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29話

 お姉様がエルメニアに来られたので、歓迎の夜会が開かれることになっている。この夜会の為にギルベルト様はドレスを用意してくれていた。なので、ケプラー子爵と少し揉めた。

「殿下は私の婚約者ですから、私と出る夜会には私がお召し物を贈るのは当然です。王宮主催の夜会にドレスも贈らないとなると、私と殿下の不仲説に説得力を持たせてしまいます。」

「いえ、辺境伯、王宮主催の夜会だからこそです。たしかにルイーゼ殿下は辺境伯の婚約者ですが、まだヴェストニアの王女です。その王女が他国の王室主催の夜会にお召しになるドレスを用意していないとなると、殿下は陛下にとって要らない王女なのではないか、との憶測を呼びます。これは殿下の名誉をたいへん傷つけるものです。それに、その要らない王女と結婚する辺境伯は一部では同情をかうかもしれませんが、陛下からは嫁がせるには要らない王女で充分とノーザンフィールド公爵家は思われている、と評価されかねません。これは双方にとって、大変な不利益です。

ですので、王宮主催の夜会でのドレスはご遠慮いただきたいと。」

 その場にはカタリーナお姉様とミヒャエル様もいた。

「ギルベルト、子爵のいうことの方が正しい。前の夜会ではお前のドレスを殿下がお召しになったのは、エルメニアでの婚約披露を兼ねていたからだ。だから、諦めろ。」

ケプラー子爵の意見が通った。せっかくギルベルト様が作ってくれたドレス、着られないの?

 ギルベルト様は残念そう。

「ケプラー子爵の仰る事は尤もで仕方ないとは思うのですが、本当に残念です。」

少ししょんぼりしている。

「辺境伯はルイーゼのことを思って作ってくれたんですものね。残念よね。」

お姉様がギルベルト様を気遣ってくれる。

「公式な夜会でなければ、大丈夫ですよ。」

ケプラー子爵はそう言った。でも、そうそう都合よく夜会に招待されるとは限らないよね。それに、ギルベルト様は王宮での仕事や学校の勉強で忙しいし。でも、ギルベルト様のドレス、着てみたいな。

 前回の王宮主催の夜会、足裏グリグリがあったので警戒していたけれど、今回はないみたい。

「足裏グリグリ、すっごく痛かったんだから!」

「貴女が普段からお肌の手入れをしていなかったからでしょ。こっちに来てからは肌や髪の手入れをキチンとやっているようね。普段の服装にも気を遣っているみたいだし、ハンナも喜んでいるわ。これも辺境伯効果かしらね。」

と笑われてお終いだった。

 それから、心配そうに聞いてきた。

「それより、貴女、いろいろ噂されてるみたいだけれど、大丈夫?辛いなら、しばらく学校を休んでも、辞めても構わないのよ。」

お姉様の婚約が発表されてから、私とギルベルト様の婚約は破棄されるとの噂が流れているのだ。学校でも信じている人と信じていない人がいるけど、毎日、コソコソ噂されてちょっとツラい。それに、だんだん婚約破棄勢が増えてきてる気がする。けれど、学校を休んだら噂に負けたような気がするので休まない。それに、学校はソフィア様やデイジー様がいておしゃべりできるのものも楽しいし、同じ学問に興味があるお友達とそのことについて意見を交わしたりできるのも楽しい。

 学校でも王宮主催の夜会が話題になっている。今日もしている。私が教室に戻ってきたのも気づかないほど夢中になって。

「ええ、あの噂でしょう。ヴェストニアの王太女になられるカタリーナ殿下がアルトドラッヘン辺境伯の嫡男を王配に迎えるから、ルイーゼ殿下と辺境伯の婚約が破棄されるって。で、それを言い渡されるのが、今度の王宮主催の夜会って話。」

