シーン81:もっとわたしを称え給え
レフト方向にフライが上がった。レフトの隼は、ボールから目を離さないように追いかけた。
ボールから目を離さない。
ボールを。
ボール――
ガッと鈍い音がして、目の前が真っ暗になった。
鼻の頭に、痛みが走った。
隼はボールをキャッチすることができず、顔面で受けてしまったらしい。
「なにやってんだ隼!ちゃんとグラブで取れ」センターの守備についていた美羽の声が聞こえてきた。レフト隼のミスの、カバーに来たのだ。
美羽はバウンドしながら転がるボールを取って、内野に返した。
そのあと、隼の方に近寄っていった。
「大丈夫か?ったく、ほんとに隼は下手だったな。言ってた通りだ」
「さっき美羽ちゃんが言ってた通り、ちゃんとずっとボールのこと見てたのになー」
「見るのはいいけど、ちゃんとグラブで受けろよな。顔に当てたって痛いだけだろ」
「ぼ、ボールは友達。痛いけど」
「痛いんなら敵だ!」
取る。揃ったので捨てる。取られる。揃われたらしい。取る。また揃ったので捨てる。
場にはほとんどのカードが捨てられている。響の持ちカードは二枚。楊が一枚。
取られる。よしっ。ジョーカーは雨宮くんの元に行きました。
さて、どれを取るべきか。やはり雨宮くんはポーカーフェイスだ。まったく読めない。
正念場だ。ここを乗り切ればわたしの勝ち。乗り切れられなければわたしの負け。勝つか負けるかの大勝負。
駆け引きは無用。
運を天に任せ。
さあ勝負の瞬間だ。
響は楊の差し出す二枚のカードに手を伸ばした。
「響、なにやってんだ?」
勝負の瞬間は帰ってきた霧崎にさえぎられた。
「ババ抜きだよ」
「楊くんと二人でか。いろんな意味で、チャレンジャーだな」
「することもなかったんで、試しにカードを配ってみたら、雨宮くんちゃんとやりだしたからさあ。無言で、黙々と」
「……楽しいか?」
「……それなりには」
「あ、響さんと楊くんがトランプしてる」
「へえ、楊がちゃんと遊んでるんだ」
霧崎の後ろから美久と雨宮が帰ってきた。
「遊んでるんだ、って、雨宮くん普段は遊ばないんですか?」
「さぁ?楊の生態は謎に包まれているからね」
「そんな、ツチノコみたいな……」
「いいなあ。あたしもトランプやりたいな」美久が言った。
「じゃ、このあとみんなでやろうか。けど……」響は楊の持っているトランプに向かった。「この勝負は負けない!」
「響ちゃん、すごい意気込みだね。たかが遊びの勝負に」
「響はどんなときでも真剣勝負だからなあ。ああ、思い出される。小さい頃遊んだ、鬼ごっこ。かくれんぼ。かけっこ。腕相撲。指相撲。にらめっこ。せの。じゃんけん。縄跳び。フラフープ。ああ、幼い頃のトラウマが。真剣な目をしたちっちゃな響が向かって来る!」
「霧崎は全敗だったんだな」
「……勝負なんて嫌いだ」
響はカードを引こうとしていた。
キリストよブッダよアラーよついでに夜神さん。
アマテラス、ツクヨミ、スサノオ、その他神々の皆さん。
どうかわたしにハートの4を引かせて下さい。
南無八幡。
響はカードを引いた。
カードは――
「どうだったんだ?響」
「ふ、ふふ、ふふふふふふ」
「なんだその魔王のような笑い方は」
「はっはっはっ。わたしの勝ちだ。ハートの4とスペードの4のペアで、おしまい!」響は場に二枚のカードを捨てた。
「わぁ、響さん、勝ったんですね。すごいなぁ」
「まあね。わたしはすごいんだよ!」
「すげえな響。たかがトランプでそこまで喜べるのはすげえよ」
「はっはっは。もっとわたしを称え給え」
「さっきのが賞賛に聞こえたんならさらにすげえよ」
「あたしとしては、楊が負けてどう思ってるのかが興味あるんだけどね」
「ああ、それはおれも興味ある」
霧崎と雨宮は楊の方を見た。
楊は無表情のまま中空を見上げていた。
「悔し……がってるの?これは?」
「……いつもの楊と同じようにしか見えないね。たぶん、勝負になんか興味ないんだろうね」
「なんでトランプに応じたんだろう……」
「よしじゃあ、美久ちゃんもトランプやろうか。雨宮さんもやります?ついでに兄さんも」
「ぼくはついでかよ。別にいいけど」
「あたしもやるけど……、楊はまだやるかなあ」
響は全員にカードを配り終えていた。
雨宮は楊を見た。
楊は配られたカードを手に取り思案しているようだった。ちゃんとゲームに参加するらしい。
「楊。社交的になって………!」
「ん?雨宮さん、泣いてるんですか?」
「な、泣いてないよ。こんくらいで、泣か、ない、よ。………グス」




