22話
今日は学校はお休み。何故ならエルメニア王室主催の夜会があるから。聖白百合学園は貴族子女が通うので、その準備に当ててくださいということらしい。学生の本分は学業じゃなかったの?と思うけど、まあ、そこはアレらしい。
一週間前から私は薬湯に漬けられた後、クリームをつけて全身マッサージという名の拷問をハンナとマーサから受けていた。
マッサージというのは気持ち良いもののはず、なんで痛いの?
「普段からこまめにお手入れをなさっていないからです。」
足の裏をグリグリされる。
「ウヒャヒャヒャヒャ、やめて、くすぐった、痛ーい。ちょ、痛い痛い痛い。ホントにやめて!」
右の足をハンナに左の足はマーサにグリグリされている。椅子に座って両足をされているので動けない。腕をブンブン振るのが精一杯。
ロッテは私が涙を流して抗議する様子を面白そうに見ている。ひどいヤツ!
「足なんてドレスに隠れて見えないんだし、足の裏なんてもっと見えないんだから、マッサージなんていらないわよ。」
「いいえ、表面だけ磨いてもしかたないのです、血行を良くしておかないと。足の裏をマッサージすることで血行を促進します。」
ロッテ、そこでうなずいていないで助けてよ!
しかし、グリグリを我慢していると体がポカポカしてくる。血行が良くなった証拠らしい。たしかにこれをされ始めてから身体の調子も良いような気がする。
エルメニアの夜会に出るのは二回目。一回目の時は私はギルベルト様の婚約者として出たのだけれど、それに気づいた人は少なかったと思う。だから実質的には今回がギルベルト様の婚約者として出る初めての夜会と言っても過言ではないと思うの。
エルメニアに二度目に来た時に、夜会があることはギルベルト様から聞かされ、一緒に出席して欲しいと言われた。ドレスを贈りたいとも。けれどケプラー子爵がそれを承知しなかった。
「ご自身が贈られたドレスをお召しになった殿下をエスコートされるのは辺境伯にとって楽しみなことでしょうが、今回は娘にドレスを贈りたいという父親の望みを優先していただければ。」
そんなふうに言われれば、ギルベルト様は私にドレスを贈るのを諦めざるを得ない。本当の理由はそれもあるけれど、我が国の財力を見せびらかす意図もある。女性の装いはその国の国力をはかる一番わかりやすい物差しだもの。王宮主催の夜会で二度も贈られたドレスを着せるわけにはいかないわね。だから今回は私がヴェストニアから持って来たドレスを着ることになった。
私の着るドレスはお父様から贈られたものと決まったので、マーフィー服飾店にお屋敷まで来てもらう。ギルベルト様は衣装を新調するらしいので、私のドレスとあわせるためなのだけれど、本人まで来る必要はない。
何故か私に当日の衣装を着るよう要求するギルベルト様。アクセサリー類も必要だと言う。
「それを見たり、トルソーに着せたりするだけではダメだと思うんです。やっぱり着ている本人の雰囲気とかもありますし。実際に来ているところを見てもらうのが1番だと思うんです。」
たしかにそうかもしれないけれど服飾店から来た人はプロなんだから、実際に着ていなくても着た感じとかは掴めるんじゃないかしら?それに、実物を見ないとわからないなんて失礼なことだと思うのだけれど。
私はそう思ったのだけれど、服飾店の人は「そうですね、実際にお召しになった方がわかりやすいですね」と笑いを噛み殺したような顔で言ったきり。子爵は楽しそうな顔をしているし、夫人とハンナは慈愛に満ちた笑みを浮かべてるし、ロッテはニヤニヤしている。みんな何故そんな表情になっているのかはよくわからないけれど、ロッテは顔の締まりがなさすぎ。
まあ、服飾店の人に私のドレスの雰囲気を見てもらうだけなので、私は短時間でまたいつもの服に戻った。夜会があるためにいつにも増して王宮は忙しいらしく、ギルベルト様は着替えた私に挨拶をして帰って行った。
夕食後、部屋に戻って今日の出来事を振り返ってみる。私はドレスを着る必要があったのかしら?でも、忙しいのにギルベルト様はわざわざ来てくれて嬉しかったな。
「ギルベルト様、放課後の僅かな時間にわざわざ来たのに、服飾店の人に希望を言ってなかったけど、いつ言うのかしら?」
私の疑問にロッテは盛大にため息をついた。
「ロッテ、お行儀が悪いですよ、ため息など。昼間もニヤニヤして。」
「でもですね、仕方ないじゃありませんか。今日来られたのを服の注文のためと思われてるんですから。」
服の注文のためじゃなければ、何のために忙しいのに来たと言うの?
