2話
かなり話が進んだらしく「顔を合わせては」という話が出ているらしい。嬉しい。いつも肖像画でしかお会いできないあの人に会える!
国内の視察旅行をしている私が辺境伯邸で休憩した際、長期休暇で実家に帰っていたあの人と「偶然」会ったという設定。もどかしいわね。「婚約者になるので顔合わせです」ってハッキリ言えばいいじゃないの。何を気取って「偶然会いました」なんて設定にするの?婚約が成立しなかった時のため?これは政略結婚なのだから本人の意思なんて関係ない。結婚しさえすればいいのだから。もっと生々しい話をするのなら、後継さえ産めばいい。だから「偶然会いました」なんて、体裁をつくろう必要なんてないと思うんだけどな。
もしかして、破談になる可能性があるの⁈結婚するのをとても楽しみにしているのに!何しろ私はあの人、ギルベルト様の肖像画に朝晩挨拶して、その日のことを報告するのが日課になっている。
先日、日課である報告をしていたら、
「ちょっと、ってか、かなり気持ち悪いですよ。ストーカーの域です。このことをお相手の方が知れば引かれてしまいます。私の身内の相手が殿下と同じことをしていたらどんなに好条件でも泣いて止めるし、なんなら呼ばれてもない顔合わせの席に乗り込んで暴れまくって破談にするレベルです。」
とロッテに冷めた目で言われた。ひどい、、、
政略結婚で断られることがないとはいえ、二人のお姉様ほど美人でも社交的でもない私にとって、この顔合わせは重要だ。人間、初対面の印象にかなり引きづられる。それを訂正するのは容易ではない。少しでも良い印象を持ってもらいたい。
顔の造作は変えられないから、少しでも印象が良くなるような、私が可愛らしく見えるようなドレスやアクセサリーを選ぼう。そう思って自分の衣装部屋に行ってみる。
スカスカの上に、碌なものがない。かぎ裂き作って補修してあるのとか、食べこぼしのしみがあるのとか。そして何故か綺麗な箱の中にはドングリが!しかも、日付と場所まで書いて大きさごとに分類までしてある!
これが王女の衣装部屋なの?これ、ちょっと裕福な家の女の子の衣装部屋の方がましなんじゃないかしら?そして、女の子の衣装部屋にはドングリはないと思う。
私は慌てて執務中のお父様のところに駆け込んだ。自分でも、迷惑だと思うけど。
「お父様、新しいドレスを作って欲しいです!」
お父様はびっくりなさってたわ。その時一緒にいた宰相は、
「すぐに宮廷医を!シュミット先生はどちらに!ルイーゼ殿下が何か悪いものを召し上がっておかしくなられた!」
と取り乱し、
「ゲオルグ、早くシュミット先生を呼んで来てくれ!」
とお父様が言ったので、宰相は走って部屋を出て行ってしまった。失礼すぎる!
でも、わからないでもない。何しろ「ドレスを新調するお金があるなら新しい図録を買って欲しい」っていう私が何枚もドレスをねだったのだから。
でも、必要なんだもん。ヨレヨレの食べこぼしのついたドレスなんかであの人に会えるわけないじゃない。それはヴェストニア王国としてもダメでしょう。
旅行用でしょ、晩餐用、午前用、昼餐用、部屋着、散策用、お茶会用、夜会用、寝衣、下着、などなど。
呆れたようにロッテが言う。
「殿下、いくら殿下の手持ちのドレスが少なくてボロだからといって、作りすぎでは?他の方の御召し物を待ってもらって、王宮のお針子総動員でも足らなくて、街中の工房からもお針子、徴集されてますよ。」
「普段からお召し物をお揃えにならないから、このように慌てるのです。
だいたい、夜会用なんていつお召しになるんです?夜会のご予定なんてありませんよ。それに下着や寝衣は今回新たに新調なさらなくても、普段お召しの綺麗なもので十分では?長旅になりますから、少し着用して馴染んだ着慣れたものの方が楽ですよ。」
ハンナの言うことはもっともだ。
「で、でも、突然夜会があるかもしれないし。下着だって。」
「ありません。夜会は予定にありませんし、下着を見せる機会などもってのほか!」
ピシャリと言われる。
「しかし、ヘルマン夫人、殿下もデビュタントなさったのですし、これからは夜会に出られることもあります。やはり一着くらいは揃えておかないといざという時に慌ててしまいます。それに、新しい下着を着用すれば気が引き締まりますし。」
「それも、そうね。」
ロッテが援護してくれて、ハンナは納得したようだった。
たしかに夜会の予定はない。でも、もしかしたら、夜会があるかもしれないじゃないの。下着を見られる機会は、無いけど。あったら、嬉しいような、困るような。王宮のお針子総動員に街のお針子も招集しただけあって、沢山のドレスは早くに出来上がってきた。
私は夜会用のドレスをトルソーに着せて眺めていた。
「殿下、何、ニヤニヤなさっているんです?お行儀悪いですよ。」
「夜会に出られた時のイメージトレーニングですよ。」
そうそう、ロッテ、いいこと言うわね。イメージトレーニングです、ギルベルト様にダンスに誘われた時の。踊っている時に耳元で「お綺麗ですね。貴女の姿を誰にも見せたくない。独り占めさせてください」なんて言われたら!
