31話
今日は学期の最終日。既に領に向けて出発した人もいて、チラホラ空席もある。
「殿下、今夜のノーザンフィールド行きの船に乗られるのですよね。お見送りに行きますわ。」
「私もデイジーと一緒に行きます。」
長期休暇明けにはまた会えると言っても、やっぱり少し寂しいわね。
エヴァンジェリン様がこちらを見ている。何か言いたいことでもあるのかしら?始業前なんだから、おしゃべりしてても構わないじゃない。結局、最後まで嫌味以外声をかけてこなかったわね。かけられたいわけじゃないけど。
コッカー先生のお話も終わり、いつもはおしゃべりで残ってたりするみんなも、それぞれ足早に帰って行った。「はあ」とため息をつく。
「殿下、どうなさったの?」
「結局、万年筆、出てこなかったわ。」
「そうですね。でも、悪いことがあれば、良いこともあるものです。これから先は良いことしかないですよ。」
ソフィア様がそう慰めてくれた。
「諦めが悪いとは思うけれど、最後にもう一度、教室を見て帰ります。」
ソフィア様とデイジー様が一緒に回ってくれる。この二人には随分とお世話になったわ。ソフィア様が声をかけてくれなければ、ずっと一人ぼっちだったかも。それでなくても声をかけるのに躊躇する相手なのに、さらに筆頭公爵家令嬢に嫌われているみたいな私に声をかけてグループに入れてくれるのは勇気がいるわよね。
「まだ、お帰りになりませんの?」
エヴァンジェリン様だわ。私のことが好きではないのだから、声をかけずにさっさと帰ればいいのに。
「万年筆が無くなったのは教室だから、ヴェストニアに帰る前にもう一度見ておこうと思って。」
「そう、ですの。お先に失礼いたしますわ。」
エヴァンジェリン様がくるっとドアの方を向いた拍子に、コトンと音がした。見れば万年筆が転がっている。一瞬、エヴァンジェリン様が固まる。
ソフィア様がここぞとばかりに文句を言う。
「ちょっと、万年筆が転がってきたわよ。落ちた拍子にインクが飛んだら、どうしてくれるのよ。制服が汚れちゃうじゃない。制服を汚したらお母様が泣くんだから!落とさないように管理しなさいよ。」
ソフィア様の位置、転がった万年筆から離れているからインクの飛沫は飛ばないんじゃないかしら。
慌てて万年筆を拾い上げるエヴァンジェリン様。いつもは取り巻きに拾わせるのに、今日は自分で拾うんだ。取り巻き、もう帰ってるもんね。自分で拾うしかないわね。でもなんであんなに慌てて拾うの?壊れてるか気になるから?私はのんびりとエヴァンジェリン様が万年筆を拾う様子を眺めていた。
その時、
「あ、その万年筆、殿下の!」
ソフィア様が声をあげた。見ればその万年筆には灯台が描いてある。私が気づかなかったのはエヴァンジェリン様に興味がないので落とした物にも興味なかったし、エヴァンジェリン様から落ちたのだからエヴァンジェリン様の物だと思っていたからだと思う。
エヴァンジェリン様は顔面蒼白になりながら、万年筆をカバンにしまおうとする。
「その万年筆、見せなさいよ。」
ソフィア様がエヴァンジェリン様の腕を掴み、万年筆を取り上げようとする。
「やめて、手が痛いわ!離してちょうだい!」
「だったら、万年筆を離しなさいよ!」
ソフィア様はエヴァンジェリン様の腕を掴み、もう片方の手で万年筆を取り上げようとする。エヴァンジェリン様はその手を払い除けようとする。
