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1話

 カタリーナお姉様は明るくて社交的だし、ヨハンナお姉様は美人でオシャレ。なのに私は社交的でも美人でもない。ちょっと勉強が好きで、できるくらい。でも、この国では「女に学問は必要ない」って風がまだ残っている。時代遅れだと思う。だから学者を頼んで勉強している私のことを「知りたがり姫」と陰で軽蔑している人もいる。「知りたがり姫だから、なかなか縁談が決まらないんだ」と。

 

 ある日、そんな私に縁談のお話が持ち上がった。お相手は隣国の大金持ちの公爵家の嫡男。

 先日、誕生日でも、家族の記念日でもないのに、何故かキチンと髪を結って、正装して、アクセサリーをこれでもか!と付けて、私一人の肖像画を描かれたのはこの為か。  

 画家に肖像画を描いてもらうために侍女に連れられて部屋に行く。私の肖像画を描くのに、何故かお父様もお母様もいる。お父様達の表情はなんか険しいような悲しいような、なんとも言えない表情で、キャンバスのサイズも微妙。私の成長記録にしては変だし、何の為の肖像画かと不思議に思っていた。もしかして、見合い用?とも思ったけれど、美人でも社交的でもない、女のくせに学者まで頼んでいる「知りたがり姫」の私が肖像画がいるような見合い話があるわけがない。王族の年頃の女性なら誰でもいい、という話ならあるけどね。「そんな物好きいるわけないよね、まさかね」と思っていたけど、現実になっていたとは!

 その日、お父様に呼ばれた。部屋に入ると少し思い詰めたような顔のお父様とお母様がいた。見慣れない人物の肖像画もあった。

「ルイーゼ、この男をどう思う?」

お父様に聞かれた。

 意味がよくわからない。肖像画の男性は恐ろしく美人だった。男性だけど、敢えて「美人」と言おう。服装や持ち物、骨格?(服ではっきりとはわからないけれど)からすると男性なのは明らかだ。お父様も「この男」と仰ったし。でも、カツラをつけて骨格が目立たないようなドレスを着て伏し目がちに微笑めば、百人中九十九人の男性が恋に落ちちゃうんじゃないかしら?それほど美人だ!

「はあ、美人ですよね。男性に美人というのもおかしいですけれど。」

と返事した。

 お父様が意識的に息を吸い込んで、言葉を話す準備としたのがわかった。何?何か重大なことを言うの?

「この男性は、アルトドラッヘン辺境伯の三男で、今はノーザンフィールド公爵嫡男シュバルツ辺境伯ギルベルト・ジークフリート・ブルーローズ卿、お前の夫となる人物だ。」

はあ、そうですか。

 え?待って、待ってちょうだい。お父様、今、何て仰ったの?その男性は「アルトドラッヘン辺境伯の三男で、今はノーザンフィールド公爵嫡男シュバルツ辺境伯ギルベルト・ジークフリート・ブルーローズ卿」ですか。隣国エルメニアの、ノーザンフィールド公爵といえばこの国にまで聞こえた大金持ち。その嫡男とは大層な御仁ですね。いや、その後、その後の言葉!「お前の夫となる人物」ですって?お前ってのは、私のこと?私のことだよね。だってこの部屋にはお父様の他には、お母様と私しか居ないもの。お母様はお父様と結婚している、当たり前だけど。残るのは私しかいない。その私の夫になる人物。

 お父様が言葉を続ける。

「お前にはローゼニアに嫁に行ってもらうことになった。すまなく思っている。」

そう言って、辛そうな顔をした。

 ローゼニア、この国のアルトドラッヘン辺境伯領と隣国エルメニアのノーザンフィールド公爵領を合わせた地域を呼ぶ古い言葉。アルトドラッヘン辺境伯ローゼンリッター家はこの国の軍事力の三分の一を持ち、隣国のノーザンフィールド公爵ブルーローズ家は隣国の半分の富を賄うといわれている。この二家は同じ一族で、もともと別の一つの国を造っていた。それがどうして別々の国の廷臣になっているのか知らないけれど、もともと別の国だった名残りはいっぱいある。独自の言語と文化。別の国だというのに、人々は隣村に行くような気軽さで行き来する。自分の国の他領に行く方が外国に行く気がすると言うくらいだ。そのせいか、差別的に見る人もいる。それは、この国でも隣国でも一緒だ。王の娘である私が公爵家に嫁入りとなれば「降嫁」だし、大貴族といえどそんな地域の領主に嫁ぐ娘に対して「すまない」と言う言葉もうなずける。