私は恥ずかしさのあまり、テーブルに顔を突っ伏した。「はあ」とハンナの大きなため息が聞こえる。
「殿下、何をイメージなさっているのか知りませんし、聞きませんが、それよりイメージトレーニングをなさるのなら、お茶会のイメージトレーニングをなさってください。
アルトドラッヘン辺境伯夫人がお茶会を開いてくださることになっています。先日のアッヘンバッハ夫人のお茶会の時のように、お茶菓子をパクつかないようにお願いします。夫人は殿下のことをお小さい時からご存知ですから笑って済ませてくださいましたが、ハンナは顔から火が出そうでしたよ。」
ごめんなさい。
先日、お父様の妹のアッヘンバッハ公爵夫人が練習にと、極々内々のお茶会を開いてくれた。その時に出てきたクッキーが、もう本当に美味しかったのだ。こんなに美味しいクッキー、食べないとダメでしょう。
アッヘンバッハ夫人は微笑みながら、
「このクッキーをルイーゼが気に入ってくれたようで良かったわ。紹介状は有ったけれど、新しく雇った菓子職人なので不安だったの。でも、ルイーゼがこんなに喜んで食べてくれるんですもの。本当に腕がいいのね。貴女を招いて良かったわ。」
とご満悦だった。私が「お茶会に慣れるため」から「菓子職人の技能確認」に招待の主旨が変わっています。
私はみんなに一枚ずつ残して全部食べたあげく、追加で出してくれた分も食べ、更にお土産までもらった。夫人は他のクッキーも持たせてくれたうえ、また来るように言ってくれた。
当然、一緒に出席していたカタリーナお姉様には大目玉をくらい、ヨハンナお姉様には姉妹の縁を切られ(三日で許してもらったけど)、報告を聞いたお父様には一週間のオヤツ禁止を言い渡され、お母様は寝込まれた。
ハンナの説教はまだ続く。
「晩餐が開かれる予定になっていますから、晩餐のイメージトレーニングもお願いします。殿下の好物が出されるでしょうが、がっついて召し上がらないでください。頬張るのもなしです。いいですか?一口ずつに切って、一口というのは口に入りさえすれば一口ではありませんよ。大きな口を開けずに食べられる大きさが一口です。一口ずつ、ゆっくり召し上がってください。庭の散策をする予定ですが、」
延々と続いていく。終わった時にはグッタリだった。
ハンナの心配もわからないではない。カタリーナお姉様もヨハンナお姉様も私の年頃には降るように縁談があった。今ではさらにあって、選びたい放題だ。けれど、私にはほとんどないのだ。あっても、辺境の小さな国とか。やっときた縁談、それがこの縁談だ。
明らかな、誰がどう見ても政略結婚だけど、今迄きたどんな縁談よりも比べ物にならないほど条件がいい。もしかしたら、お姉様達にくるものよりもいいかも。王女なんて政略結婚をするために存在しているようなものだ。政略結婚だから、身分が大事。だから、親子ほど歳が離れているとか、愛人だけでなく子供までいてお飾りの妻とか、地位以外はどうしようもないクズ男とか、そんな縁談はいっぱいあって、この国にも溢れている。
けれど、この縁談は違う。ローゼニアということと王族でないということを除けば、非の打ち所がないと言っていい話だ。美人でも社交的でもなく、王位継承権も低い第三王女の私にはこれ以上の縁談はないだろう。
