向こうに行きましょう」私は黒い塊に背を向けると、ギルベルト様と光に向かって歩き出した。
そこで目を覚ました。ここ、どこだっけ?ああ、エルメニアのお屋敷だ。私は帰って来たんだ。へへ、夢でギルベルト様と手を繋いで歩いていたけれど、今日からはいつでもそれができる!
夕方、ギルベルト様が来た。ケプラー子爵と一緒だ。ちょっと厳しい顔をしている。ギルベルト様は私に話し合いの結果をどこまで知っているか聞いてきた。なのでお姉様から聞いた話を言った。
「そうですか。たしかに表面上は『誰もお咎めなし』ですが、実際は違います。」
そう言ってギルベルト様とケプラー子爵が教えてくれた内容は「お咎めなし」とは程遠いものだった。
まず、私の教科書とかが隠されていた件だけど、公爵令嬢が取り巻きのロバータ様にさせていた。直接具体的な指示をしたわけではないし、して欲しいとお願いしたわけでもない。一度、私は教科書を忘れて帰り、困ったことがあった。それを見たエヴァンジェリン様が「いつも困ればいいのに」と言ったらしい。あと「忘れ物をするだらしない娘だと知られれば婚約解消になるかも。もっとしないかしら」とも。
ロバータ様のブラウン子爵家は昨年お父様がお亡くなりになり、まだ小さな弟が家を継いだ。ブラウン子爵家はマーリン公爵家の配下にあり、それもあってマーリン公爵家が後見を務めている。お祖父様の公爵もお父様の子爵も男兄弟ばかりの中の唯一の女の子のエヴァンジェリン様を溺愛して、なんでもお願いを聞いているという話。エヴァンジェリン様に嫌われたら、後見を辞められるかも、家を潰されるかも。だから、エヴァンジェリン様の機嫌を取ることに必死。エヴァンジェリン様が私が困ることを望んでいるような発言をすれば、それをしろと言われたと解釈して私が困るようなことをするわけで。さすがに王女の物を盗んで捨てるのは怖いので、翌日には机の上に返されていたというわけ。
取り巻きの令嬢は全員、自主退学。
「本来なら退学処分ですが『殿下はそのような処分は望まれない』と子爵が止めたのです。ですから、退学処分ではなく、自主退学という形になりました。退学処分と自主退学ではかなり違いますからね。」
「ロバータ様はやりたくてやったのではなくて、エヴァンジェリン様の機嫌を損ねないように、家のためにやったのでしょう?
物を隠したりするのはやめて欲しいけど、退学なんて望んでないわ。」
「ですから、自主退学なのです。退学処分を受けるというのは大変なことですが、聖白百合学園でも家の都合で自主退学はままあるそうですので。」
子爵がそう答えた。
「退学された後、ブラウン子爵令嬢はロクウェル子爵のご子息モーリス卿と結婚されます。」
ロクウェル子爵はエヴァンジェリン様のお父様。モーリス卿は後継のはず。子爵令嬢が筆頭公爵家の後継と結婚?公爵家と子爵家、家の格が違いすぎる。公爵家がお金に困っていて子爵家がとてもお金持ちとか、公爵家にとんでもない不祥事があったり、子爵家が王宮で覚えがめでたいとかなら別でしょうけど、私が知っている限りではそんな話なかったし、、、そうであっても、そんなことをする娘を後継と結婚させるとは思えない。それ以前に二人とも婚約者がいたはず。自主退学した時点で何か不祥事があったとわかるので、ロバータ様は婚約破棄されるでしょうけど、モーリス卿の方は破棄も解消も理由がないわ。
「殿下の万年筆を盗って公爵令嬢のカバンに入れたのはブラウン子爵令嬢でした。公爵令嬢はブラウン子爵令嬢が勝手にしたことで、盗んだ万年筆をカバンに入れられた自分も被害者だと主張したんです。
それをお聞きになった王太子殿下は大層お怒りになられて、
『よくもそんな主張ができるな。
