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30話

 遅刻だわ!慌てて起き上がる。ベッドから転がるように降りて寝衣を脱ぎ捨てる。えーと、今日着る服は、いや、朝食を食べている時間なんてない。着替えたらすぐに登校しなきゃなんないんだから、直に制服を着ちゃえ。どうしてハンナは起こしてくれなかったのかしら?いつも着替えを手伝ってくれるロッテは?

 ノックがしてドアが開く。

「殿下、こんなに早くどこかへ出かける予定、ありましたっけ?」

何呑気なことを言っているの、ロッテは。

「学校に遅刻しちゃうじゃないの。早く着替えを手伝って。」

「今日、学校はお休みの日ですよ。『翌日はお休みの日で良かった』と仰ってたじゃないですか。

あ、何また寝ようとなさってるんですか。」

今日、学校お休みなんだから二度寝してもいいじゃない。

「用事があれば呼ぶから、あなたも好きにしていて。」

ロッテはブツブツ言いながらも部屋から出ていった。

 私は寝衣に着替えると再びベッドに潜り込んだ。なんたって、二度寝をは気持ちいい。

「二度寝なんて久しぶりね。」

ベッドに潜り込むと、すぐに眠りについた。

 次に起きると、昼前だった。

「あ、良かった。起きてらした。」

ロッテの声だ。ケプラー子爵が来ているという。急いで着替えて応接間に向かった。

 応接間にはケプラー子爵とお姉様がいた。あと、ノーザンフィールド公爵と第一宰相のロイド伯爵も。なんの集まりなの?と戸惑っていると、お姉様が声をかけてきた。

「とりあえず、座ってちょうだい。」

私が座るとケプラー子爵が「ルイーゼ殿下の長期休暇の帰省のことですが」と話し始めた。

 子爵達が訪ねて来たのは「ヴェストニア第三王女は婚約破棄されたのでヴェストニアに帰る」という噂のことだった。近頃は「婚約破棄される」から「婚約破棄された」に進化していた。失礼ね。ギルベルト様がそんなことはないと確認してくれたんだから。

 みんな、私が噂を気にして「ヴェストニアに帰らない」と言うかもしれないと思っているみたい。

「長期休暇にはヴェストニアに帰って学校のことを報告する約束だし、そんな噂があるからって私の婚約が解消されるわけではないでしょ。まったく気にならないと言えば嘘になるけど、帰らないわけにはいかないと思うの。私自身、お父様達に会いたいし。

けれど、長期休暇に家に帰るのは普通のことでしょう?学校でもみんな領に帰る話をしてるわ。中には帰らない人もいるみたいだけど。

なんで私が帰る理由だけ『婚約破棄』になるのかしら?」

少し困った顔をする子爵。

「貴女が王女で相手が辺境伯だからよ。身分が高い人間の噂話は庶民の娯楽。結婚もいいけれど、婚約破棄なんてこれ以上ないくらい楽しい話題でしょうよ。」

カタリーナお姉様は少し嫌そうな顔をして、そう答えてくれた。

 そんな理由なら子爵は答えづらいでしょうし、お姉様も婚約間近で破談になっていろいろ噂されたから嫌な顔もするわね。

「私もそんな話題提供なんてごめんだわ。でも、私が帰らなければ帰らないで、それを噂するのでしょう?私にどうしろというのかしら。」

そんな噂があるのに帰国するのも嫌だけど、帰らないのも馬鹿げている。ギルベルト様は仕事や勉強で忙しくて、なかなか私と会ってはくれないでしょうけど、それでも一緒に食事したりはできる。でも、帰国するとまったく会えない。ギルベルト様には会えないけれど、お父様達には会える。私自身帰りたい気持ちと帰りたくない気持ちの間で揺れ動いているのに、そんなひどい噂をして面白がってるなんて!

 どうしたらいいのかしら?

