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25話

 最近、ロッテがコソコソしている。何をしているのかは知らないし、聞いていない。朝早くに厨房にいっているみたいだし、夕方遅くにお屋敷に帰ってきたり、休みをもらって出かけたり。ホント、何してるのかしら?

 今日も朝はいたのに、昼前の今はいなくなっている。

「ハンナ、ロッテは何をしているの?」

「朝からお休みをいただいております。私が許可いたしました。申し訳ございません。ロッテにご用がございましたか?」

「別に責めているんじゃないのよ。もっとお休みしても構わないわ。けれど、今迄あまり休むことなんかなかったじゃない、どうかしたのかしらと思って。体の具合でも悪いの?なら、お医者様にキチンと見てもらって、お金のことなら心配いらないから。あなた達の具合が悪いと心配だし、私が困るもの。」

小さい頃からいるハンナはもちろん、私の機嫌を損ねることを恐れず本当のことを言ってくれるロッテは家族のようなもの。侍女がいないと困るというより、彼女達でないと困る。

 昼食の後、ギルベルト様と出かける予定になっている。早めの昼食の後、出かける支度をする。

「このドレス、この前も着ているわね。新しいドレスが欲しいわ。ケプラー子爵は許してくれるかしら?」

ハンナがハンカチを目頭にあてている。

「殿下が普通の令嬢のように新しいドレスが欲しいと仰るようになる日が来るとは。太陽が西から昇ることがあっても、そのようなお言葉が聞けるとは思ってもいませんでした。」

随分と失礼ね。言ったことあるわよ、半年くらい前に。ギルベルト様と初めての顔合わせが決まった時。あの時、夜会服や下着は要らないってハンナは言ったじゃないの。結局、作ってもらったけど。

 迎えに来てくれたギルベルト様と私が馬車に乗る時になっても、ハンナは目頭をハンカチで抑えていた。

「ヘルマン夫人、どうかしたんですか?」

偉い人の言いつけ通り隣に座ったギルベルト様が聞いてきた。

「いえ、新しい外出用ドレスが欲しいと言ったら、あの有様で。」

「新しいドレスですか。では、先に注文に行きましょう。」

御者に行き先を変更させた。

 応接室に通される。服飾店の店長とテレサもいる。どうやら彼女は私の担当らしい。

「外出用のドレスをお求めと伺いましたが。」

「はい、殿下の外出用のドレスを二着お願いします。」

二着?そんなにいらないわ。贅沢よ。このドレスだって何回か着てるけど、どこも傷んでないし、デザインも古くなってない。ギルベルト様とのお出かけは新しいドレスがいいけど、ついているリボンとか変えれば普通に出かけるには十分だもの。

 それにケプラー子爵に新しいドレスが欲しいことを言ってないわ。一着なら事後承諾してもらえるでしょうけれど、二着は、、、

「ギルベルト様、一着で十分です。それにドレスのこと、ケプラー子爵にまだ言ってないですし。」

ギルベルト様は少し考えるような顔をされてから、うん、この顔も脳内コレクションね、じゃなくて、注文は一着にしないと。

「私が勝手に殿下に贈るのですから、ケプラー子爵に相談はいりません。それにこれからたくさん一緒に出かけたいですし、一着ではすぐに注文することになってしまいますから。」

一着では足りないほどたくさんお出かけ!

 テレサがどのようなドレスにするか聞いてきた。どんなのが似合うかしら?

「どんなのが私に似合いますか?」

「陽だまりのような優しい感じ、ですね。それでお願いします。」

ギルベルト様が答える。私はもっと、こう、大人びた感じの方がいいんだけど、、、

「陽だまり、ですか。そうですね、私も陽だまりをイメージしたドレスがお似合いになると思います。」

テレサまでそう言って、私のドレスは陽だまりのイメージに決まった。

 本来のお出かけのリッツェンに向かう馬車の中で、私はギルベルト様に聞いた。

「ギルベルト様、私は落ち着いた感じや華やかな感じのドレスって、似合わないですか?」

「落ち着いた感じや華やかな感じ、ですか、、、?」

ギルベルト様は少し考えるためかちょっと目を閉じた。

「それはそれで素敵ですね。でも、私は陽だまりの方が似合うと思いますが、、、申し訳ありません。殿下はそのようなドレスがご希望だったのですね。私の希望を押し付けてしまって。注文し直しましょう。」

そう言って、御者に服飾店に戻るように言った。

 いらないことを言ってしまったわ。せっかくギルベルト様が二着も贈ってくださるのに。センスのない私が口出しして、引き返すことになってしまった。そんなわがままを言ってしまって、嫌われるに決まっている!