エヴァンジェリン嬢は常日頃、何も言わなくても上の者の望むことを察してに下の者が動くのは当然、と言っていたではないか。動けないような者の家は無能なのでいらない、とも言っていたな。その発言をお前達の前でもしており、知っていたはずだ。その傲慢な発言を知っていて何もしなければ、容認したのも同じ。
万年筆について、自分が持つのが当然で相応しいと言うのは、下の者に盗んでこいと言っているのと同じではないか。
たしかに万年筆を盗んでエヴァンジェリン嬢のカバンに入れたのはその子爵令嬢だが、下の者は上の者の望むように動いて当然なのだろう?それを望んだのはエヴァンジェリン嬢で、命令したのと同じではないか。望むように動けない者の家はいらないのだろう?筆頭公爵家にいらないと言われれば、祖父や父親が当主の他の令嬢の家ならまだしも、当主がまだ幼い子爵令嬢の家は立ち行かなくなるのは火を見るより明らか。命令を聞かざるを得ないではないか。
それでも、エヴァンジェリン嬢が命令したことではなくその令嬢が勝手にやったことだというのなら、何故その令嬢が入れたカバンからではなく、エヴァンジェリン嬢のポケットから盗まれた万年筆がでてくるのだ。何故、王女が探しているのを知っていながら、何日も返さずに持っていたのだ?普通は人の物が自分のカバンから出てくればすぐに返すはず。それをしないのは盗ってこさせたからだろう。
法的には子爵令嬢に罪があり、エヴァンジェリン嬢はなんの罪にも問われることはないだろう。しかし、私としては自分を律し、周りが自分のためにそのようなことをするのを諌めるべき立場にありながら優位的立場を利用して悪事を強要し実行されれば喜ぶのは、法的な罪は無くても道義的な罪はあると考える。また、自分の言動が周りに及ぼす影響を教えず、好きに振舞わせていたお前達も同罪だ。
自主退学とはいえ、子爵令嬢の婚約は破談になるだろうし、既にその申請がきている。慰謝料も今の子爵家に払えるとも思えないし、そんな理由の婚約破棄の慰謝料のために借金を抱えた令嬢にまともな縁談がくるとも思えん。このままでは幼い当主が金持ちの未亡人か娘と結婚するか、爵位を返上し令嬢や夫人が身売りしなければならないような状況になるだろうとの報告も受けている。一人の令嬢の人生を狂わせただけでなく、その令嬢が必死で守ろうとした子爵家を潰し、家族を路頭に迷わす状況に追い込んだ責任を当主として、保護者として取れ!』
と仰ったんです。」
それでモーリス卿との結婚なのね。
「子爵令嬢が既に婚約者のいる筆頭公爵家の後継を婚約破棄させて、結婚するんです。結婚する理由も理由ですし、一族からは歓迎されないでしょう。それに立場上、社交界に出ないわけにもいきません。社交界でも常に陰で酷い噂をされ続けると思います。
玉の輿でめでたしめでたし、というような幸せな結婚ではないと思いますよ。」
子爵が言った。
私の物を隠したり盗ったりしたロバータ様が自主退学なのはわかる。でも、他の令嬢も自主退学なのは何故?あんなに頻繁に私の物を隠したりしていれば他の取り巻きの令嬢達も気づくはず。気づいたのに止めなかったその責任?
「その通りです。他の令嬢は当主がが幼く立場的に一番弱かったブラウン子爵令嬢に実行を押しつけたんです。他の人達に見つからないように見張りくらいはしていたみたいですが。
他の取り巻きの令嬢も婚約破棄されるでしょう。それは仕方ないことですが、王太子殿下は影響を考えない言動を繰り返していた公爵令嬢に責任の一端があると仰って、破棄の場合は相手への慰謝料は公爵家が払ったうえそれと同額を令嬢の家に、続行の場合は令嬢の持参金として通常の三倍を公爵家が持たせるよう命じたんです。あと、どちらでも関係なく、貴族令嬢、夫人として妥当と思われる生活費を年金として支給するようにも。」
大変なことになってたのね。筆頭公爵家でそれなりのお金持ちとはいえ、かなりの出費には違いないわ。エヴァンジェリン様と彼女を教育できなかった公爵家が原因とはいえ、王太子殿下は厳しすぎない?
