20話
休み明け、教室に入る時にいつものように挨拶をする。今日はいつもと違って、私を見て「公園で」とかヒソヒソ言ってる。好奇心丸出しで見てくる人も。私とギルベルト様が不仲という噂を打ち消すためにローロー公園という人の多い場所でデートをしたわけだけど、その姿は思ったよりも沢山の人に目撃されていたみたい。
席に着こうとすると、私の席の周りの人はすうっといなくなった。ここはいつも通りなんだ。そう思って椅子に座って鞄から教科書を出していると、私の机の近くにやってきた人がいる。この人、誰だっけ?まあ、向こうから私の方へ来てくれたんだから、とりあえず挨拶したほうが良いよね。
「おはようございます。」
私が挨拶したのに、返してくれない。それどころか、自国でないとはいえ王女である私を見下ろしている。向こうは立っているし、こちらは座っているから物理的にそうなるんだけど、物理的だけじゃない気がする。挨拶も返さないし、王女とか身分を抜きにしても失礼じゃないかしら。
「あの、何かご用ですか?」
「随分とギルベルト様と仲がおよろしいんですのね。人前であんなにベタベタとなさるなんて、王女としてあまり相応しい行いではないと思いますのよ。それにあのような品格を欠くお振る舞いをなされば、お忙しいギルベルト様が望まれているのではなく付き纏われていると周りの者は考えてしまいますわ。相手が王女なので、お忙しくても品格を欠く振る舞いも我慢しているのでは、と。殿下はご自分の身分が周りに及ぼす影響というものをもっとお考えになるべきです。」
そう言って、自分の席に戻って行った。
え、え、私、今何言われたの?「仲がおよろしいんですのね」って、婚約者なんだから仲良くて当然じゃない。「ベタベタと」って、少しくっつきすぎかな?と自分でも思ったわよ。でもワニのところは人に押されてはぐれそうだったし、ラクダは私が落ちないようにだし、不可抗力じゃない。「付きまとわれて」って、一緒に出かけたの初めてだし、私が無理やり連れ出した訳じゃないのよ。ギルベルト様がこの日なら空いてるからこの日にしようって。行き先だって、ギルベルト様が決めたのよ。私の「身分が周りに及ぼす影響」というのも、私が身分をかざして無理に一緒に外出したと思ってるんでしょうね。
もしかして私ケンカを売られてる?私の国ヴェストニアはこのエルメニアに比べたら小さな国よ。でも、馬鹿にされる筋合いはないわ。たしかに人前でちょっとくっつきすぎたかもしれないけれど、婚約者なんだし少しくらいいいじゃない。部外者のあなたにそんなにまで言われる必要ある?だいたい、名乗りもしないで一方的にいうなんて失礼じゃない!売られたケンカなら高く買ってあげようじゃないの!
いやいや、落ち着け、私。私が仲良くしたのは、ちょっとくっつきすぎたのはギルベルト様。ギルベルト様は私の婚約者で、婚約者と仲良くするのは推奨されるべきこと。私は悪くない、間違っていない。おかしいのは嫌味を言いに来た向こうの方。王女の私があんなおかしな人のレベルのところまで降りていってあげる必要なんてない。それに私はこの学校へは人脈を作りに来たのよ。ケンカなんかしてどうするの。学校には何人もいるんだもの、あんなおかしな嫌味を言ってくる人もいるわよね。相手にしないのが一番だわ。
「殿下〜、生きてますか〜?」
話しかけられて目を開けると、私の顔の前で手をヒラヒラさせている令嬢がいる。
「ええ、大丈夫です。心配してくださってありがとうございます。あの、、、」
この人、誰だったかしら?二年次からの編入だったから自己紹介も無かったし、誰とも口きいてないから、誰かわかんないわ。目すら合わせてくれなかったし。
「カルマン伯爵家のソフィアです。はじめまして、って言うのも変ですね。新学期から何日も経ってるのに。」
お話ししたかったけれど、予鈴がなったのでソフィア様は自分の席に戻って行った。一限目が終わった。二限目は移動教室。さっき私にケンカを売ってきた令嬢が出てから、移動しようっと。
ソフィア様が私のところに来た。
「殿下、ご一緒するのは御迷惑ですか?」
誘われた!一緒に移動しようと誘われた!人を値踏みするようだけど、カルマン伯爵家は司法省の大臣を多く出している家。家業ってわけではないんでしょうけど、それなりに小さい頃から教育を受けるのでそうなることが多いみたい。そこのご令嬢なら人脈として悪くない。
「ええ、こちらこそよろしくお願いします。ご一緒できて、嬉しいです。」
そう返事して席を立った。
二限目が終われば、昼食時間。聖白百合学園は昼食は食堂で決められた席に座る。なのでソフィア様とは話せなかった。というより、私のテーブルは一人席。王女なので一段高いところに席が作ってあるのだ。さすが貴族子女の学校とはいえ、こんなにあからさまに身分が目に見えるようにしなくてもいいのに、、、友達作りの支障でしかない。