「私がヘルマン夫人に注意を受けたのは殿下のせいですから、反省してください。」
ロッテの矛先がなぜか私に向かってきた。
「なんで私のせいなのよ。」
「本当にわからないんですか、どんだけニブいんですか。そんなの、殿下がドレスを着たところを見たかっただけに決まってるじゃないですか。誰よりも早く。本当なら着る必要なんかないですよ。着ないとわからないなら、前の夜会の時のギルベルト様の服は作れないじゃないですか。」
指摘されるまで「ギルベルト様が見たかっただけ」ということは考えなかったわ。
でも、ギルベルト様にエスコートされていく夜会にはあのドレスを着るんだし、何で今日なの?
「だからですね『誰よりも早く』って、
何ですか、ヘルマン夫人。」
ハンナがロッテの腕を掴んで首を振っている。
「もう、いいです。私、頭が痛いので下がらせてもらいます。」
ロッテはドスドスとドアの向こうへ行った。いつもならそんな歩き方を咎めるハンナも注意はしなかった。
で、夜会当日。やっとグリグリは終わった。グリグリで汗をかいたでしょうからと、再度ハーブを浮かべたお湯につけられる。なんかスープの具材になった気分がする。
あがったら、水分補給。
「お疲れになったでしょう。軽食をとって、その後ドレスの着付けや髪を結います。」
そうだった。ドレスを着たら飲み物はともかく、食べることは諦めないといけない。しっかりと食べておかなくては。
「殿下、お腹いっぱい食べるとコルセットで締め付けられて苦しいですよ。」
ロッテ、どうして私の考えていることがわかったの?
「わかりますって。気分が悪くなって辺境伯に介抱してもらうのもいいですけど、原因が食べ過ぎでは格好が悪すぎです。私も侍女として恥ずかしいですし、マーサさんも必要以上に用意して食べさせたって責任を問われたらどうするんですか。
もっと下の者のことを考えてください。」
気をつけます。
夜会用のドレスにコルセットは必要だ。本当は普段から必要だけど、なるべく避けている。用心してあまり食べないようにはしたけど、やっぱり苦しい。
「あまりキツく締めないでよ、苦しいから。気分が悪くなってギルベルト様に迷惑をかけることになったら嫌だから。」
「気分が悪くなって辺境伯に介抱してもらうのもオイシイですよね。」
私の侍女は何を言っているのだ?夜会で気分が悪くなったら迷惑なだけじゃないの。まったくロッテは何を言い出すんだか。
髪はマーサが結ってくれた。
「髪飾りに合わせて可愛らしい感じにしましょう。」
完成した姿を鏡で見る。小説なんかではドレスアップしたヒロインが鏡を見て「これが私?」と驚く場面があるけど、私の場合「これが私」と納得だわ。たしかに素敵なドレスに可愛らしい髪型。侍女やメイドの腕が光るわ。でも、素材がねえ。前回は初めての夜会で緊張してたけど、今回は初めてという魔法がない分冷静だもの。
なんでお母様は私をお姉様達みたいに美人に生んでくれなかったのかしら。せめてチェンバロが上手だったらなぁ。ダンスだって一生懸命練習したけど人並みだし。
じわと涙が出そうなのを堪える。
「殿下、御髪がお気に召しませんでしたか?すぐに結い直します。」
マーサが慌てた声で言う。
「違うの、とても可愛いい髪で気に入ってるわ。ただ、私がもっと可愛いかったらマーサも腕のふるいがいがあったのに、ごめんなさい。それに、ギルベルト様の横に立つのはもっと美人の方が相応しいんじゃないかと思ってしまって。」
「なんてことを仰るんですか。ギルベルト様は殿下と婚約できたことをとても喜んでらっしゃいましたよ。
それに、こんなことを言うのは大変不敬なのですが、殿下とギルベルト様はとてもお似合いだと思いますよ。
初々しくてお可愛らしくて、学問もおさめられて、下の者のことも考えてくださる。私達は殿下とギルベルト様が結婚なさって、自慢の奥様になってくださる日が待ち遠しいです。」
そう言ってくれた。お世辞でも嬉しい。お世辞だとわかっているけれどマーサの言葉を信じよう。そうなれるように、努力しよう。
ギルベルト様がお屋敷に来たらしい。急いで、でも慎重に階段を降りて応接室に行く。
「お待たせしました。」
「いえ、少し早く来てしまって。急かしてしまったのではないかと。」
そう言ってギルベルト様は立ち上がった。夜会に行くには随分と早い待ち合わせ時間だけど、どこか寄るのかしら?
