14話
在エルメニア大使のクレーマン伯爵が来た。私の編入のお祝いを言いに来てくれたのだ。クレーマン伯爵はケプラー子爵とエルメニア大使を交代するという。
一種の名誉職でもある大使を私が留学することになったので、後見人であるケプラー子爵と交代することになったのなら申し訳ない。
「大使の職を辞したいと以前からお願いしていたんです。私ももう年ですから。
後任にはケプラー子爵を推していたんですが、『爵位が高くない』と反対意見があったのです。しかし、殿下と辺境伯との結婚をこれ以上ないくらいにヴェストニア有利に纏めたので、誰も文句を言えますまい。」
そう言って面白そうに笑った。
爵位と実力は関係ないと思う。一種の名誉職でもある大使にはこのハッタリとして爵位はあった方がいいんだろうとは思うけど。爵位だけあっても仕方ないし。この辺のバランスを取るのが難しいんだろうな。
私としては興味深い話をもっと聞きたかったのだけれど、伯爵は「昨夜遅くにご到着でお疲れでしょうから」と下がった。
私も自室で休むことにした。
「あ〜あ、馬鹿なこと、言っちゃったな。」
「『お寝衣姿を見せたい』という痴女発言ですか?それなら本当にそうですよ。
あ〜、私がもっと早く殿下の口を塞いでいれば。侍女失格です。だからと言って、殿下の侍女はお給料も待遇もいいし、殿下のこと大好きなので辞めませんけど。」
ロッテの正直すぎる発言にハンナが苦笑している。しょうがないなあ、ロッテは。私もロッテのことが大好きよ。
ロッテの発言に私が笑っているとマーサが手紙を持ってきた。差出人はグロリア様。異国のお菓子を一緒に食べないか、というお誘いだった。私はすぐに出席の返事をした。私が落ち込んでいると思って、気を遣ってくれたのかな?
公爵邸にはイザベル様もいた。
「イザベル様、お聞き及びでしょうけど、私も聖白百合学園に通うことになりました。」
「はい、編入おめでとうございます。困ったことがあれば仰ってください。出来るだけ、お力になります。」
イザベル様はそう言ってくれた。
グロリア様が口を尖らす。
「いいなあ、イザベルは。殿下と同じ学校なんて。」
「グロリアは欲張りよ。婚約者であるアーサー殿下と一緒の学校なんだからいいじゃないの。私も殿下も婚約者とは別々の学校なんだから。」
イザベル様が反論する。
グロリア様の通う王立高等学院は共学。イザベル様の通う聖白百合学園は女子校。絶対、別々の学校になる。一緒の学校になる方がおかしい。
「そうかなあ。」
「そうよ。私はグロリアみたいに放課後、ウィリアム様とカフェに行けないんだから、グロリアは殿下と一緒の学校でなくていいの。」
グロリア様は「う〜ん、そうかなあ?」と言いながらも、どう反論したら良いかわからないようだった。
好きな人とカフェかあ。楽しそう。私もギルベルト様と行ってみたいなあ。
「イザベル様、どうしてイザベル様は放課後にタイラー卿とカフェにいけないのですか?」
どうしてイザベル様は放課後、婚約者であるタイラー卿とカフェに行けないのかしら?グロリア様は行けるのに。私もギルベルト様といけないのかしら?
イザベル様がこちらを見る。
「グロリアは私服だけど、私は制服だから。
婚約者といっても、親の付き添いもなく男性とカフェに行くなんてはしたない行為だもの。最近は行っている人も結構いるし、昼間だし、周りに人がいるとはいっても、さすがに制服のままでは学園から注意を受けてしまうわ。」
私の両親はヴェストニアにいて、エルメニアに来ることはない。ギルベルト様とカフェに行けない、、、
私の顔がくもったことに気づいたらしいグロリア様が、
「殿下、大丈夫ですわ。後見人であるケプラー子爵夫人について来てもらえば。さすがに二人きりは無理ですが、夫人が来れなくても子爵がお許しくだされば、私でよければいつでもお供します。」
そう言ってくれた。
へへ、カフェかあ。カフェって、どんな感じなのかしら?私は行ったことがないし、行ったことがある人から話を聞いたこともない。侍女やメイドが恋人と行ったと同僚に話していても、私がいることに気付くと話をやめてそそくさと向こうへ行ってしまうから。まあ、私もその頃は興味がなかったから、特に聞こうとも思わなかったし。
異国のお菓子を食べながら、グロリア様とイザベル様と私、三人でおしゃべりをした。
グロリア様の話は食べることばかり。
「アーサー様はケーキを二個頼もうとしてくださるのに、ギルが邪魔するのよ。一個しか食べちゃダメって。だから美味しそうなケーキが何個あっても、殿下はケーキを一個しか食べさせてもらえないと思うわ。」
「アーサー様は学院にクッキーを持ってきて、ギルに内緒でコッソリ私にくださるの。」
「先日、王宮での昼食に私の好きなものを出してくださったの。いつも私の好きなものを出してくださるの。」
王太子殿下はグロリア様を溺愛していると言う話だったし、たしかに溺愛しているのでしょうけれど、グロリア様のお話を聞く限り王太子殿下の行動は世間一般では「餌付け」といわれる行為なのでは?