昼食の後、少し休憩時間がある。その時にソフィア様のグループに入れてもらっておしゃべりをした。
「殿下、ローロー公園はいかがでした?」
そうソフィア様が私に聞くと周りの令嬢たちが「キャー」と言う。彼女達の話によると、私とギルベルト様がローロー公園に行ったのはほとんどみんな知っているとのこと。「次の日には噂になってましたのよ」って。翌日には噂って、みんながみんなローロー公園に行っていたわけでもないでしょうに、どれだけ情報伝達能力が高いの⁈
「殿下と辺境伯はとても仲がおよろしいって。何しろワニのプールに二度も並ばれたくらいですもの。」
またも「キャー」と声が上がる。うん、ここは成功だわ。私とギルベルト様が仲良しだとアピールするために人の多いローロー公園を選んだんだもの。
「私とギルベルト様は仲良し」アピールは成功したけれど、肝心のワニは見られなかったわ。
「そうですの。二度も並んでもみくちゃにされたのに、ワニはちっとも見られなくて、とても残念でした。ギルベルト様はもう一度並ぶことを提案してくださったけれど、何度並んでもあの人混みでは見られないでしょうから、お断りしたんです。」
いきなり、令嬢達から表情が消える。
私、何か変なことを言ったかしら?あんなに混雑していて見られそうもないのに、ニ度も並んだので呆れられた?
「辺境伯の提案をお断りになったのですか?せっかく、辺境伯が誘ってくださったのに?」
「運が良ければ、少しはワニを見ることができたのでしょうけれど。すごい人だかりで、とてもワニを見られるような状況ではありませんでしたもの。しばらくするとみんな飽きて、ゆっくりワニを見られるんじゃないかしら。だから、その頃にまた行きたいと。それに他の動物も見たいですし。」
令嬢達は互いに顔を見合わせて笑った。これ、残念な子を見た時の笑いだわ。私の何が、どこが「残念」なのか聞きたかったけれど、予鈴がなったので教室に戻った。
午後の授業はちょっと上の空。だって、残念な子を見る笑いをされたから。あの人混みの状況では何度並んでもワニは見られないと思うわ。何度も並んで運が良ければ少しは見られるかもしれないけど、ゆっくり落ち着いて見たいし。ギルベルト様は足を踏まれたし、私は小突かれたから、やっぱり日を改めたほうがいいよね。
放課後、あの令嬢は私の方をチラッと見るとさっさと教室を出て行った。チラッとこちらを見た時に目があったのだけれど、視線で殺されると思うくらい憎しみがこもってた。私、何もしてないのに!
その視線に体が凍りついて動けないでいると、明るい声が聞こえた。体の周りの氷が一気に溶けていく。
「殿下、どうなさったんです?お帰りにならないんですか?お先に失礼いたしますわ。
ごきげんよう、さようなら」
そう言って、ソフィア様は帰って行った。
私も馬車に乗ってお屋敷に帰る。
「お帰りなさいませ。何か今日は良いことがおありだったのですか?」
ハンナが聞いてきた。
「ええ、話しかけられたの。お昼休み、おしゃべりもしたわ。」
「それは良うございました。どちらのご令嬢です?」
私はカルマン伯爵家のソフィア様だと返事をした。
ハンナはソフィア様のことを知っていた。
「司法大臣のカルマン伯爵家のご令嬢ですね。とても活発な方だと伺ってます。」
主人だけでなく輿入れ先の交友関係はもちろん、その国の大臣や大貴族のことなども知っておかなければ侍女は務まりませんよ、と言われてしまった。言われてみればその通りなんだけど。
制服から着替えているとロッテが入って来た。
「殿下、お帰りなさいませ。お茶をお持ちしました。お菓子も。」
テーブルにお茶とお菓子をセッティングする。
コーヒーのいい匂いがする。椅子に座ってクッキーをつまむ。はぁ、とため息が出た。
「どうしたんです、何か嫌なことでもあったんですか?」
「良いこともあったわ。聞きたい?」
ロッテは少し考えてから、「では、良いことだけ教えてください」と言った。悪いことも聞いて欲しいけど、聞く方は嫌な気持ちになるから聞きたくないよね。
私は学校でついに話しかけられたことを言った。
「やりましたね。お茶会に備えるのとお祝いにもう一種類クッキーをもらって来ましょう。」
そう言ってドアの方へ走って行き、手を伸ばして勢いよくドアが開けた。
途端にゴン!という鈍く重い音がする。ロッテのおでこにドアがぶつかったのだ。
何で自分でドアを開けながらおでこをぶつけるのか謎。ハンナには「走るからです」と怒られている。走っているのとぶつかるのは関係ないんじゃないかな?
