心労は増えそうじゃの
「………」
「………」
ハイネの屋敷でヨコヅナが作ったちゃんこ鍋を食べたコヒィーリアとヨルダックは沈黙していた。
「あれ、何か失敗しただか?」
その反応を見てちゃんこ鍋を作るのに失敗したかと思ったヨコヅナだが、
「ほふはほほははいほ」
「うむ、いつも通り美味しいぞヨコヅナ」
今はハイネとカルレインも同席している。
ハイネは仕事が休みであり、カルレインは昼寝をしていたがちゃんこの匂いで起きてきた。
「いつも通り、ね。…美味しいわヨコ、屋台で食べた時より美味しいから驚いただけよ」
「屋台のは味を安定させるために手間を少し省いてるだよ。あの時より少し濃い味だがどうだべ」
「私はこれぐらいの濃さが好きよ。ヨルダックはどうかしら?」
同じように食べたあと沈黙していたヨルダックだが、
「……これが、本当の…ちゃんこ鍋の味……ガクッ」
テーブルにつっぷしてしまうヨルダック。
「大丈夫だか!?」
隣に座っていたラビスが首筋に指を当てる。
「死んでます」
「ええぇ!!?」
「冗談です」
「笑えないだよ!」
とうとう限界が来てしまったヨルダックはちゃんこ鍋の更なる深い味に感激すると同時に気を失ってしまう。
「悪いけど横になれるところで寝かせといて貰えるかしら」
「そうだな。頼む爺や」
「畏まりました」
爺やがヨルダックを連れて出ていく。
「それでどうかしら?ラビス」
「すごく美味しいですね」
「あら、素直な褒め言葉なんて珍しい」
「私はいつも素直ですよ、褒めるに値することが少ないだけで」
「貶す方は人並み以上に言いますが」
「その上本音は言いませんしね~」
「後輩いじめですか、ひどい先輩達ですね」
歳こそさして変わらないがラビスはコヒィーリア専属候補はもちろん王宮の使用人の中での新人であった。
だというのに今は専属でありコヒィーリアに指名で仕事を任されている。
自分を有能と言うだけあってかなりのスピード出世だ。
ただその点をヤズミやユナが妬んだりしているわけでは決してない。
「この者にヨコヅナの補佐をさせると聞いたが」
「まだ請けると決めておりません」
「ん?コヒィーが決めたのだろ」
「この子私の命令でも嫌な仕事は断るのよ」
「何故そんな者を専属にしている?」
「面白いからよ。有能なのは確かだしね」
本当にただの好き嫌いだけで仕事を断っているのであれば、コヒィーリアも認めたりなどしない。
ラビスは難しい仕事ほど進んで請ける、逆に誰でも出来るような事に関しては断ることが多い。
自分が務めるに値する仕事を選んでいるということだ。
「コヒィーの趣向を押し付けないで欲しいのだがな」
「ハイネに迷惑はかけないわ。なんならヨコの住む場所も用意しましょうか?」
「勘違いするな。ヨコヅナを迷惑と思ったことなど一度もない」
ハイネは全く言い淀むことなくはっきりと言い切った。
「逆に私から条件をつける、ちゃんこ鍋屋はヨコヅナがここから通いやすい場所に設てる事だ」
「…それはヨコが決めることじゃないかしら」
二人の話が聞こえていたヨコヅナは少し考えてから、
「ここから通える方が便利だべな」
「自分の家を持って住める方が気楽に暮らせると思うけど」
「姫さんに用意してもらったら一緒だべ、必要になったら自分でお金貯めて家を買うだよ」
「あらそ…ではここから通い易いよう配慮しましょう」
「それよりも、補佐の選択権はオラには無いんだべか?」
ヨコヅナからすれば住む場所よりも、そちらのほうが今は重要だった。
「おや、私では不満ですか?」
「嫌々働くぐらいなら違う人が良いだよ」
ヨコヅナとしては有能でも嫌々働く人より、能力は普通でもやる気ある人と一緒の方が良いと考えていた。
「コヒィーリア王女が売り出そうと提案する程、ちゃんこ鍋が美味しいことは確認できましたので、嫌とまでは言いませんが」
「それになんだか不気味だべ」
その言葉を聞いてラビスの表情が変化する。
「人を見ためで差別するのは感心しませんよ、下手をすれば」
ラビスは今まで貼り付けたような笑顔をしていたが、今は全くと言っていい程の無表情。
「殺されることもあります」
ラビスはテーブルに置いてあったナイフをヨコヅナの方へ投擲する。
明らか玄人の手つきの素早い動作で高速で投げられたナイフ。
それを、
「勘違いさせたなら謝るだよ。別に見た目を不気味と言ったわけじゃないべ」
人差し指と中指で挟むようにして受けとめたヨコヅナ。
それを見て殆どの者が目を見開く。
驚いてないのはモグモグとちゃんこ鍋を食べ続けているカルレインぐらいだ。
