33話
子爵が帰って来てから二日経つけど、お父様もお姉様も話し合いの結果を教えてくれない。私に関することだけど、聞いていいのか悪いのかわかんない。その日もなんか寝付けずに一人部屋でボケーとしていたら、カタリーナお姉様が私の部屋を訪ねてきた。
「ルイーゼ、話し合いの結果をまだ言ってなかったわね。お父様は話す必要はないと仰るんだけど、当事者だし、知らせておくわ。」
お姉様から聞いた話は一言で言うと「誰もお咎めなし」。こんな結果、お父様でなくても満足できないわ!子爵はよく承知したわね。
「『貴女の万年筆が何故か公爵令嬢のカバンに紛れ込んでいたが、ほとんど交流がないためなかなか返せずにポケットに入れて持ち歩いていたいたところを落としてしまい、それを見た伯爵令嬢が勘違いして騒いだ』と言うことになったそうよ。」
「勘違いとはいえ筆頭公爵令嬢を泥棒呼ばわりしたのよ、ソフィア様がただの馬鹿じゃないの!エヴァンジェリン様は落とした時、慌てて隠そうとしたんだし、そんな言い訳通用しないわ。」
私は興奮して大声を出した。
お姉様は「夜なのだから大きな声を出さないの」と冷静に言った。
「表向きはそうなっているけど、誰もそんな話、馬鹿げていると思ってるわよ。けれど誰の被害も少なくしようとした結果、そんなあり得ない話になっただけ。」
いや、ソフィア様の被害がかなり甚大だと思うわ。勘違いで人を泥棒呼ばわりしたことになるんだもの。
「まあ、そうなのだけれど、公爵令嬢は『すぐに持ち主に返さない』『万年筆を落として慌てて隠そうとする』という行動をとったのだから、伯爵令嬢が盗んだと誤解しても仕方ないということになったみたいよ。
公爵家では、侯爵令嬢と伯爵令嬢、貴女にも相当な額の迷惑料を払うらしいわ。令嬢がサッサと万年筆を貴女に返さなかったせいで、学期の最終日に学校に残らせて事情聴取をうけさせたから。」
なにソレ、口止め料じゃない。やっぱり盗んだと認めたんだ。
「その辺の解釈は、まあ人それぞれね。」
少しの沈黙の後、お姉様は決心したように話し始めた。
「こんなことを言うと貴女が動揺するから言おうか迷ったんだけど、公爵令嬢、貴女さえいなければ辺境伯と結婚できると本気で思っていたみたいよ。」
私との前にそう言う話があったってこと?誰とも話がなかったと調査書には書いてあったはずだけど。私に見せた調査書にはその部分を載せなかったの?
「つい最近、正式にノーザンフィールド公爵家の養子になったとはいえ小さな頃から公爵家で暮らしてたから後継とみんな思ってたでしょうし、話がないとはいっても顔を合わせれば話題のひとつとして『家の娘と年回りもいいし』くらいの会話はあったと思うわ。婚約者がいない子供を持つ親の定番、という言い方も変だけど、挨拶代わりというか、よくある話よ。相手は亡くなっているとはいえ、国王の正妃の実家の筆頭公爵家だもの、ノーザンフィールド公爵もあからさまには拒絶はしないんじゃないかしら。それに、公爵令嬢はエルメニアの王太子の従姉妹で辺境伯は王太子の側近で婚約者の従兄弟で兄弟同然。私的な行事で顔を合わせたりすれば、彼がエスコートすることもあったでしょうね。エスコートすればその時はその女性を一番に気遣うし、それを自分に気があるからと勘違いしちゃったのかも。もしそうなら、ちょっとどうかと思うわ。」
うんうん、そうよね。エスコート如きで勘違いなんかして、どうかしてるわ。その勘違いで私に意地の悪いことを言ってきてたの?
「とにかく、辺境伯の婚約者は貴女なのだし、辺境伯もそのように扱ってくれてるんだから、もう公爵令嬢のことは放っておきなさいな。」
お姉様は自分の部屋に帰って行った。
お姉様は「放っておきなさいな」と言ったけれど、卒業するまでは筆頭公爵家の令嬢なわけだし、学校では私より評判良くて人気者だからどうしていいか悩んでしまうわ。
翌朝はちょっと寝坊した。
「ルイーゼ、起きないの?起きないならこうしちゃうわよ。
あら〜、よく伸びるわね。面白いわ。」
両頬をつねられて引っ張られる。
「いふぁい、ひゃめて!」
ヨハンナお姉様の手を掴んで引き離そうとするけど、お姉様はつねる手を離さない。
「いふぁい、いふぁい!ひゃめて!ふぇ、え、」
「ヨハンナ、何してるの、やめなさい!泣いてるじゃないの。」
カタリーナお姉様が部屋に入って来た。
カタリーナお姉様の呆れた声。
「ヨハンナ、貴女にはルイーゼを起こすように頼んだはずよ。なのに、どうしてそんなことをするの?昔からルイーゼをいじめて。」
「だって、起こしても起きないんだもの。すぐに泣くから面白いし。」
カタリーナお姉様は首を横に振る。
「もう、貴女は、、、」
「面白いのに。お姉様だってルイーゼはすぐに泣くって言ってるじゃない。
おはよう、ルイーゼ。学校なんて通わずに、結婚まではこっちにいればいいのに。もう出発なんて寂しいじゃないの。」
ヨハンナお姉様は私に抱きついた。
もう出発って、子爵が帰ってから一週間経ってないわ。お父様は許可をくださるかしら?
