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はじまりの日 1

ウチの家は、ちょっと厳しい。

携帯電話はダメ。

バイトもダメ。

門限はあるし、髪を染めるのもダメ。

学生は勉強が本分だって言われればそうなんだけど、もう少し遊ばせて欲しいっていうのが本音。

でも、その事について文句を言うつもりはない。

親が私の事を心配しての事だって、ちゃんと分かってるから。

ダメって言う時には、詳しくその理由を言ってくれるから納得させられちゃうんだよね。

でも、今時の高校生がケータイ持ってないっていうのは珍しいから、友達との連絡でちょっと不便だったりはするけど。

その代わり、家族共用だけどパソコンは使わせてもらってる。

だから、ネットの話題とか情報収集に困る事はない。

そんな中、リンクを辿っていくうちに見つけた通販サイト。

ティーン向けの低価格のアクセサリーの販売しているGaura(ガウラ)というショップ。

蝶のモチーフの商品を扱ったそのサイトで、私は綺麗な青い蝶を見つけた。

モルフォ、というらしいその蝶は、光沢のある美しい羽をしている。

種類によってその青も違っていて、つい時間を忘れて見入ってしまった。

私が気に入ったのは、アドニスモルフォ。

メタリックにも見える、鮮やかな青い羽。

リングやピアスだと物が小さいから、羽も小さくて折角綺麗な色がちょっとだけ。

私が買ったのは、ネックレス。

3cmくらいの蝶は、それでも青い羽がキラキラしていて綺麗。

値段はそれほど高くないけど、安くもない微妙に迷うライン。

そんな時に、あの一文が目に入った。


[今、ご購入頂いた方の中から抽選で1名、Gaura限定モデル『アニマル・トレイン』をプレゼント]


アニマル・トレインは今、女子中高生に人気の育成ゲームだ。

育てるキャラクターを自由にカスタマイズできるのと、その可愛さが受けて、とても流行ってる。

専用ソフトを買う訳じゃなく、ゲームがインストールされた専用携帯ゲーム機でプレイする。

友達が持ってるから見せてもらったけど、三頭身のキャラがホントに可愛くて。

関連商品も次々に新作が出てきて、今では全国に専門店がある。

他にも別の企業とコラボして、その商品を買うとポイントがもらえるようになってる。

私も欲しいなって思った事はあるけど、色々機能がついてるからその分値段が高くて手が出せなかった。

抽選で一名なんて、当たる可能性ないって思ったけど、もしかしたら……って気持ちが捨てきれなかった。

だって、限定版のデザインは黒いボディに繊細なモルファの絵が描かれてたから。

ゲーム機の写真があって、あの綺麗な青が角度によって微妙に青色が変化する、なんて書かれてたら実物が見たくなるよ。

しかも、その締め切りがその日だったから、もう迷ってる場合じゃなくて。

だから、祈るような気持ちで購入ボタンを押した。

ネックレスは、それから2日後に届いた。

実物は写真で見るより可愛くて、青色の羽が綺麗だった。

3cmって小さいかな、と思ったけど、つけてみると結構目立つ。

ネックレスはすっかり私のお気に入りになった。

鏡を見てはニヤける私は、傍から見ればちょっと気持ち悪かったかもしれない……。

アニマル・トレインの抽選はもう終わってるけど、まだ当選者の発表はなし。

具体的に何日発表かは分からないから、毎日チェックしてる。

当選者が分かるまでは希望が捨てきれないから、気になって仕方がない日が続いた。

けど。

私の目の前には、さっき届いた小包。

贈り主は『Gaura』だ。

私が買ったのはネックレスひとつだけで、今身につけてる。

慌ててネットに繋いでサイトにアクセスしてみたけど、当選者の発表はまだない。

でも、葉書とか封筒とかじゃなくて、小包って……やっぱり期待しちゃうよね?

ガムテープを丁寧に剥がして開けると、淡いピンクのエアクッション。

それをそっと捲ったら……


「あっ、当たった……」


箱に入ったアニマル・トレイン!

箱から取り出してみると、艶やかな黒いゲーム機の右下に、綺麗な羽のアドニスモルフォ。

ゲーム機本体だけかと思ったら、小包の中にまだ何か入ってて、袋から出すとポーチが入ってた。

黒地に銀の縁取りの蝶が飛んでるデザインで、華奢な蝶のチャームがついてる。

こんなオマケまでついてくるなんて知らなかった。

どうしよう、本当に当たっちゃった。

嬉しいけど、どうしたらいいんだろう……。

ゲームの遊び方は、周りにプレイしてる子が多いから分かるけど。

パソコンやケータイと違って色々制限はあるけど、メールやネットも一応できるし、親に見つかったらどうなるか。

取り上げられる事はないと思うけど、ケータイがダメならこれもダメかなぁ?