ドアが開いて、騎士が入ってきた。放課後の巡回らしい。エヴァンジェリン様の意識が騎士に向いた一瞬の隙にソフィア様が万年筆を取り上げた。
「大きな声が聞こえましたが、何かありましたか?」
「泥棒です。この人が殿下の万年筆を盗ったんです。」
ソフィア様がエヴァンジェリン様を指差した。
「私じゃないわ。」
泣きそうな声のエヴァンジェリン様。
「だったら、なんで殿下の万年筆が貴女のポケットから出てきたか、説明しなさいよ。」
言葉に詰まるエヴァンジェリン様。
ソフィア様は万年筆をエヴァンジェリン様に突きつけた。
「どうして殿下の万年筆が貴女のポケットから出てくるの?殿下の物を盗っておきながら、殿下の管理が悪いと難癖つけたわよね!」
「私じゃないわ。私は盗ってない。」
「だったら、殿下の万年筆が貴女のポケットから出てきたことをどう説明するのよ!」
ソフィア様が詰め寄る。
「わからないわ。あの日、家に帰ってカバンを開けたら入ってたのよ。でも、盗ったのは私じゃない。」
「だったら、翌日に殿下に返せば済むことでしょ。自分だか取り巻きだかに盗らせたから、ポケットにいれてたんでしょ。
あの万年筆は自分が持つにふさわしいとか、持つべきとか、言ってたの、知ってるんだから!」
「私じゃないのに。」
エヴァンジェリン様はそう言うと顔を手で覆って泣き出してしまった。
巡回の騎士は問題になっている私の万年筆をソフィア様から預かると、私達にこの場に留まるように言い、教室を出て行った。すぐに戻ってきて「学園長先生に呼ばれているのでついてく来るように」と言った。泣いているエヴァンジェリン様にデイジー様が声をかけた。
「エヴァンジェリン様、ご一緒に参りましょう。」
ソフィア様はその様子を見て、「泥棒のくせに。デイジーも放っておけきなさいよ」と悪態をついていた。
エヴァンジェリン様は学園長室に、私は理事長室に連れて行かれた。ソフィア様とデイジー様もそれぞれ別の部屋に。他人の話に引きづられたらいけないから、別々に話を聞くみたいね。
理事長は私に話しかけた。
「殿下、お呼びたてして申し訳ありません。
あの万年筆は紛失届けを出された殿下の物で間違いございませんか。」
理事長は最後に見たのはいつか、なくなったことに気づいたのはいつか、それからどうしたかを聞いてきた。二限目の授業で使い、ペン入れにしまったこと。午後の授業の時にはなくなっていたこと。ホームルームの前に机やカバンの中の物を全部出して探したことを話した。
子爵夫妻が私を迎えに来てくれた。私のエルメニアでの後見人であるケプラー子爵は、騒ぎの後始末の話し合いの為に学校に残り、私は夫人と帰った。お姉様が玄関まで来てくれていた。ミヒャエル様も。
「ルイーゼ、大変だったわね。夫人も今晩出発なのにありがとう。本当は私が行きたかったんだけど、それでは更に大事になってしまうから。追い返すようだけど、帰ってもらって大丈夫よ。馬車はそのまま使ってちょうだい。
ハンナ、ルイーゼの着替えを。」
私はハンナに連れられて自室に戻った。
着替えているとお姉様が入ってきた。
「ハンナ、ルイーゼに怪我はない?」
「はい、アザもございません。」
なんで怪我の心配をされてるの?
