バカじゃが面白いやつじゃの
メガロとの決闘の日から数日後の朝。
ヨコヅナは稽古をしに訓練場へ行くため屋敷をでる。
「おはようございます」
ラビスは初日以降も毎日ヨコヅナの稽古に同行している。
「おはようだべ」
必要はないと言ってもラビスはやめるつもりはないようだ。
「本日のご予定ですが」
スケジュールの調整をしながら訓練場へ向かうのが、日課となっていた。
訓練場に着くと、そこには、
「なにをしてるだ?」
顔の腫れがまだ引いていないメガロが立っていた。
決闘の結果に不満で、抗議に来たのかとも思ったが、
「なんだ、私がこの訓練場で訓練してはいけないとでも言うのか?」
自分もここに訓練をしに来たと言うメガロ。
「いや、そんなこと言わないだよ」
ヨコヅナにそれを否定する権利はない。
「…もし、疲弊したヨコヅナ様に決闘を申込もうとしているのでしたら無駄ですよ」
多少疲弊していたとて埋まるほど、ヨコヅナとメガロの実力差は浅くはない。
「そんな卑怯な事は考えていない!…私のことなど気にせず、さっさと鍛錬を始めたらいいだろ」
理解できないメガロの行動に首を傾げるヨコヅナだが、気にするなと言うなら気にせず鍛錬を始める。
いつものように四股を踏むヨコヅナ。
「……」
少し後ろからヨコヅナの鍛錬を観ていたメガロは、
片足を上げ、少しよろめき、地面を踏む、これを両足交互に繰り返す。
その動作はどう見ても、
「何をされているのですか?」
ラビスの無表情で冷たい声にギクリっとなるメガロ。
「ぐっ!?……私が何をしようと私の勝手だろう」
「ヨコヅナ様の動きを真似ていたように見えました。全然出来てはいませんが」
メガロは明らかにヨコヅナの四股を踏む動作を真似ていた。
「それは技術を盗む行為にあたります。相手の許可もなく勝手にやって良いことではありません」
「……」
ラビスに正論を言われ、黙り込んでしまうメガロ。
そんなメガロに対して、
「別に良いだよ。真似るぐらい」
声が聞こえていたヨコヅナが鍛錬を止めずに言う。
「本当か」
「……ヨコヅナ様、せめて理由ぐらいは聞いてください」
「何でオラの真似をしてるだ?」
ヨコヅナは一応質問するが、さして興味がないのか四股を踏むのを続ける。
「私はヨコヅナに負けた。おそらく剣を使ってたとしても結果は変わらなかっただろう」
「おそらくではなく、間違いなく勝てません」
「…その理由が知りたいのだ」
「……スモウを真似れば勝てるとでも考えているのですか?」
もしそうならバカを百個並べても足りない。
「そこまで安易に考えていない…だが他にどうすればいいのか分からないのだ」
分からない それが今のメガロの心情だ。
メガロは良くも悪くも素直なところがある。
親の威光があり素質もあるだけに周りが甘やす、だからメガロは自分が強い人間だと思っていた。
もちろん同年代で勝てない相手もいる。例を挙げるならハイネだ。
メガロはハイネと手合わせをしたことがあるが、手も足も出ず敗北している。
だがメガロの取り巻きの一人がこう言ったのだ。
『ハイネ様は特別なのです』
メガロはその言い訳に納得してしまった。
他にもメガロが勝てない相手はいたが、その全員が血筋からして特別なも者ばかりだった。
だがヨコヅナは違う。特別な血筋どころかただの平民、軍人ですらない。
メガロはそんなヨコヅナに負けたことで、信じていた全てが崩れてしまった。
「私はどうしたらいい?」
この数日どれだけ考えても、この問に答えが出ることはなかった。
だからメガロは原因となったヨコヅナの強さの理由を知れば、その答えが分かるのではないかと考えここに来たのだ。
「……ヨコヅナ様が許可する以上、私が辞めさせることは出来ません。気が済むまで真似れば宜しいかと」