 お父様は更に言葉を続ける。

「本来なら、お前の相手は向こうの王太子が適当なのだろうが、王太子は公爵家の娘を溺愛しているとの話。今更それを「破談にして」となると、お前の向こうでの立場や印象が悪くなるだろうし、この国とローゼニアとの関係も悪くなるだろう。他の王族にとも思ったが、妾腹の第一王子は既に婚約者がいる。最近、ローゼニアがエルメニアに傾き過ぎているのもあって、王太子の婚約者である実家のローゼニアの公爵家と、となった。」

この国と隣国はローゼニアを挟んでバランスをとっていると言えなくもない。ローゼニアがどちらかにつけば、反対の国は飲み込まれるか、周辺国に攻め入られる恐れがある。隣国の王弟の妃はノーザンフィールド公爵の妹。王太子の婚約者はノーザンフィールド公爵令嬢。嫡男はもともとこの国のアルトドラッヘン辺境伯の三男で養子に入った。確かに隣国に傾き過ぎているかもしれない。それで王女である私を隣国のローゼニアに降嫁させることにしたわけか。

 社交的でも美人でもない私だけど、いつかは政治の道具として政略結婚するんだろうなとは思っていた。結婚は貴族の、王族の義務だ。でも、だからと言って結婚に憧れがないわけでも、したくないわけでもない。できれば容姿は人並みで、私を正妻として遇してくれる男性希望。愛人は作らないでいてくれると嬉しいけど、いるなら別宅に住まわせてちょうだい。さすがに妻妾同居は勘弁だわ。

 ため息をついてから、お母様が話す。

「ルイーゼ、このお話を進めていいかしら?」

許可を得る言い方だけど、私に話が降りてくる時点で、多分、本決まり。よほどのことがなければ、この話はこのまま進められていくだろう。

「はい、お父様、お母様、よろしくお願いします。良い縁談をありがとうございます。」

そう言って、部屋を出た。


 自分の部屋に帰って、ベッドに寝転ぶ。

「殿下、はしたのうございますよ。」

ハンナがそう声をかけた。

「わかってる。ハンナの前だけだから。」

ハンナは私が小さい頃から勤めてくれる一番古株の侍女だ。この国の王族は親子といえども距離がある。だから、小さい頃から身近にいたハンナは私の母親のようなものだ。

「ロッテもおります。」

「そうですよ、殿下。私を無視するなんてひどいです。」

ロッテは最近入った侍女で私と歳が一緒。そのせいもあって、私とロッテは友達のようなちょっと不思議な関係になっている。

 部屋がノックされる。私は飛び起きる。さすがにこんなダラけた格好を他の使用人に見せるわけにはいかないからだ。

 使用人が辺境伯の肖像画を持ってきた。もう一人は銀の盆に紙を載せている。多分、釣り書きだ。私の代わりにハンナが肖像画の位置を指示して、釣り書きをお盆ごと受け取った。

 ハンナの指示通りに置かれた肖像画はこちらを見ている。

「ちょっと、ハンナ、なんでこっち向きに肖像画を置くのよ。気になるじゃない。向こうに向けてよ。落ち着かないわ。」

「殿下、夫となる方の肖像画です。肖像画に見られて恥ずかしくない生活をなさいますよう、お願いします。」

私、これから、肖像画に見張られながら生活するの?お着替えも見られちゃうの?

 ハンナがロッテに何かを言っている。その後、ロッテは部屋を出て行って、すぐに帰ってきた。手には布を持っている。

「夫となる方の肖像画といえども、まだ結婚はおろか正式な婚約もしていませんからね。お召替えや、お休みの時は目隠しをいたしましょう。取り敢えず、この布をかけることにいたします。」

ああ、良かった。なんなら、一日中、その布をかけてもらっていても構わないわ。構わないどころか、推奨します。

 ハンナが私に椅子に座って釣り書きを見るように促す。

「二人とも出てって。」

ハンナとロッテが不思議そうな顔をしてこちらを見る。

「ちょっと、これは私の一生にして非常にデリケートな問題なの。釣り書きは一人で見たいの。一人にしてちょうだい。」

ハンナとロッテは一礼すると部屋から出て行った。

 私は釣り書きを広げて見る。お手本のような綺麗な字だ。普通、釣り書きは男性側は本人が、女性側は身内の女性か侍女が書く。お母様が書くとは思えないから、きっとハンナが書いたんだろうな。

