シーン77:なんだか記憶があいまいだ
「お腹空いたよー」
「腹減ったなー」
「お腹空いたねぇ」
小学生三人は霧崎家のリビングに取り残されていた。テレビの前では相変わらず隼と美羽がコントローラを握り、ソファには美久が座って小説を読んでいる。
しかし、見かけは変わっていないが、確実に三人の集中力はそがれてきていた。
「お腹空いたよー」隼がぼやけば、
「腹減ったなー」美羽が返し、
しばらく沈黙のち、
「お腹空いたねぇ」美久が呟いた。
そんなことが、もう四回繰り返されていた。
「なんでねえちゃん帰ってこないのかなー」隼が時計を見ながら言った。
「あの楊くんが相手だからねえ。響さんでもてこずってるんじゃないのかな」美久が応えた。
「その、楊くんって、どんな人?美久ちゃんと美羽ちゃんのにいちゃんなんだよね」
「うーん、そうだねえ。隼くんを、さらに三割変にした感じだよ。だから、よっぽどの変わり者さんだね」
「………美久ちゃん、ぼくのこと嫌いでしょ?」
「あれ?知らなかった?」美久は微笑んだ。
「うわ!美久ちゃんひどい!」
「えへへ。じょうだんだよ。けど、楊くんが変わり者っていうのは本当。自分の世界に閉じこもっちゃう人」
「へーえ。じゃ、美久ちゃん大変なんだねー。そんな人がにいちゃんなんだったら」
「隼くんの相手するのも似たようなものだと思うけどなあ」
「ううっ。やっぱり美久ちゃんひどい」
「じょうだんだって」
「そんなことよりさ、なんであねきは帰ってこないのかなー」美羽がぼやいた。
「おねえちゃん、ちゃんとここに来るってメールあったよね」美久は携帯を確認した。
受信フォルダに、しっかりとそのメールは保存されていた。『了解。十分もすれば行くよー』とそのメールにはある。
しかし、受信した時間はもう一時間近くも前だった。
「お買い物してるにしても、もう来ていてもおかしくない時間だよね」
「てゆーか、遅すぎるよな。もうとっくの昔に来てないとおかしい………」
「なんかあったのかな……」
「なんかってなんだよ」
「え?それは………」
「事故とかー?」隼が能天気な声を出した。「美羽ちゃんと美久ちゃんのねえちゃん、事故にあったんじゃないの」
「………」
「………」
「どうしたの二人とも。え、世界が滅亡するんですか?みたいな顔してるよ」
「………」
「………」
「あー、お腹空い――いたっ!」
美羽が隼を叩いた。美久は蹴った。
「痛いよ二人とも。なにするんだよう」
「うるせー!考えなしの発言をしたお前が悪い!」
「なんのこと?」
「見ろ。美久がすげえ顔して隼のこと睨んでんぞ」
「ハヤブサクンニクイハヤブサクンイタメツケルハヤブサクンヒキズリマワス」
「な、なんか呪いの言葉をかけられてるよお。美久ちゃん怖い」
「自業自得だろーが。考えてみろよ。ヒビキが事故にあったとか言われたら、お前どう思う」
「ねえちゃんが事故?」隼は考えた。
歩道を歩く姉。
キキーッと鋭いブレーキ音を響かせながら姉に飛び込んでくる車。
真っ赤な姉。
「………」隼は真っ青になった。
「な?そんな顔になるだろ?あたしらは、そんなことを言われたんだぜ」
「うん。二人ともごめんなさい。ぼく、すごく悪いことを言ったよ」
「わかればいいんだよ。な、美久も許してやれよ」
「ハヤブサクンチュウヅリニスルハヤブサクン……はっ、あたしはなにを言っていたんだろう?なんだか記憶があいまいだ!」
「美久ちゃん、つかれてたの………?」
疲れてた、ではなく、憑かれてた、の方向で。
「謝ってくれたから、許してあげるよ。これからはちゃんと考えて発言してね」
「うん。ほんとにごめんね」
「でも、ほんと、帰ってくるの遅いよなー……」美羽が呟いた。
「そうだねー……」隼が返した。
「うん……」美久もうなずいた。
「………」
「………」
「………」
「げ、ゲームでもしよっかー。さっきからぼく、美羽ちゃんに負けっぱなしだからな」
「そ、そーだな。よーし、返り討ちにしてやるぜ」
「あ、あたしも混ぜてもらおうかな。本にも飽きちゃったし」
そのとき、
乾いた電子音が鳴り響いた。
「わぁっ!」
美久の携帯の着信音だった。
「なんだろう」美久は携帯を確認した。
「あ、おねえちゃんからだ」美久が安堵の声を漏らすと、美羽も隼も安心の喜悦を浮かべた。よかった、やっぱり無事だったんだ。
「本文は、えーと、『遅くなってごめんね。あと十分もしたら着くと思うから』だね」
「よかったね美羽ちゃんに美久ちゃん。ちゃんとねえちゃん帰ってくるんじゃん」
「そーだなー。あと、十分か。そんなもん、あっという間だぜ」
「そうだよね。十分なんてあっという間――十分……?十分!」
「どうしたの?美久ちゃん。ゆ、幽霊さんですか!みたいな顔してるよ」
「さっきのメールでも、あと十分って書いてた………」
「あっ」隼と美羽は同時に声を漏らした。
「………」
「………」
「………」




