シーン87:そのスペースに三人は入らない
鬼ごっこ。
追いかけっこ。
息止め競争。
水中じゃんけん。
水中にらめっこ。
肩車。
二段ジャンプ。
一つの浮き輪に二人で入ってみる。
浮き輪を意味もなく二段重ねてみて、さらにその中に入ってみる。
浮き輪を意味もなく三段重ね以下略。
三段ジャンプ、失敗。
一つの浮き輪に三人で入ってみようと思ったけど二人でも充分きつきつだったのに入れるわけねーだろと思ったけどやっぱりやってみるのだがどうしたってそのスペースに三人は入らない。
浮き輪を投げあってみる。
四段ジャンプ、もちろん失敗。
犬神家ごっこ。
滝が出ているところにいって、修行僧になってみる。
しかし五段ジャンプは発想すら出てこない。
かめはめ波(もしくは螺旋丸など)。
日向ぼっこ。
エトセトラ。エトセトラ。エトセトラ。
夕暮れ。
「ねえみんな、そろそろ帰ろうか」雨宮が言う。
「やだ!」子どもたちは首を振る。
「みんな、まだ疲れてないの?」くたくただと言わんばかりに霧崎が言う。
「全然!」子どもたちは首を振る。
しかし、結局、最後のスライダー一回で手を打つことになる。
「うし、おもいっきし行くか」
「よーし、気合入れて滑るぞー」
「うう、なごり惜しいなぁ」
洗眼。
忘れ物がないことを確認して、
男女別れて更衣室へ。
シャワー。
着替え。
もう一度、忘れ物を確認して、
受付へ。男女合流。
建物を出る。
ではおさらば。
空の低いところに、夕焼けがあった。
世界は橙に染まっていた。
地面もプールの建物も、向こうの方に見える信号機も、全てが橙色だった。
「疲れた。今日だけで三年分疲れた」霧崎はいつものように肩を丸めた。
「まったく。普段からちゃんと運動しとかないからだよ。あたしも疲れたけど」雨宮はふうと息を吐いた。
「子どもたちは元気だったねえ」
霧崎と雨宮は前を行く小学生三人を見た。
「今はそうでもないけどな」
子どもたちははしゃぎ回ることもなく楽しく話すこともなく、ただ黙々と歩いていた。小さな背中がさらに小さく見えた。
小学生たちは睡魔と戦っていた。
その小さな体に有していたエネルギーは、そのほとんどをプールの中に置いてきた。今はもう、ただ歩くだけの体力が残されているのみだ。
と、急に意識がとびそうになる。頭がかくんと落ちそうになり、その驚きで覚醒する。しかしその直後にはまた意識がとびそうになっている。
危ないな、と言う声が意識の片隅で聞こえて、その手にやわらかな温もりを感じる。人間の手の温もりだ。全身を優しく包まれているように、子どもたちは安心する。
「ほんとは、負ぶってあげたいんだけどな」
「こっちは二人しかいないからね。だからせめてこうやって」
しかし、子どもたちにはもう聞こえていない。
「寝た、か。ぼくも寝たいところだけど、そうもいかないな」
「あたしだって寝たいよ。けど、それは無事家に帰ってからだ」
「わかってるよ。でも、雨宮さんは、家事があるよね」
「今日はパス。晩ご飯は、出前でもとるよ」
五人は朱色の世界を歩いていた。
後ろには影が、まだそこに居たいとでも言うように、長く長く伸びていた。




