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17話

 今日から学校。こんなに早く起きるの?侍女のハンナとロッテが私の身支度をする。

「学校って、制服を着ていくんじゃないの?」

「はい、朝食の後に制服にお召し替えです。」

そうね。私のドレスは食べこぼしのシミが付いているものも多いから用心は必要ね。制服は白いし。目立ってしまうわ。

 持っていくものは昨日、準備しておいてた。学校からのお知らせを書き留めるノートと筆記用具。教科書はいらない。今日は授業はないみたい。

 筆記具の万年筆は婚約して初めてのギルベルト様からの贈り物。私の宝物。学校に通うことに不安がないわけではないけれど、この万年筆があればギルベルト様が一緒にいてくれる気がして勇気が出る。

 馬車に乗って学校へ向かう。いつもは一緒に乗るハンナとロッテはいない。学校は「特別な事情」がない限り、生徒だけで行く決まりだからだ。初日なので特別にケプラー子爵夫妻がついて来てくれることになった。

 門から少し入ったところにある車寄せで馬車を降りる。学園長室に通される。学園長先生に編入許可のお礼を言った。私の編入は決定事項だったから編入試験でお会いした時に言っても良かったんだろうけど、一応編入試験ということだったのでしなかった。その翌日、編入許可証が届いて編入がが正式に決まったので、今、お礼を言ったような次第。自分がこんな茶番劇の役者を務めることになろうとは思わなかったわ。ケプラー子爵夫妻は名優だけど、私は大根。まあ、こんなところで演技力を発揮しても仕方ないし、と自分に言い訳をしてみた。

 担任教師のコッカー先生に連れられて教室に行く。教室からは楽しそうなおしゃべりの声が聞こえてきた。久しぶりに会うので、いろいろ話すことがあるのだと思う。

 聖白百合学園は三年制なので私は二年時からの編入。他の人達は既に一年間を一緒に過ごしているので、仲良しのお友達がいたりするのだろうし、家の付き合いで小さい頃からの知り合いの場合もあるに違いない。そんな中に私は一人で入っていかなければいけない。

 コッカー先生の後について教室に入る。先程の楽しそうなお喋りの声は一瞬止み、隣同士ヒソヒソと話している声に代わった。何を話しているのか聞こえないが、想像はつく。編入生の私のことだ。先生が私のことを紹介し、席についた。

 その日は学年最初の日なので授業はなく、教師より新学年の心構えの話が主だった。

「このクラスの時間割です。皆様、間違えないように。」

先生はそう言うと、曜日と時間、教科を板書した。みんなが一斉にノートと万年筆を出す。何をするのかしら?隣の人を見ると、板書をノートに書き写しているみたい。私も慌ててノートと万年筆を出して板書を書き写す。そういえば、ヴェストニアでも毎週同じ曜日、同じ時間に同じ授業だったわね。皆が書き写したのを確認して、今日の学校は終了した。

 あっちで三人、向こうで二人、とそれぞれグループになって話しながら教室を出て行く。誰も私には話しかけてこない。話しかけないどころか、避けるようにして教室を出て行った。

 あ、あそこに一人まだ残っている人がいるわ。けれどその人も私が見ていることに気づくと走るように教室を出て行ってしまった。社交的な性格じゃないからすぐには友人はできないとは思っていたけど、避けられるなんて、、、初日からつまずいてしまったわ。前途多難な予感しかない。私も帰ろう、、、

 ノックがあってドアの方を見ると、イザベル様がいた。

「殿下、まだお帰りにならないのですか?馬車までご一緒しましょう。」

イザベル様は私が困ったことがないか、見に来てくれたみたい。

「イザベル様、今日は授業は無いのですね。せっかく登校したのに先生のお話しだけですぐ帰ってしまうなんて、もったいない気がします。」

不思議そうな顔をするイザベル様。

「そうですか?初日ですし、領から帰ってきたばかりで疲れている方も多いでしょうし、天候などで馬車が遅れてしまい、まだ王都に帰れていない方もいるかもしれません。初日から授業が無くてもいいと思うのですが。」

それもそうね。みんなが一斉に授業を受けるのだから、皆が揃ってから授業を始めるほうがいいわよね。出席できていないのに授業があればそこの部分は習っていないのだからわからないし、何人も生徒がいるのだから個別で振替を対応するのも難しいし。勉強することだけを考えるのなら家庭教師の方が効率が良い。それでもこの学校に通って勉強をするのは、私と同じように人脈を築く目的があるからでしょう。