「…感謝する」
「それはヨコヅナ様に言ってください」
ヨコヅナはいつも通りの、四股、すり足、張り手、ブチかまし、の基礎鍛錬を行った後、相手を
イメージしての投げ技の練習を行っていた。
せっかくメガロがいるのだから、スモウを真似させるかわりに投げ技の練習相手になってもらえばと思うところだが、それは出来なかった。
「ぜぇはぁ~、ぜぇはぁ~」
基礎鍛錬の途中で限界が来てしまって、息を切らし横たわってヨコヅナの鍛錬を見ているメガロ。
スモウの鍛錬は足腰の強化に重きを置いている、素人が行えば立てなくなるほど足の筋肉を疲弊させてしまう。
「糞の役にも立ちませんね」
ヨコヅナの投げ技の練習台にでもなれば、と考えてたラビスは冷たく言い捨てる。
「口の悪さが過ぎるだよラビス」
ヨコヅナにしては珍しく本気で嗜めるような口調。
「……申し訳ありません」
これも珍しく素直に謝るラビス。
付き合いは短いがラビスは、ヨコヅナがスモウに関して真剣なのは理解している。
メガロはまともに真似ることも出来ていないかったが、それでも本気でやっている事は見て取れた。
それを侮辱することはヨコヅナにとっては許せないことなのだろう。それが分かったからラビスは素直に謝ったのだ。
「そろそろ帰るべ」
「……次の、鍛錬は、いつやる、のだ?」
何とか立ち上がれるようになったメガロの言葉にヨコヅナは疑問に思いながら答える。
「明日だべ」
ヨコヅナはメガロがそれを知ってどうするのかと疑問に思った、わけではない。
「明日!?……まさか毎日こんなハードな鍛錬をしているのか?」
「そうだべ」
鍛錬は毎日するのが当たり前で、何故そんな分かりきったことを聞くのか、と疑問に思ったのだ。
「今日はハイネ様との手合わせがないので楽な方ですよ」
開いた口が塞がらないメガロ。
その時メガロの頭に浮かんだのはコヒィーリアの言葉。
『鍛錬は毎日しているのかしら?』
「ふふ、あはははっはは!!」
「どうしただ?」
「バカが行き過ぎて狂いましたか?」
いきなり笑い出したメガロに怪訝な顔をする二人。
(分からないことなど何もなかった、コヒィーリア王女が教えてくれてたではないか)
メガロがヨコヅナよりも弱い理由は、強くなるための努力が劣っているからだ。
そんな簡単で絶対的な理由に気づかなかった自分が可笑しくて笑ってしまったのだ。
「明日も来る。それと私の事はメガロと呼ぶと良い、様も付ける必要はない」
稽古前と打って変わったようにすっきりした顔になっているメガロ。疲弊して重くなっていた足も軽くなった気がしていた。
「スモウを教えてもらう礼だ。ではな」
そう言って帰っていくメガロ。
その背を見送ってから、
「様を付けずに名前を呼ばすのって、礼になるだか?」
疑問に思ったことをラビスに聞くヨコヅナ。
「ストロング家は王族の血も入っている影響力のある貴族ですので、そこの嫡男と仲良くしているという事実は利用価値はあります。ですが既にヘルシング家やコヒィーリア王女とも懇意にしているヨコヅナ様からすれば価値は高くはありませんね」
呼び捨てにして良いということは、仲良くしている証として使って良いという意味である。
「それより、何故「真似て良い」と言ったのが、「教える」に変わっているのでしょうね。真性のバカのようですから相手にしない方が宜しいかと思いますが」
「邪魔をしないなら、教えるぐらい構わないだよ」
「……ヨコヅナ様、スモウはちゃんこ鍋と同じように父親から教えてもらったと聞きましたが、他にこの武術を使える人はいるのですか?」
「親父の国ではたくさんいたそうだべが…。姫さんでも知らないくらいだからこの国にはいなんじゃないだべかな」
