3話
時間がきて、グダグダのうちにお茶会はお開きになった。この後は庭を散歩する予定になっている。散策用のドレスに着替える為に一度部屋に帰る。
さっさと着替えたお姉様が部屋に来る。
「ルイーゼ、あなた、本当にどうしちゃったの?いつもあんなにおしゃべりなのに、一言も口をきかないなんて。
本当はこの結婚は嫌なの?好きな人でもいるの?そうであってもこの結婚は、」
「違う!違うの、お姉様。」
私はそう叫んでいた。私はお姉様に今の自分の気持ちを打ち明けた。
お姉様は笑いながら、
「お相手の辺境伯のことが好きなら、もう少し頑張りなさいよ。好きな人を前にして恥ずかしがって何も言えないのは可愛らしく映るかもしれないけど、貴女のは度を越しているわよ。
あの一族は美形揃いで、辺境伯とグロリア嬢は特に美人らしいから、その中に入っていかなくてはならない貴女の気持ちもわからなくはないけど。そんなに卑屈になることないわよ。
それにしてももう少し頑張りなさい。印象、最悪じゃないかしら。いくら恋愛経験がないと言っても、酷すぎるわよ。」
そう、言われた。でも、お姉様、王女に恋愛経験があったら困るのでは?困ったことになった前例もあるし。
密室でないとはいえ、未婚の男女を二人きりにさせるわけにはいかない。グロリア様とお姉様が付き添うことになっている。
ギルベルト様は気を使って私にいろいろ話しかけてくれるけど、首を縦か横に振るくらいしか出来なかった。後ろでお姉様が呆れながら睨んでいるのが分かる。後ろに目がついていなくっても、わかる。
ある建物の前に来た。ギルベルト様がドアを開けてくれる。入れということだろう。
「わあ!すごい、、、!」
つい、声が出た。そこは温室だった。
ヴェストニアの王都の植物園にあるような立派な温室。これを個人で持っているの⁈すごい!すごい金持ち!
「温室はお好きですか?ノーザンフィールドにも同じような温室があります。欲しい植物があれば、取り寄せますよ。」
そんな優しい言葉をかけないで欲しい。降嫁した妻に対する気遣いだとわかっているけれど、私のことを好きになってくれるかもと期待してしまうから。
温室の中にはちょっとしたお茶ができるように、テーブルと椅子が置いてあった。
「散策でお疲れではないですか?先程飲んだばかりですが、お茶をお召し上がりください。」
グロリア様がそう言って、自らお茶を淹れてくれた。手つきが優雅すぎる!自分のダメ王女っぷりを見せつけられているようで落ち込む。
グロリア様が私の方を見ている。怖いもの見たさで「なんて不細工」と思ってるのかしら?
「ルイーゼ殿下、殿下はチョコレートはお好きですか?」
突然、グロリア様が話しかけてきた。この質問に面食らったのか、
「大好き!いくらでも、食べられるわ!」
と反射的に言ってしまい、「しまった」と思った。もう少し、言い方というものがあるでしょう。お姉様が睨んでいる。随分と口卑しい人間と思われたに違いない。
けれど、グロリア様はニコニコと嬉しそうに笑っている。王太子妃教育を受けていたので、なんて口卑しいと思っていても、感情が顔に出ないのかもしれない。
「ルイーゼ殿下がチョコレートをお好きで良かったわ。エルメニアの王都には幾つもショコラトリーがありますの。その中にはカフェが併設されているところもあります。各店それぞれ工夫をこらしたお菓子やお茶を提供していて、私も友人やギルベルトと時々寄って、おしゃべりやチョコレートを楽しみますの。それは楽しい時間ですわ。将来はカフェのようなサロンを開きたいわね、と友人と話しているのです。外国の方の視点も取り入れたいので是非ご一緒できれば、と。」
こんな美形兄妹、実際は従兄妹だけど、一緒に行くの?私なんか、引き立て役にもならない。