「まあ、私的な感情が一切無いとは言い切れないかもしれませんが、、、」
ギルベルト様の歯切れが悪い。そこは触れてはいけない部分なのでしょう。
でも、元凶というかエヴァンジェリン様の処分は?直接手を下さなかったから、お咎めなし?そうなら納得いかないわ。
エヴァンジェリン様は退学はしないけれど、卒業後、公爵家の配下にある男爵家のひとつに輿入れが決まった。
「筆頭公爵家の令嬢が嫡男とはいえ、男爵家にですか?」
筆頭公爵家令嬢が嫡男とはいえ男爵家に嫁ぐなんてちょっとあり得ない。
「はい、直接指示したわけではないですが、取り巻きの令嬢は意を汲んでそのように行動したわけですし、エヴァンジェリン嬢も取り巻きが殿下の物を隠したり、万年筆を盗って自分のカバンに入れたのを知っていましたから、エヴァンジェリン嬢がしたのと一緒だとアーサー殿下は仰って。身分のある者はその言動ひとつにも注意しなくてはならないのです。」
そうね、私にも覚えがある、というより覚えしかない。
「男爵夫人なら多少のことを言っても被害は少ないでしょうからね。」
それはそうだけれど、男爵家ならハウスキーパーもいなくて夫人が家の実務的なことをしなきゃなんないだろうし、エヴァンジェリン様に務まるのかしら?学校でも自分のことを取り巻きにさせていたのに。その取り巻きももういないけど。今迄は誰よりも高い身分だったのに、これからは本人に自覚はなかったでしょうけれど虐げていた令嬢より身分が下になり、家が潰されないようにその令嬢の機嫌を取らなければならないなんて考えたこともなかったでしょうね。
「どうしてそうなったかの理由は口外無用です。といっても既にご婦人方の間では知れ渡っているみたいですが。
本当にどこから漏れるのかわからないし、あの伝達速度。結論が出た翌日には半数以上のご婦人方が知っていたのですよ。この世にはご婦人方だけが使える魔法があるのかと思ってしまいます。」
そう言ってギルベルト様は首を振った。ケプラー子爵は静かに笑っているだけだった。
けれど、結果だけ聞いても理由の見当はつくと思うわ。エヴァンジェリン様は私のことが気に入らない発言を常にしていたし、あれだけ頻繁に私の教科書やノートを盗ったり、机に置いたりしていれば目撃した人もいたはず。ただ、ロバータ様がそれをしていた理由が筆頭公爵令嬢のご機嫌とりだと見当がついていたから黙っていただけで。私も理由はわからなかったけれど、クラスの何人かが結託してやってると思ってたもの。
話し合いの後に「殿下と二人きりでお話ししたいことがある」とギルベルト様に温室に連れて行かれた。
温室の椅子に腰掛けると、ギルベルト様は少し考えるように目を瞑った。
「殿下、殿下のお耳に入って誤解されたら嫌ですので、直接私の口からお話しますね。既にお耳に入っていることもあるかもしれませんが。
私にも殿下とのお話がある前、まったくお話がなかったわけではありません。ただ、いずれも具体的な話になったことはありません。
マーリン公爵家からは何度か話があったと伯父上から聞いておりますし、私にも直接打診があったこともありました。公爵令嬢のエヴァンジェリン嬢が私に好意を寄せてくれているのも気付かないふりをしていただけで、知っていました。けれど、無邪気で可愛らしい方だと思うけれど、少しも心惹かれたことはありませんし、結婚したいと思ったこともありません。伯父上からも『断っておいたよ』の返事以外聞いたことがありません。筆頭公爵家の令嬢で王太子殿下の従姉妹、政略結婚の相手としてはこれ以上ない相手ですけれど。よく言えば天真爛漫なのかもしれませんが、自分の言動が周りに及ぼす影響を考えることがない、考えるように教育されたことがないように思えたからです。」
やっぱり、話があったし、エヴァンジェリン様はギルベルト様のことが好きだったんだ。だから嫌味を言ったりしたんだ。エヴァンジェリン様にとって私は自分とギルベルト様の仲を裂く邪魔者だったのね。嫌味のひとつも言いたくなるよね。
私とギルベルト様が婚約したのを快く思わない令嬢が他にもいっぱいいるんだろうな。だからといって、ギルベルト様を譲る気は一切ないけどね。嫌がらせは返り討ちにしたいけれど、王女の私がすれば「虐めた」と取られかねないから、反撃できないのが悔しい。
翌日、学校に行くとソフィア様が「わーん、殿下!良かった。」と泣きながら抱きついてきた。
「一昨日帰ってらしたのに、昨日は登校なさらなかったでしょう?今朝もなかなかいらっしゃらないし。あんなことがあったから、エルメニアには帰ってこられたものの、学校にはもう来られないのかと思ってしまいましたの。」
「もう、大袈裟なんだからソフィアは。昨日も殿下がいらっしゃらないって大騒ぎだったじゃない。長旅だったんですもの、一日くらいは家でゆっくりなさるわよ。」
「うるさい、うるさい。私は殿下が大好きなのに、会える日が一日減ってしまって大問題なの。今、昨日の分を取り返してるのだから、デイジーには殿下に抱きつく順番を変わってあげない。」
教室でのおしゃべりが一斉に止む。エヴァンジェリン様が登校してきたのだ。エヴァンジェリン様はまっすぐ私の前まで来ると私を睨みつけた。
「よく、学校に来れたわね!」
え、それはエヴァンジェリン様の方では?退学にならなかったとはいえ、普通は恥ずかしくて来れないと思うんだけど。
さらにエヴァンジェリン様はとんでもない妄想を言い出した。
「私とギルベルト様は結婚するはずだったのよ。なのに貴女は王女という立場を利用して私とギルベルト様の結婚を反故にさせて、自分が結婚しようとしてるんでしょ。そして、邪魔な私を追いやるために、ロバータが勝手にやったことを私がさせたようにアーサーに言って、私を男爵風情と結婚させようとしてるんだわ。なんてひどい女なの。
王女だからって、なんでも許されると思わないで!」
え〜、エヴァンジェリン様の中ではそんな解釈になってるの?けれど、ギルベルト様と結婚するはずだったという前提からして間違ってる。
「貴女さえいなければ、みんな幸せになれたのに!」
私はいない方が良かったの?いてはいけなかったの?