「申し訳ございません。お召しになるのは殿下なのに、私の希望を押し付けてしまって。嫌な服を着るのは苦痛ですよね。」

ハンカチを差し出された。

 自分ではわからなかったけど、涙が出ているのね。小さい頃から泣き虫だったから、よくお姉様やハンナに「そんなに泣いたら涙が枯れてしう」と言われてきた。涙が枯れたらどうなるんだろう、と余計に泣いてしまったけれど。私は受けとったハンカチをまじまじと見る。このハンカチも刺繍がない。

「洗ってありますから。」

違う、そんなことを心配してるんじゃないわ。

 私は自分のハンカチを出して涙を拭いた。せっかくハンカチを出してくれているのに自分のハンカチを使うなんて、嫌味ったらしいのはわかっている。

「ハンカチ、自分のがありますから。けれど、このハンカチも真っ白なんですね。」

言った後で「しまった」と思った。前回はこのパターンでギルベルト様のハンカチに刺繍をして欲しいとお願いされたのだった!また、あの持っているのが恥ずかしくなるような刺繍を押し付けることになってしまう。どうしよう、最悪だわ。せっかく贈ろうとしたドレスにケチをつけて注文し直すために引き返させただけでなく、差し出したハンカチを使わず、そのハンカチに刺繍が入っていないことを指摘するなんて。婚約者の私に刺繍が入っていないことを指摘されれば、刺繍を私にお願いしないわけにはいかない。人並みならまだしも、絶対に人前には出せないような刺繍なのに!

 ますます涙が出てきた。

「注文は取り消して、一旦お屋敷に帰りましょう。」

私は首を横に振る。こんな不細工な泣いている女性とは一緒にいたくないよね。それはわかっている。でも、ギルベルト様とお出かけを中止したくない。

「困ったな、どうすれば、、、」

「このまま、リッツェンに行く。

ドレスもそのままでいい、、、」

「そうですか、、、」

せっかく馬車が服飾店の前まで引き返したのに、もう一度に行くことになった。

 馬車の中にいる間に少し落ち着いてきた。涙も引っ込んだ。

「ごめんなさい。わがままばかり言って。」

「いえ、私のほうこそ申し訳ございません。自分の希望を押し付けてしまって。殿下がお召しになるのですから、殿下の希望を一番にしないといけないのに自分の希望を優先させてしまいました。」

そのまま、二人とも黙ってしまった。

 お休みの日なので通りは混んでいるのか、馬車はゆっくりしか進まない。沈黙に耐えられない。

「あの、ギルベルト様、本当にごめんなさい。」

「なんでしょう、何を謝っていらっしゃるのですか?謝られるようなことをされた覚えはないのですが。」

声も表情も変わらないけれど、怒っているんだわ。涙が滲んでくる。でも、私がわがままを言ったんだから、ちゃんと謝らなければ。でも、どう謝ったらいいの?

「せっかく私に似合うドレスを注文してくださったのに、違う感じのドレスの方がいいようなことを言ってしまって。」

「そのことでしたか。殿下のお気持ちも考えずに、私が着て欲しいものを優先してしまいました。謝るのは私の方です。」

私はカタリーナお姉様に言われたことを思い出した。

「いえ、ギルベルト様の方が正しいです。カタリーナお姉様にも『陽だまりのような長閑な感じ』のドレスが似合うと言われましたから。」

「でも、殿下は落ち着いた感じや華やかな感じのドレスをお召しになりたいのですよね。」

ギルベルト様の言葉に「いえ、お姉様にも言われたし、私には似合わないから」と返事をした。馬車がリッツェンに着いたので、その話はそこでおしまいになった。

 リッツェンは若い女性に人気だけれど、彼女たちに付き合わされている男性もたくさんいた。最近、実際の部屋を模した展示ができたから、特に人が多いらしい。その部屋のことは学校でも話題になっている。デイジー様は早速見に行ったようで、ソフィア様が羨ましがっていた。

