シーン90:明らかに感情の入っていない声援
PM7:01
「はい、みんな手を合わせてー」
その声に合わせて少女も手を合わす。この家では毎食前にきちんと挨拶をする。いい習慣だと少女は思う。
「いただきます」
最近少女は、自分のうちでもいただきますを言っている。それに影響されてか、少女以外も言うようになってきたようだ。それを少女は喜んでいる。
少女はここで食事するのが好きだ。
雨宮さんの料理はおいしい。
なによりここでの食事は楽しい。
「どうしたの霧崎。全然手ぇつけてないけど、腹でも痛いのか?」
「雨宮さん、なんですかこれは。例えばこのキュウリなんか、なんでこんなに厚さがまちまちなのさ」
兄は皿にのっているキュウリを指さした。
あ、と少女は口を開ける。
「こんなの雨宮さんじゃない!」
「あたしの料理にけちつけようってのか。よーし、立て。根性叩きなおしてやる」
少女は首をかしげる。
あれ?雨宮さんが怒ってる?
「オーイイゾハガネ」
「オニイチャンガンバッテ」
「ニイチャンマケルナー」
子どもたちの明らかに感情の入っていない声援が飛ぶ。
雨宮さんは両手を上げ伸びをし、背後から不穏なオーラを撒き散らし始める。
「あれ?雨宮さんがマジっぽい。おかしいなー。えっ?マジ?」
「大丈夫。一ヶ月くらいで済むから」
「それはもしかして全治?!ちょ、響。早く止めろ」
「あ、あの。キュウリ切ったのわたしです」
「なーるほどそうだったのか。じゃ、雨宮さんは関係ないわけだね。だから、そのオーラを早くしまって」
「あたしの料理にけちつけられたのは変わらないわけで」
「冗談だよ。響が切ったってことくらいはわかってて、冗談で言っただけで」
「問答無用。ベシッ」
「ぐはあ」
うん、いつものように楽しい食卓だ、と少女は微笑む。
PM8:05
食事を終えて、少女はみんなとトランプをしている。
「ふー。皿洗い終わったよ」
「兄さんお疲れ。じゃ、このゲームが終わったら入れたげるね」
「霧崎終わったか。よし」
雨宮さんが席を立つ。
やっていたゲームが終わり、雨宮さんの分も含めてカードを配り、戻ってくるのを待つ。
「お待たせ。みんなで食べよう」
見ると雨宮さんの手には皿が握られている。
皿に盛られているのは、
スイカだ。
「おおお!!!」子どもたちの目が光る。あ、兄さんもだ。
「これだったんですね。お楽しみって」
「そういうこと。でも言ってる暇ないよ。全部食われる」
「なるほど。ではいただきます」
PM9:02
兄、弟と共に帰宅。
兄は弟と共にさっさと自部屋に行ってしまう。少女は一人でリビングに向かう。
リビングには姉がいた。
「姉さん、ただいま」
「お帰り響。隼と鋼も一緒?」
「うん。もう部屋行っちゃったけどね」
「ねえ、一体あんたたち、どこ行ってるの?前に友達の家って言ってたけど、隼はともかく、鋼も一緒っておかしくない?」
「おかしくないよ。わたしと鋼兄と隼全員の友達の家に行ってるんだから」
「よくわからない……。ねえ、もしかして響が部活やめたのって」
「じゃ、わたしお風呂入ってくるね。出たら兄さんと隼にも入らせなきゃ」
PM11:03
少女は電気を消し、ふとんに入る。
目を閉じる前に、少女は願う。
ああどうか、目覚めたときに、今の日常が全て真っ赤な夢だったなんてことがありませんように。
以前のような、なにかに挑戦する喜びのある日々ではない。
変わらない日々を望んでいるわけでもない。
それでも少女は願う。
それから少女はまぶたを落とす。
少女は眠りに落ちる。