 一人、馬車に乗ってお屋敷に帰る。家に帰ると、ケプラー子爵夫妻とロイド伯爵が来ており、学校の感想を聞かれた。

「今日は先生のお話しだけでした。明日は授業があるけれど、去年のおさらいらしいです。私は去年の授業を受けていないのでよいのですが、物足りない人もいるのではないでしょうか?」

「一週間くらいは前年度のおさらいでしょう。長期休暇の間あまり机に向かっていない娘を持つ親としてはありがたいことです。」

ロイド伯爵はそう言って笑った。

 伯爵は私の学校でのことを聞きに来たみたい。この国の臣下に降嫁することが決まっているとはいえ他国の王女だし、その臣下はこの国の中央とは距離を置いているとはいえ重要人物。何か問題がなかったか、気になるわよね。

 学校で不自由というか、不満というか、何か困ったことがないか聞かれたけど、誰とも口を聞けず、避けられているような感じがしたことは黙っていた。それを言ってしまうと自分がいかに社交的でないか再認識してしまうし、避けられているように思ったのは私の勘違いかも知れないじゃないし、今日一日だけでは判断がつかない。それに、イザベル様の言うように領から帰ってきた疲れが取れていなくて早く帰りたかったのかも知れないし。もし、私が「避けられている気がする」なんて言った日には大問題になりかねないと思うし。

「殿下には初めてのことばかりで戸惑われることも多々あると思いますが、早く学校に馴染まれますよう。何かお困りのことがありましたら、学校には言いづらいでしょうから、私の方へ仰ってください。対処いたします。」

そう言って王宮に帰って行った。

 やっと帰って行ったわ。少しの間しか伯爵はいなかったけれど、初登校で精神的に疲れていて、帰ってホッとできると思ったところで他人と話をするのは非常に疲れるわ。別に伯爵のことが嫌いなわけじゃないのよ。ただ、何か粗相をするとギルベルト様に筒抜けになっちゃうんじゃないかと、、、好きな人にはいいところだけを見て欲しいもの。「手遅れですよ」と、またしてもロッテが脳内に話しかけてきたが無視する。

 私の様子を見た子爵が笑う。

「伯爵がお帰りになった途端に緊張が解けた顔をなさいましまね。」

「うん、変なところを見せるわけにはいかないと思うと。ギルベルト様の伯父様のご友人だと思うと、やっぱり良い印象を持ってもらいたいもの。

慣れてないせいもあるんでしょうけど、学校って疲れるのね。今日は先生のお話だけだったからよかったけど、こんなので授業が始まって大丈夫かしら?」

「そのために授業開始まで一週間くらいあるのでしょうね。今日はもうゆっくりお休みください。」

子爵夫妻も帰って行った。

 やっと、自分の部屋に帰ってきた。

「今日は先生のお話だけだったのに、なんかすごく疲れちゃったわ。」

「まったくの初日ですからね、お疲れになるのも無理はございません。少しお休みになられた方が良いかと。」

ハンナがそう言うので、ベッドに横になることにした。

 ノックの音で目が覚めた。

「殿下、まだお寝みですか?」

そう言ってロッテが入ってきた。

「今、起きたところ。着替えて昼食を食べないと。」

笑いだすロッテ。何がおかしいのかしら?

「もう、夕方ですよ。お昼に辺境伯がいらっしゃったんですけど殿下はお寝みだったので、帰られました。とても残念そうでしたよ。」

「どうして起こしてくれなかったのよ!」

「だって、せっかくお寝みだから起こさなくていいって仰いましたもん。」

ギルベルト様はそう言ったかも知れないけれど、起こしてくれたっていいじゃない。私の恨みがましい視線を感じたのかロッテは「涎垂らしながら寝てた人に凄まれたって怖くないですぅ」と言って、ハンナの後ろに逃げた。それが主人に対する態度か?まあ、ロッテだから許すけど。