「殿下は話題提供は嫌だと仰いましたが、ここは敢えて話題を提供してはどうでしょう。ただし、こちらの都合の良い話題ですが。」

公爵がそう言った。

「殿下は聖白百合学園にエルメニアの貴族夫人としての勉強や人脈のために編入なさいました。なので、長期休暇は我が家に行儀見習いに来ていただきたいのです。長期休暇に帰らずに我が家で行儀見習いをすれば、そのような噂もされなくなるかと。

私の妻はもう亡くなっていますが、ハウスキーパーのベル夫人がおりますのでいろいろ教えてくれるでしょう。行儀見習いは形ばかりで構いませんよ。実際の家政のことは妻もベル夫人に任せておりましたし。」

行儀見習い、か。たしかに婚約破棄するなら、その家に行ってまで行儀見習いなんかしないよね。いい案だわ。

「王都にベル夫人を呼びますので、殿下にはノーザンフィールドに行かずとも行儀見習いをしていただけるかと。」

 子爵が渋い顔をする。

「公爵、お話が違います。殿下にはヴェストニアにお帰り願わないと。陛下ご夫妻もそれは心待ちにしておられますから。」

結局、私は長期休暇はヴェストニアに帰り、新学期が始まってから王都で行儀見習いを受けることになった。私が来る前に、お姉様や子爵、公爵でどうするか決まっていたみたいで、それを私に了承させるための集まりだった。子爵が公爵の新たな提案を却下し、当初の予定で押し切った後、公爵が何かをつぶやいた。小声だし、ローゼニア語でよく聞き取れなかったけど、「殿下がヴェストニアに帰ったら、ギルベルトの機嫌が悪くなってしまうよ」とかなんとか言っているように聞こえた。

 私の長期休暇の過ごし方が決まったので、公爵と伯爵は帰って行った。

 夕方、ギルベルト様が訪ねて来た。お休みの日なので朝から今迄王宮で仕事をしていたみたい。今迄は恥ずかしくて言えなかったけれど、勇気を出して言ってみる。

「お帰りなさい。お仕事、お疲れ様でした。」

ギルベルト様はちょっと戸惑ったようだったけれど、すぐに嬉しそうな顔になった。

「ただいま帰りました。」

ロッテがこっちを見て砂を吐いているが、無視する。ロッテがウォーカーと台所でいちゃついてるの知ってるもんね。

 先日買ってもらったリッツェンの茶器でお茶を淹れてギルベルト様に出した。

「ああ、その茶器。

殿下手ずから淹れてくださったお茶は格別ですね。」

誉めてもらった。ギルベルト様に美味しいお茶を飲んでもらおうと、いっぱい練習したんだから。

 お茶の時間の話題はどうしても長期休暇の話になる。

「やっぱり殿下は長期休暇はヴェストニアに帰られるんですね。

学年途中の長期休暇は学年末よりも短いですから、ヴェストニアに帰られても慌ただしいと思います。こちらでゆっくり過ごされればいいのに。」

ギルベルト様は少し不満気。

「でも、殿下はご両親である国王陛下ご夫妻やもう一人の姉君にもお会いしたいですよね。エルメニアで首を長くして待っている私のことを時々は思い出してください。」

思い出すなんて、あり得ない。だって、いつもギルベルト様のことを思っているもの。

 ギルベルト様は帰り際、「今日も利子分を返してもらおうかな」と言ったので、ロッテが「気をつけてお帰りください」と、私とギルベルト様の間に入り込んだ。ギルベルト様は笑いながら馬車に乗って帰って行った。

「ちょっと、ロッテ、あんな態度は失礼よ。」

「いいんです。殿下に抱きついていいのは私だけなのに、額にキスまでして。今日だって、何をするつもりだったんだか!」

プリプリと怒っていた。


 学校もあと少しで、長期休暇に入る。待ち遠しいような残念なような。

 以前は毎日のように学校に忘れ物をして、翌日、机の上や校庭から見つかっていたけど、いつのまにかそういうことはあまり起こらなくなった。なのに、最近またそんな忘れ物というか、無くし物が復活した。

 午後の授業が終わって、私は机の中を覗き込んだり、入っている荷物をカバンから机に出して並べたりしていた。

「どこにやったのかしら?」

「殿下、どうなさったの?」

デイジー様が声をかけてきた。

「ええ、ちょっと、探し物。」

「探し物ですか?」

「ギルベルト様にいただいた万年筆が見当たらなくて。」

「あの、灯台の?大変じゃないですか。一緒に探します。」

ソフィア様も一緒に探してくれることになった。

 万年筆、どこにやったのかしら?午後の授業で使おうと思ったらなかったのよね。たしかにペン入れに入れたと思ったけれど、勘違いだった?