政略結婚なのでよほどのことがなければ破談なんてことはないし、王家との縁談を断るなんてまず無理だけど、ローゼニアにはそれができるだけの財力と軍事力がある。そのうえ、お相手は他国にまで聞こえたエリート校の王立高等学院に通うくらい頭もいいし、顔もいい。ローゼニアだとしても、多分結婚相手は選びたい放題。何で私との話が出たんだろう?まあ、私が王位継承権は低いといえども継承権のあるヴェストニアの王女だからだろうけど。でも、なんで私かな?他の国の王女だって有力貴族だって、選びたい放題だと思うけど。
そんな相手なので、あまりにも酷い振る舞いだと「無理」と言われるかもしれない。それは私も避けたい。これを逃すと、こんなに条件の良い縁談は私には二度と来ない。もしかしたら縁談自体来ないかも。だから、振る舞いには気をつけます。
「ご自分の立ち位置がよくお分かりで、ハンナは安心いたしました。あとは実行をお願いします。」
ロッテ、何故顔を背ける?笑ってるのはわかっているんだから。失礼ね!今日のオヤツ、分けてあげないから。
夜、私の部屋にあるあの人の肖像画に日課である報告と寝る前の挨拶をした。
「殿下、やめましょうよ、その儀式。どう考えても、引きますよ。異教徒の怪しい儀式にしか見えませんよ。」
「お黙りなさい、ロッテ。この日課が出来てから殿下の目に余る振る舞いが減っているのです。貴女も恩恵を受けているでしょう。祭壇を作ってお祀りしても良いくらいです。」
「それはそうですけど、祭壇まではちょっと。お祈りするくらいなら。」
いや、私よりあなたたちの方が引く発言、思考だから。
ロッテが目隠しの布をかける。私を寝衣に着替えさせてから、ハンナとロッテは部屋から下がった。
一人になった部屋で私は肖像画の布をあげ、前に椅子をおいた。
「はあ、やっぱりすごい美人よね。なんでヨハンナお姉様でなくて私のところに話がきたのかな?歳が私の方がよかったから?でも、男の人は地味な感じの私よりヨハンナお姉様のような華やかな美人の方がいいよね。ギルベルト様もそうなのですか?」
私は肖像画に向かって話しかける。
あの人に会えるのは嬉しい反面、とても怖い。肖像画のあの人はとても綺麗だ。肖像画は実物より上に描かすことはお約束。だから実際のあの人は肖像画ほど美人じゃないかもしれない。でも、二番目のお兄様のオスカー様はとてもイケメンだし、一度見たことのあるあの人の両親の辺境伯夫妻もとても綺麗だった。あの人の上のお兄様は辞めてしまったけれど、王宮騎士だった。その時に何度か見たことがあるけど、やはりイケメンでやること全てスマート、ご夫人や令嬢に人気だった。だから、あの人も美人なはず。いくら肖像画だから盛っていても美人なはずだ。そこは心配していない。
心配なのは私の肖像画。詐欺でなければ目がおかしいんじゃないの?ってくらい美人に描かれていた私の肖像画。実際の私を見て「これはひどい」と、失望されたらどうしよう。さすがに「美人じゃないので結婚辞めます」なんてことにはならないでしょうけれど、早々に別居決定になったら!
