シーン9:一人じゃないよ
「さて、そろそろ作るかなあ」と言いながら姉は立ち上がった。
「おれは……、どうすればいいんだ?」霧崎は初めてきた家で途方にくれた。
「じゃあリビングでトランプでもしようよ」と、美久が霧崎を誘った。
トランプを取り出しながら、美久はさっきから疑問に思っていたことを訊いてみることにした。「ねえ霧崎さん。どうして霧崎さんがうちのカレーの材料を買ってきたの?」
「それは……、あれ?なんでだろう」
「なんでって…」
「なんか、成り行き?美久ちゃんをずっと一人ぼっちにするのはよくないと思ったから。ぼくが買いに行けば、雨宮さん少しでも早く帰れるでしょ?」
「ふうん。でもあたし、べつに一人じゃないよ?」
「いや、だからさ、おねえちゃんが帰ってくるまで、一人でしょ?」
「なんで?」
「え?」
そのときリビングのドアが開く音がした。
「美久、この人誰?」振り返るとドアのところに美久より少し大きいくらいの女の子が立っていた。アップに結い上げた髪に、僅かにつりあがった大きな瞳が印象的な女の子である。
「あ、美羽ちゃん」美久は女の子に微笑みかけた。「なんかねー、美緒おねえちゃんのお友達。今日一緒にご飯食べるの」
「姉貴の友達?」女の子はうさんくさげな目で霧崎の方をじろじろと見つめた。
霧崎は初めて見る人間を前にして緊張で縮こまってしまっている。さっき美久に会ったときも緊張していた。
「美羽ちゃん。あたしたちトランプしてるんだけど、一緒にやらない?」
「ご飯はまだ?」
「おねえちゃんが今作ってるとこ」
「結構早く帰ってたはずなのに…。あー、お腹すいた」美久に美羽と呼ばれた女の子は霧崎の隣に腰を下ろした。「ねーねー、あんた誰?」
「あの、えっと……」霧崎はますます体をこわばらせてしまって、口も思考も思うように動かせなかった。
「あんた、誰って訊いてんだけど?」美羽は不機嫌な顔つきを霧崎の方に突き出した。
「…似てる」美羽の顔を見て、霧崎は気がつくことがあった。
「なんか言った?」
「……雨宮さんに似てる」霧崎は誰にも聞こえないくらいの声で呟く。
「あんだって?」美羽は耳を霧崎の口元に近づけた。
突然霧崎は立ち上がってわめいた。「い、妹だあ!妹さんがいたんだあ!!雨宮さん、詐欺だよ。他にも妹さんがいたんじゃないか」
「霧崎うっせえ!」間髪いれずにキッチンから雨宮の怒号が響き渡ってきた。怒鳴られた霧崎は先生に注意された子どものように、しゅんとしてまた座った。
「あのー」美久が機嫌を伺うように霧崎の顔を覗き込んだ。
「……大声出してごめんなさい」申し訳なさと恥ずかしさを精一杯声音に込めて霧崎は呟いた。
「あ、いや、ちょっとびっくりしただけで」美久がとりなそうとする。が、それを押しのけて美羽が立ち上がった。
「うっせー!あんたうっせーよ。あーびっくりした。いきなり大声出すなよ。心臓飛び出るかと思ったよ」先ほどの霧崎の大声にも負けないほどの音量だった。
「美羽ー。元気なのはいいけどもうちょっと静かにしてねー」先ほどと同じようにキッチンから雨宮の声が聞こえたが、今度は平穏な声音だった。
美羽は、ごめんごめん、と呟きながら座る。
「……ぼくには怒鳴ったくせに。差別だ」霧崎は不満そうに呟いた。