何も言わない私の代わりにお姉様が返事をする。
「まあ、素敵な企画ですわね。ルイーゼ、良かったわね。是非、ご一緒させてもらいなさい。
安心いたしましたわ。グロリア嬢に誘っていただけて。社交的な方ではないので心配していたんです。でも、グロリア嬢のような方がそばにいてくださるなら安心です。」
グロリア様がそばにいるということは、事あるごとにグロリア様と比べられるということ。うう、ミジメ。
お姉様とギルベルト様、グロリア様が話をしている。
「ギルベルトとルイーゼ殿下が結婚するのが本当に楽しみですわ。殿下はチョコレートがお好きということですし、是非、私や友人と一緒に王都のカフェ巡りを、」
「やめろよ、殿下を巻き込むなよ。お前と友人だけで行けよ。殿下は学問をなさるのに、お忙しいんだ。」
ギルベルト様の口調が少し砕けている。やっぱり親しい人にはそんな言葉遣いになるよね。きっと、結婚しても私にはよそよそしい言葉なんだ。そもそも、「不細工な妻といるのは耐えられない」と口もきいてもらえないかもしれない。
「なあに、ギル。やきもちなの?少しくらい私にルイーゼ殿下を貸してくれてもいいじゃないの。それに、学問をなさるのなら尚更よ。一緒に勉強すればいいわ。ナタリーもマリアンナもルイーゼ殿下と仲良くしたいに決まってるわよ。」
二人は私やお姉様に気を遣ってか、ヴェストニア語で話している。グロリア様はエルメニア王国の人だし、ギルベルト様も小さい頃からエルメニアで育ったので普段はエルメニア語じゃないかしら。もしかしたら、ローゼニアは独自の言語があるので、ローゼニア語を使っているのかももしれない。
お姉様が私の方を見ている。けれど、私はカフェでグロリア様やそのご友人と比較される自分の惨めな姿を想像してしまい、泣くのを我慢するために唇を固く結んだまま何も喋れなかった。
代わりにお姉様が話している。二人は王立高等学院のグロリア様の同級生で、ナタリー様は侯爵家の、マリアンナ様は男爵家の令嬢だということだった。
部屋に帰るとお姉様が呆れ返っていた。
「ルイーゼ、貴女、重症ね。そんなに自分に自信がないの?向こうはヴェストニア王家と縁を結ぶなら貴女が良いと言ってきたのだけれど。」
「お姉様、それは私にほとんど縁談がなくて『そんな王女と結婚してやるんだ』と自分達が優位に立てるからでは?」
泣きながら私はそう言った。
「だったら、何?どんな王女であろうと、貴女は王女、向こうは公爵。貴女の方が身分が高いのよ。庶子ではない正妃腹の王女よ。何を卑屈になっているの?
それに、ケプラー子爵の話では容姿にはそれほど興味を示さなかったらしいの。けれど、貴女が学者を頼んで学問をしていることを詳しく聞いてきたらしいのよ。どんな学者を頼んでどんな学問をしているか、どこまで進んでいるか、それはしつこかったらしいわ。それに婚約するのはヨハンナではなくて学問をしているルイーゼを、と何度も言われたって。私を疑うなら、ケプラー子爵に確認なさいよ。
明日は早くに出発するから晩餐も早めになっているの。だから早めに支度をしてちょうだい。」
晩餐のドレスを着て、食堂に向かう。明日は早くに出発するからこの晩餐が最後のチャンスだ。せめて、最悪な印象から脱したい。そう思って、席についた。
けれど、ギルベルト様に話しかけられると、首を縦か横に振るのが精一杯。その様子を受けて、お姉様もケプラー子爵も私に話をさせるのは諦めているようだった。自分でも情けないと思う。
私がそんな感じだったので、ギルベルト様とグロリア様は少し困っているみたいだったが、不思議なことに公爵と辺境伯夫妻は微笑んでいるようだった。こんな王女なら自分達が優位に立てると思っているのだろうか?