「同じ家と婚姻を結ぶ必要はないですものね。」

「でしたら、王宮の夜会の後、そのままヴェストニアにお帰りになるのかしら。」

こんな感じ。本人達は小声で言っているつもりだろうけど結構声が大きくなっているし、自分の悪口、ではないけれど、そういう話ほどよく聞こえてきてしまうのよね。普段は注意して聞いていても「え、何?もう一度言ってくださる?」なのに。

 最近はちょっとひどくなっていて、

「愛されない腹いせに他の方達を婚約破棄させたり、離婚させたりしてきたんですもの。その報いですわ。」

が加わった。たとえ愛されていないにしても、なんで私がそんな面倒なことをしなければいけないの?他の人に嫉妬するほど、他人に興味ないし。

 今日も言ってる。同じ教室に私達もいるのに、聞こえないと思っているのかしら?噂話をいちいち否定するのも馬鹿馬鹿しいし、否定しなければ真実だと言うし。どちらにしても面倒だわ!

「あの人達、噂を信じてるのかしら?殿下が婚約者解消されるにしても、王宮主催の夜会で言われるなんてあり得ないわ。」

「ソフィア!」

「あ、申し訳ありません。殿下が婚約破棄されるなんてまったく思ってません。だって、姉妹で同じ家と婚姻を結んではいけないわけではないし、そういう前例もあるし、婚約破棄するならもっと早い時期にしてると思います。王太女殿下とアルトドラッヘン辺境伯の嫡男との婚約交渉は殿下が編入される頃には既に始まっていたはずだから、その時に当然殿下と辺境伯の婚約のことは出る訳で、解消が濃厚なら殿下は最初から編入してませんよ。」

そうよね、ソフィア様の言う通り。ソフィア様、ちょっとアレなところもあるけど、結構周りを見てて的確なことを言うんだよね。

 お姉様とミヒャエル様の婚約の交渉が始められたのは私が編入するもっと前からのはず。私とギルベルト様の婚約の事はお二人の婚約の交渉で最初に話し合われるべきことで、それを棚上げしたままローゼニアが交渉に応じるとは思えないし、ヴェストニア側も交渉には入らない。私の婚約をのことを有耶無耶ににしたまま交渉に入って、途中で「話が違う」なんてことになったら最初から交渉のやり直しだし、最悪交渉決裂、私の婚約も破棄、なんてことになりかねないもの。

 それに、もし婚約解消される恐れがあるならあの顔合わせは実現していなかったと思うし、その後で私の婚約が解消されたとしても、私の婚約は両王家が絡んでいるので婚約解消を知っているエルメニア側は私をギルベルト様の婚約者として夜会への出席要請をするわけがない。エルメニア側が知らなくてもお父様は知っているのだから、出席させなかったと思うわ。一度ヴェストニアに帰った私を聖白百合学園に編入させたりしない。家の都合で婚約解消になるのはよくあることだけど、やっぱりしばらくは奇異な目で見られちゃうから。

 ソフィア様は呆れたような顔をしている。

「殿下が何も仰らないのを良いことに言いたい放題。それでも殿下がもうエルメニアに戻られないならまだ良いけど、殿下はこのままエルメニアにいらっしゃるのに、どうするつもりなのかしら?しかも、あのノーザンフィールド公爵の夫人なのに。顔を合わせづらいだけじゃなくて、公爵家に睨まれるかもしれないのに。考えないの?馬鹿なの?」

「ソフィア、思ったことが全部口から出てる、、、」

「出してるの。デイジーみたいにお腹に溜め込むと、お腹が膨らんできて、いつか爆発しちゃうわよ。」

ソフィア様は真顔でそう言った。

 お腹、爆発はこわい。本当に爆発するのかしら?海岸に打ち上げられた鯨はするらしいけど。

「ソフィア様、言いたい人には言わせておけば良いのです。あの方達のお腹が爆発しても困りますし。」

デイジー様とソフィア様が私の方を見る。

「殿下、寛大でいらっしゃるのね。」

そう言ってもらった。

 私が寛大、というか余裕というかなのは訳がある。ギルベルト様とお姉様、ミヒャエル様とワニを見にローロー公園に行ったのだ。


 前日、お姉様が私に話しかけてきた。

「ルイーゼ、貴女、辺境伯とワニを見に行ったそうね。」

「ローロー公園ですか?