「子爵の方から、すぐにでも出発できるがいつ出発するのか聞いて来たのよ。貴女がすぐにでもエルメニアに出発したいだろうからって。」
子爵のせっかくの申し出。明日出発することにした。
その夜に私の制服姿を披露することになった。聖白百合学園の制服に着替えて居間に行く。
「わあ、可愛い!可愛いすぎて、ルイーゼにはもったいないわよ。」
「ヨハンナ、そんなことを言うのはやめなさい。」
カタリーナお姉様が注意する。
「うむ、本当に可愛いな。アルトドラッヘン辺境伯夫妻が先に見たと言うのが気に入らないが。まあ、こんなに可愛いのなら、早く見たいという気持ちはわかるので、咎めはしないが。」
「ええ、本当に可愛いですわ。こんなに可愛いんですもの。嫉妬からルイーゼに危害を加える者が出ても不思議ではありませんわ。」
お母様、親の欲目過ぎます。私が可愛いからではなく、ギルベルト様の婚約者だからです。
「ルイーゼ、どうしても学校に行かなくてはならないのですか?貴女に何かあったらと思うと、不安で堪りません。」
泣かれてしまった。
「お母様、学校では私専属の護衛というのはいませんが、お友達と一緒にいるから大丈夫です。危害と言っても、私の物を隠すのがせいぜい。それも翌日には机の上に置いてありますし。ひどいことにはならないと思います。筆頭公爵でないとはいえ、どの家もノーザンフィールド公爵家に睨まれたくはないですから。」
お父様とカタリーナお姉様がお母様を慰めていた。
翌朝早くに、皆に挨拶を済ませて馬車に乗った。
「殿下、せっかくエルメニアに行けるというのに、ため息をばかりですね。」
ハンナが話しかけてきた。
「もっと早く馬車が進まないかと思うの。無理なのはわかるけど。」
「鳥みたいに空を飛べたらいいですよね。山も川も海もひとっ飛び。」
ロッテが夢のようなことを言った。
本当にロッテの言うように鳥のように飛んでギルベルト様のところに行きたい。そうすれば、ヴェストニアに帰っていても、会いたい時にギルベルト様に会えるのに。エルメニアにいてもお父様やお母様に元気な姿をお見せできるのに。
アルトドラッヘンまで来た。エルメニア側のノーザンフィールドまで一緒に来てくれるという。公爵は未だ王都にいるので、王都行きの船を手配してくれた。ちょっとズルいけれど、こういうことはその地域の実力者に頼んだ方が上手くいくことが多い。私は辺境伯に貨物船ではなく、客船の手配をお願いした。貨物船の方が早いけれど、ベッドは硬く狭い。エルメニアでノーザンフィールド公爵の後ろ盾があったとはいえ、外国の子爵という身分でその国の筆頭公爵と『話し合い』という交渉するのは身分差もあり大変なことだったと思う。交渉がまとまり次第、夜を日に継いでヴェストニアに着くと夫人の待つ家にも帰らずお父様に報告し、今後のことについての話し合う。その話し合いが終わると、私と一緒にヴェストニアに帰っていた夫人とゆっくり過ごすまもなく、エルメニアに蜻蛉返り。エルメニアでもゆっくりはできない。私の後見人として、私がエルメニアで基盤がきずけるようにいろいろ働いてくれている。船の中でくらい、ゆっくり休んでもらいたい。
「貨物船の方が早く着くのに、客船でいいのですか?」
「客船の方が子爵はゆっくり休めるでしょう?」
「私のことなど、お考えにならなくても。若い頃は野宿もありの貧乏旅行をしていましたので、貨物船でも構いませんのに。私のために申し訳ありません。客船で休めますので、エルメニアではすぐに活動できます。」
私の言い方が悪かった。子爵がゆっくり休めるように客船にしたのは事実だけど、すぐに働いてもらうためじゃない。「私達の言動ひとつでその人の人生が決まることがあるの。だから思ったことをすぐに口に出したり、実行したりしてはダメ。よく考えてからにしなさい」よくカタリーナお姉様に言われてたのに。
エルメニアの王都が近づくにつれて不安になってきた。
「殿下、お身体の具合が?だんだんお元気が無くなっていくようですが。」
夫人に聞かれる。
「新学期には帰るって約束したのにもうだいぶ過ぎちゃったから、ソフィア様達怒ってて、もう一緒におしゃべりしたり仲間に入れてくれないかもしれない。」
せっかくできたお友達だったのに。
「それに、王太子殿下の従姉妹でもある筆頭公爵令嬢のエヴァンジェリン様と揉めちゃったから、婚約解消にはならなくても、ギルベルト様は私のことを疎ましく思うかも、、、ソフィア様のカルマン伯爵家やデイジー様のボルモア侯爵家も私と仲良くしたせいで、マーリン公爵家から睨まれると私を疫病神のように思っているかも。」
言っていて、涙が出てきた。
所詮は政略結婚だもの、今回のことで疎ましく思われて嫌われても仕方ない。けれど、あの時の気持ち、私の滞在先に公爵邸ではなく別邸を用意されたのはギルベルト様は愛する人と公爵邸に住むからだと思って辛かった時の気持ちよりも辛い。
涙がポロポロととめどなく出てくる。せっかく心が通じ合えたと思ったのに!
