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12話

 エルメニアの聖白百合学園への留学への許可も得たし、すぐにでもエルメニアに行きたかったけれど、学校に通えば長期休暇以外では帰れないし、卒業して結婚しても好きな時に好きなだけ帰れるわけではないので、「許しを得たのでさっさとエルメニアに行ってきます」とは言えなかった。

 早くエルメニアに行きたかったのは、ギルベルト様に会いたいというのもあったけれど、学校に行くということについて知りたかったから。学校というものがどんなところで、どんなことをするのかは知識では知っている。けれど、何しろ私の周りで学校に行ったことのある人はいないので、イメージがさっぱりわかない。

 仕方ないので、息女が聖白百合学園に通っているケリー伯爵夫人リディア夫人から話を聞くことになった。夫人も学校に通ったことがあるわけではないので、今ひとつ要領を得ない。

「申し訳ありません。私もよくわからなくて。

でも、娘は仲の良いお友達もできて、学校に行くのが楽しいみたいです。こちらに来る時も『学校をやめたくない』と泣いてしまって。それであの子だけ残って、義母のところから通っているんです。時折くる手紙でも、親がいなくて寂しそうな感じは無さそうです。」

うん、イザベル様もそう言ってた。でも、喧嘩したり、試験の時は憂鬱だって。

 学校についてはあまり情報が得られなかったけれど、食べたかったケーキが出てきて、私は大満足だった。

「貴女、何しにマリア叔母様のところに行ったのよ。エルメニア大使夫人のリディア夫人まで呼び出して。何の収穫もないじゃないの。リディア夫人が学校に行ったことがないことくらい、わかってたでしょう。

せっかく行ったんだから、せめて刺繍の練習くらいしてくればいいのに。」

カタリーナお姉様に呆れられた。


 ここヴェストニアの王都からエルメニアの王都まで何日もかかるし、向こうについてすぐに学校に行くのもしんどい。なので、新学期が始まるより少し早めに向こうに着くように出発することになった。

 エルメニアでは前回同様ケプラー子爵が私の後見人を務めてくれることになっている。今回は私の留学という長期滞在なので、夫人も一緒に来てもらうことになった。

 休憩を挟みながら、馬車は順調に進んで行った。

「私、外国どころか、実家と夫の領以外に行ったこと、ほとんどありませんわ。後は親しい方のお屋敷に招かれたことくらい。」

ケプラー子爵夫人は典型的なヴェストニアの貴族夫人。子供の頃は領の屋敷で過ごし、年頃になれば親の決めた相手と結婚して夫の領へ。たまに実家に帰ったり、仲のよい知り合いに招かれるくらい。夫が王宮に役をもらっていれば、王都で暮らすこともあるけど。基本的に女性は家にいるのが良いとされている。

 ケプラー子爵は笑っている。

「私としてはもっと外に出てもらっても構わないんですが。」

「とんでもないことですわ。女性が外に出るなど。

今回はルイーゼ殿下が留学されるにあたり、女手が必要だと夫が申すものですから。私のような田舎者で務まるのか、、、」

夫人は困った顔をした。

 夫人はそんなふうに自分のことを卑下して言うけれど、お父様も宰相も夫人の評価は高い。宰相が言うには夫人を妻に迎えた子爵を羨む人が大勢いるそう。

 うーん、どこがといわれてもよくわからないけど、夫人を見ているとなんとなくわかる気がする。一緒にいて、ホッとするというか。心安らぐというか。留学中は夫人をしっかり観察しなくちゃ。私を妻に迎えたギルベルト様がみんなに羨ましがられるように。他所に行かず、家に帰りたくなるように。