そうなんです。聞いてくださいよ、お姉様。

せっかくワニ見物の行列に並んだのに、すごい人だかりでちっとも見られなかったんです。もみくちゃにされるし、私は小突かれてギルベルト様は靴を踏まれて。二度も並んだのに、チラッとも見えなかったんですよ。」

「そう。明日ミヒャエルとローロー公園に行く約束をしたんだけれど、貴女も一緒にどうかしら?辺境伯を誘ってもう一度ワニ見物にチャレンジしたら。」

ギルベルト様は忙しいからきっと来れない。お姉様もそれは承知のはず。お姉様、私をダシにしてミヒャエル様と二人で会う気だ。

 まあ、ダシになってもいいかな、もう一度ラクダに乗りたいし。ギルベルト様と乗りたいけれど、頑張れば一人でも乗れるような気もする。もしかしたら、ミヒャエル様が可哀想に思って一緒に乗ってくれるかもしれない。あと単純に、カフェの果実水が美味しかった。でも、ワニはお姉様がもみくちゃになるから止めなくちゃ。

「お姉様、ワニはまだ結構な人混みらしいので、きっと見られないと思います。見られないのに人混みでもみくちゃにされるだけです。ワニはやめた方がいいと思います。」

 お姉様のためを思ってそう言ったのに、お姉様は呆れた顔をして私を見た。

「ルイーゼ、貴女、馬鹿なの、頭ついてないの。人混みでもみくちゃにされるのがいいんじゃないの。」

お姉様が壊れてしまったわ!毎日、執務が忙しくてまともに休めないのに、結婚が持ち上がってさらに忙しくなって。ケプラー子爵も「辺境伯は混んでいる方がお好きかと」なんて言ってたし。子爵は本当にできる人で、だからお父様の側近だから忙しい。なのに高位貴族じゃないばかりに目の敵にされて邪魔されることも。今回、エルメニアで私の後見人になった時も「たかが子爵のくせに」なんて言われてたし。人間、あまりにも忙しいと壊れちゃうんだ。

 私のせいだ。私がヴェストニアにいれば少しはお姉様を手伝えることがあったかもしれないのに。涙が出てくる。

「うぇ、お姉様、ごめんなさい。」

「え、何?貴女、何かしたの?」

お姉様は戸惑っているみたい。

「お姉様が壊れちゃった。お姉様はお忙しいのに、私が何も手伝わなかったから。人混みでもみくちゃにされるのがいいなんて、お姉様が仰るはずないもの。」

少し考えるような仕草の後、お姉様は笑い出した。

 どうしよう、本当に壊れちゃった。お姉様が壊れてしまったら、ヴェストニアはどうなるの?お姉様の代わりができる人間なんて、、、

「ルイーゼ、貴女、辺境伯がワニを見に誘ったの、ワニを見るためだと思ってたの?ああ、可笑しい!」

え、違うの?ワニを見るためじゃないの?だったら、何のためにあんなに人混みでもみくちゃにされたの?二度も並んで。

「まあ、ワニも見たかったんでしょうけど。もう、いいわ。辺境伯は明日の学校は昼までらしいから、貴女もそうでしょう?一緒にローロー公園に行きましょう。」

ゲラゲラ笑いながら、涙まで流し始めた。侍女しかいないとはいえ、お姉様がこんなにゲラゲラ笑うなんて。

 お姉様の言葉に納得がいかなかった私は、夜にお姉様の部屋に行った。

「どうしたの?何か用事?」

私は昼間のお姉様の言葉の意味を訊ねた。

「ああ、貴女、まだ悩んでたの?うーん、我が妹ながら、どれだけ鈍いのかしら。このままでは辺境伯が可哀想ね。」

お姉様はギルベルト様がワニを見たがった理由を教えてくれた。

 ええ、そんな理由だったの⁈

「辺境伯、ノーザンフィールド公爵家ともなれば、ワニのプールを借り切ることくらい造作もないと思うわ。本当にワニが見たいだけならね。でも、人混みに何回も並ぼうとしたんでしょう。良かったわね、辺境伯は貴女のことを憎からず思っている証拠じゃない。」