 先ほどの会話が途中で途切れたことがとても気になるけれど、気持ちを切り替えて、気にしてないふりをする。

「せっかくのお休みでしたのに、わがままを言ってごめんなさい。でも、どうしても見たくて。」

「かまいませんよ。お屋敷の模様替えの参考になればいいですね。お屋敷の調度類、殿下の好きにしてください。伯父上も殿下が調度類を変えないことを気にしています。」

え、調度類を変えないことを気にされてるの?変えることではなく?

 私自身、お屋敷の調度類は特に不満はないんだよね。強いて言えば、もうちょっと可愛いければいいのにと思わないでもないかな。でも、私はセンスがないらしいから。以前、私の部屋をすべてリッツェンにすると言ったらロッテに「過剰、ベッド周りだけにしろ」とアドバイスされたんだよね。今日はリッツェンの実例を見て勉強しようっと。それに、ギルベルト様はどんなお部屋が好きなのかな?ギルベルト様も気にいるお部屋にしたいな。

 店内を見て回る。こんなふうに店内を自由に見て回ったことはない。というより、お店に行ったこと自体ない。

「エルメニアのお店にはたくさん品物があるのですね。それとも、このリッツェンがたくさんあるのでしょうか?」

ギルベルト様に聞いてみる。

「ヴェストニアの店もそれなりに品物を置いていると思うのですが。

もしかして殿下が店に行くと、店の奥の部屋に通されませんか?」

「いえ、お店に行ったこと自体なくて。城に商人が品物を持って来た時にお母様やお姉様が一緒にいさせてくれたことがあるんですけど、こんなにたくさんはなかったです。注文にあう品を選んで持ってくるからでしょうか?」

「そうですね。注文がなくても城にくる場合もあるでしょうが、趣味にあうものや勧めたいものを持ってくるので、どうしても品数は少なくなります。その方があれこれ悩まなくていいこともあるのですが。

でも、自分で店で選ぶのは楽しいみたいですよ。グロリアも自分で店で選ぶのは楽しいと言っていましたから。友人と行っているみたいです。」

大貴族の令嬢なのにグロリア様はお店に行って買い物をしたことがあるんだ。今度、私も連れてってくれないかしら?お願いしたら承知してくれるかしら?

 実際の部屋を模した展示をギルベルト様と見てみる。可愛い!そうよ、私はこんな部屋にしたいと思ってたの。リッツェンって、家具も扱ってるんだ。家具も可愛い。引き出しの取手、いろいろ選べるようになってる。花柄のクッションカバーもかわいいけど、あっちで見た織柄のも大人って感じでいいな。

 「熱心にご覧になってますが、お気に召したものがありましたか?」

ギルベルト様が話しかけてきた。

「このお部屋、何もかもが素敵で。」

「なら、一式全部、買いましょう。」

え〜、そんな無茶な。一式全部買うなんて。一式って、タンスや鏡台などの家具も?

「はい、殿下のお部屋ですから、お気に召したのなら。」

ちょっと、金銭感覚どうなってるの?私が世間に浪費癖があるなんて思われてしまうのでは?

「マクミラン商会に注文を出すよりはずっと安いですよ?殿下がマクミラン商会が良いと仰るのなら、そのようにいたします。王女である殿下をお迎えするのですから、それくらい当然だと思うのです。」

王女を迎えるといっても、限度というものがあるでしょう。

 私は今のお屋敷の自分の部屋に特に不満はないんだよね。模様替えしようにもセンスないからやめた方が賢明だと思うし、一式揃えるならセンスは大丈夫だけどそんな真似っこのお部屋はなんか嫌。

「せっかく連れてきてもらったんですけど、特に欲しいものはないです。」

正直に答えた。

「そうですか。では今日は下見ということで。殿下は何年もあの屋敷に住むのですから何も今日急いで決める必要はないですし、我が家はマクミラン商会ですが他の商会で欲しいものがあればそれを取り寄せてもかまいません。

服飾店にも行ったし、お疲れではないですか?カフェでお茶、、、」

ギルベルト様は話の途中なのに向こうを凝視している。

 話の途中に視線をそらし話すら止まるなんて、こんなことは初めて。ドレスの件といい、何も買わないことといい、ギルベルト様の厚意を踏み躙るようなことをしたから私とは口を聞きたくなくなったのかしら?