「辺境伯は筆頭公爵家の機嫌を取るために殿下を冷遇されるとは思いません。今回の万年筆のこと、殿下にはなんの非もないではありませんか。
エルメニア王宮からも辺境伯や殿下が疎まれることもないと思います。たしかに相手は筆頭公爵家ではありますが、公爵側の頼りは国王陛下の正妃のご実家ということですけれど、正妃は既にお亡くなりですし、陛下も半ばご隠居状態でほとんどの実権は王太子殿下がお持ちです。その王太子殿下も補佐役の宰相のロイド伯爵も家柄よりは実力を重視なさるようですし、公爵もご子息の子爵も王宮でなんのお役にもついていません。むしろ肩書きしかない筆頭公爵家を王宮から遠ざけたと感謝されるのではないでしょうか?」
どこまでが本当のことかわからないけれど、夫人にそう言ってもらって、少し気持ちが和らいだ。
早く着いて欲しいけど、着かないで欲しい。早く着いて欲しいのは、早くギルベルト様に会いたいから。着かないで欲しいのは、ギルベルト様に疎まれているとハッキリと思い知るのが怖いから。船は順調に進んでいく。この分だと王都の港の到着は予定通り明日の昼過ぎね。「どうかギルベルト様に疎まれてませんように」と祈りながら寝た。
いよいよ今日の昼過ぎに王都に着く。エルメニアの王都に来るのは今回で三回目。一回目はギルベルト様に会える嬉しさでいっぱいだった。二回目は初めての学校に不安と期待とが入り混じっていた。今回はソフィア様達に約束を破ったと軽蔑され、ギルベルト様からは厄介ごと持ち込む婚約者と見られると思うと暗い気持ちしかない。
ロッテが呼びにきた。もうすぐ船が港に着くみたい。
「殿下、せっかくエルメニアに戻ってきたのに暗いですよ。」
そういうロッテの表情も暗い。ヴェストニアに帰る日、ロッテはいらないことを言ってしまい、ウォーカーに嫌いと言われたのだ。言い訳しようにもその日の夕方に出発だし、二人の交際は公にできないので、見送りにも来られない。手紙のやり取りもできない。私からギルベルト様の手紙に紛れ込ませようにも、私自身、婚約解消の危機にあり、お父様に手紙のやり取りは必要ないとさせてもらえなかったのだ。だから、ウォーカーがロッテのことをあれからどう思っているか、わからないでいた。
「ロッテ、何があっても私のそばにいてね。」
「当然です。殿下こそ、私を解雇しないでくださいよ。」
傷を舐め合う仲間はいた方が心強い。
「何をやってるんですか。早く船をおりる準備をしてください。」
ハンナが呆れた声で言った。
船が港に着いた。下船は特等船室からだから、私達が一番。気をつけて舷梯をおりる。この時間は学校だもの。誰のお迎えもなくても仕方ない。そう、自分を納得させながら降りていく。岸壁に降り立ったけれど誰もいない。やっぱり。だって学校だもの、出迎えに来れるはずないもの。ノーザンフィールド公爵すらいない。やっぱり、私のことは疎ましく思っているんだ。
次々と人がおりてきて、迎えの人と手を取り合ったり、抱き合ったりしている。久しぶりに会うんだもの、嬉しいよね。滲んでいく景色をぼんやり眺めながら、公爵家が寄越してくれた馬車のところまで歩いていく。
滲んだ景色の中に、手を振りながら走ってくる人がいた。
「ギルベルト様!」
人混みの中なのに、声を出してしまった。けれど、あちこちで再会を喜び、名前を呼び合う人がいるので、誰も気に留めない。
私もギルベルト様に向かって走り出し、ギルベルト様に抱きついた。
「殿下、おかえりなさい!」
「良かった。本当に良かった。」
そう言いながら、ギルベルト様も私を抱きしめ返してくれる。二人で抱き合って、泣いていた。
「あのー、」
女性の声がする。見ると、ソフィア様だ。え、いつのまに?いつからいたの?