 呆れた顔をするハンナ。

「殿下、辺境伯より夕食をご一緒したいとの伝言を承っておりますが、どうなさいますか?」

「わざわざ聞くことないじゃないの。早く返事をしてちょうだい。すぐに来てもらっても構わないわ。」

ハンナも答えはわかっていたと思うけれど、一応聞かないわけにはいかないものね。

「ロッテ、使いを出してもらってちょうだい。それから、洗顔用のお湯をもらってきて。」

しっかりと顔を洗わねば。

 着替えてソワソワしながら待っていると、ギルベルト様が来た。

「早目に来ても構わないと仰ったと聞いたので。その、婚約しているとはいっても、ケプラー子爵がおられないのに伺うのはあまり良くないのでしょうが。」

そうかもしれないけど、多分ハンナがギルベルト様が夕食にいらっしゃることは伝えていると思う。私の行動は逐一後見人であるケプラー子爵に報告されているはずだから。

「そうですね。私も一応、夕食をご一緒したい事を伝えているので、大丈夫ですね。」

お屋敷に来ないどころか何も言ってこないということは、二人で夕食をとっても良いということ。二人でと言っても部屋にはハンナやロッテもいるし、給仕でメイドも出入りするし。密室で使用人すらおらず二人っきりで、というわけじゃない。それならそれもいいけど、そっちの方がいいし嬉しいけどって、私、なんてこと考えているのかしら!

 途端に耳まで赤くなる。私の考えたこと、ギルベルト様には伝わってないよね。おとぎ話には相手の考えていることがわかる魔法の指輪とかあるけど、現実にはないはず。でもローゼニアは不思議な伝承がいっぱいあるから、もしかしたらそんな指輪があるかもしれない。先日もらった指輪、そんな魔法の指輪だったらどうしよう。とんでもなくはしたない事を考えている娘だってバレちゃう。どうしよう!

 今度は顔から血の気が引いた。落ち着いて、ルイーゼ。大丈夫、魔法なんてない。だから、はしたない娘だなんて思われていない。けれど顔色が悪くなっていたみたい。

「あの、殿下、ヴェストニアからつい最近お帰りになられたばかりで、しかも今日は初登校でお疲れなのではないですか?お顔の色が少しすぐれないような。お休みになられていた方が。殿下にもお会いできましたし、今日はこれ、」

「だ、大丈夫です。初登校でちょっと、てかだいぶ疲れていて、今まで寝てたけど、ギルベルト様のお顔を見たので大丈夫です。」

「今までお寝みだったのですか?私が来たので無理をして起きられたのではないですか?」

「本当に大丈夫です。」

婚約者のギルベルト様が来るのに、寝てなんかいられないでしょう。

 婚約者だけど四六時中一緒にいるわけにもいかないし、学校だって違うし。それにいずれ結婚するとはいっても、ギルベルト様が卒業してからの結婚でしょうから一年以上先だし。あ、私が卒業してからだと二年は先だわ。学校に通うというのは早まったかも。でも、学校に通うことにしないとエルメニアにはいられないし。行儀見習いでくるという手は使えない。公爵の奥様はお亡くなりになっているので、行儀見習いは行くとすればギルベルト様のご実家のアルトドラッヘン辺境伯家ですることになるだろうから、エルメニアの王都にいるギルベルト様にはなかなか会えないわ。恋する乙女としては一緒に過ごせるあらゆる機会を逃さないよう貪欲にならなくては!

「恋する乙女というよりは獲物を狙う肉食獣ですね。虎視眈々とつけ狙い、チャンスと見れば食らいつき、食いついたら離さない。さしずめ辺境伯は顔も頭も性格も良いですし、この国の王太子殿下の側近で、お金持ちの公爵家の後取りなんで、まるまると太った子羊ですかね。」

脳内に話しかけてこないと思ったら、夜寝る前にロッテはそんなことを言った。失礼なやつ。

 でも、ギルベルト様を前にすると恋する乙女は肉食獣になるかもしれない。だって、ギルベルト様は素敵なんだもの。結婚することになっているけれど、他の人に取られたらいけないもの。そんな例は小説では定番だし、現実にも時々聞くもの。

 ギルベルト様が私をじっと見ている。涎の後は顔を洗って落としたはず。なんだろう?ギルベルト様のお姿が尊すぎて興奮して鼻血でも出ているのかしら?

