シーン91:持ちつ持たれつってこと
「どう、ぼくの泳ぎ」
顔を上げて足をつけた隼が弾んだ声を出した。
「ああ、いいんじゃない?よくわからないけど」
霧崎が隼に言った。
「もー、にいちゃんは頼りにならないな」
現在、霧崎は隼とプールに来ていた。遊びに来たのではなく、25Mプールでもっぱら隼が泳ぎを練習していた。霧崎は一応指導役だ。
「これじゃ、美久ちゃんに負けちゃうや」
「美久ちゃんも泳げなかったんだろ」
「だからさー、さっきも言ったじゃん。美久ちゃん、ぼくに内緒で一人で練習してたんだよ。これじゃ、すぐにおいてかれちゃうよ」
隼はその話を、今日の朝雨宮家に遊びに行ったときに、美羽から聞いてきたらしい。そこで帰ってくるなり、「にいちゃんプール行こー」となったのだった。
「ま、競争心もって、お互いに向上するのはいいことだけどな」
「美久ちゃん、美緒ねえちゃんに教わってたらしいからなー。こっちはにいちゃんなんだから、ぼくはもっとがんばらないと!」
「さりげなく毒吐くなよ。……でも、そろそろ帰るよ」
「ええっ。だから、ぼくはもっと」
「もう夕方だからな。どうしてもやりきゃ、明日また来よう。ゆっくり上手くなればいいんだからさ」
霧崎と隼は帰り道を歩いていた。
「疲れたー。にいちゃん、おんぶー」
「無理。にいちゃんは非力だ」
「むー。じゃ、のど渇いたからジュース買って」
「いいよ」
ちょうど、少し前方に自動販売機が見えてきたので、そこまで行って、買う。
「ほら」
「ありがとー。やっぱりにいちゃんは優しいな」
「なんだよ、急に」
「今日だって一緒にプール来てくれたし」
「んなもん、響だって、菫兄だって、姉さんだって、やってくれるよ」
「だってさー、ヒビキねえちゃんはともかく、スミレにいちゃんも、スズメねえちゃんも、忙しそうだからさ」
「ま、確かにあの二人は忙しそうだな」
「だから、ヒツゼンテキに、暇そうなにいちゃんに遊んでもらうことになるわけで」
「暇そうか……。否定はできないけど」
「ジュースだっておごってくれたしさ。ぼくはおごったことないのに」
「……小学生におごられたくないよ」
「夜中までゲームさしてくれるしさ」
「保護者としては失格だけどな」
「ぼくがおんぶって言ったらおんぶしてくれるしさ」
「……あれ?これもしかしてあてつけ?」
「えっ?どういうことー」
「くそう、本気でわかってない、無垢な目だ。言っとくけどな、隼。ギブアンドテイクだからな」
「ギブアンドテイク?なにそれ」
「持ちつ持たれつってこと」
「だからそれなに?」
「……おんぶしてやるよ隼。乗りな」
霧崎は隼の前でかがんだ。
「えっ?なんで?」
「いいから乗りな」
「要するに、隼は、ぼくと遊んでくれるだろ?」
「うん」
「そういうことだよ。それがぼくにはありがたい」
「わけわかんないよ」
「隼がもうちょっと大人んなったらわかるかもな。自分を必要としてくれる人のありがたさが」
「むー?あっ、にいちゃん、からす」
隼は空を指差した。
からすが二羽、暮れかかる空の中を悠然と飛んでいった。
カーカーという鳴き声があたり一面に響いた。
「からすが鳴くからかーえーろー」
「……蛙じゃねーの?確かにからすの鳴き声聞いたら郷愁がわいてくるけど」