 授業が終わってからの行動を思い返してみる。授業であの万年筆を使って、授業が終わるとすぐにペン入れに入れたわ。それから食堂にいって昼食をとって、おしゃべりのために校庭に出た。

 昼の休憩時間、早めに教室に帰ってきた。ソフィア様が課題を全部していなかったことに気づいたからだ。

「ソフィアったら、もっと早く言わないとダメじゃない。」

「お昼食べるまでは覚えてたのよ。お昼食べてたら、忘れたの。わからないところがあるから、殿下、教えてください。お願いします。」

 教室に帰ってくると、もう、帰ってきている人がいた。子爵令嬢のロバータ様だ。同じクラスだけれど、おしゃべりグループが違うのであまり話したことがない。エヴァンジェリン様の取り巻きだし。

 エヴァンジェリン様のカバンの蓋を閉めていた。

「エヴァンジェリン様に用事を言いつけられたんだわ。自分ですればいいのに。

ロバータ様、また、エヴァンジェリン様に言い付けられたの?自分でさせなさいよ。」

声をかけられたロバータ様はビクっとした。私達が教室に入ってきたことは知っていてもグループも違うし、声をかけられたらびっくりするよね。

「ええ、でも、エヴァンジェリン様にはお世話になっているし。」

「お世話って、エヴァンジェリン様がしてるんじゃなくて、貴女がしてるんじゃない。

あ、殿下、課題見せてください。ロバータ様、課題できました?殿下に見せてもらうので、良かったらご一緒にどうです?」

ソフィア様、ちゃっかり「教えて」から「見せて」に変わっているし、勝手にロバータ様を誘ってるし。私は構わないけど、エヴァンジェリン様は私を目の敵にしてるみたいだから、誘ったらまずいんじゃないかな?ソフィア様はなんとか予鈴がなる前に課題を写し終えた。

 さ、席について授業の準備をしなくちゃ。その時、万年筆がないことに気づいたの。

 前回のように壊れて見つかったらどうしよう。せっかく、ギルベルト様がくれた物なのに。

「殿下、大丈夫ですよ。きっと見つかります。」

「デイジーの言う通りです。探し物は探している時は見つからないんです。きっと、変なところから出て来ますよ。どこかに落としていたとしても、灯台の万年筆のことはみんな知っているんだから、見つけたら殿下のところに持って来てくれますよ。」

そうね、みんなというのは大袈裟だと思うけれど、知っている人は多いみたいね。知っている人がお友達に話して、その人が他の人に話して、としていたみたいだから。けれど、なぜか最終的に私がギルベルト様に強要して贈らせたことになってる。情報伝達は正確に行ってほしいわ。まあ、どの話を信じるにしろ、少なくとも見つけた人は私の物だとわかるから届けてくれるはず。