「ルイーゼ、着替えたら少し話があるの。」
お姉様はそう言って、出て行った。
「ねえ、ハンナ、お姉様はなんのお話があるのかしら?もしかして、やっぱり私とギルベルト様の婚約は解消されるとか?」
「さあ、私はなにも。けれど、殿下と辺境伯の婚約解消はないと思いますよ。今朝も殿下が出かけられてから公爵が『噂を打ち消すためにこの長期休暇は王都に残って行儀見習いを』とカタリーナ殿下に直談判に来られてましたから。」
「公爵が?」
「はい。」
この話からすると、公爵側から解消はないみたいね。
けれど、何故、そこまでして王都から出さないようにしたいのかしら?解消したいのはヴェストニア側で私が帰国しちゃうと解消させまいとしても無理だからかしら?お姉様がローゼニアであるミヒャエル様と結婚するんだから、私はする必要ないものね。どこか辺境の小さな国に嫁ぐのかな?せっかく、ギルベルト様と心が通じ合えたと思ったのに。居間に行く途中に涙がポロポロ出てきた。
居間ではお姉様が難しい顔をして座っていた。
「お姉様、お待たせしました。」
泣いている私を見て驚くお姉様。
「どうしたの、学校で何か嫌な目にあっているの?お友達と上手くいってないとか。」
「いいえ、あまり仲良くなれない人もいるけど、仲の良いお友達もいます。なくしものを一緒に探してくれたり、具合が悪くて学校を休んだ時は励ましのお手紙ももらいました。」
「そう、それは良かったわ。学校に通ってみてどう?長期休暇明けにも通いたい?」
どうしてそんなことを聞くのかしら?やっぱり、婚約解消になっていて私を抵抗させずにヴェストニアに連れて帰るため?知らされるのはヴェストニアに帰ってから?
涙がポタポタ出てきた。慌てるお姉様。
「どうしたの?貴女、変よ。やっぱり学校で何かあったんじゃないの?
「私はやっぱり婚約を解消されるのですか?ギルベルト様と結婚したかったけれど、他の方と結婚するように言われるのならそれを受け入れます。」
そう言ったものの、ギルベルト様と結婚したい。ギルベルト様と結婚できるのなら平民になってもいい。でも、ギルベルト様は王女ではない私は受け入れないかも。涙がさらに出てくる。
「何を言ってるの?前にも言ったように、辺境伯との婚約は解消になってないわ。なる予定もないし。今朝も公爵が『貴女だけでも王都に残れないのか』聞いてきたんだから。ミヒャエルの話だと、辺境伯も貴女のことがとても気に入っているって。向こうも解消する気はないみたいよ。そんなに言うなんて、貴女本当は自分が解消したいんじゃないの?え、違うのね。辺境伯と結婚したいのね。」
お姉様はそう言って黙った。何かを考えているよう。
「落ち着いて聞いてね。
ルイーゼ、貴女、一時学校によく忘れ物をして帰ってたらしいじゃない。最近、また忘れ物しだしたし。この前は万年筆もなくなったし。」
「それは、私の管理が悪かったから、、、」
「本当にそう思っているの?」
お姉様が正面から私を見据えた。
正直にいうと、私は自分の管理が悪かったなんて思ってない。まったく落ち度がないとまでは思っていないけれど。最初の頃は私は自分がうっかりしていて忘れたと思っていた。けれど、あまりにも頻度が多すぎる。それに何故なくしたか理由がわからないものも多々ある。毎回、翌日に机の上に置いてあるのも変だし、なくしたものが行っていない校庭の四阿で見つかったり。極め付けは私のトレア語の古典文法の教科書がデイジー様のカバンに入っていたこと。万年筆みたいな小さなものなら入ることもあるでしょうけど、あんな大きなものが紛れ込むわけがない。私とデイジー様の席は離れてるし、授業が終わればその都度教科書は片付ける。そんな教科書がデイジー様のカバンに入っていたなんておかしいもの。
「それは、、、級友を疑いたくないし、多少のことはあると、、、だって、私は誰よりも身分が高いし、降嫁して王族籍を失くすと言っても、嫁ぎ先はこのエルメニアで一番お金持ちの公爵家。何よりギルベルト様は容姿も優れていて王太子殿下の側近で将来性も有って令嬢に人気だから、そのくらいのことはされても仕方ないかと。仕方ないで済ますのも癪に障るけど、反応するのは相手の思う壺のような気がします。向こうは私がオロオロしたりするのを期待してるんでしょうから、今のところなくした物は帰ってきてるし、気にも止めないフリが一番堪えるんじゃないかと。意地悪をしたければ、すればいいんだわ。」
言ってて、腹が立ってきた。私だけでなく、デイジー様も巻き込むなんて。デイジー様はきっと人気だったエヴァンズ侯爵と婚約したから私の教科書を入れられたんだ。一時、デイジー様も机の上や校庭に教科書やノートがあったもの。それも破れた状態のことも。陰でコソコソと、なんていやらしい!