夫人は私の方を見た。
「本当にルイーゼ殿下は初々しくてらっしゃるわ。こんな可愛らしい方がギルベルトに降嫁してくださるなんて。」
「普段はもう少し、積極的なんですが。そう、仰っていただけると助かりますわ。まったく、この子はこのお話が出てから、浮かれていると思ったら沈んでみたり。」
そこまで話してお姉様は自分の失言に気づいたようだった。「沈んでいる」と言うのは、この結婚を私が嫌がっているように捉えられる恐れがあるからだ。態度が態度だし。
「あ、いえ、このような良いお話にみんな喜んでいます。」
お姉様はそう取り繕った。
けれど公爵は真面目な顔をされ、
「沈んだりされる、それは当然でしょう。ギルベルトと結婚されれば、降嫁して外国にいくというだけではありません。今迄ご両親である陛下ご夫妻の庇護から出て、一家の主婦として、またシュバルツ辺境伯夫人として、家のことをご自分で一切取り仕切らなければならなくなります。それは家の中のことだけでなく、対外的な社交なども含まれます。沈んだりされるのは、この結婚のことをそれだけ重大に真剣に考えて下さっているからでしょう。
ギルベルト、このようにお前との結婚を真剣に考えてくださる方で良かったな。」
「はい、このような方をお迎えできるなんて、望外の喜びです。」
私はそんな大層なことは考えていなくて、ただただ「私が美人でないことにガッカリされたらどうしよう。異国で一人ぼっちになったらどうしよう」としか考えていなかったわ。それらの心配に加えて、嫡男夫人としての責任の重さが、私にのしかかってきた。さらに涙目になるしかない。
明日の出発が早いので、晩餐は早めに終わった。結局、私は一言もギルベルト様と口をきくことはできなかった。部屋に帰ると自然に涙が出てきた。嫌われたくないのに、好きになって欲しいのに、あんな態度をとってしまった。まるで、私がこの結婚を嫌がって、ギルベルト様を嫌って口を聞かなかったって思われても仕方ない。
ハンナが「殿下」と声をかけてきた。私はハンナに抱きついて声を上げて泣いた。
ノックがあって、お姉様が入ってきた。部屋に入ってきたお姉様は
「ルイーゼ、済んだことをあれこれ考えるのはやめて、もう寝てしまいなさい。明日は早いから。」
翌朝、早い出発なのに、私達を見送るために、みんなキチンとした格好をしていた。私みたいに寝ぼけてなんかいない。寝ぼけているうえに泣きすぎて、顔が浮腫んでいる。余計に不細工だ。
お姉様とケプラー子爵が挨拶をしている。挨拶が済んで船に乗る私にギルベルト様は手を貸してくれた。
「ルイーゼ殿下、今度はゆっくりいらして下さい。ノーザンフィールドにも。」
そう言ってくれた。
船室に入ると、さっきの言葉を聞かれていたみたいで、お姉様に揶揄われた。
「ルイーゼ、良かったわね。ノーザンフィールドへお誘いを受けて。お茶会のドレスも良く似合っているって、言ってくれたし。」
お姉様の言葉で私はまた、涙がポロポロと出た。
慌てるお姉様。
「どうしたの?私が悪かったわ、揶揄ったりなんかして。ごめんなさい。貴女は真剣だったものね。」
「嫌われちゃった。絶対嫌われた。こんな女を妻にするのは嫌だって思われた。あれは社交辞令。今頃、断る算段をしてるわ。もう、結婚できない。」
もう、ギルベルト様はいない。もう、会うことはない。だって、結婚が無くなっちゃったもの。鼻水が出たって構わない。だって、ギルベルト様と結婚できないんだもの。気にすることなんかないわ!
私はワアワア泣いて、泣き疲れてそのまま寝た。それから、起きては泣き、泣いては寝てを繰り返した。船から馬車に乗る時も、ぐすぐすと泣いていた。馬車の中でも同じだった。
王都に帰って、本来なら国王夫妻であるお父様とお母様にご挨拶とご報告をしなければならないけれど、「貴女は部屋で寝ていなさい」とお姉様に言われたので、そのまま、部屋に行った。
私が王宮に帰ってきたことを知ったメイドが急いで湯の支度をしてくれている。
「殿下、殿下は慣れない長旅でお疲れなんですよ。湯にゆっくり浸かれば、気持ちも違ってきます。」
ハンナはそう言って、私の背中を撫でてくれた。
ロッテもハンナに同調する。
「そうですよ。人間、疲れていると碌な考えにならないんですよ。ゆっくり休みましょう。お湯の具合を見てきます。」
そう言って、部屋から出て行った。
それと入れ違いのように、お父様とお母様が部屋に来た。
