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シーン97:どう考えても全く強くない

 霧崎と雨宮は固く手を握り合った。肌を通して互いの体温が伝わってくる。

「雨宮さん」

「霧崎」

 いつもよりも少しだけ近くにいる二人は互いに見つめ合い、緊張からか心臓の音を高くした。

「準備はいい?」

「いつでもどうぞ」

 ――かくして決戦の火蓋は切られた。



 いつものように部屋でゴロゴロしていた霧崎は、それを響に見咎められた。

「ったく、兄さんも少しは運動しなよ」

「夏休みだからねえ」

「やれやれ」響は首を振った。「運動音痴のガリガリくんになる日も近いな」

「いや、ぼく別に痩せてないし」

「じゃ、小太り。その歳でメタボ中年の仲間入りか」

「太ってもねーよ」

「太ってなくて痩せてなくても、筋肉ないんじゃねえ」

「大丈夫だよ。平常くらいの力はある」

「嘘だ。だって兄さん、子どもの頃腕相撲わたしに負けてたじゃん」

「う……」霧崎は苦い顔をした。「それは……響が尋常な子どもじゃなかったからで」

「そんなことないよ。兄さんがあまりにも弱かったんだって」

「まあ……でも、大事なのは過去じゃなくて現在なわけで」

「なるほど。今やればわたしに勝てると。じゃ、やってみる?」

 いいだろう、と霧崎は勝負を受けた。

 負けた。

 瞬殺だった。

「痛い。痛い。腕が、変な方向に、曲がった」

「ほら、兄さんは弱いよ」

「ち、違う!これは響が尋常な中学生じゃなかったからで……。おーい隼、ちょっとこっちおいで」

 霧崎はゲームに向かっていた隼を呼んだ。隼は背中で答えた。

「今いいところだから、後にしてー」

「そういわずに。今度経験値溜めやったげるから、おいで」

「うーん、何レベル分?」「一」「ダメ。五は上げてもらわないと」「三で勘弁」「しょーがないなー」

 隼はゲームを放っといて霧崎の元にやってきた。「で、なんの用?」

「腕相撲をしよう」

 小学生相手に勝ってどうするつもりだ、と響は思った。

 レディ・ファイ。

 瞬間、霧崎は全力を腕に集中させた。

 霧崎の上腕筋は盛り上がり、腕には何本もの筋が立っている。

 霧崎は顔を下に向け、歯を食いしばる。やがて顔が紅潮してきたようだ。

「むー」全霊を傾けてくる霧崎に対して、隼は片目を閉じ体を緊張させているものの、どこか集中しきっていない様子だった。

 やがて勝負がついた。

「あー、負けちゃったあ」

「ぜえ、ぜえ、どうだ、響、ぼくは、それなりには、強い」力の全てを使い果たした霧崎は、うつ伏せに倒れこんだ。

 どう考えても全く強くない、と響は思った。



「そういうわけで雨宮さん、腕相撲やろう」

「どういうわけだか全然わからん」

 その日の夕方、霧崎は雨宮に勝負を挑んだ。夕食前の空き時間、リビングには既に全員集まっている。料理を終えたばかりの雨宮は、疲れたというように自分で自分の肩をもんでいた。

「いや、響がぼくの強さを全然認めないんだよ」

 当たり前です、と響の声が飛んだ。

「このままじゃ、ぼくは運動をしなきゃいけなくなる」

「あたしに勝ったところでなにがわかるんだよ?」

「ぼくが同年代の女の子には勝てることが」

「……その前に、小学生の女の子には勝てんのか」雨宮は近くにいる美羽と美久を見た。

「それはもうやったよ。一勝一敗」霧崎は言った。美久には勝ち、美羽には負けた。

「その時点でアウトだろ」

「いや、美羽ちゃんは隼に勝った。だから、美羽ちゃんは異常に強い部類に入るのかも知れない。――なんスかその今まででも見たことがないくらい深いため息は」

 雨宮は蔑むような視線を霧崎に向けた。「で、あれか、あんたはあたしに負けたら観念するんだな?これ以上わけのわからん理屈は言わないんだな?」

「もちろん」

「よし、やってやろう」



「じゃ、レディ・ファイ」響の合図で両者力を込め合った。

 霧崎は隼戦のように、出し得る全ての力を右拳に集中した。

 雨宮も慎みを持ちながらも全力を右腕に込める。

「……」

 両者の拳は開始の位置から動かなかった。

「……互角」響が呟いた。

 両者それぞれの拳に込められた力は全く同じで、小刻みに震えている以外は、動く気配がない。形勢は完全にイーブンといってよかった。

「へー、ハガネも意外にやるなー」

「もっとすぐ負けると思ってたのにねぇ」

「にいちゃんもねえちゃんもがんばれー」

 二人の熱戦に、オーディエンスも白熱してきたようだった。

 しばらく戦いは硬直状態に入った。

 霧崎も雨宮も全身が紅潮し、固く握り締められた左手には汗が流れ、短い息が漏れるようになった。それでも両者、力を緩めない。

「へ、へへへ。なかなかやるじゃねえか霧崎。正直、意外だったよ。もっと楽に勝てると思ってた」

「……うん。たぶん、ぼくが一番驚いている」

 その時、グラ、と、時計の針が一秒分だけ動くように、わずかに拳が動いた。

「正直言って、雨宮さんにも瞬殺されると思ってたよ。でもここまでやれた。ぼくは誇りに思うよ」

 ゆっくり、ゆっくりと、二人の拳は動いていき、やがて――机の上に到達した。その場にいた全員の吐息が漏れた。

「勝者、雨宮さん!」響の手が上がった。その瞬間、霧崎と雨宮は疲労困憊で床に倒れこんだ。



「いい試合だった」霧崎は呟いた。

 しかし女子に負けたという事実は変わらない。

「……少しは体鍛えよう」


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