馬車はどこにも寄らず王宮に行く。王宮には二度しか行ったことはないから自信はないけれど、王宮に入る門が前と違うような気がする。
「王宮の庭を散歩する許可をアーサー殿下からいただいたのです。」
馬車から降りていくつか門を通り抜ける。ある門の扉が開けられると素晴らしい庭が広がっていた。
ギルベルト様にエスコートされながら庭を歩く。多分、そんなには広くない。けれど木や植え込みなどが巧みに配置され狭さを感じさせない。落ち葉ひとつない随分と手入れの行き届いた庭。
「こんなに素敵なお庭なのに、誰もいませんね。早いけれどみんなホールにいらしてるんでしょうか?」
「ここはアーサー殿下専用の庭です。夜会の前に少し殿下と散歩をしたら良いと仰って。」
ギルベルト様は私の歩く速度にあわせてくれた。私がゆっくり歩けばゆっくりと、立ち止まれば立ち止まる。何か話した方が良いと思うけれど、何も話さなくても良いような気もする。
「二人だとこうやって散歩するだけで幸せな気持ちになりますね。またこの庭を散歩させてもらえるようお願いしてみます。王都の本邸の庭もいいですけど、領の庭も是非見てもらいたいです。アルトドラッヘンの屋敷も案内できていないところがあるし。一緒に散歩したい場所だらけだ。」
そう言って楽しそうに笑った。それから「名残惜しいですが、そろそろホールに行かないと」と庭を後にした。
ホールには既に大勢の人がいた。私とギルベルト様がホールに入って行くと、扇子の陰でコソコソ話し出す夫人や令嬢がいっぱいいる。「ほら、例の」とか「あの方が?」とかの声が聞こえる。扇子で口元は隠しているけれど聞こえてくる。
ギルベルト様の腕に添えた手に力が入った。私がもっと美人だったら、もっとスタイルが良かったら!顔が俯き加減になる。
「殿下、どうして下を向かれるのですか?言いたい人には言わせておけば良いのです。言うことしかできないのですから、放っておけば良いのです。」
その通りなんだけど、それができないのは自分に自信が無いからだと思う。ギルベルト様は「容姿は美点の一つにすぎない」と言ったけれど、女性にとってとても大きな美点だもの。
それでも頑張って顔をあげる。私はヴェストニアの王女、ギルベルト様の婚約者は私。ギルベルト様の隣にいる女性は堂々としていなくては。自信なさそうに俯いている女性なんか相応しくないもの!
いろいろな人が声をかけてきた。和かに返すギルベルト様の横で私は微笑んで一言二言と話すのが精一杯。ギルベルト様に言わせるとそれで大丈夫」らしい。「ベラベラと喋ると殿下の威厳が損なわれてしまいます」と言われてしまった。王女はあまり喋るものではないってこと?いっぱい話すとボロが出てしまうからってこと?
夜会にはソフィア様も出席していて、少しだけど話すことができた。
「もう、お父様もお母様も私を信用しなさすぎ。私、殿下に失礼なことなんかしてないって。そうですよね、殿下。」
「それが無礼なものの言い方なのだ。
殿下、大変なご無礼を申し訳ございません。」
私は笑いながら、ソフィア様は私が学校に馴染めるようにしてくれた恩人で大切なお友達だと証言した。夫妻は恐縮していた。
ソフィア様と話して私の緊張というか、劣等感からくる気負いというかは随分と和らいだ。ナタリー様とも話せて楽しかった。ナタリー様は「卒業するまで結婚できないので学校に行って後悔している」と言う。
「キミのクラスのハリスだったかな、彼に『自分に勝てないから辞めたんだ』と言われるよ。」
「はあ、何言ってるんですか、チャールズ様。彼より私の方が絶対、頭いいんだから。」
「だったら今度の試験で証明できるかい?」
「当たり前じゃないですか。証明して見せますよ。」
と鼻息荒く宣言している。ギルベルト様によると、婚約者であるオールドベリー公はナタリー様に学問をさせたいらしい。見事乗せられてます、ナタリー様。
そこに、ある令嬢が私達のところに来た。筆頭公爵マーリン公爵家のエヴァンジェリン様だ。何故かエスコートの男性は見当たらない。
「ギルベルト様、ごきげんよう。
ルイーゼ殿下をエスコートなさっているのですね。王太子殿下はご婚約者のグロリア様をエスコートなさってますので、ギルベルト様がお役を任されたのですね。
殿下、ごきげんよう。夜会、お楽しみくださいね。」
それだけ言うと、向こうに言ってしまった。
向こうに言ったのを見送ってから
「一方的に話して行ってしまわれましたね。」
とギルベルト様。
「ごめんなさい、ギルベルト様。私、エヴァンジェリン様に避けられているようなんです。だから、あまりお話したくなかったのかも。自分では何をしたかわからないのですけれど、好かれてはいないみたいです。筆頭公爵家の令嬢で王太子殿下の従姉妹なのに、仲良くなれなくてごめんなさい。」
私は学校でエヴァンジェリン様に避けられている。避けられているというより、嫌われて憎まれているように感じる。
先程もエヴァンジェリン様のギルベルト様に向ける視線は優しくて、私への視線は冷たく憎しみに満ちている気がする。学校でもそんな視線を向けられていると思う。私の被害妄想かしら?