「ルイーゼ、長旅で疲れたわね。ケプラー子爵がアルトドラッヘン辺境伯のお手紙を持って帰ってくれたのだけれど、」
お母様の言葉に私はさらに声を上げて泣いた。
断られたんだ。絶対に破談にならないはずなのに、断られたんだ!もう、美人でもなく、社交的でもない私には縁談なんて来ない。修道院に行くしかないんだ。
「ルイーゼ、向こうはこのまま、この話を進めて欲しいそうよ。
実際に会ってみて、貴女はこのお話をどう思っているの?このまま、進めてもいいかしら。どうしても嫌なら、仕方ないからヨハンナに行ってもらうわ。私は貴女にはなるべくヴェストニアでも王都に領地が近い人のところに嫁して欲しいと思っているの。」
私はまだ泣き続けていた。自分の都合の良いようにお母様の言葉が聞こえたと思ったからだ。
「殿下、よろしゅうございましたね。ご婚約も間近ですわね。」
「殿下、良かったですね。」
とハンナやロッテが言って、やっと断られたのではないということを理解した。
お母様は心配そうな顔をしている。お父様もだ。
「ルイーゼ、カタリーナの話ではお前は乗り気だと言うことだったが、本当はどうなのだ?ノーザンフィールド公爵は夫人が亡くなってから再婚していない。なので、結婚すればお前が公爵夫人の代わりにいろいろ采配しなければならない。荷が重く負担に感じるなら、」
「私が結婚します!」
お父様のお話を途中で遮り、そう叫んだ。
お父様とお母様は私の声に驚いたようで、お母様などは「ひっ」と声が出ていた。
「なら、良かった。
しかし、まったく家政のことを知らずに行くわけにも行くまい。行儀見習いが必要だ。とりあえず、マリアのところに行かそうと思う。」
お父様はそう言い終わると部屋を出て行った。
お母様は笑いながら、
「ひどい顔だこと。甘えん坊の貴女が一番最初に私達の元を離れてしまうのかしら。」
とハンカチで、涙と鼻水を拭いてくれた。そのお顔は涙を我慢しているようだった。
私は、マリア、アッヘンバッハ夫人の元で行儀見習いをすることになった。
アッヘンバッハ公爵夫人はお父様の妹で、アッヘンバッハ公爵と半分恋愛結婚した。
なんで半分かと言うと。夫人はデビュタントしてすぐに政略結婚の相手が決まった。相手が決まっていたが、父王に内緒で、こっそり知り合いの夜会に出席したのだ。その夜会で知り合ってお互いに惹かれあった人がいた。貴族の夜会なので出席者は当然貴族。どちらも「好きだから結婚する」というわけにはいかない身分だ。特に夫人には婚約者がいる。一曲だけ踊って、お互い名乗りもせず、名前も聞かずに別れたらしい。初めて会った結婚式でその人だとわかり、喜んだ。だから半分恋愛結婚で半分政略結婚。
私はマリア叔母様、夫人に聞く。
「仮面を付けていたわけでもないのに、どうして公爵だってわからなかったの?」
「私はデビュタントして間もない夜会だったし、あの人も留学から一時帰国して初めての夜会だったの。その後すぐに留学先に行ってしまったし。」
「誰かわからなければ、周りの知っていそうな人に聞けばいいじゃないの。」
「今思えばそうなのだけど、その時はそんなこと思いつかなかったのよ。内緒で夜会に出ていたし。もう、この人と会えないんだ。会ってはいけないんだって、名前を聞いても未練が残るだけで聞かない方がいいと思ったの。」
内緒で参加した夜会で互いに惹かれあったけど、諦めて政略結婚したらその人だった、って恋愛小説みたい。そんなことが本当にあるんだ。
「婚約するのに肖像画もないの?一度も会わずに結婚したの?」
「そうねぇ、婚約した時はもう留学していたから肖像画は無かったわ。留学から帰ってすぐの結婚だったし、一度も会わずに結婚するのは今よりも割とあったのよ。
でもね、旦那様は夜会の時、私のことをわかってらっしゃったのよ。わかってて、黙ってらしたの。ひどい方だと思わない?」
と夫人は答えた。
そうだよね。政略結婚だもん。自分じゃなくて、身分とか財産とか利害関係で親が決めるんだから、会わずに結婚することもあるよね。つい最近まで、それが普通だったらしいし。今でも離れた領地の人との結婚では聞くことあるし。私だって、ほとんど決まってからギルベルト様と会ったし。
