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19話

 一週間経つけど遠巻きに見られるだけだった。さすがに少しへこむ。

 そんな時、お茶会の招待がきた。私の婚約のエルメニア側の担当だったルイス伯爵の夫人だ。

「本当ならもっと早くにお招きしたかったのですけれど。」

夫人は少し体調を崩していたらしい。

 夫人も聖白百合学園の卒業生らしく、話題が聖白百合学園のことになった。夫人は噂のことを知っていた。

「まったく、私の頃にも婚約破棄させたとかさせるとか、そんな噂がありましたけれど、今でもそんな噂をしているのですね。」

夫人によると身分の高い生徒が犯人とされることが多いらしい。理由も私と一緒。自分が愛されないから愛されている人に嫉妬して。

「馬鹿げた噂ですわ。噂通りなら、殿下の結婚の交渉にあたった夫を持つ私が一番に離縁されなければなりませんわ。」

伯爵夫人はそう言って笑った。

 たしかに、その通り。だって、私のことを愛してくれない人との婚約を推し進めたんだもの。一番に恨まれるよね。

「殿下になかなかお友達ができないのは、噂のせいだけではないと思います。

隣国ヴェストニアの王女で将来のノーザンフィールド公爵夫人、またノーザンフィールド公爵家は王太子のご婚約者グロリア様のご実家。何かあれば家に影響があるのではと思うと、迂闊には近寄れませんもの。

殿下がお茶会を開かれるのはおやめになった方が良いと思います。あの方は招いてこの方は招かないとなると、拗れてしまいます。その逆もです。あの方のお茶会に行ってこの方のお茶会に行かないというのも。仲良くなればそのようなことは周りも問題にしないことが多くなるのですが。」

 そうだよね。お茶会は女性の社交場。誰を招いた、招かれたってのは大事。ロイド伯爵夫人が招いてくれたのは夫がこの国の宰相だからだし、ルイス夫人の夫は私の婚約のエルメニア側の担当者。どちらも社交辞令上招かないわけにはいかない。私の「仲良くなるためにお茶会でも開いて」というのとは訳が違う。招かないわけには行かないのだ。その証拠に私とケプラー子爵夫人以外は招かれていない。お茶会ひとつとっても、いろいろ大変だわ。仲良くなるためにお茶会を開くことはできないし、仲良くならなければお茶会は開けない。じっくり構えて私という人間を知ってもらうしかない。


 今日はギルベルト様とお出かけの日。

「宰相のロイド伯爵が『フーランディア公が休んでいて忙しい』と言っていたのに、こんなに早く、よくお休みがもらえましたね。」

「王都の案内ができていないことを知ったグロリアが、私の代わりに自分が殿下を案内すると言い出したんです。そうしたらアーサー殿下が『最近、グロリアと出かけられてないし、ウィルもイザベル嬢を誘ってみんなで王都見物をしたらいいじゃないか』と仰って。宰相が面白いくらい慌てて、すぐに休みをくれたんです。」

おかしそうにギルベルト様は笑った。グロリア様は王太子妃教育を受けるために王宮に行っているそう。

 ギルベルト様とデートといっても、もちろん二人きりというわけにはいかない。ケプラー子爵夫妻が付き添う。行き先はローロー公園。この中には動物園があり、池ではボートにも乗れる。王都の人気スポットらしい。

 公園の入り口で馬車を降りる。休みのせいか、人がいっぱい。ギルベルト様がエスコートしてくれる。

「みんな楽しそうですね。」

「ええ、そうですね。最近、大きなワニがきたらしいので見に行ってみましょう。」

 当然、ワニは動物園にいる。ワニがいるプールまでは他の動物を見ながら歩いた。周りを見渡すと、家族連れだけでなくカップルも歩いている。みんな幸せで楽しそう。私達もそう見えるのかしら?そんな事を考えながら歩いていた。

 ワニのいるプールはすぐにわかった。すごい人だかりだったから。あんなに人だかりがしていては見えないんじゃないかしら。一応、混雑せずにみんなが見られるように、通行の邪魔にならないようにロープを渡してワニのプールの前は立ち止まれないように一方通行にしてある。けれど、もうそんなものあってもなくても一緒。というより、ロープを張って狭くなったところに見物人を押し込んだために更に人が密集して悪化してるような気がする。押し合いへし合い、普通にエスコートされているのでははぐれそうになる。