ナタリー様がエヴァンジェリン様の去っていった方を見ながら言った。
「何アレ。意味わかんない。
辺境伯は殿下の婚約者なんだから、任せるも何もエスコートするのは普通でしょ。二人とも夜会に出てるのに、他に誰をエスコートするのよ?
避けられているようと仰ったけれど、その方がいいですよ。ニッコリ笑ってるけど、昔から何考えているのかよくわかんないですから。あの笑顔、気味の悪くて胡散臭いったら。」
公爵令嬢で王太子殿下の従姉妹でもあるエヴァンジェリン様に対してナタリー様はあまり好い感情を抱いてないようだった。
なんとなく、エヴァンジェリン様のことが気になってしまう。そっとエヴァンジェリン様を見るとエヴァンジェリン様も私の方を憎しみを込めた目で見ていた。
「私、本当は気づかないうちに何かしたのかしら?」
自分の言動を思い返すけれど、何も心当たりがない。でも、そこまで悪感情を持たれるからには何かしているはずなのに心当たりが全くない。身分の高い女性にありがちだけど、自分より身分の高い私が気に入らないだけ?
顔が少し険しくなっていたみたい。
「散歩が少し長すぎましたか。お疲れのようですね。申し訳ございません。」
謝られてしまった。
「いえ、大丈夫です。お散歩、楽しかったのでまたしたいです。今すぐにでも。」
え、私、何言ってるの?たしかに楽しかったけど、またしたいと思ったけど、今夜会中。
ギルベルト様の顔がパァと輝いた気がする。
「では、今から散歩にいきましょう。」
そう言うが早いかホールを抜けて帰りの馬車に乗り込んだ。
馬車は当然、隣に座る。この国の王太子殿下が「婚約者は隣に座らなくてはいけない」と仰ったから。
着いたのは、というよりお屋敷に帰ってきた。あまりに早い帰りにハンナが「どうなさったのです」と心配そうに聞いてきた。
「何でもありません。殿下が散歩をしたいと仰ったので。」
ギルベルト様はそう答えた。
とりあえず、応接間に行く。さすがにここでは並んで座るわけにはいかない。向かい合って座った。マーサがお茶を持ってくる。優雅な手つきでカップのお茶を飲むギルベルト様。いつ見てもイケメン。エヴァンジェリン様を悪く思って黒くなった心が浄化される気がする。
「二人で飲むお茶は格別ですね。」
好きな人と飲むお茶はどんなお茶でも美味しけど、ギルベルト様もそう思ってくれているのかな?
お茶を飲んだ後、庭に置いてあるベンチに腰掛けて話をする。最後に温室に行った。昼間には何度か行ったことはあるけれど、夜は初めて。ちょっと怖い気もするけど、ギルベルト様と一緒だから大丈夫。
「以前、アルトドラッヘンでお好きな植物があれば取り寄せますと言いましたが、考えてくださいましたか?結婚までまだ時間があると言っても、珍しい植物だと時間がかかってしまいます。結婚までに間に合わないかも。」
「結婚に間に合わないと、何か不都合が有るのですか?」
「いえ、まったくありませんが、殿下のお好きな植物を一緒に眺められたら、と思っただけです。早く結婚していつも一緒にいたいです。」
サラッと恥ずかしいことを言ったわね。でも、私も早く結婚して一緒にいたいな。




