王女のところの菓子は美味いから我も行きたかったのじゃが
建国祭の翌日。
場所はコヒィーリアの応接室、ヨコヅナは床で正座していた。
「何故呼び出されたのか変わるかしらヨコ」
仁王立ちでそう聞いてくるコヒィーリア。
「いや、あの、清髪剤の件はオラも頑張ってますだよ。でも知らないことや分からないことが多くて、その、遅れてると言われても…」
「経営素人であるヨコに任せる時点である程度の遅れは計算の内よ。今日はその件ではないわ」
「え!?説教するために呼び出したんじゃないだべか?」
「違うわよ」
「じゃあ何でオラ正座してるだ?」
「ヨコが勝手にそこに座ったのでしょ」
コヒィーリアは入ってきたヨコヅナに「座りなさい」と言っただけなのは確かだ。
冷たい目で言われたためヨコヅナが勘違いして正座したのだ、もちろんコヒィーリアは確信犯だが。
「フフ、説教をされたいと言うのならついでにしてあげるけど」
「い、いえ、結構ですだ」
慌てて立ち上がるヨコヅナ。
「それじゃ、どうして呼び出されただ。しかもオラだけ」
コヒィーリアの呼び出しの紙にヨコヅナだけで来るようにと書かれていたため、今回はハイネもカルレインも同行していない。
「ヨコの考えが聞きたかったからよ、あなたは少々流されやすいようだから」
ヨコヅナが流されやすいというより周りに強引な者が多いだけのようにも思えるが間違ってもいない。
「では本題に入りましょうか、今回呼んだのはヨコが屋台で出していたちゃんこ鍋についてよ」
「…ひょっとして本格的な店を出すのに援助してくれるとかだべか」
「あら、ヨコにしては察しがいいわね」
「丁度その話をしている時に呼び出しがきただよ、ヒョードル様も投資として資金を出してれると言ってくれてるらしいですだ」
「……ヒョードルとはどこまで話が進んでいるのかしら」
「まだ全然ですだ。屋台の売れ行き次第って話だったべから」
ヒョードルはすでにちゃんこ鍋屋を出すことが確定だと思ってるぐらい乗り気なのだか、ヨコヅナと直接話をしていないためやる気に温度差があった。
「なら問題ないわね」
「でも、屋台で話したように色々問題があるだよ」
「それを私が援助するのよ」
コヒィーリアは不敵な笑みを浮かべる。
最近女性のそういった笑みを見ると不安がよぎるヨコヅナ。
そのとき応接室のドアをノックする音が聞こえた。
「姫様、連れてきました~」
「丁度良いタイミングね、入りなさい」
側近メイドのユナと一緒に入ってきたの一人の男。
その男は白を基調にした服に身を固め、頭にはコック帽。
「城で料理人を勤めているヨルダックよ」
「ヨルダック・スーイと申します」
ヨルダックの歳は29、この歳で王族に料理を作れる者は他にはいない、つまりそれだけ才能ある料理人という事だ。
「オラはヨコヅナですだ…屋台に来てくれてた人だべな」
「!?来た客を全て覚えているのですか?」
「ははは、そんな訳ないだよ。ちゃんこの作り方を聞いてきたから覚えてただよ」
屋台をやっている最中ちゃんこ鍋の作り方を聞いて来た者は何人もいたが、その中でもヨルダックは専門的な聞き方だったから印象に残っていた。
「料理人だとは思ってただが、お城の料理人ってことはすごい人なんだべな」
「そんなことは、ヨコヅナ殿に比べれば私など…」
ヨルダックはヨコヅナの言葉を否定し、深く頭を下げる。
「ヨコヅナ殿、いえ、師匠!どうか私にちゃんこ鍋のご教授を」
「…え!?どういうことだべ師匠って?」
突然過ぎて意味がわからないヨコヅナ。
「どうも屋台でヨコのちゃんこ鍋を食べて、感銘を受けたみたいなのよ」
「はい!私は料理一筋で生きてきました。高級料理店、貴族のお抱え料理人、今では王宮の料理人として働いています。ですがずっと満たされない何かを感じていたのです」
一見自慢のようにも聞こえるが、ヨルダックの表情に映るのは寧ろ自虐的なもの。
「コヒィーリア王女から話を聞き、屋台のちゃんこ鍋を食べに行きました。正直初めは何かの冗談だと思っていたのですが」
ヨルダックにヨコヅナのちゃんこ鍋の話をしたのは実はコヒィーリアである。
コヒィーリアは王宮の料理でも滅多に褒めたりなどしない、ヨルダックも度々厳しい指摘を受けている。
そんな王女が祭の屋台の聞いたこともない料理を美味しいと評するなどありえない。
そう考えながら教えてもらった場所でヨルダックが見たのは、祭の中でも異例なほどの行列と美味しいそうにちゃんこ鍋を食べている人々。
客の数は王女が来たことが噂になったことが一因ではあるだろうが、食べた人達の笑顔は本物だとヨルダックは直ぐに分かった。
「列に並びちゃんこ鍋を買って食べた私は、言いようのない悔しさを感じたのです」
「悔しさ…何でだべ?」
「私にも直ぐには分かりませんでした。その時は作り方を少し聞けば簡単に作れるという考えが有りましたから、ですが…」
そこで膝をついてしまうヨルダック。
「大丈夫だか?」
部屋に入ってきた時からヨコヅナは思っていたことだか、ヨルダックは相当疲労している。
目には大きな隈があり、足取りも安定しているとは言えない。
「彼はヨコのちゃんこを食べてから、不眠不休でちゃんこを作っているのよ」
