弱肉強食じゃ
二回戦を勝利したヨコヅナは控え室で昼食をとっていた。
「へんふひはほへんほうふほうはいふほは、ゴクン、王女様も太っ腹じゃな」
「カルは選手じゃないだべがな」
選手に無料配布されるお弁当を食べながら、のんびりしているヨコヅナとカルレイン。
「味も良いし、お替り自由じゃしな」
二人の前には空のお弁当箱が積み上がっている。
と言ってもほとんどカルレインが食べたもので、
「ヨコは1個で良いのか?」
「あまりお腹空いてないだよ」
いつものヨコヅナであれば5個はかるく食べれるだろうが、やはり慣れない場のためか食欲が出ない。
「次は準決勝だし、もう負けても問題ないと思うだが、どうだべかな?」
早く帰りたいヨコヅナは、十分ケオネスの顔もたつだろうからとカルレインに相談する。
「良いと思うぞ」
「本当だべか!?」
「うむ、本気でやって負けるのであれば、の」
「……」
カルレインの言葉に沈黙して表情を歪めるヨコヅナ。
「来るときにも言ったが、わざと負ければ要らぬ禍根を残す」
「…そうだべだが」
ヨコヅナが負けたい理由は、緊張や重圧から早く解放されたいというだけでは無かった。
チャバラと戦ってこの大会に賭けるとても強い気持ちを感じ取った。おそらくこれまで戦ったセガルド、シバットもそうだったのだろう。
それに対して、ただ頼まれたから嫌々出場している自分が勝つことに、罪悪感のようなモノが生まれてきていたのだ。
「……まったく、ヨコは優しいと言うか、甘いと言うか」
ヨコヅナの考えていることを察したのか、カルレインがため息をついて真剣な面持ちで話す。
「良いか、この世は所詮 モグモグ はふひふひょうひょふ、かっはほのはへへはへはものはふひなふ よこはひひふふほとはどはい ゴクン ということじゃ、わかったか」
「わからないだよ!。だからなんで肝心なところで口に物を入れるだよ」
カルレインとそんないつものやり取りをやっていると、
「失礼するわよ」
ノックも無しに扉が開かれた。
「…え~と」
ヨコヅナは直ぐにそれが誰なのか分からなかった。
いや、分からないというよりも理解が出来なかった、こんなところに来るはずのない人物だからだ。
平均よりも少し小柄でスマートな体格の20歳前後に見える女性。
プラチナブロンドの髪で顔はとても整っており、自信に満ちた表情をしている。(ノックも無しに勝手に部屋に入って来たにも関わらず)
何よりその女性の発する雰囲気、オーラとでも呼ぶモノが他とは明らかに異なっていた。
それもそのはず、ヨコヅナの控え室に現れたこの女性は、
「お、お待ちを、コフィーリア王女」
後からでケオネスと護衛と思しき者達が入ってきた。
「王女様だべか!?」
ヨコヅナは慌てて立ち上がろうとすると、
「そのままでいいわ、悪いわね食事のところ邪魔して」
「い、いえ、構いませんだ」
コフィーリアは机に積まれている空の弁当箱に視線を移す。
「沢山食べてくれたようね。口に合って嬉しいわ」
お弁当は王女が選りすぐった料理人に作らしたものであった。
「あ、はい。美味しかったですだ」
「うむ、美味であったぞ」
ほとんどはカルレインが食べたものなのだが、そこは訂正せずお礼だけ言っておくヨコヅナ。そして王女相手でも態度を変えないカルレイン。
カルレインの無礼な態度も気にせず、コフィーリアがヨコヅナを観る。
「……肩の傷は大丈夫かしら?」
ヨコヅナの肩には包帯が巻かれている。
噛みつきは反則のため、せめてもの配慮として大会側から治療の申し入れがあったのだ。
「これぐらいなんともないですだ。…それで何かオラに用があるだか?」
「ええ。よくやってくれたわヨコヅナ」
「んん~?」
いきなり褒められ首をかしげるヨコヅナ。
「二回戦の前に「勝ちなさい」とケオネスに伝えさせたでしょう。そして見事勝って期待に応えた。賞揚の言葉を送るのは当然でしょう」
「あ、ありがとうございますだ……」
お礼を言いつつも少し納得がいってないような顔のヨコヅナ。
「じゃが、何故勝つように言ったのじゃ?大会の主催者としては贔屓と捉えられかねないぞ。それとあのツルーナとかいう者を捕らえた理由を聞いても良いかの?」
ヨコヅナの内心を察したのか、カルレインが代わりに疑問に思っていたことを質問する。
「そうね。自分の研究の前では武の鍛錬など無意味だとでも言いたそうな、あの女の鼻っ柱を折ってやりたかったのよ、ふふふっ」
「はぁ…」
思った以上に私情的な理由に言葉がない。
