シーン83:賭けにならないね
「どうしたの兄さん。こんな早くに起きてくるなんて」
リビングで朝食を摂っていた響が言った。その視線の先には顔をうつむけて半分眠った状態の霧崎がいた。
「補習が終わって以来、いつも昼まで寝てる兄さんなのに……。今日は雪でも降りそうだな。夏の雪?」
「………眠い」
「眠いんなら寝たら?まだ七時半だよ」
霧崎の後ろから駆け寄ってくる人があった。
「ねえちゃん、ぼくもパン頂戴」
「ああ隼。ラジオ体操終わったの?」
「うん」
「……そしてぼくが起こされた。理不尽なことに」
霧崎は朝食の準備を始めた。パンを二切れ取り出して、トースターにかける。
「隼に?なんで?隼、鋼兄になんか用事があるの?」
「プールに行くんだ!」
「プールだったら、隼一人でも行けるよね」
市営プールは小学三年生まで要保護者同伴。四年生の隼は一人でも大丈夫だ。
「だってさー、にいちゃんも連れてくって言っちゃったもん。にいちゃんいたほうが楽しいし」
「楽しいかなあ?鋼兄とで」
「嫌な疑問を言うなよ。ほら、隼も、パンだ」霧崎は食卓に二つの皿を並べた。
「わー、にいちゃんありがとう」
「礼よりも寝さしてくれるほうがありがたいんだけどな。あー、眠い」
「なんで兄さんはそんなに眠そうなの?ちゃんと寝てないの?」
「今日いきなり言われたからさ。プール行くって、ちゃんと知ってれば、ぼくだって早く寝たよ」
「兄さん、昨日寝たの何時?」
「夏休みだからって……どちらにせよもうちょっと早く寝ようよ」
「善処します。隼、これからは朝用があるんなら、ちゃんと先に言っといておくれ」
「あ、そうだ。水着探さなきゃなー」
「聞けよ話を!………あー、眠い」
「何時の予定だったっけ?」朝食を摂りながら、雨宮が訊いた。
「えーと、九時前くらいに、隼くんが来るんだったかな。それから、みんなで歩いて行くんだよ」同じく朝食を摂りながら、美久が答えた。
「それだと、九時過ぎくらいには着くよね。なにも、そんな早く行くこともないのに……」
「だって、たくさん遊びたいじゃん」
「へえ、美久にしては積極的な意見だね」
「――って、美羽ちゃんが言ったんだ。あーあ、あたしは家で本読んでたほうがいいのになぁ」
「……やっぱり、美久らしい消極的な意見だったね」
「せっかくの夏休み、楽しまなきゃそんじゃねーか」さらに同じく朝食を摂りながら、美羽が言った。
「美羽、ちゃんと宿題してる?」
雨宮の言葉に、美羽はビクッと反応した。
「美羽ちゃん、やってないの?ちゃんと約束したでしょ?」
「な、なに言ってんだよ。夏休みはまだまだあるんだからさー、全然、楽勝だよ」
「ダメだよ美羽。意外と早く夏休みは終わるんだから。こりゃ、また最終日に泣くハメになるな」
「な、泣くわけねーだろ。明日から、ちゃんとやるんだから!」
「ねぇおねえちゃん、やると思う?」
「やらないほうに120円」
「あたしもやらないほうに66兆2000億円」
「なに?その金額」
「さぁ、国家予算くらいじゃないかな。二人ともやらないほうじゃ、賭けにならないね」
「くっそー、信用ねーなー」
「毎年のことだからね。悔しかったら、今年はちゃんとやりな。今日からとは言わないけど」