「ギルベルト様?」

恐ろしいけど、声をかけてみた。

「あ、申し訳ありません。近くに小さいけれど美味しいケーキを出してくれるカフェがあるんですよ。そこへ行きましょう。」

そう言ってくれた。

 そう言って歩き出したものの、ギルベルト様は向こうを気にしている。何があるのかしら?私もその方向を見た。特に変わったものはないんだけど、何があるのかしら。うーん、何かしら、何かはわからないんだけど、見慣れたものがあるような、、、

 え〜、アレ、あの女性、ロッテじゃないの⁈あの服、見覚えがある。ロッテが私の侍女になった頃、ロッテはほとんど服を持ってなかった。それもあって何回も着た服をロッテにあげた。着古して生地が傷んだ場所はハンナが上手に他の布で、元からそのようなデザインだったように補修してくれた。そのドレスだ。でも、隣の男性、誰?ロッテに一緒にリッツェンに行ってくれるような、そんな知り合いがいるのかしら?ヴェストニアならまだしもエルメニアに。ううん、ヴェストニアでもいないと思う。

 思わず、隣のギルベルト様に話しかけた。

「あれ、ロッテですよね。」

「ええ、そうですね。なんでウォーカーと一緒にいるんだ?」

ウォーカーって、誰?ウォーカーはギルベルト様の級友らしい。ギルベルト様もなんでロッテとウォーカーが一緒にいるか不思議がっている。

 リッツェンを出たところで声をかける。

「ウォーカー、買い物か?」

手を繋いで歩いている二人に後ろから声をかけた。

「あ、辺境伯。買い物というより冷やかしかな。俺の小遣いじゃ小物を一つ買うのが精一杯だよ。」

楽しそうな顔でそう返事した。

 それに引き換えロッテは不安そうな顔をしている。

「ロッテ、お休みの日に何をしようとあなたの自由だけど、どこに誰と出かけるかハンナにキチンと言っているの?ハンナはあなたのことをとても思っているのだから、心配かけないようにしてね。」

ウォーカーが不思議そうにギルベルト様に聞いている。

「お屋敷のメイド頭はストウさんじゃないのか?」

「マーサはウチのメイドだから、ロッテは関係ないよ。ロッテの上司にあたるのは、ヘルマン夫人かな。」

よくわからないという顔をしている。

「ロッテはお屋敷のメイドじゃなくて、臨時派遣のメイド?それでもお屋敷で働くからにはストウさんの許可があれば休みをとってもいいんじゃないのか?」

「いや、そもそもロッテはメイドじゃない。殿下の侍女で、ヘルマン夫人は最古参だ。」

ギルベルト様がそう説明した。

「ロッテは侍女?メイドじゃなかったのか?

ロッテが王女の侍女だったなんて、、、」

とても驚いて、泣きそうな顔になった。

 男の人の泣きそうな顔なんて初めて見た。

「道の真ん中で他の人の迷惑だから、カフェで話そう。」

とギルベルト様が言ったけれど、ウォーカーは「全部、俺が悪かった。ロッテは悪くない、悪くないんだ。」と裏通りの方へ走って行ってしまった。

 見るとロッテも泣きそうな顔をして服をギュッと握り締めている。こんなところにそんなロッテを一人にしておけない。

「あの、ギルベルト様、せっかくお誘いいただいたのですが、今日はロッテと帰ります。」

「いえ、私も一緒にお屋敷に行きます。ヘルマン夫人に聞きたいこともありますから。」

ロッテとギルベルト様と私、お屋敷に帰るために馬車に乗った。ギルベルト様はハンナに聞きたいことがあるって言ったけれど、ロッテとあの男性のことだと思う。ギルベルト様は二人のことに反対なのだと思う。暗い気持ちのまま、お屋敷に帰ってきた。