手にポタポタと涙が落ちた。この国とエルメニアは昔から友好的だ。戦争終結の証の結婚のように敵国に輿入れするわけじゃないし、友好的な関係を続ける為にも王女である私をそこまで冷遇することはないだろう。エルメニア語も不自由なく話せる。でも、友人も知り合いも家族もいない。夫であるあの人にも愛してもらえなかったら、私は独りぼっち。上手くいかなければ、普通の夫婦なら離婚とか実家に帰るとかできるんだろうけど、私はできない。独りぼっちのまま毎日過ごすしかない。ますます涙が落ちてくる。
肖像画の布を下ろして、泣きながら寝た。
いよいよ今日は視察旅行の出発日。お父様やお母様に見送られて出発する。カタリーナお姉様がついて来てくれることになっている。最初、ヨハンナお姉様がついて来てくれるはずだったけど、私が嫌がったのだ。だって、あの人が美人のヨハンナお姉様に目移りして、婚約者交代になったら困るもの。交代にならなくても「あっちがよかった」って思われそうで、ツラい。
ヨハンナお姉様は
「ルイーゼは失礼よね。なんで私が妹の婚約者をとるようなマネをすると思うわけ?」
と、怒っている。お姉様はしなくても、あの人がそう思うかもしれないじゃない。男の人は美人が好きだもの。
挨拶をして馬車に乗り込む。
「お父様、お母様、行って参ります。」
御者は馬車を走らせた。当然、この話の交渉責任者のケプラー子爵も一緒だ。
辺境伯領まで何日もかかるので、私の世話の為に侍女のハンナとロッテが付いてきてくれる。心強い。
「殿下、殿下のお相手って、公爵家のご嫡男でシュバルツ辺境伯を名乗っておられるんですよね。辺境伯が付属爵位って、変じゃないですか?」
ロッテが尋ねる。それは私も思った。
「昔ね、公爵家のお姫様が辺境伯に嫁いで、生まれた女の子が爵位を継いだんだって。その子が公爵家の嫡男と結婚したから付属爵位になったらしいわ。」
何か考えているのか少し間をおいてから、
「よく、辺境伯家の他の人が許しましたね。女の子しかいないんなら、身内から婿養子を迎えるんじゃないんですか?」
それはそうだ。だが、そうはならない事情があるのだ。
「トレア大公国との戦争中に辺境伯が亡くなられたんだけど、辺境伯の弟が負け戦だったからか『自分は婿養子に行くから、後継はお腹の中の子』と言って、一人で逃げたんだって。戦争が終わってしばらく経ってから、辺境伯を返せって言ってきて揉めたらしいわ。ついこの間まで揉めていて、ようやく決着ついたらしいの。」
「うへ〜、何百年も揉めてたんですか。気が長いというか、どちらも諦めが悪いというか。」
ロッテは呆れた顔をした。
途中端折ってロッテには話してないけど、当然ロッテが言ったような案は出た。弟が婿養子に行った先で生まれた嫡男と結婚させる話になっていたけど、結婚直前にその嫡男が落馬で死んでしまったのだ。それから、何回も「返せ」と言うけど領民や他の貴族に反対されて返してもらえない。返してもらえても、領地経営に失敗したり、トレア大公国に攻められたり、で結局公爵家に返ってくるらしい。
ハンナがため息をつく。
「ロッテ、言葉遣いに気をつけなさい。」
「そうね。ロッテ、あなたがルイーゼのことを主人と侍女という関係以上に思ってくれているのはわかるし、とてもありがたいと思っているわ。でも、一応、主人と侍女なのだから、二人きりでない場所では言葉に気をつけて。ヴェストニア王家の品格を疑われてしまうといけないから。
それと、そのお話はあまり愉快な話ではないから、向こうではしないでちょうだい。」
カタリーナお姉様にもそう言われていた。
王都とアルトドラッヘン辺境伯領の領都は離れている。一日二日の距離ではないので、途中で宿に泊まる。
私は王都からほとんど出たことがない。何回かお母様のご実家やアッヘンバッハ夫人の屋敷に泊まったことがある。どちらも王都からそんなに離れていないので、なんとか一日で行ける。なので、宿に泊まるのは初めてだ。
初めての宿のせいか、なんか落ち着かない。いや、初めてだけではなくて、カタリーナお姉様と同じ部屋だからだと思う。
「お姉様、どうしてお姉様と一緒のお部屋なのでしょう?」
「貴女の一挙手一投足をチェックするためです。
貴女も承知していると思うけど、私達の結婚は個人の問題ではなく、家の国の問題なの。多少のことでは破談にはならないでしょうけど、隙を見せるわけにはいかないの。不利な条件を飲まざるを得なくなるかもしれないでしょ。
ローゼニアをヴェストニアに繋ぎ止めるためにも、この結婚は必要なこと。大事なこと。貴女にこんな重大な結婚を押し付けるようなことになって、お父様もお母様も心苦しく思っていらっしゃるわ。貴女にはローゼニアではなく、もっと気楽な嫁ぎ先をと思っていたけれど。」
カタリーナお姉様のお顔は悲しそうに見えた。
うーん、たしかにそうだけど、私はそこまでこの結婚に悲観してない。それどころか大変な乗り気。王太子妃のご実家の公爵家の嫡男との縁談なんて、ちょっと荷が重いけど。
ベッドに腰掛けているお姉様の横に座って、手を繋ぐ。お姉様と手を繋ぐのは久しぶり。お姉様の手は沢山の書類にサインしたり書いたりするのでペンだこがある。あの人も勉強をしているし、王太子の側近として仕事をしているから、ペンだこがあるのかな?結婚したら寝る前にはこんなふうに手を繋いでくれるかしら?