あれから、話は少しづつ進んでいるらしい。両王家とも大筋では合意していて、細かなところを詰めているそうだ。細部まで詰めておかないと、揉める元だからだ。王家の結婚となると、ひどいと戦争にまで発展することがある。この国もエルメニアも女性にも王位継承権があるから、しっかり決めておかないと大変だ。夫になるギルベルト様には無いが、私にあれば私の子には王位継承権が引き継がれる。だから、結婚の際に王位継承権を放棄することになると思う。王位継承権のない王女なんて中身の入ってないキャンディポットのようなものだ。特に私なんてみずほらしいポットだし。だから、キャンディの代わりのものをつける。何をどのくらいつけるか?他にも、エルメニアでの私の身分や待遇とか。降嫁して公爵夫人になるけけど、元は他国とはいえ王族。それも国王の娘。他にもいろいろあるらしい。そこは交渉担当のケプラー子爵に頑張ってもらうしかない。
話が少しそれてしまったわ。夫人の元での行儀見習いは楽しかった。行儀見習いってこれでいいの?と思うことが多々あった。
「ノーザンフィールド公爵は早くに奥様を亡くされて再婚なさってないのでしょう。今迄、どうなさってたのかしら?公爵がご自分で家のことを取り仕切るとは思えないし、あれだけの家ですもの、奥様の代わりをするハウスキーパーがいると思うの。だから、家のことはそんなに気負わなくてもいいと思うわ。
それより、今日はもうお茶にしましょう。今度のお茶会で出すケーキの試作があるの。どれをお出ししたらいいか、貴女にみてもらいたいのよ」
そんな具合だった。これ、試食係で、絶対行儀見習いじゃないよね。
でも、夫人は、
「お茶会を成功させるのはその家の夫人の腕の見せ所なのよ。少々席次や招待客を、間違えても美味しいお茶とお菓子があればなんとかなるわ。だから、お茶やお菓子の選定はとても大事なことよ。貴女にはその才能があるわ。」
と言った。お菓子の選定の才能か。嫌なことがあっても、美味しいお菓子があれば気持ちもあがるよね。お菓子は大事だわ。
それから夫人はアルトドラッヘンで私がギルベルト様と一言も口をきかなかったことを聞いたらしく、肖像画を送ることを提案してくれた。
「好きな人を前に緊張しちゃったのね。私達大人なら可愛らしく思うけれど。お相手の辺境伯にはっきりと貴女の気持ちを伝えるために、肖像画を送るのはどうかしら。」
「肖像画なら、去年送ったわ。一番いいドレスを着て、いっぱいアクセサリーをつけて。髪も綺麗に結ってもらったの。とても美人に描かれていたから、先日、私という実物に会ったギルベルト様はとても驚かれて、ガッカリされたんじゃないかしら。ヨハンナお姉様ほどではないにしても、一緒に付いて来てくれたカタリーナお姉様も美人だし。同じ姉妹なのに自分の妻になるのは不細工な方だって。」
夜会で、美人のギルベルト様と並んだ不細工な私という場面を想像してしまい、涙が出てきた。きっと他の人達は心の中でクスクス笑っている。
夫人は少し怒ったようだった。
「ルイーゼ、そんなに自分を卑下しては駄目。
たしかに貴女はカタリーナやヨハンナほどの美人ではないけれど、とても魅力的だと思うわ。特に嬉しい時幸せな時の笑顔が素敵よ。もう、顔だけでなく、全身から嬉しさや幸せが滲み出ていて、こちらまで嬉しく幸せな気持ちになってくるもの。それは、貴女にしかない魅力だと思うわ。美人とかのパッとわかりやすい魅力ではないから、気付きにくいでしょうけれど。
それに、向こうは『ヨハンナではなくて学問をしているルイーゼ』をと言ってきたんでしょう?なら、相手が重要視しているのは、貴女が学問をしているかどうかと言うこと。相手が重要視していないことをあれこれ思い悩むのはやめなさい。」
たしかに、容姿を重要視しているのなら、ヨハンナお姉様と婚約しようとするはずだ。少し、元気出てきた。
話を元に戻して、なんで肖像画?
「基本的に肖像画は親しい相手にしか送らないでしょう?ほとんど決まっているのに貴女がわざわざ肖像画を描かせて送るというのは、貴女が相手のことをとても思っているということ。
そうね、いつも貴女が着ている普段のドレスを着て机に向かっている姿とかどうかしら。向こうは『学問をするルイーゼ』と婚約したいんだから」
う〜ん、「学問をするルイーゼ」を前面に押し出すのはどうなのかしら?それに、普段は結構着古したドレスなんだよね。そんな色気のない肖像画はどうなんだろう?それに、そんないかにも勉強してますというような肖像画は、ちょっと勉強ができるということを鼻にかけていると思われないかしら?