 ソフィア様やデイジー様もカバンや机の中を見てくれたけれど、どこにもなかった。

「今日の授業は全部この教室だったから、絶対、この教室内にあるはずですよね。おかしいですねぇ、足が生えてひとりでどこかへ行くわけないし。」

ソフィア様は首を捻っている。

 「何なさってるのかしら?もうすぐホームルームでコッカー先生がいらっしゃいますわ。机の上にそんなに物を広げて、お店でもなさいますの?」

エヴァンジェリン様だ。

「別に貴女の机でひろげているわけじゃないし、関係ないでしょう。一緒に探してくれるわけでもないのに。」

筆頭公爵令嬢と伯爵令嬢。明らかに身分差がある。下の身分のソフィア様に言い返されたエヴァンジェリン様はムッとしたみたい。

「筆頭公爵家の令嬢のエヴァンジェリン様に口答えするなんて!」

「口答えじゃないわよ。事実を述べただけじゃない。だったら、一緒に探してくれるの⁈」

取り巻きに反論するソフィア様。

「大きな声を出してみっともない。物がなくなるなんて、ご自分の管理が悪いだけですわ。そんなことに巻き込まないでくださる?」

うわ、感じ悪い。たしかに私の管理が悪いんだろうけど、貴女に一緒に探してもらおうなんて思ってないから。

 ドアが開いてコッカー先生が入ってくる。

「皆様、大きな声を出してどうしたのですか?」

「なんでもありません。」

ソフィア様が答えた。

 先生のお話も終わるのを待ちかねたように、みんな帰っていく。いつもは残っておしゃべりをしたりするのに、今日は教室をさっさと出て行くのは、私とエヴァンジェリン様の争いに巻き込まれたくないからだと思うわ。争いといっても、向こうが一方的に絡んできてるだけなんだけど。

 それにしてもみんな帰るの早すぎ。教室には私達とエヴァンジェリン様達しか残っていない。私達は行方不明になった万年筆を探すためだけど、エヴァンジェリン様はなんで残っているの?

「以前も探し物をなさってたでしょ。どこかに置き忘れたのをどなたが持ってきたか、机の上に教科書やノートが置いてあるのを何度も見ましたわ。本当に管理の悪い。こんな方が婚約者なんて、ギルベルト様がお気の毒ですわ。」

残ってまで嫌味を言うの?暇なの?それより、貴女が嫌味を言うために残ると取り巻きも残らざるを得ないのだから、周りを巻き込んでいるのは自分も一緒だと気づけ!

 教室をひと回りしたけれど見つからないので、帰ることにした。帰る前に事務室に行ったけれど、届けられてはいなかった。仕方ないので、遺失物の届けを出した。

 暗い気持ちのまま、馬車はお屋敷につく。ハンナとロッテが玄関のドアのところまで迎えにきてくれている。それに混じってギルベルト様が!

「ルイーゼ殿下、おかえりなさい。」

「ただいま帰りました、、、」

嬉しいはずなのに、せっかく作ってもらった対の万年筆を無くしたので、なんとなくうしろめたい。

「元気ありませんね、お身体の具合が?」

「大丈夫です、、、

着替えてきます。」

気持ちに比例して、歩くのもトボトボ。

 自室でハンナが着替えを手伝ってくれる。

「殿下、どうなさったのです?お身体の具合が悪いようには見えませんが、何か心配事でも?」

私が小さい頃から侍女をしているハンナは私のことがなんでもわかるみたい。

「ふぇ、え、え、ハンナ、どうしよう?ギルベルト様からもらった対の万年筆、なくしちゃった、、、よく物をなくすし、だらしない娘だと嫌われたらどうしよう。」

私は泣き出した。ハンナが抱きしめてくれる。

「大丈夫ですよ。辺境伯はそんなことで殿下のことを嫌ったりはなさいません。さ、辺境伯が待っておられますよ。」

 泣きながらハンナに連れられてギルベルト様が待つ応接間に行った。

「殿下、どうなさってのです。何があったのです。」

ギルベルト様が驚いて、聞いてきた。

「ごめんなさい。ギルベルト様からもらった万年筆をなくしてしまいました。午前の授業にはあったのに、午後の授業の時にはなくて。机の中もカバンの中もソフィア様もデイジー様も見てくれたけど、なくて。事務室に行ったけれど、届いてないって。」

泣きながら話した。

 「そんなことでしたか。」

ホッとした声のギルベルト様。そんなこと?とても大きなことよ、だって灯台の、ギルベルト様が帰るべき場所が描かれている万年筆がなくなったんですもの。

「学校でなくされたのでしょう?そのうち出てきますよ。どうしてそんなところから、と思うようなとんでもない場所から出てきます。そういうことはよくあることです。殿下の御身に何もなくて良かったです。」