でも、本当は好きな人がいて手なんか繋いでくれないかも。夕食の後はさっさとご自分の部屋に引きあげてしまうかも。ううん、それどころか「美人でない妻は恥ずかしい。顔も見たくない」って、愛人と別宅に住んで私の所には来てくれないかも。
「ルイーゼ、どうしたの?涙なんか流して。結婚が怖くなったの?」
カタリーナお姉様が心配そうに私の顔を覗き込む。
「この話が出てから貴女の様子がおかしいってハンナもロッテも心配してたわ。以前は浮かれていたようだけど、最近は塞ぎ込むことが多くなったって。
ごめんなさい、ルイーゼ。怖くないわけないわよね。知り合いのいない外国の公爵だもの。国内のように気軽に里帰りも友人を訪ねることもできないものね。」
お姉様はそう言って、私を抱きしめてくれた。
私は首を横に振る。
「結婚は王族の務めですもの。わたしが役に立つなら喜ぶべきことだわ。
これは政略結婚だし、相手はとても綺麗な人だし、私は美人じゃないし、女のくせに学問をしているって悪口を言う人もいる。王女という以外何の取り柄もないって自分でも自覚している。だから、愛されなくても仕方ないと思っている。」
そこまで言って、泣き出してしまった。
お姉様は
「貴女、頭が良過ぎて、いろいろ考え過ぎてしまうのよ。
エルメニアの大使をしていて実際に会ったことのあるクレーマン伯爵のお話では、お相手のシュバルツ辺境伯は優秀なだけでなく、とても誠実な方らしいわ。交渉に当たったケプラー子爵もそう言っているし、報告書の記述も同じ。だから、結婚すれば貴女を妻としてそれなりの待遇で迎えて、粗略に扱うことはないはずよ。
それに、ノーザンフィールド公爵家は、アルトドラッヘン辺境伯家もだけど、女性が学問をすることに寛容みたい。その証拠に少ないけれど何人か女性の学者が出ているもの。それにお相手の従姉妹のグロリア嬢は王立高等学院に通ってるでしょう?婚約者の王太子の希望らしいから、エルメニアではこの国より女性の学問に対して寛容なのじゃないかしら。少なくとも王太子は女性が学問をすることに否定的な感情はないはずよ。
ケプラー子爵の話だと、向こうは貴女が勉強熱心なことに好意的な関心を持っているらしいの。だから、あまりあれこれ考えない方がいいと思うわ。
それから、手は、そうね。人によっていろいろでしょうからなんとも言えないわね。でも、貴女がしたいのならそう伝えれば良いと思うわ。その時の為にもう少しお手入れしておかなくちゃね。繋いだ時、ガサガサの手だったら興醒めだから。
さ、明日も馬車に揺られるから、今夜はもう寝ましょう。」
ベッドに入ってお姉様の方へにじり寄る。
「なあに?ふふ、子供の頃を思い出すわね。貴女、雷が鳴ったら必ず私のベッドに潜り込んできたわね。」
お姉様の声を夢の中で聞いた。
やっと、アルトドラッヘン辺境伯領の領都に着いた。途中から船に乗り換えたりして、結構遠い。私が輿入れするエルメニア王国のノーザンフィールド公爵領はさらに遠く、海の向こうだ。私、やっていけるかな?
