シーン93:今日生きてる価値のない人間でした
雨宮は愕然とした。
あれ?あたし、夏休みだらだらしすぎじゃね?
その思考は、夜九時から始まったドラマを九時五十四分に見終わったときを発端としていた。
「ふーう。今回も面白かったねえ」リビングのテレビの前にいた雨宮は満足気な様子で伸びをした。次の十時からのドラマまで少し時間がある。冷蔵庫からなにか飲み物を取ってこようか、と立ち上がった。
そのとき、一瞬だがクラッとした。
ああ、疲れてるんだな、と雨宮は思った。
ん?疲れ?
今日、疲れるようなことしたっけ?
冷蔵庫に行き、飲み物を取ってリビングに戻ってくるまでの間、雨宮は今日一日の生活を思い起こした。
朝起きて、
テレビ見て、
お昼ご飯作ってみんなで食べて、
テレビ見て、
買い物行って、料理して、夕ご飯食べて、皿洗って、
テレビ見て、
……で、今に至るわけか。
今日何時間テレビ見てんだよ。
「ちょ、どーしたんだあねき。そんなすげー暗い顔してんぞ」
「おねえちゃんどうしたの?さっきまで元気にテレビ見てたのに」
リビングにいた美羽と美久が、雨宮の様子に気づいて声をかけた。
「うう。美羽美久。あたしは、お姉ちゃんは、今日生きてる価値のない人間でした」
「なに言ってんだよ!あねきはちゃんと生きてるよ」
「あたしは今日時間を浪費したんだよ。ああ、これじゃ引きこもりと変わらないよ……」
「そんなことないよ。おねえちゃんは、お買い物行ったじゃん」
「そうだよ。そしてご飯も作ったよ。でもね、それだけなんだよ。それは夏休みじゃなくてもやってることなんだよ。夏休みというせっかくの長い自由時間を!ああ」
雨宮の落ち込みように、美羽も美久も声がなかった。
そんな時、声をかける人物があった。
「逆に考えれば、夏休みだからこそだらだらできたんじゃない?」
「楊。居たのか」
「あねきはちゃんと夏休みを満喫してんだよ。夏休みしかできないことをやったんだから」
「……あ、あたしゃそんな屁理屈には騙されないよ」
「そもそもあねきは普段働きすぎなんだからさ、夏休みくらい、ちゃんと休んでくれないとさ」
「……そうかな」
「そうだよ!」と美羽と美久も声を上げる。
「それに、あねきが家に居るってだけでも、美羽と美久には嬉しいことなんじゃないの?いつでも遊んでもらえるんだから」
「……そ、そうかな!」
「そうだよ!」と再び美羽と美久が声を上げる。
「じゃああたし、もっとだらだらしてていいんだね!あ、そうだジュース飲まなきゃ」
雨宮が元気を取り戻したらしいので、美羽と美久はホッと肩を下ろした。
やれやれ、一時はどうなることかと。
「そもそもさー、あたしだって、毎日遊んでばっかだからさー」
「あたしも本読んでるか、遊んでるかだもんね」
「ん?まあそうだね。小学生と高校生が一緒でいいのかはわからんが」雨宮はジュースを飲みながら言った。
「コウコウセーといえば、ハガネだって毎日ゴロゴロしてるぜ」
「霧崎?!」
「どうしたのおねえちゃん」
「やつの同類にされるのはダメだよ!ああ、あんな根暗と一緒だなんて……!」
雨宮は机の上にうずくまってしまった。
「まずいよ美羽ちゃん。またおねえちゃん落ち込んじゃった」
「くそっ。あたしの軽はずみな発言で!」
雨宮家が再びどんよりとした空気の覆われようとしていた。そのときまたしても楊の声がした。
「姉貴、次のドラマ始まったけど?」
「えっ、マジで?!」
雨宮はガバッと跳ね起きて、ワクワクと身を弾ませながらテレビに集中しだした。「これ、毎週面白いんだよねー」
「……結局テレビは見るのか。落ち込んでんだかそうじゃないのか、はっきりしろってんだ」
「まあいいじゃん美羽ちゃん。おねえちゃんが元気になったんだから」
「今日は楊くんのおかげだね」
「楊もたまには役に立つよな」
妹たちは楊を見た。
「………」
「ダメだ、テレビに集中してるね」
「ま、今日は許してやろーぜ」