 ふむふむ、年は私より一つ上か。家の騎士について剣術を習っているのね。王立高等学院に在学中。エルメニアの王立高等学院といえば、他国にも聞こえたガチのエリート校。あら、「ガチ」だなんて言葉を使ったことをハンナに知られたら、怒られちゃう。

 王立高等学院なんて、そんな学校に通っているくらいだから頭良いんだ。勉強、好きなのかな?隣国も「女に学問はいらない」って雰囲気があるらしいけど。でも、こんな人なら、私が学者を頼んで勉強してても嫌がらないよね。嫌がってもするけど。

 言葉もエルメニア語にヴェストニア語、は当然か。トレア語も国境の辺境伯が付属爵位なんだから、まあ、出来ないと困るよね。ふーん、他にも何ヶ国語か話せるのか。ローゼニアの人は外国語が堪能って本当なんだ。

 私はもう一つの紙に目を通す。こっちは彼の調査書だ。

 彼の母親は辺境伯の二番目の奥さんで、腹違いの兄が二人いる。宮廷で人気の美貌のフルート奏者、オスカー様は腹違いの兄になるのか。フルートもバイオリンもチェンバロも超絶上手いけど、歌がもう、信じられないくらい音痴。最初、それが歌だとはわからなかったくらい。なんで歌わずに、歌詞に高低をつけて演説してるんだ?と思ったもの。音階で歌うとまったく外れないんだけど、何でかな?でも、そこが「かわいい!」と宮廷のご夫人方やご令嬢方に人気なんだよね。何がかわいいのか、よくわかんないけど、全て完璧よりひとつ欠点があった方が親しみがわくよね。

 両親は従兄弟同士で、騎士の娘の先妻より公爵令嬢だった彼の母親の方がずっと身分が高い。極々小さい頃に母親の実家である隣国の公爵家に預けられた。そこで、同い年で従姉妹の公爵令嬢と兄弟同然に育つ、と。彼の母親の方が身分が高くて後取り問題で揉めそうだから、家を出されたのかな?それとも、従姉妹と結婚させるため?従姉妹は王太子と結婚することになったから、私と結婚することになったのかな?

 けれどこの人、誰とも話がなかったみたい。今迄噂になった人もいない。従姉妹が王太子の婚約者になって随分経つのに、なんでだろう?なにか重大な欠点でもあるのかな?でも、調査書からはそんなことはまったく読み取れない。誠実な努力家って書いてある。平民にも威張ったりしないみたいだし、学校でも人気者みたい。

 この調査書によると、彼の従姉妹で王太子の婚約者の公爵令嬢も同じ学校に通ってるから、公爵家は女性が学問をするのに寛容なのかも。私が勉強しても嫌がられないかもしれない。一緒に勉強してくれるかな?

 私は肖像画の布を少し持ち上げてみる。すごい美形!お見合い用の肖像画だもの。実物より良く描くよね。でも、オスカー様はイケメンだし、アルトドラッヘン辺境伯夫妻を一度みたことあるけど、夫婦揃ってすごい美形だった。それから考えると、この人もすごいイケメンってこと?

 うわー、どうしよう!私はカタリーナお姉様のように社交的でもなければ、ヨハンナお姉様のように美人でもない。チェンバロもダンスも人並み。こんな私が、こんな美人(男だけど)と結婚していいの?実はお相手は美人でチェンバロのお上手なヨハンナお姉様でしたってことない?本当に地味な私でいいの?やっぱり間違えてましたって言われても、変更不可ですよ!

 「きゃー」と心の中で叫びながら、ベッドにダイブ。両手で顔を隠しながらゴロゴロ身悶えしていたら、ノックと同時にハンナが入ってきた。

 ハンナは持っていたお盆をテーブルに置くと、ベッドのところまでやって来た。

「殿下、私は椅子でご覧になるように申し上げたはずですが。なぜ、ベッドにいらっしゃるのでしょう?」

怒っている。

「なぜ、肖像画の布が持ち上がっているのでしょう?肖像画といえど、そのようなはしたないお姿をお見せするのは如何なものかと存じますが?」

完全に怒っている。

「ハンナ、ごめんなさい。」

私は謝るしかなかった。だって、肖像画といえども、そんなだらしない格好を見せてしまったわけだし。

 ハンナに謝ったら、急に涙が出てきた。

「殿下?」

「違うの、違うのよ、ハンナのせいじゃないの。

だって、私の肖像画はそれ以上ないくらい美人に描かれていたもの。私はカタリーナお姉様のように社交的でもなければ、ヨハンナお姉様のように美人でもない。ダンスだってチェンバロだって、何とか人並みに出来るだけ。私はこんなに素敵な人には釣り合わないわ。私が王女だから、お話があっただけ。