「捕らえた理由は、多発している南地区5番街での行方不明者事件にあの女が関与していると思ったからよ」
南地区5番街は通称貧困街と呼ばれている。
元々貧困街は犯罪の多い地区だがここ一年あまり行方不明者が例年の数倍になっていた。
「ヂャバラの短期間で得たという怪力と理性の感じない獣のような状態、あれが何かわかるかしら?」
「……魔素狂いした動物に似ているとは思いましただ」
試合で感じたことを素直に言ってみるヨコヅナ。
「ええそうよ。魔素狂いの研究は昔から王都でも行われていてね。浅黒い肌に異常な筋肉、赤く血走った瞳は全て魔素狂いの症状よ」
「人間でも魔素狂いになるだか?」
ヨコヅナが知らないだけで他の動物ほど簡単でないが、人間でも魔素狂いになり得ることはわかっていた。
「でもその確率はかなり低いし、副作用のリスクが高すぎる。なにより魔素狂いになった者は怪力になる代わりに制御できなかったのよ」
「ヂャバラは獣じみてはいたが、ツルーナの言うことに従っておったようじゃが」
「それがあの女の研究成果なのでしょうね。様々な人体実験を行っての」
全てとは言わないが行方不明者の多くが人体実験に使われた可能性が高いと考えていた。
それがツルーナを捕らえた理由であった。
「何を成し遂げるにも犠牲は必要じゃ。完全に制御できるのであれば、最強は無理でも強力な軍隊を作るというのは可能だと思うがの」
カルレインのいつもより幾分冷たい声、要約すれば貧困街の犠牲者よりも研究成果の方が重要ではないかと言っているようなものであった。
それを聞いたコフィーリアの表情も真剣味を増す。
「かもしれないわね。でも魔素狂いになった者は元には戻れず長くは生きれない」
試合後の質問に対するツルーナの反応を見るに、その点の改善策はないのだろう。
それを聞いてヨコヅナは試合中に話したヂャバラの言葉の真意に気づく。
「そんな死兵の軍など論外よ」
「兵とは命を賭して国のために戦う者じゃろ」
「違うわ。兵とは幸せな未来のために命を賭して国と共に戦う者よ。兵となったものが結果犠牲になることはあっても、犠牲を前提に兵にすることなどあってはならないわ」
そう語るコフィーリアの瞳には強い意志が感じられた。
その瞳を真っ直ぐ見つめるカルレイン。
「わははっ、なるほどの。この国は面白い王に治められているようじゃな」
「私は王ではないわ。まだね」
途中からヨコヅナを置いてきぼりに進んでいた話も区切りがつき、
「コフィーリア様、そろそろ」
ケオネスが時間がないことを促す。
「ふう、もう少しゆっくり話していたいけれど仕方ないわね」
名残惜しそうに部屋から出ていこうとするコフィーリアが、
「…そうそう、次のあなたの対戦相手だけれども、試合は見ていたかしら?」
振り返って聞いてきた質問に対して、ヨコヅナは首を横に振る。
「あら、見てないの?」
「ヨコヅナは他人の試合を見ない主義でして」
「変な主義ね。まぁいいわ、あなたの試合を見る前までは、今大会の優勝はダンバートかその者だと私は予想していたのよ」
「そんなに強いだべか?」
「才能だけならダンバートより上よ、才能だけはね。その者とあなたがどう戦うのか、楽しみにしているわ」
そう言ってコフィーリアは護衛の兵と一緒に部屋から出ていった。
「ふう~。いきなりすまなかったヨコヅナ」
ケオネスはついていかず部屋に残っていた。
「自ら礼を、と言って止めれなくてな」
「驚きはしましたが、問題ないですだ」
「わはは、良き者に仕えているではないか」
「…それはそうなのだがな、はぁ~」
コフィーリアが良き御方なのはケオネスも重々承知していた。
だがそれ以上に気苦労が絶えないため胃が痛くて仕方なかった。
それはそれとしてとヨコヅナに向き直るケオネス。
「改めて私からも言わせてもらおう、よくやってくれた」
「ありがとうございますだ」
「肩の傷は本当に大丈夫なのだな?」
「はい、森へ狩りに出ればこれぐらい何時ものことですだ」
「そうか。にしてもあれ程の投げの技術をもっていたとは驚いた。あれらもスモウなのだな」
「そうですだ」
「うむ…優勝すれば王女公認の新しい流派として、スモウを流行らせれるかもしれんぞ」
王女も知らぬということはこの国でスモウは全く無名のはずだ。
コフィーリアはその実力を認めている、大会優勝の実績と王女公認となれば人も集まるだろう。
親から教わった格闘技が世に広まるのは、ヨコヅナも嬉しいだろうと思いケオネスは提案してみたのだが。
「いえ、そんなつもりはないですだ」