ギルベルト様、「御身に何もなくて」って大袈裟な。学校で何があると言うのですか?物がなくなったことに動揺して私が階段から落ちたりすることを心配してくれているのかしら?私は落ち着きがないと言われたりするけど、さすがにそれはないと思うわ。「殿下がご無事で本当に良かった」と安心した顔をした。本当に私に何があったと思ったんですか。

 いつもの優しい顔に戻ったギルベルト様は期待に満ちた目でこちらを見ながら、リボンのついた細長い箱をテーブルに置いた。指輪にしては細長いし大きい。ネクレスにしては小さい。

 ああ、これは万年筆だわ。そう思いながら包装を解くと思った通りだった。小さな花を散らせた模様でとても可愛らしい。

「先日の万年筆はあまり女性向きの柄ではなかったですから、差し上げたものの気になっていたのです。小花の柄は殿下によくお似合いです。」

この万年筆、リッツェンの限定品で買えなかった級友がたくさんいたみたい。ギルベルト様はどうやって手に入れたのかしら?

「物がなくなると気持ちがへこみますよね。気晴らしに買い物に行きましょう」

と言ったので、出かけることになった。

 外出用のドレスに着替えて玄関まで行くと、ちょうどお姉様が帰ってきたところだった。後ろには幾つもの箱を抱えたミヒャエル様が。お姉様がどこに行くのか聞いてきた。

「いただいた万年筆を学校でなくしてしまったの。私が落ち込んでいたら、気晴らしに買物に誘ってくださって。」

「え、万年筆がなくなったって、貴女、物をなくしすぎよ。一時治まっていたのに、また、物がなくなるようになったの?」

お姉様とミヒャエル様は顔を見合わせた。

 あ、出かける前なのにお姉様の小言が始まっちゃう。

「で、でも、翌日には出てくるんだし。」

慌てたように言い訳をする。

「殿下がご無事だし、翌日にはもどってくるのなら、それくらいのことは『良し』とした方が良いのかも知れんな。」

「そうですね、その多少のことがあるからこそ、ご無事なのかも知れませんから。」

ミヒャエル様とギルベルト様の言っていることがよくわからない。けれど、何故、うっかりの忘れ物というかなくし物が、私が無事かどうかという話に飛躍するの?

「そうかも知れないけど。」

お姉様は首を横に振った。

「まあ、いいわ。遅くなっちゃうから、早くお買い物に行ってらっしゃい。」

そう言って、送り出された。

 馬車はマクミラン商会に向かっている。

「あの、ギルベルト様、先程『多少のことがあるから私が無事』のようなことを話されてましたよね。ちょっと、意味がわからなかったのですが。」

勇気を出して聞いてみた。

「ああ、あれ、」

少し考えるような表情のあと、

「悪いことは小出しになっている方が、大きな悪いことにはならないと言うことです。」

そう言った。よくわからないけど、それ以上突っ込んで聞いてはいけない気がして聞かなかった。

 ギルベルト様のお家のご用達のマクミラン商会に連れて行かれた。

「先日、お納めした万年筆の具合はいかがですか?」

とても書きやすかったけれど、なくしちゃった。

「あ、万年筆のことは、また。

コリン、今日は日常に使える髪飾りを見せてもらいたいんだ。」

商会の息子、コリンはそばにいた店員に品物を持ってくるように言った。

 店員はすぐにいくつかの髪飾りを持ってきた。

「これなどいかがでしょう。それともこちらの方がお好みですか?」

片方は可愛らしい感じ、もう片方は華やかな感じ、どちらも素敵で迷ってしまう。

「コリン、なんで殿下の顔色を探っているんだ?」

「未来のノーザンフィールド公爵夫人のお好みを把握して今後もご利用いただこうかと。」

未来のノーザンフィールド公爵夫人!

「ちゃっかりしてるな。でも、俺が殿下に愛想を尽かされないように、協力してくれるだろ?」

「もちろんです。今お出ししている物はすべて、学校にもお召しいただけます。」

聖白百合学園はアクセサリー類に関する校則があったわね。面接に行った時、聞いた気がする。私はあまりアクセサリー類に興味がないから忘れてたわ。

 ギルベルト様は真剣に並べられた髪飾りを見ている。私より真剣だわ。

「殿下はどれがいいです?」

え、私?私に聞くの?