 お屋敷に帰るとハンナは驚いていた。私とギルベルト様が予定より早く帰ってきたし、ロッテも一緒だったから。帰るなりギルベルト様は

「ヘルマン夫人、お聞きしたいことがあります。ケプラー子爵も呼んでもらえますか?あと、伯父上も。」

と言った。

 応接室に行くギルベルト様に、

「ハンナは私の侍女なのだから私も一緒にいたい」と言うと「それは構いませんが、殿下にとって面白くないことだと思いますよ」と返事をされた。

 今、応接室には私とギルベルト様、ハンナがいる。

「ヘルマン夫人、今日、ロッテが誰とどこで何をしていたか、知っていますか。」

険しい顔のギルベルト様。

 少しの間目を閉じていたハンナは意を決っしたように話し始めた。

「ロッテはリック・ウォーカーと交際しております。殿下の侍女の相手としては相応しくない身分の者ではありますが。」

ハンナの話によると、ウォーカーはお屋敷に野菜を届けてくれているらしい。そこでロッテと知り合ったみたい。道理でやたらと厨房に行ってたはずだわ。

 ギルベルト様が険しい顔をしたのは訳がある。王女の私の侍女は大抵貴族身分の人が多かった。伯爵令嬢が一番多くて、子爵や男爵などの下位貴族の場合は祖父や父親が宮廷で重要な地位を占めていたり、なんらかの功績があった人が多い。少しの間だけど侯爵令嬢もいた気がする。たまに平民もいて、こちらは大商人や、軍事や学問などで非常な功績があった人の娘。「王女の侍女」なんて、良い家に嫁ぐための嫁入り道具の一つと一緒だもの。だから必然的に交際相手、将来の結婚相手はそれなりの家の男性になる。お屋敷に野菜を届けている男性なんて論外。あまりにも身分が違う。結婚は家と家の結びつきだから。知り合うこともまずないし、付き合うことなんて有り得ない。それでも付き合ってそれがバレれば別れさせられて、その女性にはまともな縁談は来ないと思うし、修道院に入れられるかも。また、私に敵対する相手からすればそんな侍女を雇っていたことそれ自体が攻撃材料になるし、私自身がそのような男性と関係があり侍女を隠れ蓑にしたと思われかねない。

 ギルベルト様はそのようなことを考えていなくても世間からはそのように思われて自分や家が笑い物にされるかも知れないので険しい顔になるし、ハンナが意を決したような顔になって話し始めるのも仕方ない。私自身は彼のことは知らなかったけど、もしロッテが彼のことを本気で好きならば応援しようと思ってる。もちろん、ウォーカーがまじめにロッテのことを考えてくれているならば、という条件がつくけど。

 「ヘルマン夫人はご承知でしたか。

ウォーカーは私の級友で信頼のおける人物ですが、下流階級の人間です。私自身は二人が真剣なら構わないと思いますし応援しますが、家長は伯父上ですし、殿下の後見人であるケプラー子爵の意見も伺いたいです。」

家の決定権は結婚のことも含めて家長にある。家長は私の場合はヴェストニア国王であるお父様だし、ギルベルト様は伯父様のノーザンフィールド公爵。もっとも、エルメニアにいる間の私に関することの決定権は後見人であるケプラー子爵に任されている。

 ケプラー子爵がロッテと下流階級であるウォーカーと付き合うのを認めなければ、ロッテはウォーカーと別れさせられるか私の侍女を辞めさせられてしまう。下流階級の男性と交際するような女性は王女の侍女として相応しくないから。

 公爵が認めなければ、婚約破棄もあり得る。ヴェストニアとローゼニアとの婚姻がなくなるのか、私と誰か(最有力候補はヨハンナお姉様)との交代かはわからないけれど。ロッテがウォーカーと別れるか、私の侍女を辞めるかで婚約続行かもしれないけど。