「はぐれたらいけないから、ご無礼は承知で。」

と腰を抱えられた。

 キャー、近い近い、近すぎる!ただでさえ腰を抱えられて密着しているのに、四方八方から押されてさらに密着している。ギルベルト様も「はぐれないように私に抱きついて」とか言ってくるし。もう、ワニを見るどころじゃない。ワニが見えないのは密着して私の心がそのことで占められているせいもあるけど、人が多すぎて物理的にも見えない。やっとのことでその人だかりを抜けた。

 人混みを抜けてからもギルベルト様は私の腰を抱えたまま、私も抱きついたままなのに気づいた。

「あの、ごめんなさい。」

私はそう言って、慌てて抱きついていた手を離した。

「お構いなく。」

ギルベルト様はそう言うが、腰に回した手はそのまま。あの「お構いなく」ってのは私が抱きついていたことに対する言葉だけど、腰に回した手は?私は構うんですが、、、

「あの、人混みを抜けたのでもう大丈夫です。手を、、、」

ギルベルト様は「これはご無礼を」と手を離してくれた。

 でも、すぐに「すごい人でワニが見られませんでしたね。もう一度、行きましょう」と言って引き返し始めた。

 ワニ見物の列に並ぶ。さっきより人が多くなっている。

「最初からはぐれないようにしていた方が良さそうですね。」

そう言って、腰を抱えられる。いえ、この辺はまだ大丈夫ですから。ギルベルト様とくっついて嬉しいわよ。嬉しいけれど、私の心の安寧のためにも腰を抱えるのはもう少し後にしてもらいたい。ドキドキなんてかわいいものじゃない。心臓がバクバク、これは動悸というやつだわ。「あまりにもバクバクすると止まることもある」ってシュミット先生が言ってたような気がする。止まらずに頑張って、私の心臓!

 けれど、不思議だわ。ロープの内側は一方通行。皆が同じ速度で進めばあんなに混雑しないはず。みんな同じ速度で同じ方向に進むアリの行列は混雑なんかしていない。人間も同じ速度で同じ方向に進めばあんなに混雑しないのに。やっぱり少しでも長く見たいから、ワニのところではゆっくりになるから混むのかしら?

 人混み突入。今回ももみくちゃにされてワニなんて見えない。ただただギルベルト様に密着して進む。嬉しいけれど、ワニも見たい。他の人はワニが見えてるのかしら?こんなに人混みでだから小さい子供なんかは親と逸れるだろうし。はぐれても人混みの外で待っていれば会えるでしょうけれど、押されて危ないんじゃないかしら?人混みで一人がバランスを崩すと雪崩のように次々と転けて、下敷きになって死んだ人もいるらしいし。ほら、あそこにいる小さい子、もみくちゃにされて泣いている。助けてあげたいけど、私自身この人混みで動けないし。どうか無事でいて!そんなことを考えているうちに人混みからぬける。

 ギルベルト様の声がする。なんか嬉しそうな声。なんで嬉しいの?人混みが好きなの?

「やっぱり人がすごくて、ワニは見えませんでしたね。

どうなさったのです、キョロキョロされて。あの人混みで何か落とされましたか?」

「いえ、小さな子を見かけたので。あ、あの子です。良かったわ、無事だったのね。

通行人とワニ見物の人を分ける為にロープを張って一方通行にするのはいいけれど、人一人が通れるくらいの隙間にすればいいのに。間が広いからみんなが押しかけてしまって、人混みにから抜けようにもロープで抜けられないし、逆に危ないんじゃないかしら?

「まあ、そうですね。もう一度、ワニにチャレンジしましょう。」

ギルベルト様はそう言う。

 ワニは見たいけど、あんな人混みではとても見られそうにない。ギルベルト様に合法的にくっつけるのは嬉しいけど、肝心のワニが見られないのでは仕方ない。

「いえ、遠慮します。あの人混みでは何度入っても見られないと思いますから。」

ギルベルト様は「そうですか」と少し残念そう。ワニ、見たかったのかな?私も見たいけど、あの人混みでは何回入っても見られないと思うし、見れても一瞬だろうし。それに今はワニが物珍しいから人がいっぱいいるけど、しばらくすれば見物人も少なくなってゆっくり落ち着いて見られるんじゃないかしら?

 いい案だわ。これでまたギルベルト様とのお出かけの口実ができた!