「そうなのか?」
「人に教えるのとか苦手だべ、スモウを流行らせるとかオラに出来るとは思えないですだ」
「強いことと他人を強くするのは別ものじゃ、さらに流行らせるとなると全く別の才能がいるしの」
「……そうだな」
ケオネスはもったいない気もするが、ヨコヅナがそう言う以上仕方ないと話題を変えることにする。
「先ほどコフィーリア様が言っていた次の対戦相手なのだが、私も噂ぐらいだが聞いたことはある」
「そんなすごい相手だべか?」
「いや、私が聞いているのは悪評が多いな、貴族で騎士団に所属しているらしいのだが…」
「貴族なのに大会に出場しているだか?」
「はは、貴族にも色々な者がいるさ。優秀なのは確からしいがそれだけに、先輩の騎士や団長であっても見下した言動をするそうだ」
次の対戦相手は、ケオネスが聞いた噂の他にも色々と問題行動が多く、特に男性から憎まれている。
「才能はあるが性格は最悪だと聞いている。だからそんな奴に負てほしくはないが…」
一度そこで言葉を止め、
「ヨコヅナは十分よくやってくれた。王女も喜んでくれていたしな、後は何も気にせず好きなようにすればいい」
「それは……」
ケオネスの言葉は負けても良いぞと言っているようなものだった。
ケオネスも気付いていたのだ、ヨコヅナが勝ち上がっても喜ぶどころか辛そうにしていることに。
「ありがとうございますだ。……せっかくここまで来たので、やれるだけやってみますだ」
「……そうか。では頑張ってな」
そう言ってケオネスは部屋から出て行った。
「どうしたヨコ。早く負けて帰りたいのではなかったのか?」
意地悪な顔で聞いてくるカルレイン。
ヨコヅナはそれには答えず。
「ケオネス様はいい人だべな」
「そうじゃの。ヨコほどではないがな」
「オラは結構自分勝手だべ」
「我やあの王女ほどではないじゃろ」
「それはそうだべな」
二人に比べたら誰だってそうだろうと考えつつ、
「次の相手が強いならもう少し食べるだべかな」
食欲が湧いてきたので弁当をお替りすることにしたヨコヅナ。
「うむ、我ももっと食べておくかの」
「カルは戦わないだべがな」
ヨコヅナとカルレインが昼食とっているとき、捕らえられたツルーナはヂャバラ用の控え室にいた。
床にはツルーナを捕らえる為にいた衛兵達が、血だらけになって倒れている。
それを行ったのはヂャバラに似た肌が黒く屈強な二人の男。
「あんな小娘に私の研究は理解出来ないようね」
こういう展開も想定していたツルーナは、逃亡ようの備えを用意していた。
「次の国には見る目のある者がいれば良いけど」
ツルーナは荷物を纏め出ていこうとする。
「お、おれ、は」
試合の負傷で横になっていたヂャバラが手を伸ばすように呼びかける。
元々ヂャバラの治療をするという名目で控え室へ来たのだ。
「あなたはもう用済みよ」
「そ、そん、な!?」
ツルーナの言い捨てるような言葉に、驚きの声を出すヂャバラ。
「あんな無様な戦いしか出来ない者に、これ以上時間を使うつもりはないの」
コフィーリアの一つ目の質問にツルーナが答えなかったのは、魔素狂いになった者が戦える期間はとても短いからだ。
一度大きく負傷してしまうと復帰は厳しい。コフィーリアの読み通り、今の段階では使い捨ての兵にしかならないのだ。
それを改善するにはさらに多くの資金と犠牲が必要になる。
だからリスクを犯してでも大会で優良性を見せつけ、国のお抱えになる算段だったのだ。
「で、も」
ヂャバラはこの研究に協力することで、長く生きられなくなる事を知っていた。
それでもやらなくてはいけなかったのだ、妹の病気の治療ために。
ここで見捨てられたら……
愕然としているヂャバラに中身の詰まった麻袋が投げられる。
「治療費には足りるはずよ」
麻袋の中身は金貨だった。驚愕してツルーナを見るヂャバラ。
ツルーナはそんなヂャバラに目もくれず部屋から出ていこうとする。
ヂャバラは自分の頭に巻かれていた包帯に手をあてる。
控え室に衛兵を呼び込むためではあったが、ツルーナはしっかり治療を行ってくれたのだ。
「ありがとう」
「フンッ」
控え室を出たツルーナは早足に通路を進みながら二回戦の事を思い返す。
「ヨコヅナ、だったわね」
あれは自分の研究を打ち砕かれたに等しい光景だ。
「面白い。ハッキリとした目標があると研究のしがいが増す」
逃亡中の状況であってもツルーナの顔には自然と笑みが浮かぶ。
「覚悟していなさいヨコヅナ。次は私の研究があなたを転がしてみせるわ」