手に入れたからには遊びたいけど、説得するのは難しいかも……。

ゲームをするのに何が必要とか、どれだけ料金が掛かるかとか、実は良く知らないんだよね。

当たるかどうかでソワソワしてたから、そこまで考えてなかったよ。

……そうだ、持ってる子に聞けばいいんだよね。

なんですぐに思いつかなかったんだろ。

私はゲーム機を箱に戻して、ポーチと一緒にミニトートに入れた。

それから部屋着を脱ぎ捨てて着替えると、財布をポケットに突っ込んで、トートを持って部屋を出る。

階段を下りて玄関で靴を履いてると、母親がひょっこり顔を出した。


「あら、出掛けるの?」

「うん。ちょっとアキラちゃんのとこ行ってくるね」

「夕飯までには帰ってくるのよ」

「はーい」


近所に住んでるアキラちゃんは、保育園から高校までずっと一緒の幼馴染だ。

名前で男の子と間違われる事が多いけど、れっきとした女の子。

……ちょっとボーイッシュだから、外見でも男の子に間違われる事が多いけど。

ドアを開けて外に出て、アキラちゃんの家に向かう。

休日のお昼は大抵、家でのんびり過ごすのが習慣だから、お昼過ぎの今なら確実にいると思う。

通い慣れた道を数分歩けば、アキラちゃんの家。

アキラちゃんのお母さんがガーデニングが好きで、いつ来ても緑で溢れてる。

ドアホンを押してカメラ越しに手を振ると、カチャッと鍵が開く音。


『入っておいで』


アキラちゃんの低い声が、ドアホン越しに聞こえてきた。

返事をして、ドアを開けて中に入る。


「お邪魔しまーす」


きちんと鍵を掛けてから階段を上がっていくと、アキラちゃんが廊下に出て待っててくれた。


「アキラちゃん、急にごめんね? ちょっと相談したい事があって……」

「いいよ。ちょうど本読み終わってヒマしてたし。いつもタイミング良く来るよね、ユウは」

「うーん、狙って来てる訳じゃないんだけどなぁ」


お喋りしながらアキラちゃんの部屋の中に入った。

相変わらずシンプルというか……物が少ない、アキラちゃんらしい部屋。

私用のクッションをラグの上に置いて座ると、アキラちゃんも私の前に座った。


「それで、相談したい事って何?」

「あのね、コレ買った時の事、話したよね?」


シャツの下から蝶のネックレスを出して見せると、アキラちゃんは頷いた。


「ダメで元々だって思ってたんだけど……当たっちゃった」


ミニトートから箱を出すと、すぐにそれが何か分かったのか、アキラちゃんが驚いた表情を浮かべる。

それから身を乗り出して箱の表面をまじまじと見て、ほう、と溜息を漏らした。


「本当に当たったんだね……」

「うん。驚きと嬉しさが通り過ぎてから、どうしようって思って。私、詳しくないから……」

「だから私の所、か。いいよ、色々教えてあげる」

「ありがとう!」

「じゃあ、聞きたい事言って」


聞きたい事……まずはどうやってネットに繋げるのか、通信費はいくらくらい掛かるのか、だよね。

私がそう言うと、アキラちゃんは机に手を伸ばして引き出しからノートとペンを取った。

それを私の前に広げて置いて、ペンで書きながら説明してくれた。


「ネットの接続はそう難しい事じゃないよ。ケータイみたいに、電源入れたら勝手に繋がるから」

「勝手に? 何かいるものとかってないの?」

「本体に機能が備わってるから物は必要ないけど、専用プロバイダとの契約が必要。まぁ、パソコンのと違って、掛かる料金は低いから大丈夫」

「大体、どれくらい掛かるの……?」

「千円くらいかな」


確かに安い。

パソコンのプロバ代だともっと掛かるから、大きい金額予想してたんだけど……ちょっと拍子抜けだ。

プロバイダの契約って事は保護者の同意がいるだろうから、この安さは説得に使えそう。


「まぁ、もう少し安くもできるけど、その説明は後にして。箱の中に書類の入った封筒あるはずだから出してみな」

「え、うん」


封筒……気付かなかった。

箱を開けて隙間に指を入れてみると、確かに封筒が入ってた。

中に入ってた書類を広げて、アキラちゃんに見せる。


「これがプロバの契約書。こっちはユーザー登録書ね。後は身分証明できるもののコピーも合わせて、この返信用封筒に入れて送ればいい」


それぞれ広げて、ペンで指しながら私の質問にひとつひとつ答えてくれる。

身分証明は私じゃなくて親のものじゃないとダメらしい。

それから、ユーザー登録で決めたニックネームは変えられないから良く考えろって。

アキラちゃんは、そのまま『アキラ』にしたらしい。

ニックネームは他の誰かと重複してても、IDナンバーと一緒に表示されるから問題ないって言われた。

私も本名のユウにしようかな……。

覚えやすいし、どうせやりとりするのはアキラちゃんとか、友達の間だけだと思うし。


「あ。契約するって事は、契約してネット繋がるまではゲームできないって事?」

「いや、ネットに繋がなくてもゲームできるよ。ネットに繋げないと他のユーザーとのやりとりができない程度で。キャラクターのパーツ選びに悩んでる間にネット接続できるようになると思う」

「そっか、キャラクター……。自分でパーツ組み合わせて作るんだったよね?」

「そう。アバターよりももっと細かく色々選べるよ。パーツの数も豊富で、全部見るだけで一苦労」


アキラちゃんは四つん這いで本棚の所まで移動すると、やたら分厚い本を抜き取った。

タイトルがちらっと見えたけど、もしかして……。


「ゲームの画面で見てると時間が掛かるから、こういうの出てるんだよ」


ほら、と渡された本はずっしりと重い。

『アニマル・トレイン パーフェクトガイド』って書いてある。

これ読むだけでも何日か掛かりそうだよ……。


「ほとんどパーツのカタログなんだけどね」

「うわ、すごい……」


中を見てみれば、パーツの写真が延々と。

目や口といった部分だったり、着せる洋服だったり、本当に色々ある。

確かに、この中からパーツを選んで自分好みのキャラを作るだけでもすごく時間が掛かると思う。


「ゲーム機は充電しておいて、本見てどんなキャラにするか考えればいいよ」

「う、うん。頑張る」


今日中に決めるのはきっと無理だろうなぁ……。

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