ええ、そんなこと寝る前に言われても。ちょっと、興奮して寝れそうにない。興奮しすぎて鼻血も出そう。ロッテには「今頃ですか?それも人に教えてもらわないとわからないなんて」と冷たい目で見られるし。

 で、翌日、ローロー公園に行って、ワニのプールに並んだ。やっぱり混んでいる。前回は「この人混みがなければ」と思ったけれど、今はこの人混みが嬉しい。

「ギルベルト様、はぐれてはいけないので、しがみついてもいいですか?」

大胆に言ってみた。

「ええ、もちろんです。はぐれるといけませんから。」

ギルベルト様も私の体に手を回してしっかりと抱き寄せてくれた。

 キャー!初めてではないけど、ちょっと、かなり恥ずかしい。けれど、嬉しい気持ちの方が強い。ぎゅうとギルベルト様にしがみつくとギルベルト様も抱き締めかえしてくれた。結局、三回並んだけど、ワニは見えなかった。もしかして何回も並ぶようにわざと見えなくしてるんじゃないかしら?でも、お姉様はワニを見たらしい。悔しい。

 ラクダには乗れなかった。人気で人数制限をしていたのでお姉様達に譲ったのだ。

「兄上がカタリーナ殿下とどうぞ。私とルイーゼ殿下はエルメニアにいるので、いつでも、何度でも来れますから。」

いつでも、何度でも!

 お姉様達が乗ったラクダが通り過ぎる時に手を降った。お姉様達も振り返してくれる。

「子供ができたら、こんな感じですかね。」

「子供⁈」

「はい、結婚するのですから、子供がいても不思議ではないですよね。」

それはそうですけどね、そこまで具体的に想像したことありません。政略結婚でも、子供はいた方がいいとは思うけど。

 私が黙っていたからか、私が学校や街で流れている噂のことを考えているとギルベルト様は思ったみたい。

「殿下は兄上とカタリーナ殿下が婚約したから、私と殿下の婚約を解消したいと思っておられるのではないですよね。

殿下がどうお考えかわかりませんが、この婚約は解消されません。宰相にもアーサー殿下にも確認しました。伯父上にも。ですから殿下は私と結婚するんです。」

そんな断言されましても。でも、私の婚約は解消されないんだ。されないとは思っていたけど、確認してくれたんだ。

 私はギルベルト様の手に抱きついた。

「私もギルベルト様と結婚できるので嬉しいです。」

ギルベルト様はニッコリ笑ってくれた。

 以上、回想終わり。


 「殿下、殿下、どうなさったのです?」

ソフィア様の声。

「あ、昨日のことを思い出してましたの。」

「ローロー公園に辺境伯とお出かけなさったんですよね。」

ソフィア様、昨日のことを何故もう知っているの?この、情報伝達の速さ。私も仲間に入れてもらえるように努力しなくちゃ。

 噂をしている令嬢を呆れた顔で見ている見ながら、ソフィア様。

「昨日、仲良くローロー公園にお出かけされたのはみんな知っているはずなのに、どうして婚約解消だと思い込むのかしら?たしかに家の都合で解消なんてよくある話ですけど、他国の、それも王女との婚約解消なんて戦争にでもならなければあり得ないし、もしあったとしても解消になった時点で一緒にお出かけなんてしませんわ。ヴェストニアの王太女殿下の婚約が発表された時点でそのあたりの交渉は終わってるんだから、これから婚約解消なんてあり得ませんわ。」

それから、心配そうに

「そんな簡単なこともわからないなんて、あの人達、大丈夫かしら?」

人の噂が楽しいからしているだけで、特に何も考えてないんじゃないかしら?