イザベル様はご自宅で婚約者のタイラー卿と会うことが多いみたい。
「お母様がウィリアム様をお家へ招いてくださるの。先日はお庭を一緒にお散歩したの。来客でお母様が家に戻った時に隣に座って手を繋いだの。ウィリアム様の手は大っきくて、、、」
そこまで話して両手で真っ赤になったお顔を隠している。隣に座って手を繋ぐなんて、イザベル様、なんて大胆な。
私もギルベルト様と手を繋ぎたいな。でも、褒められた行為ではないもの。ギルベルト様からは繋いでこないだろうし、私から繋ぐのも、イザベル様とタイラー卿のようにしっかりとした信頼感?がないとギルベルト様に随分と軽薄な娘だと思われて軽蔑されちゃうだろうし。何か良い手はないかしら?
考えすぎて顰めっ面になっていたみたい。グロリア様に「お菓子、お気に召さなかったでしょうか?」と聞かれてしまった。
「いえ、どうや、いえ、お菓子、とても美味しいです。初めて食べます。珍しいお菓子に呼んでくださり、ありがとうございます。」
危ないところだったわ。「どうやったら私もギルベルト様と手を繋げるかと考えていただけです」と言ってしまうところだったわ。これ以上の痴女発言、常識知らずな発言は避けなければ。
私は不用意な発言をしないように気をつけていたので、口数が少なかった。お二人は私が昨夜遅くに着いて疲れているせいだと思ってくれたようで、お茶会は早々にお開きになった。グロリア様は私に異国のお菓子をお土産としてもたせてくれた。
随分と早くお屋敷に帰ったのでハンナが心配そうにしている。
「殿下、お帰りなさい。何かあったのですか?」
「何もないわ。ただ変な発言をしないように気をつけていたから口数が少なくて、それを昨夜遅くついて疲れているからと勘違いされただけ。」
「ああ、また痴女発言なんかしたら大変ですものね。辺境伯は殿下が痴女ではないかと疑念をお持ちでしょうし。ここで痴女発言をしたら、殿下は痴女で決定されてしまいます。」
ロッテが昼前のことをほじくり返す。
私はロッテに向き直った。
「うるさいわね。かわいい物を見せたいと思うのは当然でしょ。グロリア様もそう言ってたじゃない。
お土産のお菓子、いらないの?」
「お土産のお菓子が欲しいので、殿下の痴女発言の件はもう言いません。きっと、殿下の痴女発言はグロリア様が上手く取り繕ってくれると思います。だから、辺境伯の殿下の痴女疑惑は取り消されますね。」
痴女、痴女、うるさい。言った端から痴女、痴女言うな!
ハンナが「お疲れでしょうから早めの夕食にして、内容もあっさりしたものにしては?」と提案した。
「私はあっさりしたものにして欲しいけど、ギルベルト様はしっかりとした内容を希望されるのではないかしら?それに私だけ早めに取るのも申し訳ない気がするし。」
「辺境伯の夕食をなんで殿下が心配するんです?あ、今晩の夕食にいらっしゃると思ってるんですか?