 夫人が刺繍をした子爵のハンカチを見たことがあるけど、ハンナに負けず劣らず上手だった。そこは除けてお手本にしようっと。

 アルトドラッヘンでは聖白百合学園を勧めてくれた辺境伯夫人にお礼を言った。

「お母様も聖白百合学園なら、と許してくださいました。

私の周りに学校に行ったことがある人がいないので、学生生活がどんなのか想像できなくて。不安がないと言ったら嘘になるんですけど、期待の方が大きいです。」

「殿下を脅すようですけど、良いことばかりではありません。嫌なこと、辛いこともあります。ええ、いろいろなことがありました。

でも、過ぎ去ってみれば、懐かしいことばかりです。」

辺境伯夫人はそう言って笑った。私もそんな気持ちになるのだろうか。でも、笑った辺境伯夫人の顔は少し悲しそうな気がした。

 海を渡り、船で川を遡る。

「今回は初めてのことばかりです。海を見たのも初めてなら、船に乗ったのも初めて。そして、貨物船に乗るのも。」

ケプラー夫人はそう言った。

 私のわがままで貨物船に乗ったのだ。

「ごめんなさい、夫人。

でも、この貨物船が一番早くエルメニアの王都に着くんです。」

「少しでも早く、辺境伯にお会いしたいですものね。

それに、馬車のようにじっと座っていなければならないこともなく、それなりに快適ですね。」

貴族女性として、平民と直に話したり、貨物船に乗るなんて嫌だと感じているかもしれない。けれど、そう言ってくれた。

 貨物船は今回もエルメニアの王都には夜に着いた。港にはギルベルト様がいた。出迎え不要って、言い忘れてたわ。こんなことなら、少しくらい遅くなっても客船にするんだったわ。客船ならベッドも貨物船よりはゆったりだし、体を拭く水も、もっともらえてしっかり拭くことが出来たわ。きっと疲れて不細工な顔になってるし、臭うかも。ギルベルト様に「不細工の上に、臭い」って、思われたらどうしよう!不細工なのは事実だから仕方ないけど、「不細工で臭い。こんな婚約者は嫌だ」って思われたら、、、

 けれど、出迎えに来てくれているギルベルト様を避けるのも感じが悪いし、どうしよう、どうしたらいいの?

 死刑宣告を受ける気持ちで舷梯を降りる。涙が出てきそう。

「ルイーゼ殿下、お帰りなさい。

ご無事で何より。すぐに馬車を回します。」

ギルベルト様は嬉しそうにニッコリ笑った後、すぐに向こうに行ってしまった。私の草臥れた容姿については何も言わなかった。それがまた、私の心に刺さった。言えないほど、ひどいんだ。不細工なんだ。だから、意図的に見ないふりをするんだ。

 ギルベルト様は一緒の馬車には乗らなかった。私とハンナとロッテで一台。ノーザンフィールド公爵とケプラー子爵夫妻とギルベルト様で一台。全員が一台の馬車に乗るのは無理だと分かっているし、この分かれ方が自然なのも理解している。けれど、どうしてもギルベルト様が私を避けようとしていると思えてしまう。

 馬車はジョンストン通りのお屋敷に着いた。馬車から降りるのにギルベルト様が手を貸してくれる。いつもなら嬉しいはずなのに、草臥れている上に体を充分拭けていないので、あまり嬉しくない。けど、拒否するわけにもいかないし、、、

 私が沈んでいるので、ギルベルト様やハンナは私が疲れていると思ったみたいだった。

「殿下、夜も遅いですし、今夜はゆっくりお休みください。メイドは前回と同じ者を寄越しています。また殿下のお世話ができると、喜んでいます。

明日、アーサー殿下の執務の手伝いに王宮に行かなくてはいけないんです。ゆっくり、お話したいのですが。夕方になると思いますが、お伺いしてもいいですか?」

「殿下、きっと、すぐに湯が使えるように準備してありますよ。湯に浸かると疲れがとれますからね。今晩はしっかりとお休みください。」

ギルベルト様は明日、王宮の仕事が終わり次第来ると言って公爵邸に帰って行った。せっかく会えたのに、お茶の一杯も召し上がらない

 お湯の支度をしながらロッテが私に話しかけてきた。

「殿下、辺境伯が帰っていったからって、泣かなくてもいいじゃないですか。明日、来られるそうですし。」

「草臥れて不細工な姿を見られちゃった。体を充分に拭けてなくて、臭いから嫌われちゃった。だから私が船から降りたら馬車を回すと言って、すぐに向こうに行っちゃっんだ。一緒の馬車にも乗ってもらえない。」

