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甘い奴じゃの


「ありえない!?」


 ツルーナは半場呆然としながら、その光景を見て声を漏らす。

 ヂャバラが何度組み付こうとヨコヅナを投げるどころか、体勢を崩す事すら出来ない。

 反対にヨコヅナはヂャバラを軽々と投げるのだ。


『まるで大人と子供ね』


 じゃれつく子供を大人が怪我しないように転がして相手している、そんな光景だった。


『これはヨコヅナ選手がヂャバラ選手より、圧倒的に力が強いということでしょうか?』

『力ではないは、圧倒的なのは技術よ』


 単純な腕力でなら、決してヂャバラはヨコヅナに劣ってはいないかもしれない。


『人を投げるのはもちろんのこと、投げられないように踏ん張るのにも技術が必要。そのどちらもヨコヅナが圧倒的に上なのよ』

『なんと!?姫様は初めからそれを知っていたのですか?』

『知らないわ。ただ一回戦で使ったブチかまし、初撃て使う以上続く攻撃があるはず、間合いからして投げ技の可能性が高いと考えていただけよ』

『さ、さすが姫様』

『投げの技術の高さは予想のはるか上だけどね』


 いくらヂャバラに技術がないとはいえ、あの怪力を易々と投げるなど尋常ではない。


『ですが倒れた相手に攻撃しませんね?ヨコヅナ選手』

『…投げに至るまでの気迫から、相手を嘗めて遊んでいるとかでは無さそうだけれど。何か理由があるのかしらね』


 コフィーリア達は知らないことだが、ヨコヅナは命の危険等の余程の理由がないかぎり倒れた相手に攻撃はしない。

 スモウでは本来相手を倒した時点で勝負が着くと教わったからだ。



 何度投げられようと、それしか出来ないヂャバラはヨコヅナへ組み付きにいく。


「そろそろよいじゃろヨコ。決めてしまえ」


 カルレインから声がかかる。

 ヨコヅナは確かに遊んではない、だが、真剣に投げ技の練習をしていた。

 村には稽古になる相手はおらず、怪力のヂャバラは良い稽古相手になると、緊張や観客のことも忘れて投げの練習をしていたのだ。


「そうだべな」


 組み付きに来たヂャバラの腰を掴みつつ、開くように体を捌く。

 それだけでヂャバラは前のめりに体が浮く。

 さらにヂャバラの後頭部を掴み、顔面から床に叩きつけた。

 その威力に硬い床がひび割れる。


『強烈な投げが決まった~!!』

『やろうと思えばいつでもこう出来たのでしょうね』

『さすがにヂャバラ選手立てないか?』


 審判がヂャバラに近づく。


「立ちなさい!その程度攻撃で倒されるはずがないわ」


 ヂャバラの肉体は筋力だけでなく、丈夫さも常人のそれを超えており、痛みにも強くなっていることは検証されている。

 ツルーナの声があったからではないが、ヂャバラはふらつきながらも立ち上がる。


『立ち上がった!!しかしヂャバラ選手、頭からひどく出血しているようだ!まだ戦えるのか?』

『重心も安定していない。脳へのダメージがあるようね』


 それでもヂャバラはヨコヅナに向かっていく。

 先ほど迄と違い、力なく組み付くヂャバラ。


「もうやめるだよ」


 これ以上やれば命の危険すら出てくると、ヨコヅナはヂャバラに話しかける。


「お、おれは、ま、けれ、ない。死ん、でも」


 それは初めて聞いたヂャバラの理性ある言葉だった。


「金、がいる、い、いもうと、のため、に」


 たどたどしいがその言葉はとても重く感じられた。


「!っ……」

「うがあぁぁあ!!」


 ヂャバラは吠えながら力を込める。

 ヨコヅナの体勢が少し崩れる。


『お~!ヂャバラ選手、この窮地においてさらに力が増したか!?」

『……』


「そうよ!倒しなさいヂャバラ!」

「……」


 ヨコヅナの反応を見て、ヂャバラがこれまで以上の力を出したように思った者もいたが、そんなことはなかった。