 教室に入ってきたエヴァンジェリン様が令嬢達が噂話をしているのに気づいたみたい。私がいることに気づいたのかもしれないけれど。

「皆様、殿下の噂話はおやめになって。不敬ですわ。」

不敬とかの問題じゃなくて、同じ教室にいるのに、その人の噂話をするのは失礼だわ。そっちを注意したほうがいいんじゃないかしら。

 エヴァンジェリン様の声に噂話をしていた令嬢は私がいることに気づいたみたいで、オロオロしている。以前、私の悪口を言って仲間はずれになった令嬢がいたからそれを気にしているのだろうけど、噂話をしていた令嬢の方が多いのだから、仲間はずれになるのは私達。仲間はずれになるのがいやなら、人の悪口なんて言わなければいいのに。

 予鈴がなったので席について授業を受ける。放課後、いつもならそれぞれおしゃべりをして帰る令嬢達は蜘蛛の子を散らすように教室から出て行った。

「ここで逃げても、明日の夜会で会うのに。出ないつもりなのかしら?」

ソフィア様が呆れたように言った。


 今日は王宮主催の夜会なので学校はお休み。ちょっぴり朝寝坊をする。が、のんびりしていられない。ハンナが張り切っているから。

 この夜会用にお父様が作ってくれたドレスを着る。お姉様がエルメニア来る時に持ってきてくれたのだ。

「お父様は夜会があるってわかっていたのかしら?」

「他国の王族、それも王太女になられる王女が来るのですから、歓迎の夜会が開かれるくらい予想がつきますよ。」

そういえば私の時も開かれたわね。今回の時と同じように、ギルベルト様がドレスを贈ってくれようとしたけれど、お父様が作ってくれたのを着たんだよね。

 ドアがノックされる。

「ルイーゼ、支度できた?そろそろお迎えが来るわよ。」

お姉様が呼びに来てくれた。侍女任せにしないところがお姉様だわ。侍女任せにすると、私が言うことを聞かなかったりするもんね。

「まあ、随分と化けたわね。こんなに化けるのなら、辺境伯もドレスを贈りたがるわけだわ。」

そう言って笑った。

 王宮に着くと王太子殿下の居間に通された。王太子殿下が歓迎の意を述べ、お姉様は挨拶が遅れたことを詫びた。それから少しお話をして、ホールに行った。

 お姉様がホールに入るとみんなが注目する。お姉様は美人だし、エスコートする婚約者のミヒャエル様はイケメンだし、注目を集めて当然よね。同じ両親から生まれたのに私は、、、

「ギルベルト様、美人でなくてごめんなさい。」

しょんぼりと私が謝る。

 しまった。不美人だからとか言わないように言われてたんだったわ。機嫌を損ねてしまう。どうしよう。

 でも、ギルベルト様はすましてこう言った。

「その、しょんぼりとしたお顔もかわいいですよ。」

わー、何言ってるの?「不美人と言うな」と言うのに私が言ってしまうから、言い方を変えてきたんだ。ずっと、私の顔を見ている。危ないから前を向いて、前を。私の顔を見るなー!

 恥ずかしくて私が顔を逸らすと

「残念、可愛らしいお顔が見えなくなってしまいました。仕方ないので、強制的にこちらを向いてもらいますね。」

え、何する気なの?そう思ってギルベルト様の方を向く。ニヤっとギルベルト様は笑った。引っかかってしまったわ。何もする気はないのに、そう言えば私が向くと承知で言ったんだわ。悔しい!引っかかったなんて。

「その、悔しがるお顔は初めて見ました。そのお顔もいいですね。殿下はどんなお顔も可愛らしいです。」

本当に何言ってるの、この人。聞いている私の方が恥ずかしい。チラッとギルベルト様をみるとこっちを見て笑っている。私の反応を楽しんでいる!