それを聞いてやはりと思いつつ呆れるラビス。
「コヒィーリア王女も言っておりましたが、情報とは金に変わります。そして知る者が少ないほど価値が上がります。この国でヨコヅナ様しかつかえないスモウという武術はただで人に教えて良いものではありません」
「武術を教えて儲けれるだか?」
「儲けれますよ、ケンシン流のトップは大儲けしています。しかもあの武術はコクエン流のパクリですし」
「ケンシン流ってパクリなんだべか!?」
ワンタジア王国ではケンシン流がもっとも広まっている武術なため、殆どの者が逆に勘違いしているが、他国で生まれたコクエン流を、ある者が名前を変えてまるパクりで伝えたのがケンシン流の始まりであった。
「ちゃんこ鍋や清髪剤と違って材料等の費用がかからない分、利益率は高いですね」
場所さえあれば体一つで教えれるのだから元手いらずと言って良い。
「前に姫さんからスモウの道場を開かないかと言われて事もあっただが、流行らないんじゃないかって話になっただよ」
「私に任せて頂ければ、数年後にはケンシン流に並ぶ有名な武術にしてみせますよ、どうですか?」
「今でも忙しいのにこれ以上仕事を増やすなんて無理だべ。オラは平穏でのんびり暮らせるなら、お金はそこそこでいいだよ」
大儲け出来ても仕事に忙殺される毎日など、ヨコヅナが望む生活ではなかった。
「クククっ、あれほどの鍛錬を毎日行っておきながら平穏でのんびりとは、ヨコヅナ様にしては笑える冗談ですね」
「ニーコ村で暮らしてる時は必須だったべ。オラは何故か獣に襲われることが多かっただよ」
「ヨコヅナ様は美味しいそうですから・・ね……」
「ははは、カルみたいなこと言うだな……どうしただ?」
ラビスが何かに驚いているような表情をしているので、変なことでも言っただろうと思うヨコヅナ。
「いえ、なんでもありません」
「……そうだべか、もし体調が悪いとかなら無理せず帰って休んだほうが良いだよ」
「大丈夫です。私がいなかったら仕事が進みませんし」
「だらかこそ無理されたら困るだよ」
自分だけでは仕事が進まないことを当然のように認めるヨコヅナ。
「…考えてみたら、ラビスはいつか姫さんのところに戻るのだから、スモウの道場は無理だべな」
「……そうですね」
自分も有り得ない事を言ってしまったなと認めるラビス。
「では私がいなくなっても大丈夫なようにもっと厳しくする必要がありますね」
「え!?」
その日の午後、ヨコヅナの部屋での仕事開始から、ラビスはある物を手に持っていた。
「ラビス、その手に持っているのはなんだべ」
「おや、バカなだけでなく目も悪くなりましたか?」
「…オラの目が悪くなったんじゃなければ鞭に見えるだよ」
「そうです、馬や牛を叩く短鞭です」
「馬や牛を叩くために用意しただか」
「いえ、ヨコヅナ様を叩くために用意しました。ミスをした時に叩くために」
「鞭で叩くのはやりすぎじゃないだべか!?」
「私が蹴ろうが殴ろうがヨコヅナ様は痛くも痒くもないでしょうから」
「オラに暴力を振るわないと約束してたはずだべ」
「約束はナイフを投げないであって、鞭で叩かないではありませんので」
「屁理屈だべ」
「私が確認してくれると思って気が抜けているようですから、痛い思いしてもらわないと直りません。カル様もそう思いませんか?」
「うむ。それぐらいは厳しくせんといかん」
「だそうです」
「…本気で叩いたりしないだべな」
「安心してください」
「………最近女性のその言葉を聞いても、微塵も安心出来なくなってきただよオラ」
「目立たないところを叩きますから、それにミスをしなければ叩きませんよ」
その日以降、仕事中のヨコヅナの部屋から鞭で叩く音が鳴らない日はなかった。