「おでこをぶつけて痛がっているのに、言うことはそれですか⁈」
ロッテの涙目の抗議は「では、他にも付け加えましょう。ドアは勢いよく開けない」と返されていた。
「クッキーの追加はいらないわ。お茶会を開く予定はないから、お菓子の選定をする必要はないもの。」
笑いを堪えながらそう言った。
「昼休憩の時に少し話しただけなのよ。ルイス夫人は仲良くなってないのにお茶会にお呼びするのはやめた方が良いって言ってたから。
ゆっくりお話しして聞きたいこともあったんだけど、仕方ないわね。明日、機会があったら聞くことにするわ。」
本当に残念。お茶会を開いて仲良くなりたいけど、仲良くならなければお茶会にお招きできないなんて。
でも仕方ないわ。お茶会に呼ばれなかった人は良い気はしないわよね。なんであの人は呼ばれたのに私は呼ばれないのかしらって。下手にお茶会を開いて敵をつくりたくないわ。
「早く、お友達をお招きできるようになると良いですね。何をお聞きになりたかったんですか?」
「あれよ、ほら。ギルベルト様の『もう一度ワニに並ぶ』提案をお断りしたことを話したら、微妙な雰囲気になっちゃって。残念な子を見る笑いをされたの。私がその話をした時、ロッテもそんな顔したでしょ。何がおかしいのかな、と思って。」
途端にロッテが「学校で他の方にその話をなさったんですか?」と呆れた顔をする。
「何よ、その顔。私が二回しか並んでないからと思っているんでしょう。ロッテはあのワニのプールの混雑具合を見てないから、そう思うのよ。あれでは何回並んでもワニは見られないわよ。
本当にみんなどうかしてるわ。子爵は『辺境伯は混んでいる方がお好きかと』なんて変なこと言うし。」
「殿下の判断はワニを見るためなら間違っておりません。ええ、まったく何一つ間違ってませんけどね。どんだけ鈍いんですか。もう、いいです。」
そう言った。
なに、あれ、あの態度。腹立つわね。本当に大変な混雑で、あれでは何回並んでもワニは見られないし、見れても少しよ。だったら時間は限られてるんだから、他の動物を見に行った方が良いじゃないの。ワニを諦めたから、ラクダに乗れたんだし。
ラクダに乗った。そのことを思い出した途端にボッと顔が赤くなる。
「殿下、どうなさったんです?お顔が真っ赤ですよ。」
「何でもない、なんでもないから。」
そう言って、テーブルに顔を突っ伏した。
うう〜、ラクダに乗った時より思い出した今の方が恥ずかしい。乗っている時はそれなりに必死だったからね。みんなに見られてた。ラクダから落ちないように不可抗力だったとしても、褒められた行為ではないし、乗らなければそういうことになっていないわけで。
でも、どのようにラクダに乗るかは、ギルベルト様は以前にグロリア様とラクダに乗ったことがあると言ってたから、知っていたはず。子爵も私の順番が来るまで何組か乗ったのを見てたはず。もし私がそのように乗せられるのがダメなら、並んでいても、乗る前に止めていたよね。止めていないってことは、あの乗り方は容認されてたってこと?なんだ、悩んで損したわ。
顔をあげて、クッキーに手を伸ばす。せっかく美味しいクッキーでも、一人で食べるのはつまらないわ。ギルベルト様は勉強と王宮での仕事でお忙しいからしばらくは来れないみたいだし。私もこの一枚を食べたら学校の予習復習でもしようっと。
一人で机に向かっていると、朝の出来事を思い出した。あの令嬢、何だったのかしら?明らかに私に好感情は持ってなかった。好感情を持っていないというより、悪感情、敵意を持っているようだったわ。けれどこの二週間、口すらも聞けていない級友に悪感情を持たれるような何かをした覚えはないし、できないよね。朝、教室に入る時に挨拶したくらいだもの。その挨拶が気に食わなかったのかしら?けれど、それくらいではそんなに敵意を持つのもおかしいわ。