肖像画は本人である私をそっちのけでお父様と夫人が大激論をした結果、古代の女神の仮装で花を持って木の下に立つという今流行りの構図で、花の代わりに羽ペンを持つことになった。羽ペンは私が学問をしていることを表しているそうだ。夫人は「そんなのではルイーゼの賢さや可愛らしさが伝わらないわ!」と非常に不服そうだった。ちなみにお母様は「本人が刺繍のハンカチでも持ってエルメニアに会いにいけば、すべて解決すると思うのだけれど」との意見だった。私もそうしたいけれど、やっぱり、口をきけないんじゃないかしら?それに刺繍はあまり得意ではないし。余計にガッカリされる気がする。
とにかく、急いで画家に私の肖像画を描かせてエルメニアにいるギルベルト様に送った。お手紙を書いた方がいいのかと思ってお父様にそう言ったのだけれど、「まだ正式に婚約もしていないのに、そんなものは必要ない。肖像画も送る必要ないのに、マリアがしつこいから」と、とても不機嫌だった。お母様は「貴女が遠くに輿入れしてしまうのが気に入らないのよ。近くでも気に入らないのに。貴女がお相手を好きになったのも、先方が貴女のことをとても気に入ったのも気に入らないみたい。貴女の良さをわかった気になっているって。でも、気に入らなかったらそれはそれで貴女の何が気に入らないんだって不機嫌になるのだから、もう放っておいたらいいのよ」と呆れたように笑っていた。
先方が私のことを気に入ったって?ギルベルト様が私を好きになってくれたってこと?だったら嬉しいけど、それはないよね。だって、困ったような顔をしていたし。「望外の喜び」との言葉も棒読みだった気がするもの。気に入ってくれたのはギルベルト様のお母様のアルトドラッヘン辺境伯夫人かな。姑と嫁は上手くいかないことが多いらしいから、姑である辺境伯夫人に気に入られたのは良いことだわ。うん、なんかこの結婚、上手くいきそうな気がする。我ながら単純だと思うけど。
肖像画も順調に進んでいる。実物よりも随分と美人に仕上がった。けれどアッヘンバッハ夫人は、
「う〜ん、今ひとつねぇ。ルイーゼの可愛らしさが表現しきれていない気がするわ。ルイーゼの可愛らしさは表面的なものではなくて、こう、もっと、なんて言ったらいいのかしら。とにかく、ルイーゼはもっと可愛らしいのよ。」
と納得がいかない様子だった。身内である自分が表現できないものを他人に求めてもねぇ。
肖像画には定評のある画家だし、お父様もお母様も何枚も描かせて満足している画家。私も随分と実物よりも美人に描かれていると思うのだけれど。夫人は納得いかないらしい。多分、夫人の思うルイーゼは夫人の頭の中にしか存在しないんじゃないかしら?
完成した肖像画はエルメニアに送った。いつ頃着くかしら。ギルベルト様はお部屋に置いてくれるかな?ヴェストニアで流行りの構図の肖像画だけれど、流行りに乗るなんて軽薄って思われたりしたらどうしよう。社交界では流行りに敏感なことも大事だから、プラスに思ってくれるかしら?私もギルベルト様の新しい肖像画が欲しいな。送ってくれないかしら。なんて、そんなことを考えながら日々を過ごしていた。
その日、お父様に朝のご挨拶に行くと、お父様はケプラー子爵と険しい顔で話していた。
「お父様、お早うございます。」
「ああ、ルイーゼ、おはよう。しばらくマリアのところに泊りがけで行儀見習いに行っておいで。」
そう言われた。
アッヘンバッハ夫人のところへの行儀見習いは「泊りがけの方がよいのでは?」というお母様の意見に「その必要はない」と頑なに言い張っていたお父様。そのお父様が「泊りがけで行け」とは?何かあったのかしら?