「お二人の世界のところ申し訳ないんですけれど、そろそろ譲ってもらえませんか?殿下に抱きつく順番をずっと待っているんですけど。」
ギルベルト様は「どうぞ、私はいつでも殿下を抱きしめる権利があるので」と笑った。
「殿下、おかえりなさい。帰ってきてくださって、嬉しいわ。」
ギュウと抱きつかれた。後ろで伯爵夫人が微笑んでいる。
「ソフィア様、学校は?」
「早退しましたわ。だって、殿下がエルメニアに帰って来られるんですもの。学校にいる場合じゃないわ。
長期休暇の前にあんな事件があったでしょう。新学期になっても、エルメニアには帰ってこられないし。だから、もう殿下はご結婚までエルメニアにはいらっしゃらないかと心配してましたの。
殿下が帰って来てくださって、本当に嬉しいわ。」
涙声のソフィア様は一層私をギュウと強く抱きしめた。
「あ、デイジーに代わますわね。」
デイジー様も私を抱きしめてくれた。
「殿下、おかえりなさい。新学期には帰って来られるとお約束してくださったもの。待っておりました。」
デイジー様も涙声。
「だって約束したもの。遅れてごめんなさい」
そう言う私も涙声だ。
「いつまで抱き合っているんですか。早くお屋敷に帰りましょうよ。」
ロッテだ。なんか明るい顔をしている。船をおりた時はあんなに暗い顔をしていたのに、このちょっとの間に何があったの?
「さ、殿下、お疲れでしょう。お屋敷にご案内しますよ。」
馬車までギルベルト様がエスコートしてくれる。気を利かせた子爵が二人きりで馬車に乗せてくれた。
隣に座って手を繋ぐ。それだけでとても嬉しい。エルメニアに帰って来た、ギルベルト様と一緒にいると実感できる。馬車の中では何も話さなかった。手を繋いでいるだけで心が満たされてていく。何も話さないまま、お屋敷に着いた。
「殿下、お疲れでしょう。明日の夕方、伺います。」
ギルベルト様は学校を早退して私の迎えに来てくれたに違いない。もっとお話ししたいけれど、引き留めるのも悪い気がする。
「明日、絶対に来てくださいね。」
そう言ってお別れした。
お屋敷に入ると、マーサ達メイドは涙ぐんでいた。結婚までエルメニアには来ないかもしれないと思っていたらしい。私がお屋敷に帰ってくれた、ととても喜んでくれた。
明日から学校に行きたかったけれど、明日一日はゆっくり休んで明後日から通うように子爵に言われた。
「ご自分でもお気づきにならないお疲れがあるはずです。
港でご友人ともお会いになりましたし、無理をして明日から登校なさって体調を崩すようなことがあってはなりませんから。」
私のお友達は一番の仲良しはソフィア様とデイジー様だけど、他にもいるし、会いたい。でも、子爵の言うことを聞いて明日一日はゆっくりすることにした。だって、まだ学校には一年以上通うもの。一日くらい、貴重な一日だけど、ゆっくりしてもいい。
夕方が近づくにつれ、ロッテがソワソワしだした。
「どうしたの?」
「いえ、今日の夕食は何か台所で聞いてきます。」
「夕食の準備をしているところでしょうし、今行ったら迷惑よ。」
そう言ったけれど、ロッテが台所に行きたがる理由に思い当たった。
「夕飯の準備でウロチョロしたら迷惑だから、温室に行きなさい。お茶とお菓子を持って行っていいから。
ハンナ、私が許可したとマーサに伝えて。」
ロッテは「ヘルマン夫人、早く早く」と急かしている。ウォーカーが待っているとギルベルト様がロッテに伝えたに違いない。港でギルベルト様はロッテに何か言っていたようだったから。
その夜のロッテは始終ヘラヘラ、ニヤニヤしていた。
「ロッテ、なんて締まりのない顔をしているのです。殿下の御前ですよ。」
ハンナが注意する。
「放っておけばいいのよ。気にしたら負けよ、ハンナ。」
「負け、とは?なんの勝負をなさっているのです?
ロッテ、そろそろさがりますよ。
殿下、お休みなさいませ。」
本当、気にしたら負けって、なんの勝負をしているのかしら?
でも、ロッテが元気になって良かったわ。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
次回、最終回です。