 ロッテは「臭うかなあ」と言いながら自分の袖を嗅いでいる。

「一緒の馬車に乗れないって、人数的に無理ですよ。四人乗りなんだから。

う〜ん。臭いといえば臭いかなぁ?あんまり気にならないけど。殿下が気にしすぎなんじゃないですかね。

殿下、お屋敷で過ごしていたわけじゃなくて船旅ですよ?お湯を使うことも出来ないし、水だって貴重なので最小限。そんなことはよく船を使われる辺境伯ならご存知。そこまでして早く帰ってくれたんだなぁ、と思ってもらえるんじゃないですかね。

それに、もしかしたらそういう臭い女性がお好きかもしれないですし。」

ロッテがとんでもないことを言っている。ギルベルト様をそういう特殊な趣味人にするなぁ!

 湯に浸かって体をゴシゴシ擦る。

「そんなに撫でるように擦っても、汚れは落ちないわよ。もういいわ。自分でする。」

ロッテから布を取り上げた。

「あー、殿下、そんなに擦ったら後でヒリヒリしますよ。立っても座っても横になってもヒリヒリ痛くて泣きますよ。泣いたら涙が滲みてまたヒリヒリします!」

ロッテが布を取り返そうとする。しっかり体を洗うためにも取られてなるものか!

 ビショビショに濡れた布を取り合うとどうなるか?辺り一面、水が飛び散って濡れてしまった。

「何をやっているんですか!ああ、ああ、もう、お着替えまで濡らして。本当に、もう、、、今夜のお寝衣をどうするんですか、、、」

ハンナの情けない声。

「「ごめんなさい」」

 笑いながらマーサが着替えを持ってきてくれる。

「よければ、こちらをどうぞ。」

小花柄の生地にフリルやレースがふんだんにある。女の子の憧れを詰めてみました!って感じ。ギルベルト様が用意してくれたらしい。

「かわいいお寝衣。お着替えが濡れてしまって、良かったですね。」

それは結果的にはそうかもしれないけれど、私と一緒に着替えを濡らしたロッテが言うことではないよね。

 リッツェンの寝衣に着替える。私の普段の寝衣は生地は良い物だけれど、胸元に大きめのリボンがついているだけで他はなんの飾りも付いていない。そして、ちょっと草臥れている。草臥れた方が着心地がいいけど。フリルやレースがいっぱいのこんなかわいい寝衣、憧れてたんだ。

 寝衣に着替えて、鏡の前で前も後姿もチェック。

「殿下、何をなさっているんです?鏡の前でクルクルと。」

ハンナが呆れた声を出す。

「え、うん、なんでもない。」

「よく、お似合いですわ。」

マーサが言ってくれた。

 このリッツェンの寝衣は新作で、グロリア様に強く言われてギルベルト様が用意してくれたらしい。けれど、用意はしたものの「さすがに寝衣は」と躊躇したみたい。しかし、寝衣に似合うも似合わないもないと思うけど。マーサの立場からすればそう言うしかないのかも。ううん、本当に似合っているから言ってくれたんだと思うことにする。

 ロッテがうなずいている。

「それはそうですよ。寝衣なんて、これ以上ないくらいプライベートな物ですよ?それをまだ結婚もしていない婚約者であるだけの辺境伯が殿下に贈るなんてどうかしています。非常識です。

まあ、今回は殿下愛用の寝衣が濡れてしまうという非常事態でしたから、その非常識が幸いしましたが。」

非常事態を引き起こした片割れが偉そうに。

 でも、ロッテの言う通り、ギルベルト様が寝衣を贈ってくださらなければ、裸で寝るしかなかった。寝衣を強く勧めてくれたグロリア様と実行してくれたギルベルト様に感謝。

 ハンナやロッテを下がらせてベッドに潜りこむ。前に滞在した時、調度類を選ぶのに「リッツェンも人気がある」ってマーサが言っていたけれど、こんなに可愛いのなら刺繍の上手なイザベル様がリッツェンにしているのもわかる。私も自分の部屋をリッツェンで揃えようかな?