「いえ、船に乗ればすぐですよ。港にある建物から海を見れば、ノーザンフィールドがうっすらとみえます。それに子供でも十にもなれば、一人で向こうの親戚を訪ねて行くことはよくありますし。定期便も日に二回はあります。急ぐなら、貨物船に乗るという手も。」
辺境伯も寄り添うように隣にいる夫人も綺麗。ご両親なので当然だけど、あの人によく似ている。
「お疲れでしょうからまずお休みください」と、屋敷の客間に案内される。ふーん、ここがあの人の家なのか。とても立派で広いわね。そして古い。古いけれど手入れされて、歴史を感じる。
「こちらのお部屋をお使いください。お疲れでしょう。すぐに湯の用意をさせます。」
「ありがとうございます。」
そう言って、部屋に入った。
ベッドに横になる。なった途端にハンナの声がする。
「殿下、まずはお召し替えを。」
「疲れた。私が自分で歩くわけではないのに、どうしてこんなに疲れるの?お湯を使うんだから、お着替えはそれからでいいじゃない。今日は晩餐までお部屋で過ごすんでしょう?夜、あまり食べられないかも。」
「それはようございました。殿下がパクつく心配をしなくてすみます。さ、早くお召し替えを。」
ハンナが厳しい。
ノックがあって、カタリーナお姉様が入って来た。
「貴女、まだ着替えてないの?その時々にあった服装をしてちょうだい。」
お姉様に見張られながら急いで着替える。着替え終わった頃にこの家のメイドが湯の用意ができたと呼びに来た。湯を使った後、ベッドに倒れた。
体が大きく揺れる。え、何事?もしかしてこれは話に聞く地震というやつでは⁈こんなに揺れたら家が潰れちゃうかも。早く逃げなくちゃ。お姉様、ハンナ、ロッテ、早く逃げて〜!ケプラー子爵も。
「ルイーゼ、何寝ぼけてるんです。早く起きて晩餐の支度をなさい!」
カタリーナお姉様に耳元で大きな声を出されて目が覚めた。
見ればお姉様は既に支度を終えている。ハンナとロッテが急いで私の髪を結って、着替えさせる。
「もう、それでいいわ。時間も過ぎちゃったし。あまり遅れるのも、失礼だもの。」
メイドに案内され、長々と廊下を進み、食堂に入る。当然だけれどあの人がいる。嘘でしょう⁈肖像画より超絶イケメン!後光がさしてる!ありがたや、ありがたや。思わず、拝んでしまいそうだった。カタリーナお姉様やケプラー子爵がいなければ、絶対拝んでいたと思う。
あの、私の部屋にある肖像画を描いた画家を恨みます。肖像画よりずっとイケメンで、心臓止まるかと思っちゃったわ。肖像画を描いた画家は下手くそか?それともあまりにも美人で人間には描き表せないのかも。
あの人の隣にはあの人によく似た同じ年頃の女の人がいる。あれがあの人の従姉妹でエルメニア王国の王太子の婚約者グロリア様かな?あと、彼によく似た男性は伯父で今は養父のノーザンフィールド公爵かしら。私の義理の父になる人だ。
みんなよく似た容姿をしている。一族で結婚を繰り返すことが多かったから当然なのかも。眼福、と喜んでいる場合じゃないわ。身内がこれということはあの人の美人の基準、いえ、普通の基準がこれということ。私は自分の容姿は人並みだと思っていたけれど、比べ物にならないじゃない!この一族の中で私はとんでもなく不細工。うう、あの人もそう思っているのか、意識的に私の方を見ないようにしている気がする。あの美人の従姉妹が基準だもの。仕方ないのかも。
お姉様に促されて席に着く。
辺境伯が挨拶をして紹介をしている。私の予想通り、従姉妹と養父だった。従姉妹は婚約者の王太子に溺愛されているらしいけど、頷ける。だってすごい美人だし、上品だし、淑女の鑑って感じだもの。それに引き換え私は、、、
みんな楽しそうに会話している。
「ギルベルト、兄のミヒャエルやオスカーを差し置いて、こんな可愛らしい方と婚約できるなんて良かったじゃないか。」