お姉様の表情が少し和らいだ。
「尻尾を巻いて逃げる気はないようね。」
「ありません。なんで逃げないといけないんですか?ここで逃げたら、ずっと逃げ続けなければならなくなるもの。逃げて学校をやめたら、その人に負けたことになるもの。卑屈な気持ちを抱いたままエルメニアで暮らさなければならなくなる。そんなのは嫌。私はギルベルト様と結婚してシュバルツ辺境伯夫人に、将来はノーザンフィールド公爵夫人になるんです。そんな陰でこそこそしている人になんか、負けません。」
「立派な心意気ね。でも、お父様やお母様はとても心配してらっしゃるの。学校をやめて結婚まではヴェストニアにいて欲しいって。そんなことを聞いたら、帰国したくなくなるでしょうけど。」
たしかに、ヴェストニアに帰ればもう結婚までエルメニアに来させてもらえないかも。そうなれば結婚までギルベルト様には会えない。でも、聖白百合学園を退学すればギルベルト様が卒業する半年後には結婚することになるから、半年の辛抱だわ。もし、お父様達を説得できれば長期休暇明けには学校に戻ってこれる。その場合、結婚は私が卒業する一年以上先だけど。
「ヴェストニアに帰るけど、学校はやめません。」
「わかったわ。でも、こういう行為は反応しないとなくなっていくことも多いけど、逆にエスカレートして身体的な嫌がらせ、というより暴力ね、貴女に危害を加えることに発展することもあるから、気をつけて。」
ああ、私の着替え中お姉様が「怪我はないか」確認にきたのはそういうことなのね。けれど、身体的危害って、あのエルメニアで流行っている小説のヒロインのように、足を引っ掛けられたり、物をぶつけられたり、階段から突き落とされたりするってこと?引っ掛けるために足を出してきたらその足を踏んでやるし、物を投げてきたら投げ返してやるし、階段から突き落とすのなら腕を掴んで一緒に落ちてやる!
部屋に帰るとロッテが心配そうに聞いてきた。
「殿下、ヴェストニアには帰りますよね?」
「帰るわよ。どうしてそんなこと聞くの?貴女にとっては私が帰らない方が、愛しのリックと離れ離れにならなくていいんじゃない?」
ロッテの目から涙がポロポロ出てきた。
え、どうして泣くの?ウォーカーと別れたの?
「殿下、ロッテは今朝、殿下が仰ったようなことをリックに言ったんです。」
「そしたら、リックが
『殿下はご両親である陛下ご夫妻にお会いしたいし、陛下ご夫妻も娘である殿下が帰ってくるのを楽しみにされているに違いない。なのに、そんなひどいことを言う君は嫌いだ』
って。」
うう、ぐす、とロッテが泣きだした。
困り顔のハンナ。
「殿下、なんとかなりませんか?」
なんとかって、どうしたらいいの?自分のことだけで手一杯なのに。でも、ロッテのためにもなんとかしなくちゃ。
夕方近くになって、ギルベルト様とグロリア様がやってきた。少し早めの夕食を一緒にとって、港までお見送りに来てくれる。子爵夫妻も一緒に夕食をとるはずなのに来ない。
ようやく子爵夫妻が来たのは食堂に移動する頃だった。
「皆様、遅くなり申し訳ありません。
カタリーナ殿下、ルイーゼ殿下、ヴェストニアへのお供は叶いそうにありません。」
「そう、夕食をとりながら簡単に報告してちょうだい。」
お姉様とミヒャエル様、夫妻は私達とは別室で夕食を取ることになった。
私達だけで夕食をとる。そうなったのは私の責任ではないとはいえ、私の学校での出来事が原因なので、なんとなく気まずい。