 それが分かっているコフィーリアやカルレインは怪訝な顔をする。

 崩れたのはヨコヅナの心だった。

 今まであまり考えないようにしていたが、自分と違って皆強い思い持って出場しているのだ。

 負けてさっさと帰りたいなどと考えているのはヨコヅナだけだ。


「そうだべな……」


 一瞬負けてあげることも考えたが、


「でも、だったら尚の事死んだら駄目だべ」


 ヂャバラにどのような理由があるのかはわからないが、本気で死ぬまで戦うつもりなのだろう、ここで勝ったとしても。

 しかし誰かのために頑張っているなら、死んで良いはずながい。


 だからヨコヅナは勝つことにした。


 腰を下げて反動をつけ、肩を下からヂャバラの顎にぶつける。

 そこから体勢が上ったヂャバラの両脇に手を差し込み、ヂャバラの体を押していく。


『なんだ!?ヨコヅナ選手、ヂャバラ選手をどんどん押していく!これは?』

『場外に押し出すつもりかしら…』


 ズルズルと後退してくヂャバラ。


「何をしているの!横に逃げなさい!!」


 ツルーナはそう叫ぶが、ヂャバラは横に逃げないのではなく、逃げれないのだ。

 スモウでいうところの脇に両筈(もろはず)を取られ、完璧に体が死んでしまっている状態では、技術のないヂャバラに逃げる術はなかった。


 闘技台の際まで後少し、ヂャバラに出来たのは、


「があぁぁぁう!」


『か、噛み付いた!!これは明らかな反則だ!』


 ヨコヅナの肩に噛み付くという反則攻撃だった。


 研究で得たヂャバラの身体は、顎の力も常人よりはるかに強い。

 歯が肉に食い込み血が流れる。

 しかしヨコヅナは止まらない。

 一切歩みが弱まることもなく、闘技台際まで行き、


 そして、あっさりとヂャバラを場外へと押し出した。


「場外!勝者ヨコヅナ!」



『場外です!ヂャバラ選手の反則も意に介さず!場外に押し出してヨコヅナ選手の勝利!!』

『…優しいわね』

『ヨコヅナ選手のことですか?』

『ええ、もう一度同じ投げをすれば勝てたはず。でもヂャバラの体を気遣って場外に出したのよ。反則されてもね』

『なるほど!気は優しくて力持ち!ヨコヅナ選手ベスト4一番乗りです!!』

『反則も出てしまったけれど勝ちへの執念ととっておきましょう、素晴らし戦いだったわ』


 場外に押し出すという勝ち方ではあったが、観客から拍手と歓声が降り注いでいた。

 皆がヨコヅナの凄さをわかったのだろう。

 それを受けてヨコヅナはむずがゆいような感覚になる。



『さてと、ツルーナだったわね』


 コフィーリアが、ショックのためか顔を押さえているツルーナに声をかける。


『雇う話は破棄でいいわね』

「お待ちください!確かにあの者には負けましたが、私の研究の優良性はあなたなら理解いただけるはずです」


 試合に負けてしまい、条件を達成出来なかったが何とか追いすがろうとするツルーナ。


『そうね。……だったら二つだけ聞いても良いかしら?』

「もちろんです!二つと言わずいくらでも」


 先ほどまでと打って変わり、真剣な顔になるコフィーリア。


『ヂャバラはいつまで戦えるのかしら?』

「……そ、それは」


 分からないのか、分かっていても言えないのか、ツルーナは言葉を止めてしまう。


『答えれないのであればもう一つを先に聞くわ』


 コフィーリアは感情のない声で質問する。


『あなた、その研究ためにどれだけ犠牲を出したの?』

「っ!?」


 その質問にツルーナは、虚をつかれたような反応をし、俯いてしまう。


 コフィーリアの瞳が冷たいものになる。


『衛兵!この者を捕らえなさい。どうやらいくらでも聞くことがありそうだから』


 兵士数人がツルーナを取り囲み連行していく。

 ツルーナは抵抗せず、大人しく会場を出て行った。


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