「顔色が戻って良かったです。けれど、お休みにならなくて本当に大丈夫なのですか?」

良かった。鼻血が出たわけではなかったのね。

 夕食までまだ間がある。私は気になっていることを聞くことにした。

「その、来てくださるのはとても嬉しいのですが、ギルベルト様は学校もありますし、王太子殿下のお手伝いもあって、お忙しいですよね。お家でゆっくりなさりたいと思わないのですか?何故、このお屋敷に来てくださるのですか?」

この質問はとても危険。このお屋敷に来るな、と言っているように取られかねない。だから、こう続けた。

「私が公爵邸にお伺いする方がこのお屋敷までいらっしゃる労がない分、ギルベルト様は少しでもお疲れにならないのではないでしょうか。お伺いすること自体、お休みになれなくてご迷惑なことなのでしょうけれど。」

 考えているのかしら。少し間を置いてからギルベルト様は私の質問に答えてくれた。

「たしかに疲れている時は早く家に帰って休みたいです。けれど、殿下にお会いしたい気持ちの方が勝っているのです。」

私に会いたい!疲れていても私に会いたい!

 ギルベルト様は続ける。

「これから結婚して何十年も一緒に過ごすのです。

殿下のお名前や生年月日などは知っています。釣書に書いてありましたから。けれど人間、それだけでできているわけではないでしょう?お会いして殿下のことをもっと知りたいと思ったのです。それに、よく知らない人よりも知っている人の方が親しみが湧いてくるでしょうし。政略結婚だから必要ないと言われればそうなのですが。」

私が好きとは言ってくれないんだ。でも、私のことをよく知りたいと言ってくれている。嫌いだったら、知りたいとは思わないよね。私と結婚しなくてすむ、離婚をする為に私のことをもっと知りたいなら、マーサ達メイドに聞けばいいわけだし。ここは公爵家のお屋敷だし、使用人もすべて公爵家の人間だもの。少なくとも、自分の目で確かめたいという程度には興味を持ってくれている。「その程度なのだ」と悲しい気もするけど、お互いまったく知らない、興味のないところから始まってるんだし、喜ぶべきことね。「未だこの段階」と言えなくもないけど。

 そう自分を納得させていると、ギルベルト様に不意打ちを喰らった。

「それに、殿下と結婚すればしばらくはこのお屋敷で暮らしますよね。殿下と結婚すればこんな感じなのか、と思えるので来たいのです。私のわがままですが、このお屋敷に殿下をお訪ねするのをお許しくださいますか?」

そう言って、ニッコリ笑ってくれた。

 え、え?私と結婚したらこんな感じと思いたいから来るの?そんな恥ずかしいことをサラッと言う?いや、私は嬉しいけど。

「ちょっと、殿下、聞きました?辺境伯は『結婚ごっこができるから訪ねたい』と恥ずかしいことをサラッと言いましたよ。さすがイケメンは違いますね!」

「そうね、ロッテ。私はどう返事をすれば良いのかしら?」

「はあ?何言ってるんですか。ここは受け入れる一択しかありませんよ。こられた時の挨拶は『お帰りなさいませ』ですよ。」

「わかったわ。ありがとう、ロッテ。」

脳内会議終了。頼りになるなぁ、ロッテは。でも後で「なんですか、脳内会議って。そんな変なことに巻き込まないでください。私は平凡な人生を歩むんです」と怒られた。侍女に怒られる王女って、、、

 返事、返事。

「はい、是非、いらしてください。結婚したなら、『いらっしゃいませ』ではなく『おかえりなさいませ』ですね。今度からそう言います。」

ギルベルト様はともかく、私は恥ずかしいことを言っている自覚がある。顔がボッと赤くなって熱い。ギルベルト様も少し赤くなったように思う。でも、嬉しそうに「ありがとうございます」と言った。

 夕食の席で学校のことを聞かれた。ちょっと迷ったけど、誰とも話ができなかったことを言った。

「でも、仕方ないと思うんです。今日は先生のお話だけでしたし他に何もないですから、お話が終わればさっさと帰るのは当然ですもの。」

ギルベルト様は少し考えてから、

「そうですね。領から帰ったばかりで疲れが取れていない人もいるでしょうし、早く帰りたいですよね。

殿下、ヴェストニアでもそうでしょうが、この国では身分の低いものから高いものに話しかけるのは無礼な行いとされています。それに、みんな殿下がどんなお人柄か分からず、どうしてよいかわからないこともあると思います。明日登校したら、是非、殿下から挨拶をなさってください。」

そうアドバイスをくれた。

 そうね、挨拶は大事ね。明日から教室に入るときに挨拶をしてみようっと。

 明日も互いに学校があるからと、ギルベルト様は長居せずに帰っていった。

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