「殿下、お身体の具合が?食が進んでらっしゃらないようですが。」
「いえ、いたって元気です。」
グロリア様にそう答えたものの、お姉様達は何を話しているか気になって仕方ない。何を聞かれても上の空で食事を終えた。
港にはソフィア様とデイジー様が見送りに来てくれていた。
「ソフィア様、デイジー様、お見送りありがとうございます。」
「いえ、殿下、私達はお友達になったんですもの。そのお友達の出発を見送らないほど、薄情ではありませんわ。」
「私も。だって、殿下のこと大好きですもの。お見送りに行っちゃダメなんて言うお父様なんか大嫌い。だから当分口きかないし、デイジーのお家に行くことにしたの。伯父様も是非来なさいって。
デイジーのお家はいいなあ。殿下のお見送り、反対どころか行ってきなさいって。」
それでカルマン伯爵は悲しそうな顔をしてるのね。ギルベルト様のお話では一人娘であるソフィア様をとても可愛がっているって話だったもの。
「殿下、お父様やお母様である陛下ご夫妻から離れ難いと思うけれど、なるべく早くエルメニアに帰ってきてね。私のこと、忘れちゃいやよ。」
ソフィア様は私に抱きついた。向こうでカルマン伯爵が狼狽えてる。話の流れ的とはいえ娘が王女に抱きついて慌てない親はいないんじゃないかな。
「忘れるわけないじゃない。私もソフィア様のことは大好きよ。デイジー様のことも。」
今度は私がデイジー様に抱きついた。デイジー様も抱き返してくれた。
出航が近づき、乗船を促される。私は退学しないんだから、長期休暇明けはここへ戻って来る。なのに、戻って来られない気がして仕方ない。
「殿下、戻って来られるのを楽しみにお待ちしてます。」
「必ず帰って来ますから。」
ギルベルト様が他の人もいるというのに、ギュッと抱きしめてくれた。
「あ、辺境伯、何をなさってるんですか。殿下から離れてください。」
「そうよ、ギル、ズルいわ。私も殿下をギュッとしたい。」
グロリア様がそう言って、ギュッとしてくれた。私もギュッとし返した。
カタリーナお姉様が笑ってこちらに来た。
「ルイーゼ、随分と人気者ね。名残惜しいけれど、そろそろ船に乗らなくては。」
もうすぐ出航時間。
「皆様、行ってきます。」
そう言って、子爵一人を残して私達は乗船した。
道中特にトラブルなく、ヴェストニアに帰ってきた。途中、アルトドラッヘンで辺境伯夫妻に何故か制服姿をお披露目することになった。べた褒めされ、とても恥ずかしかった。
王宮に着くと一番に帰国の挨拶のためにお姉様とお父様の執務室まで行く。お姉様の挨拶の後、私も挨拶した。
「お父様、エルメニアから戻ってまいりました。友人もできましたし、とても有意義な留学でした。」
「お帰り、ルイーゼ。妃もお前の帰りを待っているよ。早く挨拶して安心させてやりなさい。」
お父様がそう言ったので、お母様の居間に行く。
部屋に入るなり、
「ルイーゼ、お帰り。よく帰ってきたわね。無事で良かったわ。」
と泣かれてしまった。私もお母様に会えて、抱きついて泣いてしまった。たった、数ヶ月会ってないだけなのに、何年も会ってなかったような気がする。
「ルイーゼが帰ってきたって聞いたけど。」
ヨハンナお姉様が部屋に飛び込んできて、まだお母様に抱きついている私に抱きついてきた。
「ルイーゼ、お帰り。待ってたわ。」
お姉様も泣いている。たった数ヶ月でこれなら、結婚したらどうなっちゃうのかしら?