「へぇ~。腕を上げたわねヨコ」
「フフっ当然だ、誰と稽古をしてると思っている」
『閃光』に比べれば高速でも遅く感じる。
だがヨコヅナがナイフを止められたのはそれだけが理由ではない。
「……では何を不気味だと言ったのですか?」
「どうしてそんなに音を消して動いてるだ?まるで獣が獲物を狙ってる時みたいだべ」
ラビスからは足音や衣擦れの音など動く時に自然に出る音が極端に少ない。
動きに無駄がなく、近くにいても気配が希薄なのだ。
森で狩りをしていたヨコヅナからすれば、希薄な気配こそ警戒に値する。
それを聞いてラビスの顔に笑顔が戻る。
ただそれは今までのような貼り付けたような笑顔ではなかった。
「クククっ。シーフとして冒険者をしていた時期がありまして癖なのですよ」
不気味さこそ消えてないが本物の笑み、そしてコヒィーリアの方を向き、
「気が変わりました。ちゃんこ鍋屋と清髪剤の仕事の補佐、お請けいたします」
その言葉に一番に反応したのはヨコヅナでもコヒィーリアでもなく、
「私は賛成できないな。ヨコヅナは大事な客人だ、ナイフを投げるような者を近くの置くわけにはいかない」
ハイネであり言っていることも至極当然なことだった。
「受け止めなくても当たっていませんでしたよ」
「ギリギリだったべ」
明らか外れる軌道であればヨコヅナも受け止めていない。
「二度としません。それで宜しいですか」
「宜しくないな、信用できん」
「…狭量な人ですね」
「なんだと!」
ヨコヅナにナイフを投げたことで機嫌を害しいるハイネに対して、さらに煽るような事を言うラビス。
これはハイネを嫌っているとかではない、ラビスは嫌いな相手は全く相手にしない。
ヤズミやユナに対しても同じだが、ラビスは相手にするに値する者程挑発するという本当の癖があった。
「我もおすすめはせんの」
険悪な雰囲気が漂う中、発せられたのはカルレインの言葉。
「お主、…他種族の血が混ざっておるの」
「ええ、そうです。あなたは『混じり』を差別する『人族至上主義』の人ですか?」
ラビスの眼球が黒いのは他種族との混血を意味しており、『混じり』とは混血の者に対しての蔑称である。
『人族至上主義』とは人族こそが神に選ばれた至上の種族だと考える人達の事を言う。
「わはは、そんな事あるわけなかろう、我を誰だと思っておる」
「知りません」
「それもそうじゃな。まぁそんな主義は欠片も持ち合わせてはおらぬ、ただヨコとは相性が悪い」
「オラもそんなことで差別なんてしないだよ」
心外だとばかりに反論するヨコヅナ。
「思考ではなく相性じゃよ。どの種族の血が混ざっているのか分かっておるのか?」
この質問はヨコヅナにではなく、ラビスに向けられたモノ。
「いいえ。私は幼い頃に親に捨てられましたから」
悲愴な過去を貼り付けたような笑みで話すラビス。
「少なくとも祖父母、いえ、曾祖父母まで遡ってもいなかったのでしょうね、私のように混血の証が出た者は」
「先祖返りというやつかの」
「どうでしょうね。両親は私を自分達の子だと最後まで認めませんでしたから」
「……ふむ、可能性は低いかの。モグモグ、はほはよほがひへほ」
何かを一人で納得して、ちゃんこを食べることに戻るカルレイン。
「問題無いようですから、私が補佐することで決まりですね」
コヒィーリアにそう聞くラビスだが、コヒィーリアは
「ヨコが決めなさい」
「今日はそれ多いだな」
「ヨコも言ったでしょ、嫌々一緒に働いても良い結果は出難いわ」
出来れば普通の性格の人を補佐にして欲しいところだが、ヨコヅナはラビスを見る。
「……言っておきますが、補佐だからと「閨の相手をしろ」とか命令したらその立派なお腹を削ぎますよ」
「そんな命令はしないだよ」
ラビスの冗談に聞こえない言葉をヨコヅナは即座に否定し、一瞬カルレインとハイネを見た後、
「問題が多かったら辞めてもらうべ、それでもいいだか?」
「当然よ。ヨコは責任者なのだから」
「クククっ、私がクビになる事なんてありえませんがね」
ラビスは席から立ちヨコヅナの前へ行く。
「ではこれから宜しくお願い致しますヨコヅナ様」
スカートを軽く持ちメイドとしてのお辞儀をするラビス。
「宜しくだべ。…でもハイネ様と喧嘩するのは困るだよ」
「喧嘩などしておりません、ハイネ様が一人で怒っているだけで」
「どうやら貴様の一番の特技は人を怒らせることのようだな」
「それは否定出来ませんね」
「否定して欲しいだよ」
早速頭が痛くなってきたヨコヅナであった。