もしかして婚約破棄されてしまい、噂を鵜呑みにして私のせいだと思っている?それなら困ったわ。それは私のせいじゃないけど、強固に信じている人に「違うよ」と言っても聞いてもらえない。言われただけで誤解が解けるなら最初からそんな噂は信じてないもの。それに噂が違う証拠、その婚約破棄とか離縁の理由だけど当人達は言わないに違いない。たとえ何か機会があってあの女が知ったとしても、私がそうさせた言わせたと思うに違いないもの。どっちにしてもこの誤解を解くのは無理。
あ〜、どうしたら良いの?あの女、誰かはわからないけど身分は高そうだったもの。取り巻きもいたし。きっと敵に回してはいけない家の令嬢だわ。学校に通って人脈を作るどころか、敵を作ってしまうなんて。最初からつまずいちゃったわ。
ノックが聞こえた。夕飯の時間らしい。食堂で一人で夕食をとる。美味しい食事だけどね、やっぱり一人では美味しさも半減ね。
ギルベルト様はどうしているのかしら?仕事が忙しくて王宮で食事を?それとも公爵邸でグロリア様と一緒に?
エルメニアに来さえすれば、毎日でもギルベルト様に会って一緒にいられると思っていたけど、住む家も学校も違うんだから、そんなわけないよね。お父様やお母様、お姉様達にも会えない。でも、ギルベルト様は忙しくても時間を作って会いにきてくれるし、お手紙だってその日のうちに、遅くても翌日にはお返事が来る。やっぱり、来て良かったんだよね。
夕食を食べ終えて自室でゆっくりしていると、またあの令嬢のことを思い出した。思い出したくないことほど、思い出してしまう。なんて失礼なのかしら。腹が立つと同時にあの目、放課後私を睨みつけた時の目を思い出して身震いする。何であんな憎しみに満ちた目で私はを見ていたのかしら?
二週間も私を無視しておきながら、何で敵意を抱くの?敵意を抱いたから、無視したのかしら?それにしても何故突然無視をやめてあんなこと言ってきたのかわからないわね。
あ、もしかして「敵意を向けられた」ってのは私の被害妄想なのかしら?ずうっと避けられてたから、そんなふうに思っちゃったんじゃないかな。
そう思おうとしたけれど、思おうとすればするほど「お前は美人じゃないからギルベルト様には釣り合わない、不細工地味子のくせに婚約者面して一緒に外出するなど厚かましい」と言われたように思ってしまい、泣きながら寝た。
翌日、目が腫れて顔が浮腫んでいた。ただでさえ不細工なのに、更に不細工。こんな顔で学校に行きたくない。
「お腹が痛い。今日は学校をお休みする。」
ズル休みをしようとした。
ハンナはベッドの端に腰掛けた。
「殿下は昨日学校から帰って、『良い事と悪い事があった』と仰いましたね。学校で何があったのです?それはきっと辺境伯に関することではないかとハンナは思うのですが。」
子供の時のように頭を撫でながら聞いてきた。私はあの令嬢との間にあったことを話した。
聴き終わるとハンナは「多分、嫉妬されているのでしょう」と言った。
「そのご令嬢は身分的に辺境伯と釣り合っているのでしょう。もしかしたら、殿下との前にその方とのお話が出たことがあるのかも知れません。けれど辺境伯のお相手は殿下に決まりました。それで、少し意地の悪い言い方をしたのかもしれませんね。
そのご令嬢が何を思い、言っても辺境伯の結婚相手は殿下なのですから堂々としていれば良いのです。オドオドしたり弱気になると更にいろいろ言われてしまいます。今日、お休みしても良いですが、そのご令嬢を調子付かせるだけですよ。
さ、起きてお支度を。もしダメなら、退学しても良いのです。公爵も辺境伯も文句を言われますまい。」
ハンナがそう言うので、学校に行くことにした。ロッテが手をブンブン振り回していたのが気になる。他所の令嬢と揉め事を起こさないで!
遅刻ギリギリに学校に着いた。挨拶をして教室に入る。
「殿下、おはようございます。」
私が席に着くまでに何人かが挨拶をしてくれた。
ハンナが言うように登校して良かった。けれどあの令嬢は私の方をチラッと見ただけだった。