もっとお話しをしたかったけれど、お話しの途中で船を漕ぎ出してしまい、自分の部屋にさがった。久しぶりの自分の部屋だけど、なんとかお湯をつかうのが精一杯。ベッドに倒れ込んでそのまま寝てしまった。夜中に目を覚ますと、お母様とお父様がベッドのそばにいて話していた。
「ルイーゼはよく寝てるな。」
「ええ、長旅で疲れているのでしょう。夕食も取らずにそのまま寝てしまったようです。けれど、それだけではないのだと思います。陛下もお聞きの通り、学校ではルイーゼの物を隠したりして危害を加えている者もいるとか。向こうでは安心して眠れていないのかもしれません。物だけでなくいつ身体的にも危害を加えられるか、心配でたまりませんわ。ルイーゼは結婚まではヴェストニアに、いえ、カタリーナがローゼニアを王配に迎えることが決定したのですから、ルイーゼの婚約は解消しても良いのではありませんか?」
嫌よ、そんなこと。私はギルベルト様と結婚するの。お父様達と離れてエルメニアに行くのはとても寂しいけれど、ギルベルト様は私が里帰りするのを嫌がったりしないわ。きっと、快く送り出してくれる。「一緒に行けないのが残念です」とちょっと寂しそうな顔をして。寂しそうな顔は私の願望か。でも、絶対に嫌な顔はしない。もし、一緒に行けるなら行ってくれる。
そう言いたいのに、疲れているせいか、寝ぼけているせいか、上手く声が出ない。なんとか声を出したけど、口の中でモゴモゴ言えただけだった。
「寝言か。
そうだな、そんな環境にルイーゼを置いておくわけにはいかないし、それを放置している公爵家も信用ならん。解消に向けて検討しよう。」
お父様、私はギルベルト様と結婚したいの。公爵家は放置なんかしてないわ。
今回のことだって、エルメニア国王の亡き正妃のご実家の筆頭公爵家が相手なので、いくらケプラー子爵がヴェストニア国王の側近で王女の後見人といえども子爵、そのことで話し合いが不利にならないようにとノーザンフィールド公爵が一緒に行ってくれている。あの、中央とは距離を置こうとする公爵が、よ。
そのことを言おうとするのに、疲れすぎているのか口が上手く動かない。このままではギルベルト様との婚約が解消されてしまう。涙が出てくる。
「陛下、ルイーゼが涙を流していますわ。先程は聞き取れなかったけれど、何かを言っていましたし。責任感の強い子ですもの、王族としての務めを果たそうとエルメニアで辛い目に遭っていても我慢しているに違いありません。きっと、夢の中で私達に助けを求めているのですわ。
可哀想なルイーゼ。陛下、是非、解消を。」
「ああ、子爵が帰り次第、婚約の解消に向けて話を纏めよう。」
お父様達が部屋を出て行った。私は「違う、違うの」と心の中で叫びながら、意識が暗闇に吸い込まれていった。
翌日、目を覚ますと昼を過ぎていた。急いで着替えてお父様の執務室に行った。お姉様がお父様に私がいかにギルベルト様と結婚したいと思っているか、ギルベルト様がどれだけ私を大切にしてくれているか、結婚を望んでいるか、お父様に力説してくれていた。
「ですから陛下、政略結婚ですが二人は互いに思いあっているのですし、私とルイーゼの二人がローゼニアと結婚することになんの不都合もないはずです。」
「しかし、ルイーゼに危害を加えている学生もいるというではないか。とにかくこの話はもう終わり、続きはケプラー子爵が帰ってきてからだ。カタリーナ、自分の仕事に戻りなさい。
ルイーゼ、どうしたんだ、何か用かね?お前は何も心配いらないよ。お父様がうまくやるからね。起きたのなら妃のところへ行って、安心させてやりなさい。」
話す間も無く、お父様に執務室から追い出された。
言われた通り、お母様の部屋に行く。
「ああ、ルイーゼ。もう、大丈夫よ。陛下が上手くやってくださるわ。ハンナやケプラー子爵がいるとはいえ、エルメニアでは心細く、とても辛かったでしょう。
カタリーナの結婚が決まった今、もう我慢する必要はないのよ。無理をさせてごめんなさい。」
そう言って、抱きついて泣かれた。
まずいわ、このままでは学校をやめるだけでなく、ギルベルト様との結婚もなくなっちゃう。なんとか「私がいじめられてる」って誤解を解かなくっちゃ。