これは政略結婚だから、情勢が変われば別だけど、好き嫌いで断られることなんて絶対にない。でも、心の中は自由ですもの。実際にお会いした時に、ハズレだって思われたらどうしよう。こんな女が妻なのかって残念に思われたらどうしようって。

外国で私は独りぼっち、、、」

私は子供のように泣き出した。

 ハンナは私をギュッと抱きしめてくれた。

「殿下、そんなにご自分を卑下しないでください。殿下はいつだって一生懸命に努力なさる素敵な女性ですよ。

それに、殿下は独りぼっちなんかではありません。このハンナがお供します。ええ、殿下を独りぼっちになんかさせません。」

「本当?」

「ええ、本当ですとも。侍女としてついて行くのを認められなければ、王宮を辞めてエルメニアに移住します。殿下とはお会いできなくなるでしょうけど、それでも、少しでも殿下のおそばにいます。」

 ハンナの後ろからロッテが顔を出す。

「ロッテも行きますよ。ヘルマン夫人だけ殿下について行こうなんて、ずるいです。

そんなことより、ヘルマン夫人、早くそこをどいてください。次は私が殿下をギュッとするんですから。」

ロッテはそう言って、ハンナをグイグイ押し始めた。

 私は笑って、二人に抱きついた。


 私の輿入れ先(予定)がエルメニア王国の公爵嫡男になったので、私はエルメニアのことを一生懸命勉強した。だって、美人でも社交的でもない私の取り柄は、それしかないもの。それに、好きな人のことはいっぱい知りたい。

 エルメニアのマナーや習慣はもちろん、地理や歴史、文学、などなど。文学は古典から流行り物まで。流行りの物や小説はお茶会の話題の定番。結婚後、公爵嫡男夫人としてお茶会や夜会に出席した時に困らないようにしておかなくちゃ。私のせいであの人が恥をかいたらいけないもの。

 一年くらい前からエルメニアでは変わった小説が流行っているらしい。恋愛小説になるのかな?馴染みのない設定だけど、頑張って読んだ。ライバルにいじめられていたヒロイン、最後は好きな人と一緒になれて良かったね!やっぱり、ハッピーエンドはいいよね。

 私も、あの人とハッピーエンドになれるのかな?調査書を読む限り、一方的に付き纏われたことはあっても、話があった人も噂になった人もいなかった。けれど、心の中まではわからない。公爵嫡男ともなれば、個人の気持ちよりも家のことが優先されるから、本当は好きな人がいるのかも。個人の気持ちなんてほとんど考慮されないから、諦めて表に出していないだけかも。もしかしたら、調査書には書いてあったけど先にお父様やお母様がご覧になってるはずだから、私が気にしないように、わざとその所の記述をなくしたものを私に見せたのかも。


 私の婚約の話はなかなか進展しなかった。私の持参金やら結婚後のヴェストニアやエルメニアでの私の身分やら、とにかく後から揉めないように細部にわたって決めなければならないことがあり、双方自国に有利なように決めたいため、条件のすり合わせに大変みたい。

 もちろん、正式に婚約しているわけじゃないから、手紙のやりとりなんてない。たまに、婚約がどこまで進展したか聞いてみるけど、あまりというか、ほとんど進展してないみたい。私はそう思ったのだけれど、これでも、王女の結婚話としてはサクサク進んでいる方らしい。本当か?仕事してないのをそう言って誤魔化しているだけでは?

 その日、朝の挨拶に行くと、お父様のお顔が険しい。

「お父様、お母様、おはようございます。」

「ああ、ルイーゼ、おはよう。早く、部屋に帰りなさい。」

そう言うと、お父様は私のことはそっちのけで、そばにいた宰相と話し始めた。なんか、私は邪魔みたい。仕方ないので、挨拶もすましたことだし、部屋に帰った。

 お父様、何かあったのかな?あんな、追い払われるような言い方をされたことはなかった。私、何かしてしまったのかしら?