 音楽が鳴っている。

「殿下、踊りませんか?」

「上手でないから、、、」

そう、私のダンスは人並み。人並みにも幅があって、その幅の下寄り。なので、出来るだけ踊るのは避けたい。

「そうですか、、、」

ギルベルト様はそう言って、私をホールの窓から外のテラスに連れ出した。テラスにまで人々のざわめきや音楽が聞こえてくる。けれど、灯りもなく少し寂しい感じ。悲しいけれど、不美人でダンスも上手でない、社交も満足にできそうにない私には人があまり来ないここが相応しいのかも。そう思ったのだけれど、それは私の勘違いだった。

「ここなら誰にも見られませんから。次の曲が始まってしまいます。」

強引に手を引っ張られ、腰に手を回された。

 強引な誘い方。でも、きっと私はこうでもしないと踊らない。

「私達は婚約しているのですよ。一度も踊ったことがないなんて、悲しいです。」

ギルベルト様のリードはとても上手で、私も上手に踊れている気がする。ターンも綺麗に決まるし、ステップも軽やか。あの、ギルベルト様に贈られたシュバルツ染めのドレス、あれで踊ったらとても素敵だったんだろうな。あの時、なんかよくわからないまま終わっちゃったから、結局踊らなかったし。その次の王宮主催の夜会も誘われたけど断ってしまったし。こんなに楽しいなら、下手だけど踊れば良かった。もったいないこと、しちゃった。

 顔に気持ちが出てしまったらしい。

「殿下、どうなさったのです?悲しそうな顔をして。」

「今迄の夜会で、ギルベルト様と踊れば良かったなって。私が踊らないと言ったんですけど。」

「そんなことですか。私達は婚約してるんです。婚約しているということは、結婚するということ。結婚すれば死ぬまで一緒です。これから何回も、数えきれないほど二人で夜会に出て踊ればいいんです。夜会がない時は家で踊りましょう。結婚して子供ができて孫ができて、私がお爺さんになって殿下がお婆さんになっても踊りましょう。」

そんなふうに言ってくれた。嬉しい。もっと踊りたくなる。

 曲が終わって互いに礼をする。もう、終わっちゃった。婚約してるんだし、もう一曲踊っても構わないよね。女性側から誘うのはあまり褒められた行為ではないけど、今なら許される気がする。誰も見てないし、いいよね。

 勇気を出して声をかけようとした時、視線を感じた。このテラス、誰もいないと思ったけど誰かいるの?視線の方を向くとエヴァンジェリン様がいた。もしかして、最初からいた?でも、だれもいなかったよね。夢中で踊っていたから、後から来たのに気づかなかったのかしら。ずっとこっちを見ている。

 ギルベルト様が抱き寄せるように私の腰に手を回して、エヴァンジェリン様に話しかけた。

「エヴァンジェリン嬢、こんなところでどうなさったのです?」

「少し風にあたりに。だって、誰もダンスに誘ってくださらないんですもの。」

いつも嫌味としか思えない言葉を私にかけるのに、今は何も言わないんだ。そして、自分をダンスに誘えと言わんばかりの返事。

「そうですか。私達はホールに戻りますが、ごゆっくり。」

ギルベルト様はそう言って、ホールに向かって歩き出した。

 ホールに戻るとミヒャエル様が話しかけてきた。

「ギルベルト、婚約者である殿下がいるので嫌かもしれんが、筆頭公爵家の令嬢をダンスに誘った方がいいんじゃないか?これから上手くやっていきたい相手だろ。ずっとお前の方を見てたぞ。今もこっちを見てる。」