「どれも素敵で、、、」

本当にどれも素敵で選べないわ。でも、私のだもの、私が選ぶべきよね。

 あれこれ試着させられ、私が選んだのは金を細い針金状にして模様を作ってあり、所々に小さな宝石が留めてあるもの。早速、つけて帰った。

 お屋敷に帰ると、ケプラー子爵が来ていた。

「おかえり、ルイーゼ。

あら、その髪飾り、随分と手が込んでるのね。とても素敵でよく似合ってるわ。

そこに座ってちょうだい。今、ケプラー子爵と帰る日の相談をしていたの。」

 お姉様の話ではこの時期は移動する人が多くて船の予約が取れず、私の最後の登校日の夜に出発するらしい。

「慌ただしいけど、なんとか取れたのがそこだったのよ。他の予約客を押し退けるわけにも行かないし。今年は予約の人が多いらしいわ。」

慌ただしいけど、仕方ない。長期休暇の前に帰ることにならなくてよかったわ。実際、早めに領に帰る人がいて教室は空席もある。

 夕食は小鴨亭に行くことになった。お姉様が行ってみたいと言ったのだ。子爵は「ダメと言ってもお聞きにならないのでしょう?なら、私も妻と一緒にお供します」と苦笑いされた。

「これも、社会勉強よ。庶民の暮らしを知らずして為政者は務まらないわ。以前、話を聞いたことがあって行きたいと思っていたからじゃないのよ。」

本音がダダ漏れのお姉様。「庶民の暮らしを知らずして」はいいですけど、お姉様が女王になるのはヴェストニアで、視察に行くのはエルメニア。国が違いますが、そこはいいのですか?

 さすがに夜は小鴨亭の前まで馬車を乗り付けるわけには行かない。表通りで馬車をおりる。既に表通りに来ていた子爵夫妻と一緒に小鴨亭へ歩いていく。まだ時間が早いせいか、酔客はほとんどいない。

 そういえば、この辺に人気のオシャレな店があったはず。

「ああ、あの店?潰れましたよ。高いし、不味いし、良くない評判しかなかったみたいで。今はちょっと洒落た居酒屋になってます。昼は普通にレストラン営業なので、お許しいただけるなら、今度、一緒に行きましょう。」

お家での食事もいいけど、外食もいいよね。

 小鴨亭、外まで人が溢れている。しばらく待っていると順番が来てテーブルに着いた。子爵夫人は店に入ると一層、戸惑っている。ヴェストニアの典型的な貴族夫人の子爵夫人には刺激が強いかも。お姉様は対照的。

「庶民の居酒屋、話に聞いたことがあるとおり、とても楽しそう。いつか、行きたいと思っていたけれど、本当に来れるなんて。」

とても嬉しそう。

 国王夫妻の待望の長子、それがお姉様。望まれていた男子ではなく女子で周りには随分ガッカリされたらしい。そして、男子を産まなかったお母様は責められたとか。そのせいか、お姉様は昔から優等生だった。お姉様がわがままを言って大人を困らせたのを見たことがない。いつも私達姉妹のお手本。大人が思い描く通りの良い子。大きくなってからはお父様の執務を手伝って。そんなお姉様が言ったわがままだから、「庶民の居酒屋に行く」という、普通は許されないわがままを子爵は許したのかも。

 注文してすぐに飲み物といくつかの料理がきた。異国にある大皿から各自の皿に分けるスタイルなので、ミヒャエル様が分けてくれる。次々とお皿が出てきてお腹いっぱい、幸せ。子爵夫人も戸惑いながらも楽しそう。

 席をたっていたミヒャエル様が戻ってきた。手に骨を持っている。多分、鳥の叉骨。そんな物、何するの?

「カタリーナ殿下、そっちを持って。」

「ほう、ウィッシュボーンですか。」

子爵は知っているみたいで教えてくれた。お姉様、頑張って!

 気づいた周りが囃し立てる。お姉様は始終笑って、とても幸せそうだった。

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