シーン98:現実にもないし虚構にもない
霧崎と雨宮は近くのスーパーで買い物をしている。
「雨宮さん、明日が最終日だったねえ」
「なにが?」
「休みだよ。夏休み」
「んにゃ、八月はまだ結構あるぞ。霧崎の勘違いだな」
「そりゃ八月はまだあるよ。でも、あさってから学校行かなきゃいけないじゃないか。補習」
「よかったな」
「よくないよ!ああ、憂鬱だ」
「ようやく引きこもり生活も終わるんだろ?よかったじゃん」
「引きこもってまーせーんー。子どもたちと遊んでまーしーたー」
「友達と、じゃないとこが悲しいとこだな」
「いやあ、命の価値って平等だよ。友達でも家族でも一緒」
「そりゃそうだけど、年齢の近い友人も大事だと思うよ?」
「そんなもん一人いれば充分だよ」
「一人でもいればな」
「……雨宮さんは?夏休み、友達と遊んだ?」
「まあ一回くらいは……友人と呼べる人たちは、部活とかなんとか忙しいんでね」
「雨宮さんも引きこもりじゃないか」
「引きこもりじゃないですよ。子どもたちと遊んでましたもん」
「………」
「結論、家族は大事!」
「うむ」
「んーでも、夏休みになんの思い出もなかったってのはさみしいな」
「いや、それなりにあったでしょ。プール行ったり」
「もっとさあ、真夏の海辺とかで運命的な出会いを果たして、海という開放感に心まで開放してしまった二人は急激に心を通わせ合って――海を前に語り合う二人! ふと触れ合う手と手! 恥じらいながらも見詰め合う二人! そのとき夜空には花火が! とか」
「ないない。現実にもないし虚構にもない」
「要するにプールよりも海に行きたかった」
「行けば?まだくらげも浮いてないと思うし」
「やだよ日焼けする」
「行きたいんじゃなかったの?!てかプールでも日焼けするよ!」
「日焼けしない海に行きたい」
「……冬にでも行きますか」
「うーん、海じゃなかったら、祭りとか行きたかったな。浴衣着て、綿飴食って、射的すんの」
「いいねえ。雑踏の中にあって明らかに衛生のよくないやきそばとか食べたい」
「最後は花火が揚がってね」
「終わったらやけにさびしくてね」
「あー、中坊くらいん時に、恋人作って行きたかった。はぐれるといけないから、とか言われて手をつないでみたかった」
「……別に中坊ん時じゃなくても、今やれば?」
「どっちにしろ相手がいねーよ。だいたい、馬鹿らしくて本気でしたいとは思わないからな」
「なにがなんやら」
「あーでも、花火だけでも見たいもんだなあ」
「そうだねえ。ってか、今年の祭りまだ終わってないよ。行けば?」
「やだよ。人ごみ嫌い」
「今までの話はなんだったんだ」
「ん?じゃ行こうかなあ。可及的速やかに男作って」
「別に彼氏と行く必要はないんじゃ」
「霧崎!」
「はい」
「そのときは美羽美久楊は任せたな」
「やだよ。なんで雨宮さんの色恋のために保護者役やらなきゃならないんだよ」
「子どもら連れてくと、色々買わなきゃならなくなるだろ。正直、家計が……」
「えっ、問題点そこ?」
「だから霧崎の小遣いで、頼む」
「あれ?もしかして祭りに連れてけってこと?無茶だよ。子どもたちの購買欲なめちゃいけない」
「楊はともかく、美羽と美久は行きたいと思うんだよね。だから、頼むよ」
「そう思うんなら雨宮さんが連れていきなよ。デートなんかやってる場合じゃなくて」
「あたしはほら……人ごみ嫌いだから」
「結局そうなるのか」
「どうでもいいけどさ、男って浴衣着ると喜ぶの?」
「いや、それは人それぞれなんじゃないですかね」
「霧崎は?」
「うーん、雨宮さんが着るんなら見たいな」
「ほう」
「見て笑う――いてっ」
買い物中、雨宮がなにかに目を止めた。
「あ、これ。これいいじゃん。買おう」
「やるの?」
「明日やる。夏休みの最後の思い出に」
「なるほど」
「明日中に宿題やっとけよ。で、飯食ってから海行ってやろう」
「憂鬱な。まあいいや。みんなで最後に楽しみますか」