「違います!作れないのです私には…」
ヨコヅナが作ったちゃんこ鍋の味を再現出来ない。
もちろん細部まで作り方を聞いたわけではないから、再現出来なくても仕方ないとも言える。
だが、聞いていない細部というのは、料理人として他人に言ってはいけない個人が努力で習得した技術の部分なのだ。
ヨルダックも王宮料理人としてのプライドがある。これを聞くということは自分には作れないと認めると同義、だからこそ作り続けていたのだ。
しかしその結果はヨコヅナを呼び出すことになっている。
「王主催パーティーでの料理の準備でそれまでも忙しかったのよ、その上での不眠無休。さすがにこれ以上の無理は体に悪いと思ってね、だから急で悪いとは思ったのだけれどヨコに来てもらったのよ」
コヒィーリアはヨルダックの料理の腕を認めていたし、またちゃんこ鍋を食べてくるように言った責任もあるためヨコヅナを呼び出したのだった。
「作れない事を悟った時、私は何故あんなにも悔しかったのかがわかったのです。
誰でも食べる値段、他の者には真似できない技術、多くの人に喜んで貰える味の料理。
それが私の求めていたモノであり、それを手に入れているヨコヅナ殿に嫉妬したのだと」
ヨルダックは料理人として天才と言っても過言ではない。
だからこそ認めれなかった、屋台の料理を自分が作れないことが
しかし天才だからこそ食べた瞬間分かっていたのだ、自分に作れないことが。
「ですので、どうか私を弟子にしてください」
疲労困憊の状態でありながらヨルダックの目には力がある。
「…別に弟子になんてならなくてもちゃんこ鍋の作り方ぐらい」
「それは駄目です!」
ヨコヅナは料理人という自覚がない、だから理解していなかった。
「ヨコ覚えておきなさい、情報とはモノによっては金に変わるわ。それも個人が努力によって生み出した有用なモノともなれば大金に。だから軽々しく他人に教えて良いものではないのよ」
「そうです!ちゃんこ鍋の作り方を教えていただく以上私はヨコヅナ殿の弟子としてちゃんこ鍋屋の繁栄に全力を注ぐ所存です」
「お城の仕事はどうするだ?」
「既に辞表を用意しております」
「…一回寝て冷静に考えた方がいいだよ」
「私は冷静です!」
ヨルダックの目は寝てないためか血走っておりとても冷静には見えず、店を構えてもいない屋台の料理の為に、王宮料理人の地位を捨るなど正気の沙汰ではない。
「そこで私からの提案よ。資金、人材を提供するからヨコにちゃんこ鍋屋を開業してほしいのよ」
「……ヨルダックさんと一緒にちゃんこ鍋屋をやるってことだべか?」
「間違っていないけど、勘違いようにね。料理指導はしてもヨコは料理人ではないわ経営者よ」
「それは…清髪剤と同じような責任者ってことだべか?」
「ええ、そうよ」
それを聞いて苦虫を噛んだような顔になるヨコヅナ。
「何よその顔は。資金も人材も出してもらえて、売れる見込みある事業の経営者なんて得しかないじゃない」
「失敗したときに怒られるのは?」
「当然ヨコよ」
「それが嫌なんだべ。だったら自分のお金で屋台を出すだよ」
「私はそれでも構いません!」
「さすがにヨルダックを屋台の料理人にするのは惜しいのよね、でも本人が意思を変えるつもりはないようだし……本当は命令したいところなのだけれど」
そこでヨコヅナのほうを真っ直ぐ見るコヒィーリア。
「ヨコが決めなさい」
「…そう言って断ったらまた蹴りを入れるだか」
「蹴らないわよ」
冗談を言いながらもヨコヅナは考えこむ。
いつもならカルレインに意見を求めるところだが今日はいない、それもコヒィーリアが見越していたことだった。
「屋台の時の値段だと本格的な店をやるには採算があわないと聞いただよ。でもオラはちゃんこ鍋の値段を高くして売る気はないだ」
「フフ、そういうことを決めるのが経営者よ。値段が安かったのもちゃんこ鍋が人気だった理由の一つ、だったらそれを売り文句にするのは当然、材料費を安くする方法はいくつかあるわ」
カルレインがやったように大量に購入することで単価を下げるのも方法の一つだが、王女が後ろ盾になる以上最大限の優柔が効く。
「オラがやるとしたら誰でも気楽に食べに来れる店にするだよ」
王都には一見さんお断りといった人を選ぶような店を多々存在する。ヨルダックが働いたことのある高級料理もそういった店だ。
ヨコヅナはそんな規則のある店にする気はないと言っている。
「当然です。多くの人に喜んでもらえなければ意味がありません」
ヨルダックのはっきりした返答。
「材料を無駄にするのも嫌だべ」
「その辺は営業しながら、適切は搬入量を考えていくしかないわね。それでも当然売れ残る日もあるでしょうけど、その場合は流用出来るサイクルを考えておきましょう」
ヨコヅナの思いつく問題すべてに答えが出る。
「……はぁ~」
ヨコヅナは大きく溜息をついた後、ヨルダックに手を差しだす。
「みんなに喜んでもらえる店にしたいだよ、協力してくれるだか?」
「はい!師匠!!」
ヨコヅナの手を取り、疲れが吹っ飛んだかのような晴れやかな顔になるヨルダック。
「師匠はやめてほしいだな」