 私はヴンダーカンマーに行った。ヨハンナお姉様は「時代遅れ、趣味が悪い」と言うけれど、私はいろいろ雑多なものが置いてあるこの部屋が好き。面白いもの、変なもの、まがい物を見ていると、時が経つのを忘れちゃう。

 あの人の家は海沿いだから、大きな港が幾つもある。昔は自分のところで船を仕立てて外国からいろんな物を取り寄せていたみたいだから、きっと、この部屋みたいなお部屋があるんだろうな、古い家だし。この部屋は昔、金持ちや権力者のステータスシンボルだった。ウチはこんなに珍しいものを持てるんだぞ!っていう。ユニコーンの角とか人魚のミイラとかの真偽が怪しいものから、遠い国の動物の剥製や焼き物まで、なんでもござれ!の部屋だ。

 私が入ってすぐに、来る人はほとんどいないこの部屋に珍しく誰か来た。私は大きな動物の剥製の後ろにいて、彼らから見えなかったみたい。

「エルメニアの国王陛下の愛人が自分の姪とルイーゼ殿下の婚約者とを結婚させようとしているらしい。」

「ああ、あそこの国王は愛妾に好きなようにさせているらしいしな。本当かもな。」

そんな話をしている!どういうこと?出て行って、どういうことか確認しなくちゃ!

 頭ではそう思うのに、足が動かない。

「まあ美人でもないし、女のくせに勉強なんかしてるし、王女という以外価値はないよな。その王女も王位継承権の放棄をウチは条件にしたいらしいし、だからって持参金もそこまで期待できそうにないらしい。それに、継承権はなくても王女だから、妻にすると迂闊に遊んだり愛人も置けないぞ。」

「ああ、言えてる。ルイーゼ殿下、潔癖そうだから、そんなことになったら、青筋立てて怒りそう。勝手にヴェストニアに帰ってくるかもな。」

あなた達、随分と失礼ね!私はそんなに狭量じゃないわよ。愛人がいて欲しいなんて思わないけど。

「向こうの男もホッとしてるんじゃないのか?相手は国王の愛妾の姪とはいえ、無役の男爵の娘だからな。普通なら男爵の娘と公爵嫡男なんて、身分的に無理な結婚、貴賎結婚だろ。愛人がせいぜいなところを結婚してやるんだから、国王には恩を売れるだろうし、多少羽目を外しても文句を言えないだろうしな。

まあ、ルイーゼ殿下とは正式に婚約してるわけじゃないし、話もそんなに進んでないみたいだし、この話は無しだな。」

彼らはそう言って、部屋を出て行った。

 随分とその国王陛下の愛妾の姪に失礼なことを言ってる。いえ、女性全般に対する侮辱だわ。私とあの人の結婚は政治的な意図があるのだから、いくらエルメニアの国王陛下が愛人が好き勝手にさせると言っても、さすがにこれは認めないでしょう。なんて馬鹿馬鹿しい話をしてるのかしら。そんなこと、ある訳ないじゃない。私はあの人と結婚するんだから。そのために、エルメニアのことを、ローゼニアのことを一生懸命勉強しているんだから。いい加減なことを言わないでちょうだい!

 でも、私の肖像画を見て美人じゃないからガッカリしているのかも。結婚当初から別居生活で、あの人はその男爵令嬢と一緒に暮らすのかも。そんな考えが頭をグルグル回る。

 そうだわ!おやつ、おやつを食べましょう。ハンナにコーヒーを淹れてもらって、甘いケーキを食べれば、こんな馬鹿な考えは吹き飛んじゃうわ!

 その時、部屋のドアが開く。

「殿下、いつまでこのお部屋にいらっしゃるおつもりです?もう、昼食になりますよ。」

え、昼食?さっき朝食をいただいたばかりなのに。私はずっとこの部屋にいたみたい。

 ハンナが部屋に入って来た。

「殿下、いくら今日の午前中は勉強がないとは言え、

え、殿下、どうなさったんです⁈」

ハンナが駆け寄って来た。

「どこかお具合が悪いのですか⁈すぐにお医者様を!」

「ハンナ、大丈夫よ。お医者様はいらないわ。」

「大丈夫な訳、ありませんよ。床にへたり込んで、そんな泣き顔で。何か悪いものを食べてお腹が痛いのでは?怒りませんから、ハンナに正直にお話ください。」

私は泣きながら、先程この部屋で聞いたことをハンナに話した。

 ハンナはハンカチで私の涙と鼻水をぬぐってくれた。

「殿下とのお話を破談にして男爵令嬢となんて、そんなことはありえませんよ。だって、殿下はこんなにも可愛らしいんですもの。お相手の方も殿下にお会いになれば、きっと殿下のことを大好きになられるに決まってます。