「しばらくすると、みんな飽きてしまってゆっくりワニが見られると思うんです。だから今日は他の動物を見ましょう。」

そう言って歩き出そうとして、腰を抱えられたままなことに気づいた。

 周りを見ると、そういう格好で歩いている人達もいる。はぐれないように腰を抱えられたままなのを気づかないフリして私もそうしたいけど、まだ婚約しているだけで結婚してないし、お目つけ役のケプラー子爵夫妻もいるし。でも、ギルベルト様はこの格好に気づいていないのかしら?

「ギルベルト様、もう、ワニのところには行かないので大丈夫です。手を、、、」

私のその言葉に「そうですか、もう行かれないのですか」と腰に回した手を離した。

 ギルベルト様、腰に手を回したままなのを忘れてたのかしら?ギルベルト様にとっては自然な体勢だったのかしら?私以外にそんな格好でエスコートする女性がいるってこと⁈気になるけど、笑顔のまま「いますよ」と当然のように言われたらどうしよう。恐ろしくて聞けない。

 泣きそうな顔をしているかもしれない。そんな顔をギルベルト様に見せたくない。急いで木陰で私達を待っていてくれたケプラー子爵夫妻のところに行く。

「殿下、泣きそうな顔をしてどうなさったのです?あの人混みでどこかお怪我でも?」

「どこも怪我なんかしてないわ。ワニはすごい人で見られなかったわ、二度も列に並んだのに。もみくちゃにされて、ギルベルト様とはぐれないようにするのが精一杯。もう一度並ぼうと言ってくれたけど、見られないと思うし。」

ワニ、見たかったなあ。

 子爵は「二度も並ばれたのですか?」と少し驚いたように言った後、ギルベルト様の方を見て「殿下はなんとしてもワニをご覧になりたかったようですよ。やはりもう一度並ばれては?」と楽しそうに笑った。私が泣き顔なのはワニが見られなかったのだと思ってくれたみたい。それに対してギルベルト様は少し決まり悪そうに「いえ、殿下はあの人混みに並ばれたくないようですので」と目を逸らした。

 みんな楽しそうに話しながら歩いている。聞く気はなくても、耳に入ってくる。

「今日はラクダに乗れるらしい。」

「先日は乗れなかったですもの。早く乗りに行きましょう。」

この動物園ではラクダに乗れるらしい。

「ギルベルト様、この動物園ではラクダに乗れるのですか?さっき、歩いていた人が話しているのが聞こえました。私もラクダに乗ってみたいです。」

「ラクダにですか?そうですね、ラクダに乗りに行きましょう。ワニのように混んでなければいいんですが。」

 突然、子爵が吹き出す。

「いや、これは失礼。辺境伯は混んでいる方がお好きかと。」

変な子爵。なんでギルベルト様は混んでいる方が好きだと思ったのかしら?混んでいてワニがみられなかったから、ギルベルト様、とても残念そうだったのよ。

「別に混んでいるのが好きなわけではありませんよ。」

そう言って、少し赤くなり、プイと向こうを向いて歩き出した。

 ほら、ギルベルト様の機嫌を損ねちゃったじゃない。顔も少し赤くなって、怒ってるわ。なんでも卒なくこなす子爵が珍しいわね、ギルベルト様の機嫌を損ねるような発言をするなんて。ここは私がフォローしなくちゃ。

「ギルベルト様、ワニが見られなくて残念でしたね。今度、また連れてきてください。その時は空いているといいですね。」

「そうですね。次も混んでいるかもしれません。混んでいても諦めずに、何度でも来ましょう。」

やっぱり、ワニは見たいよね。とても大きいらしいし。

 ワニは残念だったけど、今日はもう頭をラクダに切り替えよう。ギルベルト様と一緒に出かける口実もできたし。

「ラクダに乗るの、楽しみです。小さい頃、絵本にラクダに乗った異国のお姫様が出てきたんです。それで、ずっと乗ってみたくて。

ギルベルト様は乗ったこと、あります?」

「ありますよ、小さい頃、グロリアと一緒に乗りました。

ああ、そういえば殿下もこの国でなら『ラクダに乗った異国の姫君』ですね。」

たしかに「異国のお姫様」だけど、微妙にというか全然違う。でも、ギルベルト様の楽しそうな顔を見ているとそんなこと、どうでもいいことに思えてくる。実際、どうでもいいことなんだけど。

 ラクダの前まで来る。実際に近くでみるラクダは馬よりも大きい。これに乗るの?大きくて乗るのこわい、、、鳴き声も変だし。あっちのラクダは内臓を口から出してるし。砂漠のお姫様はこんなこわい動物に乗ってたの⁈