「はい、このお話に尽力してくださったケプラー子爵には感謝しかありません。」
「まあ、アルトドラッヘン辺境伯もシュバルツ辺境伯もお上手ですこと。」
お姉様まで加わっている。ケプラー子爵は満足気な顔をして聞いていた。
辺境伯夫人が私の方を見る。
「ルイーゼ殿下、お口に合わなかったでしょうか?」
私の皿が空になることがないのに気づいた夫人が私に声をかける。
「え、いえ、美味しいです。」
嘘だ。こんな美形一族の中に人並みの容姿の私が輿入れするかと思うと惨めな気持ちになって、味なんかわからない。こんな美形一族の中にあっては、美人のヨハンナお姉様さえ普通に見える。きっと、ギルベルト様も「こんな不細工な女」と思っているに違いない。その証拠にこちらをちっとも見ない気がする。
公爵が妹である辺境伯夫人に向かって言う。
「ヘレン、殿下は何日も馬車に揺られたのだから、食欲が無くて当然だよ。途中から船になるとはいえ、船も慣れていなければ疲れるからね。お帰りになるのは明後日なのだから、今日はゆっくりしてもらった方がよかったんじゃないかな?」
「それはそうだけど、早く殿下にギルベルトに会っていただきたかったんですもの。でも、私の思慮が足らなかったわ。お兄様の言う通り、今日はゆっくりしていただいた方が良かったわね。
殿下、申し訳ございません。お疲れなことに思い至らず。」
夫人が謝った。
「いえ、こちらこそ、こんなによくしていただいて。
多分、ルイーゼはシュバルツ辺境伯にお会いしたので緊張しているだけですわ。普段、人見知りなんかしないのに、やはり夫となる方にお会いするのは緊張するようです。それが辺境伯のような立派な方だとなおさら。」
お姉様が答える。仕切りババアのような返答だわ。
「いつもはお元気すぎるくらいなのですが。」
ケプラー子爵も苦笑いをしている。
みんな私に気を遣っていろいろ話しかけてくれる。けれど私は「はい」「いいえ」くらいしか言えず、カタリーナお姉様とケプラー子爵が取り繕ってくれた。
夜、お姉様が私の部屋に来た。
「ルイーゼ、あなた、どうしたの?あんな態度をとったら失礼じゃないの。いくら政略結婚で破談にはならないとはいえ、失礼な態度をとって良いわけじゃないのよ?公爵も辺境伯夫妻も笑っておられたけど、少なくとも好印象ではなかったはずよ。」
私は何も言えず、涙が出てきた。ハンナがカタリーナお姉様にいろいろ言い訳をしてくれた。
お姉様は「仕方ないわね」と言って笑った。
「明日の予定だけど、少し変更してもらったわ。
昼餐の予定だったけれど、無くなったの。ゆっくり寝て疲れをとってちょうだい。」
そう言うとお姉様は私をベッドに押し込んだ。
翌日、私は昼過ぎまで寝ていた。お茶会の時に空腹でお菓子をがっつかないようにと、軽く食事をとらされた。
新しく作ったお茶会用のドレスを着る。この日のために作ってもらったドレスだ。薄い空色の生地に白詰草の刺繍がしてある。ところどころにガラス玉の天道虫がとまっている。
「もっと、華やかな感じのドレスが良かったわ。こんな地味な感じのドレス。」
「何を言っているの?
いい、ルイーゼ。お相手のシュバルツ辺境伯と結婚したい令嬢は掃いて捨てるほどいるの。酷いこと言うけど、貴女より美人だってたくさん。彼は華やかな美人なんか間に合っているでしょうし、見飽きているわ。だから、そんなアピールをしても無駄と言うこと。それに貴女には陽だまりなような長閑な感じのドレスがよく似合うわ。」
お姉様の言う通り、ローゼニアであっても、イケメンの大金持ちの公爵家嫡男と結婚したい令嬢、させたい親は掃いて捨てるほどいるでしょうね。みんな私より美人なんだ。間に合っているって、美人の彼女がたくさんいるってこと?私なんかその他大勢だから、勝負しても無駄ってこと?だから、こんな地味な呑気な感じのドレスで十分なの?