 この二人が認めてもノーザンフィールド公爵家はエルメニア王家の廷臣なのでエルメニア王家が認めるかも問題。まあ、両家が認めていればこの両家が説得してくれると思うので、これは大丈夫と思いたい。

 ロッテ、大変な人に恋しちゃったわね。

 ケプラー子爵とノーザンフィールド公爵が応接間に入ってきた。ギルベルト様がロッテとウォーカーのことを説明した。

「ヘルマン夫人から話は聞いています。彼は王立高等学院に在籍とのこと。卒業後、王宮の文官や高位貴族の秘書などにつけば王女の侍女の相手として陛下も納得されると考えております。それまでは交際を公にすることや外で会うのは自重してもらいたいと。」

ケプラー子爵の意見。公爵も自分の考えを言う。

「マーサから報告は受けてるよ。一度会ったことがあるけれど、悪い人物ではないと思うよ。ギルベルトの話でも好人物のようだし。そんな人物なら、私が口を出すことではないよ。それより、ロッテのご両親の意向がどうかの方が重要なんじゃないかな?」

たしかにその通り。ロッテは実家で継母に冷遇されていた。でも、私の侍女になってからは頻繁に継母から連絡がくるみたい。「王女の侍女になったロッテは自慢の娘だ。自分の娘をカタリーナお姉様の侍女に推挙して欲しい」って。そんな母親だから、ロッテが下流階級の男性と付き合ってるって知ったら、怒り狂うかも。だって、彼と付き合ってたら王女の私の侍女を辞めさせられるかもしれないもの。王女の侍女という立場を利用して娘が玉の輿に乗れるようにしろって内容の手紙をロッテに見せてもらったことがある。

 けれど、良かったわ。子爵も公爵もロッテとウォーカーが付き合うことに反対ではないのね。後はロッテの実家のことだけね。

 ロッテを呼んで、誰も二人が付き合うことを反対していないことを教えた。ロッテはウォーカーと付き合っていることが最初からバレているとは思っていなかったみたいで、私やギルベルト様に見つかってバレた今、別れるか侍女を辞めるか悩んで泣いていたみたい。

「え、え、あり、がとうござ、います。」

鼻水を啜りながらそう言った。今迄、ロッテは身分違いの恋に悩んでいたのを私は気付けなかった。情けない雇い主ね。あまりの情けなさに涙が出てきた。

 マーサがウォーカーが来たと知らせに来た。ウォーカーはおずおずと入ってきた。入ってくるなり、

「俺が全部悪いんです。俺が彼女を誑かしました。」

え〜、真剣に付き合ったた訳じゃなくて、ロッテは誑かされてたの?ロッテは悩んでたのに、ひどい!ちっともいい人じゃない。ギルベルト様も公爵も騙されている!

 なのに、公爵は

「私も子爵も反対はしていない。ただ、世間体というものがある。ウォーカー、君がそれなりの職に就くまでは、この屋敷で会うのは構わないが、外で会うのはやめてもらいたい。」

と言い、子爵の意見はこう。

「ロッテがこのまま王女の侍女を続けるのであれば、ロッテが平民とはいえ、お相手にはそれなりの人物でないと困ります。王宮の文官か高位貴族の秘書あたりだと陛下も納得されるのではないかと思います。」

ケプラー子爵は簡単に言うけど、王宮への就職はコネがいると思うし、高位貴族の秘書も下流階級出身は厳しいんじゃないかな?

 でも、ウォーカーとロッテは「ありがとうございます」と言って嬉しそう。取り敢えずは、二人が別れなくて済んで良かったわ。就職もエルメニアのエリート校である王立高等学院を卒業すれば、王宮へのコネはギルベルト様がなんとかしてくれるんじゃないかしら。本当に良かったわ。

 休みが終わって学校に行くと、エヴァンジェリン様にあのリッツェンの前の出来事を見られていたようで、「侍女だけでなくご自身もあんな下層民と一緒にいるなんて、人間性を疑われますわ」と言われた。あの時、ギルベルト様も一緒にいたんだけど。エヴァンジェリン様は下位貴族にも親切ということだったけど、エヴァンジェリン様にとって人間扱いできるのは貴族だけなのかも知れない。

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