 思わず後退りをする。

「殿下、どうなさったのです?」

「いえ、その、、、」

私が「乗りたい」と言ったのに「こわいからやっぱり乗りたくない」なんて言ったら、呆れられて嫌われてしまう!でも、近寄るのもこわい。臭いし。

「近くで見たら大きくてビックリしますよね。馬とはいろいろ違うので、一緒に乗りましょう。危ないですし、怪我でもなさったら大変ですから。」

そう言ってギルベルト様はラクダの方へ行った。

 慌てて私もついて行く。やったね、ギルベルト様と一緒に乗れる!と喜ぶところなんだけど、素直に喜べないくらいこわい。「やっぱりやめたい」って言わなくちゃいけないけど、言い出せないうちに順番がきてしまった。

 もう、乗るしかない。ギルベルト様の服をギュッと掴む。

「ラクダの機嫌は悪くないみたいですし、大丈夫ですよ。」

ギルベルト様にそう言われて、死刑台に登る気持ちで鞍に座る。後ろから抱き抱えられるうににギルベルト様が乗る。こんな体勢で乗るなんて聞いてない。

「ラクダが立つ時に前後に大きく振られるから気をつけてください。」

それどころじゃない。ワニの時は周りに押されて不可抗力だったけど、ラクダは、、、

 前に大きく振られ、続いて後ろへ振られる。

「殿下、ラクダが立ちましたよ。」

恐る恐る目を開けてみる。目線が高い。ラクダがゆっくりと歩き出したのでユラユラ揺れるけど、ギルベルト様と一緒なので怖くない。みんながこちらに注目している。羨ましそうな顔の令嬢もいるけど、扇子の影でコソコソと話している婦人も見える。抱えられるようにされて乗っているからだと思う。婚約しているとはいえ、ちょっとくっつきすぎ。でも、仕方ないじゃない。この格好は私が落ちないようにするためであって、不可抗力!

 ケプラー子爵と夫人が手を振ってくれたので、振り返した。ラクダは広場を一周してお終い。乗る前は怖かったけど、もう少し乗っていたかったなぁ。

「殿下、物足りない顔をなさってますよ。そんなにラクダは楽しかったですか?」

子爵に笑いながら聞かれる。

「ええ、とっても。馬とは違う感じで、楽しくて。また乗りたいわ!」

「是非、また乗りましょう。」

ギルベルト様もそう言ってくれた。

 そして子爵の方を向き直り「子爵も奥様とどうです?」と言った。夫人は最初「私はラクダには」とか言って渋っていたけれど、結局子爵とラクダに乗った。夫である子爵に後ろから抱えられるようにラクダに載っている夫人は恥ずかしそうに、でも幸せそうに見えた。

 園内にあるカフェで遅めの昼食を取る。

「二週間になるのに、誰とも口を聞いていないんですか?」

「みんな、すうっといなくなるんです、それは見事に。もう、慣れました。でも少しは変化もあったんです。前はとにかく私の方を見ないようにしてたのに、最近は私をチラチラと見てるんです。私に話しかけたいのかな、と思って近寄ろうとすると、すうっといなくなる。気持ちはわかるんです。下手に話しかけて何か粗相があったら、と思うと話しかけない選択をしてしまう。話しかけなければ粗相もないですから。

せっかく編入の推薦をいただいたのに、お友達も作れない情けない婚約者でごめんなさい。」

「そんなことはないです。早くクラスのご令嬢とお話しできるようになるといいですね。私も入学当初は級友から遠巻きにされていましたが、グロリアや知っている人間もいましたから。

途中からグループに入るのは難しいとはいえ、一言も口をきかないというのは、少しひどいですね。伯父上や宰相の方から学校に要望してみましょうか?」

ギルベルト様の提案に子爵は「外部が口出しをすると拗れることが多いから」と断り、私も「自分の力でなんとかする。どうしてもダメなら助けを求めるから」と言った。

 そうは言ったものの、私はこの状況を少し楽しんでいた。それは、すうっといなくなるのを捕まえて話しかけることができれば『勝ち』と思うことにしたのだ。池の魚を掬おうと手を入れてもすうっと逃げるでしょう?そんな感じで。自分でも随分良い趣味だと思うけど。

 休み明け、私は勝負に負けた。向こうから近づいて話しかけてきたのである。

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