誰かが呼んだのか、学園長先生とコッカー先生、騎士が慌てた様子で入って来た。
「マーリン公爵令嬢、こちらへ。」
「どうして私ばかり!」
そう大声を出しながらも、エヴァンジェリン様は学園長先生と騎士に連れて行かれた。
その日はギルベルト様と一緒に結婚式の招待客に贈る記念品の注文に行く約束をしていた。私は温室でギルベルト様を待ちながら、学校に編入しなければどうだったのかしら、と考えていた。エヴァンジェリン様は私に嫌がらせをすることはないから、多分それなりの家の子息と結婚できただろうし、ロバータ様や他の取り巻きの令嬢もそれぞれの婚約者と続いていたはず。モーリス卿もロバータ様ではなく幼い頃からの婚約者と結婚して幸せな結婚生活を送っていたに違いない。
私が、私のわがままがみんなを不幸にしたんだ。私がギルベルト様のそばにいたい、そのためには学校に通おうなんて思わなければ、誰も不幸にならずに済んだのに。身分のある者はその言動が及ぼす影響を考えなくてはならないのに、自分の欲求を一番に考えて行動してしまったから。取り返しのつかない、大変なことをしてしまった。
「殿下、どうなさったんです?何を泣いておられるのですか?」
ああ、もう、ギルベルト様とお約束の時間なのね。私は「何でもないです」と答えた。
「何もないわけはないでしょう。そんなに涙を流されて。婚約者の私には言えないようなことですか?」
そう聞かれては答えないわけにはいかない。自分勝手な行動で何人もの人を不幸にさせたとギルベルト様に嫌われ軽蔑されるかもしれないけれど、それが私のしたことの報いなら受け入れなければならない。泣きながら考えていたことを話した。
ギルベルト様はちょっと嫌な顔をした。やっぱり、私は嫌われて軽蔑されるんだ。
「馬鹿馬鹿しい。たしかに今回のことは殿下の編入がきっかけかもしれませんが、殿下の責任はまったくないですよ。
殿下が学校に編入したから今なのであって、エルメニアに来るのが結婚の時なら起こらなかったわけではないと思います。なんらかの騒ぎは起こったでしょう。婚約破棄ではなく、離婚騒ぎだったかもしれません。起こるのが少し早まっただけです。それに、その時は学校内で止まらず、社交界中を巻き込む大スキャンダルになったかもしれません。
どちらにしろ、もう過ぎたことです。
きっとエヴァンジェリン嬢はもう学校には戻って来ませんよ。さすがに公爵も退学させるでしょう。」
ギルベルト様の言葉通り、エヴァンジェリン様はほどなく退学し男爵家に輿入れした。
ギルベルト様はじっと私の顔を見ている。顔になんかついてる?
「何故か、子供の頃に読んだおとぎ話を思い出しました。
自分の娘と隣国の王子を結婚させるために妃は聡明で可愛らしい継娘の姫に意地悪をして城から追い出そうとするけれど、最後にはその悪事がバレて自分が娘と城から追い出される、という話。殿下はお読みになったことはないですか?」
その話、知ってる。継娘の姫を応援しながら読んでたもの。
「おとぎ話では悪いお妃とその娘が城を追い出されたところで、『王子と王女は結婚して、二人はずっと幸せに暮らしました』で話は終わるんですけどね。私達の場合はこれからもお話は続きますね。」
「おとぎ話のように、ずっと幸せに暮らせるでしょうか?」
そう、私は聞いてみた。
「さあ、どうでしょうか?これから二人で一緒に確かめましょう。」
「はい。ずっと一緒に。」
「ええ、一緒に。」
ギルベルト様と私、どちらともなく手を繋いで歩き出した。
独りよがりの展開になってしまい、反省しきりです。
拙い文章を読んでいただき、感謝しております。本当にありがとうございました。
また、皆様にお会いできますように。