さ、お部屋に戻りましょう。」

そう言ってくれた。

 午後からはエルメニアの授業が入っていたけれど、お休みした。ヴンダーカンマーで泣きはらしてたみたいで、目は腫れ上がっているし、鼻もかみすぎて赤くヒリヒリしていたからだ。床にヘタってたので、お腹も冷えたみたい。寝巻きに着替えさせられて、ハンナにベッドに押し込まれた。ゆっくり休んだら気持ちも違うからって。

 ウトウトしていたみたい。人の話し声で目が覚めた。お父様とお母様だ。

「ハンナ、ルイーゼが授業を休むとはどうしたんだね。そんなに具合が悪いのかね。」

ハンナがお父様に事情を説明する。

 お父様とお母様がベッドのそばに来た。

「あの、愛妾の件はお前の相手の公爵家だけでなく、勝手に婚約破棄を言い渡された第一王子の婚約者の実家も抗議をしている。我が家はしていないが、アルトドラッヘン辺境伯も非公式ながら抗議をしている。本当に愛妾が勝手に言っただけらしい。気にすることはない。

それに、エルメニアもこの話は破談にしたくないだろう。相手の男性は王太子の信任も厚い優秀な人物のようで、こちらもそんなくだらないことで破談にするのも惜しい。お前との話はこのまま進めていく。」

「ルイーゼ、貴女には国内の貴族に嫁いで欲しかったけれど。国のために、許してね。」

お母様が悲しそうに言う。

 ローゼニアはこの国でもエルメニアでも余所者扱いされたり、差別的に見られることが多い。そのローゼニアに、しかもこの国ではなくエルメニア側に娘が降嫁するのだ。心配なのだろう。

「大丈夫です。あの方の従姉妹も一緒に王立高等学院に通われているそうなので、私の勉強も許して貰えると思います。『女に学問なんて必要ない』という人が多い中、私にとっては願ってもないお相手かと。」

お母様は私をギュッと抱きしめてくれた。

「本当にごめんなさい。」

私の顔に水の粒が落ちて来た。お母様は泣いているようだった。

 あの人と自分の姪を勝手に結婚させようとしたエルメニア国王の愛妾は、住まいを王宮から郊外の城に移されたようだ。向こうの王宮もこの国との友好的な関係を築いていきたいということを目に見える形で示したのだと思う。

 私はあの人が結婚させられそうになった男爵令嬢のことをコッソリ、カタリーナお姉様に聞いてみた。

「知って、どうするの?あれは勝手に愛妾が言っただけみたいで、国王も知らなかったみたいだし、姪の男爵令嬢も突然のことで戸惑っていたみたいよ。気にすることはないわ。」

カタリーナお姉様はそう言った。

 愛妾が勝手に言っただけか。でも、その場でその男爵令嬢とは顔を合わせてるんだよね。可愛い感じの人かな?美人だったのかしら?世の中には一目惚れってのもあるんだし、気になる。

 私はお姉様に食い下がった。

「『知りたがり姫』にも困ったものね。

その令嬢、まともにカーテシーもできないらしいわ。そんな人、とてもじゃないけど公爵家の嫡男となんて結婚できないわよ。公爵嫡男と男爵令嬢が結ばれるなんて、小説の中だけよ。

貴女のお相手に会ったのは二度。一度目は正式に養子になったお披露目の夜会の時。招待されてもないのに愛妾が姪を連れて乗り込んで行ったみたい。従姉妹で王太子の婚約者である公爵令嬢のデビュタントも兼ねてたらしいのに、夜会は中断。可哀想に。

二度目は愛妾主催のお茶会。その場で自分の姪と結婚するよう言ったみたい。本来なら、内密に処理したかったんでしょうけど、後から発覚していろいろ勘繰られると嫌だから言って来たんでしょうね。

その件は貴女も気にすることはないんじゃないかしら。」

そんなことを言われても、一度も会ったことがない相手よりは会ったことがある人の方が親近感が湧くだろうし。

 私が悩んでいることがわかったのか、

「姉の贔屓目かもしれないけれど、貴女は充分魅力的だと思うわ。それと、グジグジ悩むくらいなら、もっと身だしなみに気を使いなさいよ。そのドレス、食べこぼしがついてるじゃない。髪ももう少し何とかならないの?ハンナが嘆いていたわよ。それから、」