今も見てるって、エヴァンジェリン様はテラスにいるはず。

 ミヒャエル様が視線を向ける方を見ると、エヴァンジェリン様がいた。何故かホールにいる「風にあたりたい」って言ってたのに。

 ギルベルト様が遠慮がちに「殿下」と話しかけてきた。

「私はかまいませんわ。筆頭公爵家とは仲良くしておいた方がいいですもの。」

貴族にとってダンスは社交の一部、挨拶程度のこと。だから、ギルベルト様がエヴァンジェリン様を誘っても特に意味はないし、挨拶は大事だもの。

 でも、周りの他の貴族は

「やっぱり、お似合いですわ。」

「何度も婚約のお話があったとか。」

「ええ、王太女殿下がローゼニアのアルトドラッヘン辺境伯のご嫡男とご婚約なさったし、ルイーゼ殿下は、ね。」

などと話している。

 たしかに美男美女でお似合い。でも、ギルベルト様の婚約者は私だし、ギルベルト様は「年をとっても一緒に踊りましょう」と言ってくれた。ギルベルト様の生涯にわたってのダンスのパートナーは私。

「ギルベルトの奴、社交辞令とはいえ、もう少し楽しそうな顔はできないのか」

とミヒャエル様の呟きも聞こえる。だから、私はギルベルト様とエヴァンジェリン様が踊っていても気にしない。挨拶もできない夫なんて嫌だもの。だから、二人が踊っているのをにこやかな顔をして眺めていた。

 でも、なんとなく面白くない。これ以上、ギルベルト様が他の人と踊るところを見たくない。ダンスが終わって私のところに戻ってきたギルベルト様に「もう帰りたい」と言ったので、私達だけ先に帰ることになった。

 帰りの馬車の中、私はギルベルト様に謝った。

「『もう帰りたい』なんてわがままを言ってごめんなさい。でも、あのまま夜会にいればギルベルト様は他の方とも踊らなければならないでしょう?ギルベルト様が他の方と踊るのを見たくなくて。」

ギルベルト様はちょっと驚いたような顔をしたけれど、すぐに少し意地の悪い顔になった。

「殿下はテラスで『自分が拒否したけれど、今迄の夜会で私と踊れば良かった』と仰いましたが、それは私に借りがあるということですよね。今夜は踊りましたけれど、ホールではなくテラスでしたし。踊ってないのと一緒ですよね。

借りた物は利子をつけて返さなくてはなりません。お分かりですよね。」

どういうこと、利子とは何かしら?これからいっぱい踊るだけじゃダメなの?私のわがままで早く帰ることになったから、怒ってるの?ギルベルト様は私のことを婚約者として好きになってくれていると思ったけれど、私の勘違いだったの?暗い気持ちになった。

 お屋敷に着いて馬車を降りた。

「ギルベルト様、今日はありがとうござ、」

ぎゃー!私に何が起こったの?ギルベルト様がいきなり私を抱きしめておでこにキスをした。

 な、何するの!ハンナもロッテも見てるのに。

「わー、近い、近すぎです、離れてください。私の殿下に何をするんですか!もう、夜も遅いのですから、早くお帰りください!」

ロッテは私とギルベルト様を引き離しにかかった。

 ギルベルト様は笑いながらますます私をぎゅうと抱きしめた。

「殿下、これは利子分です。」

え〜、何言ってるの?これが利子?こんなのが利子になるの?でも、こんな利子ならいくらでも払っちゃう。

 ロッテが無理矢理二人の間に入ろうとする。

「離れてくださいってば!聞こえないんですか!」

ついには泣き出した。さすがにギルベルト様も私を離した。それから、

「殿下の負債はまだまだありますよ。おやすみなさい」

と言って、馬車に乗って帰って行った。

 私の部屋をドスドスとロッテが歩いている。

「まったく、油断も隙もない。私の殿下なのに。

それに負債ってなんですか、変な言いがかりまでつけて。

そうですよね、ヘルマン夫人。」

いや、たしかにロッテは私の侍女で、私はロッテの主人だけど「私の殿下」って。ハンナも苦笑いをしている。

「ロッテ、ありがとう。ロッテが私の侍女でいてくれて良かったわ。」

「いつでも助けますからね。まったく、もう、婚約者だと思って私の殿下にあんなことをするなんて!」

婚約者だからだと思うよ?

「ハンナ、ロッテ、おやすみ。」

「おやすみなさいませ。」

二人が下がった後、ロッテにゴシゴシ洗われたおでこを撫でながら眠りについた。

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