そう言えば、一年くらい前に「エルメニア国王陛下の愛妾が強引に自分の姪の男爵令嬢をギルベルト様と結婚させようとしている」時の雰囲気と似ている。その話は愛妾が王都郊外のお城に幽閉されたので立ち消えになったはず。まさか、またそのお話が復活したの⁈だから、私に聞かせたくなくて、夫人のところに行けと言っているの?私がお父様に質問すると、歯切れが悪い。
涙が出てきた。私がギルベルト様と結婚するんじゃないの?私はギルベルト様と結婚できないの?ポロポロと後から後から涙が溢れてくる。ハンナとロッテが私の両腕をとり、自室に連れて帰ってくれた。
ハンナは今日の私の授業を全部お休みにして先程着替えた寝衣にもう一度私を着替えさせたあと、ホットミルクを持ってきてくれた。
「殿下、寝てしまいましょう。最近の殿下はアッヘンバッハ夫人の行儀見習いに、エルメニアだけでなくローゼニアの言葉や風習も勉強なさっていてお疲れなのです。
とにかく、おやすみください。」
「殿下、これは何かの間違いですよ。先日、アルトドラッヘンでの向こうの使用人の話では、辺境伯夫人は殿下のことをとても気に入っていて、是非降嫁して貰いたいと思っていると言うことでしたよ。アルトドラッヘンの屋敷にも殿下の部屋を作ろうとあれこれ計画なさっているとか。メイドが私に殿下の好みを聞いてきました。夫人にルイーゼ様に内緒できいてくるように言われたって。」
とロッテが言った。
二人ともありがとう。でも、これは政略結婚だから、夫人に気に入られようと入られまいとあまり関係ない。私との結婚にメリットがあるかどうかだから。
何かの間違いというのなら、私に話がきた方が何かの間違いだったのではないかと思うの。だって、美人でも社交的でもない私の取り柄は王女で王位継承権があるくらい。けれどその継承権も外国への降嫁となれば放棄せざるを得ない。その方向で話は進んでいる。
王位継承権のない王女なんてキャンディの入っていないキャンディポットと一緒。そのポットもみすぼらしい。そんなもの、誰が欲しいと思うの?仕方ないわ。これは政略結婚だもの。私と結婚するメリットより、他の方と結婚するメリットが上回るならそちらと結婚するでしょう。寝てしまいましょう。しっかり寝て起きれば、ギルベルト様との結婚は私の結婚への憧れが見せた夢だったと気付くでしょう。私はなるべく楽しいことを考えるようにして目を閉じた。
目を閉じると、アルトドラッヘンでの出来事が浮かんでくる。夫人は私のことを気に入ってくれたようだったけれど、ギルベルト様は違ったのだと思う。私が一言も口を聞かなかったから、嫌がられたのかな?肖像画ほど美人でなかったからガッカリされたのかな?晩餐であまり食べられなかったから、体が弱くて後継ぎを産めないと思われたのかな?やっぱり、後継ぎを産めるかどうかは大事だものね。それを疑われれば、破談も仕方ない。これはギルベルト様と私だけの問題ではなく、一族を巻き込む問題だし。この国にも後継ぎが出来なくて離婚した夫婦はいっぱいいる。夫人を取り替えたからといって、後継ぎができるわけじゃない。離婚されて再婚した夫人、もと夫人と言うべきかな?に子供ができて、元夫は何人夫人を取り替えても子供ができないこともある。政略結婚だもの、元気な子供を産めそうかどうか、そういうことも基準になるよね。
あの時ああすれば、こうしておけば、という考えてもどうしようもないことばかり考えていた。
誰かが話している声がする。
「トレアのロクサーヌよ、前大公の娘の。姉のシャルロットと美人姉妹という噂だけれど、美人なだけと言う話もあるわ。そんな女とルイーゼを比べているなんて!」
カタリーナお姉様の声だ。そうか、ギルベルト様のお相手はトレア大公国のロクサーヌ公女なのね。美男美女でお似合いね。私なんか、お呼びでないわ。
トレア大公国はエルメニア王国の隣国。私の国ヴェストニアとエルメニア王国を挟んで向こう側にある大公国だ。両国の国境付近には良質な鉄鉱石が取れる鉱山があって、昔からよく戦争をしていた。ノーザンフィールド公爵の附属爵位のシュバルツ辺境伯はこの国との国境を守護するためのものだ。だから、トレアの公女との結婚の方が政治的に都合いいのかも。それに、ロクサーヌ公女は美人でオシャレとこの国にまで聞こえてきている。地味でろくに口もきけなかった私より、美人でオシャレな人と結婚したいよね。もしかしたらギルベルト様は学問をする女性はあまりお好きではなかったのかも。もっと、刺繍や縫い物を頑張ればよかった。そうしたら、家庭的な女性として好きになってもらえたかも。