ない、ない、ないです。朝方、あんな痴女発言を聞いのに、その日のうちに来るなんてあり得ないです。」
ロッテ、「お菓子が欲しいから痴女発言は言わない」って、今自分が言ったばかりじゃないの。
ハンナが呆れたように言う。
「痴女発言の件は置いといて、昨夜は遅く、また今日はいろいろありましたので、殿下は早くにお寝みになるべきです。」
早く休んだ方が良いと自分でも思うので、夕食を早めにしてもらった。
夕食をとりながらも、「殿下、起きてください。お皿を枕にする気ですか」とロッテに言われる始末。簡単に体を拭いて、ベッドに押し込まれた。
私がベッドに入ったのを見届けて、ハンナとロッテは下がった。すぐにでも寝れると思ったのに、目が冴えてしまった。今日一日の自分の行動を思い出す。
なんで、あんなことを言っちゃったのかしら?たしかに寝衣はとても可愛らしかったわ。でもその寝衣はギルベルト様が用意してくださったものだから、当然どんな寝衣か知っているでしょうし、何より今自分がどんな寝衣を着ているか言う必要はなかった。「草臥れている」なんて余計な形容までして
昼間はグロリア様の「失言でもなんでもない」という言葉を受けてたいしたことないと思えたけど、一人になって思い返してみると大変な失言だったわ。
ギルベルト様は私の発言を聞いてどう思ったのかしら。きっと、とんでもなく破廉恥な娘だと思ったに違いない。女のくせに学問をしている「知りたがり姫」で、貴族子女の嗜みである刺繍は壊滅的で、不美人。唯一の取り柄はヴェストニア王女ということ。でも結婚すれば王位継承権を失ってしまう。
私とギルベルト様の結婚はローゼニアをヴェストニアに繋ぎ留めるため。ヴェストニアには益があるけど、ギルベルト様のローゼニアには特に何の恩恵もないと思う。ローゼニアはヴェストニアやエルメニアから独立しても一つの国としてやっていけるだけの財産も軍事力もある。この話自体破談になるかもしれないし、破談にならなくても私はヴェストニアに帰されてヨハンナお姉様と交代させられるかもしれない。
大変なことをしてしまった。ギルベルト様のことは大好きだけど、とんでもない発言をしてしまったので「公爵夫人に相応しくない」と判断されて、私とヨハンナお姉様が交代させられるのは仕方ない。
けれど、この話自体が無くなってしまったらどうしよう。お父様やお母様はとても失望なさるに違いない。きっと、私にとても腹をたてて、見離されてしまう。修道院に入れられて、もう誰にも会えないかもしれない。もしかしたら「とんでもない娘を押し付けようとした」とローゼニアが独立してしまうかもしれない。そうなれば、ヴェストニアは他国に攻め込まれて亡国になってしまう!私が殺されるのは仕方ない。でも、王族であるお父様やお母様、お姉様、叔父様や他にもいろんな人たちが処刑されてしまうに違いないわ!
私のせいだ。全部、私のせいだ。私が国を滅ぼして、みんなを殺したんだ。ごめんなさい、ごめんなさい。きっと私は地獄に落ちるに違いない。泣きながら寝た。
翌朝、目が覚めて、また泣いていた。ロッテが部屋に入って来て、いきなり布団を剥がす。
「殿下、いつまで寝てるんです?もう、朝ですよ。朝より昼に近くなってます。
え、殿下、どうして泣いているんです?それにその顔はどうしたたんですか?目は腫れてるし顔は浮腫んでるし。夜中、コッソリおやつを食べたんですか?それでお腹が痛いんですか?それとも変な病気に?
ヘルマン夫人、大変です。来てください。殿下が!」
そう大声をあげながら、部屋を出て行った。
瞼が腫れぼったくて、目を開けづらい。顔も浮腫んでいるみたい。泣きながら寝たせいだ。そして今も涙が出て来ている。
すぐにハンナがやって来た。
「まあ、殿下、どうなさってんです?
お熱、はないですね。風邪ではなさそうです。昨夜、腹痛を起こすようなお食事ではなかったですし。
ロッテ、冷たい水とタオルをもらってきてちょうだい。」
ロッテが慌てて部屋を出て行った。
「マーサさん、桶に水とタオルを。水は出来るだけ冷たいものをください。殿下が大変なんです。」
と大声をあげながら。
「殿下、どうなさったんです?泣きながらお寝みされたのですか。ヴェストニアが恋しくなられたのですか?」
私は昨夜考えたことをハンナに話して、私のような主人に仕えてくれたことの感謝と王女の侍女だったので捕まってひどいことをされるかもしれないことを詫びた。
「大丈夫ですよ。そのくらいのことで婚約解消にはなりませんし、ましてや独立だなんて。
疲れている時は良くないことを想像してしまうものです。一昨日は夜遅くについて、昨日もいろいろありましたから。
朝食はお部屋に持って来ましょう。それを召し上がったら、今日はゆっくりお休みください。」
そう言って、私の頭を撫でてくれた。
スープとパンを少し食べて寝ることにした。私が食べている間にマーサがお湯を用意してくれていた。
「たくさん用意できていませんが、少し浸かるだけでも、気分が変わりますから。」