と、いろいろ説教されてしまった。

 話は少しづつ進んでいるようだった。けれど、正式な婚約をしているわけではないので、直接手紙のやり取りはできない。毎月来る近況の報告をお姉様が教えてくれるだけ。肖像画も、最初に来た一枚きり。私の肖像画も最初に送った一枚きり。

 私の肖像画、あの人はどうしてるんだろう?私が部屋に置いているように、あの人も部屋に置いてくれているのかな?私は毎朝、毎晩、肖像画に挨拶してるし、夜なんかその日の出来事を報告してるんだけど、あの人もしてくれているかな?いや、肖像画に向かって話しかけるなんて、自分でもおかしいのでは?とは思うわよ。

 けれど、私は一度も会ったことがないあの人に一目惚れしてしまったみたい。大胆にも肖像画に「ギルベルト様」って、名前で呼びかけている。以前よりはドレスやアクセサリーにも気を使うようになったので、ハンナはとても喜んでいる。


 いよいよ私もデビュタントする時が来た。婚約していれば婚約者がドレスを贈ってくれたりするんだけど、あの人とは正式に婚約していないので、贈ってもらえなくても仕方ない。もちろん、エスコートも無理。だいたい、エルメニアの王都にいるしね。お父様がエスコートしてくれる事になっている。まあ、カタリーナお姉様もヨハンナお姉様もエスコートはお父様だったし、我慢するか。余談だけど、お父様は私のデビュタントのために衣装を新調したみたい。カタリーナお姉様の時もヨハンナお姉様の時もしていた。無駄遣いだと思う。

 私の仕上がったデビュタント用のドレスを見ながら、

「あの、泣き虫だったルイーゼも、ついにデビュタントか。これでお前も一人前の大人だな。もう、輿入れしてしまうなんて。」

「ええ、本当に。食も細く、すぐに熱を出したりして心配な夜を過ごしましたわ。陛下もお休みにならず、夜中に何度も様子を見に来られて。それが今や風邪ひとつひかず、食べ過ぎでお腹を壊すくらい元気になって。月日が経つのは早うございますね。」

と、お父様もお母様も涙ぐんでいる。

 お父様、「もう輿入れしてしまう」と言っているけど、お父様の部下がサッサと仕事しないおかげで、婚約にすら漕ぎ着けてませんが。

 それからお母様、「食べ過ぎでお腹を壊す」って失礼な。たしかに先日、ケーキの食べ過ぎで気持ち悪くなってもどして、お腹がくだった。でも、お腹は壊れてない。断じて壊れていない!

 待って、なんでお腹を壊した原因をお母様が知ってるの?ハンナはいなかったし、宮廷医のシュミット先生には口止めしたし、お母様に告げ口したのは誰⁈ロッテなの?あの日、ケーキもクッキーも分けてあげたのに!お母様の後ろにいるロッテの方を見る。ロッテはブンブンと首を横に振る。お母様はため息をついて、

「ルイーゼ、ロッテではありませんよ。私は貴女の母親です。気づかないとでも思っているの?」

と言って、もう一度大きなため息をついた。

 今夜は私のデビュタント。各国の大使や有力貴族を招待して、華々しいデビュタントだった。真っ白いドレスに大人びたアクセサリー。私も捨てたもんじゃないわね、って思った。でも、疲れたわ。やっと、終わった。ロッテに体をゴシゴシ洗われて、寝衣に着替える。お化粧をしたまま寝ると肌に良くないらしい。

「殿下、お休みなさいませ。」

ハンナが出て行く。

出て行くと同時にベッドにダイブ!

 本当に疲れた。でも、とっても嬉しくて誇らしい気持ちだった。

 ハンナはわたしの髪を結え、ドレスを着せる。まるで作品を作る芸術家のようだ。芸術作品になった私を見たハンナは、

「あの、ぬかるみを見つけると必ず突進なさっていた殿下が、このように素敵な淑女になられて。」

と、涙ぐんでいた。もう、そんな昔の事は忘れて欲しい。

 私の姿を見たお父様とお母様も涙ぐんでた。

「あの、木切れを見つけると振り回していたルイーゼがこんな素敵な女性になろうとは。」

「ええ、何故か必ず、自分の頭に当たって泣いていましたわね。」

だから、なんでそんなことばかり覚えているの?もっと他に思い出す事はあるでしょう。初めてチェンバロで一曲弾けたか、結婚記念日に刺繍のハンカチをプレゼントしたとか。

 大好きなお父様にエスコートされ入場、ダンスを踊る。必死で練習した甲斐があって、今迄で一番の出来だった。お父様も満足そうな笑顔だった。それから、いろいろな人からお祝いの言葉をもらった。