自然に涙がこぼれてきた。うう、と声も出てしまった。
「ルイーゼ、起きているの?」
カタリーナお姉様がベッドに腰掛けて、私を覗き込む。
「ふ、ふえ。」
情けない声を出して、私は目を開けた。
お姉様は私の頭を撫でながら、
「私の話が聞こえてしまったのね。
まったく、馬鹿にしているわ。あんな美人なだけの女とルイーゼを比べているなんて。ルイーゼはこんなにも可愛くて、賢くて、ローゼニアのことも一生懸命勉強しているのに。」
と言ってくれた。
私は心の中で「お父様、お母様、役に立たない娘でごめんなさい」と謝った。王女のくせに、国のために結婚するという義務を果たせなくなったからだ。もしかすると、これから辺境の小国との縁談が来るかもしれないけれど、こないかもしれない。このまま、役に立てないかもしれない。
お姉様はまだ私の頭を撫でてくれている。
「ここまで話が進んでいるんですもの。そんなに簡単にこの話は無くならないと思うわ。ケプラー子爵の話ではアルトドラッヘン辺境伯夫妻はこの話に乗り気なようだし、養父の公爵の方もトレア公女との話は乗り気ではないらしいもの。エルメニア側が天秤にかけているだけじゃないかしら。
それに、今のトレアの政情や王宮内の勢力図を考えると、あの中央の政治と距離をおこうとするローゼニアが危険なトレア公女との結婚なんて選択肢にないんじゃないかしら。ノーザンフィールド公爵はエルメニアの廷臣だけれども、国王の命であっても意に沿わぬ結婚を承諾するとも思えないし、エルメニアもあまり無理強いはしないと思うの。」
そうも言った。
トレア大公は体が弱くて病気がちなのに、嫡男はまだ幼くて凡庸。年の離れた腹違いの弟は切れ者。王宮内の支持は拮抗しているらしいから、嫡男の母方の祖父と腹違いの弟のどちらが摂政になるか、もしかすると嫡男と弟の大公位の争いになるかもしれない。そんな状況で腹違いの弟の妹と結婚すれば、そちら側についた形になり、その勢力争いに巻き込まれかねない。お姉様の「危険な公女」とはそのことを言っているのだろう。
「それと、その話とは別に、貴女はマリア叔母様のところではない別の家でキチンと行儀見習いをした方がいいんじゃないかしら。叔母様、貴女に甘すぎるもの。お茶やお菓子をいただいて帰ってきてるだけじゃないの?家政のことは、実際は公爵家のハウスキーパーに任せるとしても、どんなことをするかくらいは知っておかないと。それに、もう少し刺繍というか縫い物というか、針仕事をなんとかできないのかしら。お父様もお母様は『向き不向きがあるから』と仰るけれど、酷すぎるわ。」
と言われてしまった。
ギルベルト様との婚約の話はどうなったのか、私にはわからない。誰も私には教えてくれないし、私も敢えて聞かなかった。聞いても私にはどうすることもできないし。
ギルベルト様のことを考えるだけで涙が出てくる。だから、なるべく考えないようにするけれど、やっぱり考えてしまう。そして涙が出てきてしまう。私が塞ぎ込んでいるので、ハンナもロッテも何も言わないけれど、私のことを心配してくれているのがわかる。彼女達のためにも、ギルベルト様のことは思い切ろう、諦めよう。だって、私は王女だもの。政略結婚の道具。国のため、国民のために結婚するのが役目。そのために、不作の年でもお腹いっぱい食べさせてもらったし、震えるような寒い日も暖かく過ごせたんたもの。
だから、ギルベルト様の肖像画を片付けてもらった。結婚できない人の肖像画をいつまでも部屋に置いていても仕方ないし、もし、私に縁談があって他の人と結婚するようなことがあれば、妻になる女性が他の男性の肖像画を大事に部屋に飾っているなんて、夫となる人にも悪いもの。結婚せずに田舎の城で過ごすならば、倉庫から引っ張り出したギルベルト様の肖像画をそこに持って行って眺めて暮らすのも悪くない。そう思って過ごすようにした。次第に涙も出なくなっていった。でも、夜、一人になると涙が出てしまうし、泣いて目が覚めることもあるけれど。