いつものようにたっぷりのお湯でなかったけれど、マーサの言う通り何となく気分が違う気がする。少し前向きになれた。それから、ギルベルト様の贈ってくれた寝衣を着てベッドに入る。子供の頃のように、ハンナは私が寝入るまでそばにいてくれた。
起きると夕方だった。寝入るまでそばにいてくれたハンナがいない。もしかして、将来性のない王女なのでハンナに見捨てられたのかもしれない。きっとそうだ。涙が出てきた。
声を押し殺すように布団に潜り込んで泣いていると、ハンナが入ってきた。
「まあ、殿下、まだ泣いてらっしゃるのですか?本当に泣き虫さんですね。
さ、早く起きてお顔を洗ってください。辺境伯がいらっしゃいましたよ。」
ノソノソと布団から這い出した。
顔を洗ったけれど、まだ少し顔が浮腫んでいるみたい。不細工がさらに不細工だ。こんな顔を見られたくないけど、会わないのも感じが悪い。着替えて応接室へ行った。
応接室にいるギルベルト様は少しソワソワしているみたいだった。私のひどい顔を見て少し驚いたようだけれど、何も言わない。婚約破棄を言い出すタイミングを見計らっているから、私の顔を見ても何も言わないし、ソワソワしているのかしら。
「あの、少し散歩をしませんか?」
そう言って、部屋を出て行った。
ギルベルト様の後をトボトボとついて行く。ギルベルト様が温室の椅子を引いた。ここに座れということだろう。向かい側にギルベルト様が座る。何か言いたそうなのに、言いづらいのか何も言わない。「もう少し散歩しましょうか」と立ち上がって歩き出した。
ギルベルト様は時々立ち止まって私の方に向き直った。けれど、再び歩き出す。温室を出て、中庭を過ぎて結局、応接室に戻ってきた。
椅子に座ったギルベルト様はしばらく黙って私の方を見た後、何かを決心したようにポケットから小さな箱を取り出して「殿下、これを」と差し出した。綺麗な包装紙に赤いリボンがかかっている。私は「ありがとうございます」と言って受け取った。
この箱、何かしら?開けた方がいいのかしら?ギルベルト様を見る。ギルベルト様は私の方をじっと見ている。何かわからないけれど、開けてみよう。
リボンを解き、包装紙は破かないように丁寧に。可愛らしい箱が出てきた。その箱を開けると小さな宝石のついた指輪が入っていた。
「これを私に?」
「その、王女である殿下に差し上げるには不似合いな安物なのですが。
以前、隣にある男爵領を拝領したので、そこの管理を任されていて、ようやく利益が出たんです。
伯父上に相談すれば、王女である殿下に相応しい立派なものをご用意出来るのですが、どうしても自分の力で得たものを差し上げたくて。今の私にはそんなものしか差し上げられなくて、申し訳ありません。」
そう申し訳なさそうに言った。
その指輪についている宝石は私が持っている一番安い宝石よりも、もっと安物だと思う。けれど、この指輪はどんな高価な指輪よりも尊い価値のあるもの。
公爵より管理を任されている領というのは、ノーザンフィールド領の隣にある犯罪に手を染めて断絶になった男爵家の領のことだと思う。そこの土地は痩せていて、海に面していてもまともな港もないと報告書に書いてあった記憶がある。そんな領の管理を頑張ってわずかに出た利益で買ってくれた指輪。ギルベルト様が己の才覚で得たお金を私のために使ってくれた!
同じもらうのなら、小さな宝石より大きな宝石の方がいいに決まっている。でもこれはお金さえ出せば手に入る宝石じゃない!
「ありがとうございます。」
私は涙がポロポロ出てきて、そういうのがやっとだった。
私が泣いたのを、つまらない宝石の指輪をくれたからだとギルベルト様は思ったようで、
「申し訳ありません。明日、いえ、今からマクミラン商会に宝石を注文してきます。」
と、席を立とうとした。
だから私は慌てて「違うんです!」と否定した。
「違うんです。ギルベルト様が頑張って出した利益を私なんかのために使ってくださったことが嬉しくて。私は美人じゃないのに。」
ギルベルト様は少し怒った顔をした。
やっぱり、頑張って出した利益を私みたいな不細工に使ったことを後悔しているのかしら。けれど、ギルベルト様からでた言葉は全く違ったものだった。
「殿下、殿下は二言目には『私なんか』『自分は美人じゃない』と仰いますが、もう、そのように仰るのはやめませんか?
たしかに美人というのは美点ですが、他のお金持ち、刺繍が上手、頭がいい、なんかと同じ、美点の一つに過ぎませんし、私は殿下を美人でないと思ったことはありません。むしろ魅力的な女性と思っています。夫になる私が魅力的な女性と思うだけではダメですか?」
ええ〜!ギルベルト様、自分が美人すぎて美醜の基準がおかしくなっているんじゃないかしら?でも、たしかに、夫であるギルベルト様が私のことを思ってくれれば、それでいいよね。他の人に不細工と思われても構わないよね。
私はその指輪を自分の手に嵌めてみる。その小さな宝石のついた指輪は私の指で誇らしげにしていた。