 けれど、あの人と踊りたかったな。あの人が贈ってくれたドレスとアクセサリーをつけて。迎えに来てくれたあの人に

「素敵なドレスをありがとう。」

って言うの。

「ルイーゼ姫、私の贈ったドレスを着てくれたんですね。どのようなデザインにするか、デザイナーと何回も話し合った甲斐がありました。アクセサリーの宝石も貴女にふさわしい石を諦めずに探して良かった。とても、お綺麗です。」

って。それで、私の手を取って踊るの!踊った後はテラスに出るの。彼は跪いて私の手を取り、

「もう、貴女しか目に入りません。国に決められた結婚ですが、私の口から言わせてください。是非、私と結婚してください。」

だから私は、

「はい、喜んで。私もギルベルト様をお慕いしております。」

って返事をするの。そうすると彼は私の手に!

 キャー、私はなんて破廉恥な想像しているの⁈キャー、キャー!恥ずかしいわ!

 私は顔を手で覆って、ベッドをゴロゴロ転がり回る。

「ギルベルト様が私に!キャー!」

ゴロゴロ転がり回って、シーツはきっとヨレヨレだわ。

 ドスン!突然大きな音がした。なに?何が起きたの?

「殿下、大丈夫ですか⁈」

ハンナが駆け寄る。

「いったい、どうなさったのです⁈ゴロゴロ転がり回ったあげく、ベッドから落ちるなど。お腹が痛いのですか?」

どうやら私は転がり回りすぎてベッドから落ちたらしい。お尻から落ちたらしく、お尻が痛い。

 ハンナにどうしたのかと聞かれたけれど、あの人との事を妄想していましたなんて言えない。

「なんでもないわ。お腹も痛くない。それよりハンナ、どうしたの?何か、忘れ物でも?」

そう言いながら、平静を装い、立ち上がってベッドに戻る。

 私のスムーズな動きに、どこも具合が悪くないと判断したようだ。しかし、不審な顔をこちらに向けるハンナ。

「いえ、明日のご予定の確認を。

何故、そのような事になったのかは追及致しませんが、デビュタントも済まされて一人前の淑女になられたのですから、ベッドをゴロゴロ転げ回ったあげく、落ちるなどという事のないようにお願います。」

そう言って、部屋から出て行った。

 ありがとう、ハンナ。追及されて白状させられたら、恥ずかしすぎる!あんな破廉恥な妄想をしてたなんて。私は顔を手で覆う。

 ん、ロッテ、あなた何故まだいるの?

「殿下、お相手のことを妄想していたんでしょう。」

「な、ち、違うわよ。妄想なんてしてない。」

「じゃあ、何故ベッドを転げ回ったあげく、落ちるんです?恥ずかしい妄想をしたから照れて、転げ回って勢い余って落ちたのでしょう?」

「う、うう、」

図星すぎて何も言えない。

「図星ですね。どんな妄想したんです?」

「してないわよ。してないってい言ってるでしょう。」

「じゃあ、何でベッドを転がり回ったあげく落ちるんです?人には言えないイヤらしい妄想をしていてんでしょう。してないなら、どうしてベッドから落ちたかヘルマン夫人に言えますよね。ヘルマン夫人を呼んできましょう。」

うう、卑怯な。

「してました。人様に言えないような破廉恥な妄想をしてました。これでいいでしょう。」

私は涙目だ。

 ププーと笑うロッテ。

「殿下の妄想なんて、手にキスくらいがせいぜいですね。」

なんで、わかる?

「でも、あんなに素敵な人ですもの。妄想もしたくなりますよね。早く正式に婚約できるといいですね。お休みなさいませ。

あ、でも、妄想で身悶えしてベッドから落ちないようにしてくださいね。」

そう言って部屋を出て行った。

 たしかにベッドから落ちるのはどうかと思うけど、妄想してもいいよね。あんなに綺麗で大金持ちの公爵家の後取りで、頭良くて王太子妃の従姉妹で、側近。ローゼニアといえども、お相手はどんな美人でも選びたい放題のはず。それが私みたいに美人でも社交的でもない女性と婚約させられるんだもの。お会いして、美人じゃないってがっかりされる可能性が高い。それは承知していると自分では思っているけど、多分私は凹んじゃう。そうしたら、もう、妄想もできない。こんな幸せな妄想が出来るのは、今だけなんだもの。

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