ハンナが追い討ちをかける。
「いいですか、殿下。お茶会はお菓子の大食い大会ではありませんし、品評会でもありません。何枚も食べたり、全種類食べようとしてはいけませんよ。」
ハンナにしつこいくらい注意をうけて、送り出された。前科があるので仕方ないけど。
お茶会は、私とお姉様、辺境伯夫人、それからギルベルト様とと従姉妹の公爵令嬢グロリア様の五人が出席した。
「お招きに応じていただき、ありがとうございます。」
「こちらこそ、お招きいただきありがとうございます。
昨夜は長旅で疲れていたとはいえ、大変失礼な態度を。」
辺境伯夫人の挨拶にお姉様が応対する。
あの人の隣にはすごい美人の従姉妹の公爵令嬢が座っている。エルメニアの王太子は婚約者の公爵令嬢を溺愛しているという噂もうなずける。だって、本当に美人なんだもの。エルメニアにも「女に学問は必要ない」という風潮があるというのに、一緒に学校に行くことを希望して一緒に行っている。美人だから、ずっとそばにおいておきたいよね。ギルベルト様にとってあの美人の公爵令嬢が基準なんだ。人並みの私なんかとっても不細工。私は涙が出そうなのを我慢する。
「・・・ですね。」
あの人が私のほうを見て何か言っている。
「ルイーゼ?良かったじゃない。素敵なドレスでよく似合っていると言ってもらえて。」
お姉様が私に話しかける。
「本当に素敵なドレス。白詰草に天道虫もいて。まるで、お休みの麦畑みたい。私も、そんな素敵なドレスが欲しいわ。」
公爵令嬢グロリア様もそう言った。
「、、、ありがとうございます、、、」
ドレスしか褒めるところがないんだ。ううん、褒めてなんかいない。田舎臭いドレスがお似合いだって言っているんだ。だから、ギルベルト様はグロリア様が「欲しい」と言った言葉に一瞬嫌そうな顔をしたんだ。思考がどんどんネガティブになっていく。
惨めすぎて、何を話しているのかまったくわからない。適当に相槌をうつ。
「やっぱり、まだ、お疲れが取れないのでしょうか。王都からここまで結構な距離がありますから。本来なら私がお伺いしなければならないのに、申し訳ありません。」
ギルベルト様が謝っている。
「いえ、辺境伯とグロリア嬢は学校がありますから、仕方ないことですわ。それに、少しでも輿入れ先であるローゼニアの雰囲気を知っている方がいいですし。
話には聞いていましたが、本当にいいところですわね。」
お姉様が喋りながらテーブルの下で私の足を蹴る。何か言え、と言うことだ。でも、涙が出て泣かないように歯を食いしばっているので、口を開くと涙も鼻水も出てしまいそう。涙はともかく、こんな不細工な私でも乙女の尊厳にかけて鼻水は見せられない!
お姉様はさらに蹴ってくる。なんとか絞り出した言葉は「うう」と言う、うめき声のようなものだった。
お姉様が大きくため息をついた。人前でため息をつくなど、本来はあってはならないことだし、今迄お姉様が人前でため息をつくのを見たこともない。
「もう、本当にこの子は。
普段は初めての人に会うのでも人見知りなんかしないのに。やっぱり、婚約者となると違うようですわ。緊張して恥ずかしがって、まともに口も聞けない有様で。末っ子でみんなで甘やかし過ぎたのかしら。こんな大事な時にこんな振る舞いを。でも、こんなに素敵な方ですもの。妹の気持ちもわからないではありませんわ。」
また、お姉様が仕切りババアのようなことを言って、もう一度ため息をついた。
辺境伯夫人は微笑みながら、
「いえ、とても初々しくていらっしゃるわ。私は従兄弟と結婚でしたので、そんな気持ちにはなりませんでしたもの。小さい頃から行き来がありましたので、結婚する時もその親戚の家に長く逗留する感じでしたし。結婚することに不安と期待が入り混じるルイーゼ殿下を羨ましく思いますわ。」
と言った。それは本当に羨ましそうに思っているように、私には思えた。でも、そう思えるのは美人だからですよね、とネガティブな思考が頭を支配する。
この国ヴェストニア王国のアルトドラッヘン辺境伯ローゼンリッター家と隣国エルメニア王国のノーザンフィールド公爵ブルーローズ家は元々同じ一族で、結婚は一族内ですることが多い。辺境伯も公爵も従姉妹、つまり互いの妹と結婚している。彼らの両親、ギルベルト様の祖父母もグロリア様の祖父母も従兄弟同士、互いの姉や妹と結婚している。三代続けてアルトドラッヘン辺境伯の令嬢はノーザンフィールド公爵当主に嫁ぎ、ノーザンフィールド公爵令嬢はアルトドラッヘン辺境伯当主に嫁いでいるのだ。美形が美形と結婚して子供をもうけるんだもの。美形の一族になるよね。そこへ私みたいな不細工な者が入っていいのかしら?「美形一族。但し例外もあります」なんてことになったら、私のせいだ。
そんな感じで、お茶会はグダグダだった。