 カタリーナお姉様の部屋は落ち着いているし、ヨハンナお姉様のお部屋は華やかな調度類で統一されている。なのに私の部屋は実用的な調度類ばかり。

「ルイーゼはカエルとかお腹を開けてる絵とか気味の悪い本がいっぱいあるんだから、かわいいお部屋はおかしいわ。これで良いのよ。」

ヨハンナお姉様に言われる。

 絶対、かわいい部屋がいい。ギルベルト様が私の部屋に入って来る。

「ルイーゼによく似た、女性らしい、可愛らしいお部屋ですね。」

きゃー!ルイーゼって呼び捨て。それに私によく似た女性らしく可愛らしいお部屋ですって!褒められた、ギルベルト様に褒められた!

 「殿下、何やっているんです?今度はどんな妄想なんですか?両手で顔を隠して、右へ左へ。以前もベッドから落ちましたよね。そんなことになれば、このエルメニアで侍女として私も恥ずかし思いをしなければならないんです。もっと下の者のことを考えてくださいよ。」

ロッテだ。下がらせたはずなのに、なんで部屋にいる?

 私は上半身を起こす。

「ロッテ、下がっていいと言ったはずよ。」

「ええ、殿下は下がって良いと仰いましたよ。夜中に喉が渇いたらいけないから、水を持ってきておいて欲しいとも仰いました。

だから、お水を持ってきました。」

たしかに水を持ってきておいて欲しいとお願いした。

 咳払いをする。

「そうね。お水をありがとう。そこに置いておいてちょうだい。」

ニヤァと笑うロッテ。

「辺境伯のことを考えてたんでしょう。お寝衣を着ているところを見て欲しいとか。そんなことを考えてたら、ヘルマン夫人に怒られちゃいますよ。」

「違うわよ。かわいい寝衣だから見て欲しいけど、そんなこと、できるわけないじゃない。」

かわいい寝衣を着た私はかわいく見えるに違いない。かわいい私を見てもらいたいけど、さすがに寝衣姿は、ね。

 ロッテがジト〜と私を見ている。ロッテは侍女、私は王女。王女にここまでする侍女はいない。「侍女のくせに生意気。不敬」と言う人もいるけど、ロッテは特別。たしかにロッテは私に対して不敬すぎる。けれど、誰よりも、誰よりもと言うのは言い過ぎかな?言い直すわ。ヘルマン夫人とおんなじ位、私のことを思ってくれている。私を理解しようとしてくれている。だから、少し不敬になっても気にならない。

 ロッテはずっと私を見ている。

「言います、何を考えていたか言えばいいんでしょ。

このお部屋をリッツェンで揃えたらかわいくなるんじゃないかな、と思ったの。それでギルベルト様に見てもらいたいって。」

「リッツェンって、そのお寝衣ですよね。そんな感じの部屋にするんですか?ちょっと、装飾過多のような気がするんですが。うーん、どうなんでしょう。リッツェンはベッド周りだけにして、他はもう少しシンプルな方が良いんじゃないですかね。」

美人か不細工かの二択なら後者の私をかわいく見せるためには、ベッド周りだけでは「かわいい」が足りない気がする。

 しかし、ロッテは私よりセンスがいいらしい。それはカタリーナお姉様もヨハンナお姉様も認めるところ。一考の余地はあり過ぎる。

「そうかしら、、、でも、ロッテがそう言うなら、そうかもしれないわね。もう少し考えてみるわ。

お水、ありがとう。おやすみ。」

「おやすみなさいませ。」

別に今すぐ決めなくてはならないわけでもないし、ロッテの言う通りにしてもしなくてもいい。ゆっくり考える時間はたっぷりあるわ。それに、ギルベルト様の意見も聞きたいし。

 明日はもう少しゆっくりギルベルト様に会いたいな。

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