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シーン75:恨みはないが、拉致させてもらう

 チャイムを鳴らす。一分経過。変化なし。

 さて、ここで問題です。


1.不在。

2.寝ている。

3.音楽を大音量で聴いている。

4.理屈はよくわからないがただ聞こえていないだけ。

5.興味ないね。


 多分4、対抗で5、ってとこか。

 どうでもいいけどね。出てこないことに変わりはないから。

「ふっ、当然こんな状況くらい看破していたさ」

 響は合鍵を使って雨宮家に入った。美羽から借りてきたものだ。鍵を貸してくれるとは、信頼されているものだ。というか、今度ちゃんと、他人に鍵を貸してはいけないと、教えておかなければならない。

 楊の部屋の前まで行った。

 ドアをノックする。三十秒経過。変化無し。

 響は微笑んだ。



「はい、なんですか?」

 ドアが開いて楊が顔を出した。楊は見ているのか見ていないのかわからない目を、響に向けた。

「ええと、誰だっけ?」

「雨宮くん、恨みはないが、拉致させてもらう」

「ああそうですか」

「ふっ、抵抗するなら力ずくで――って、いいの?!」

「ああ、思い出した。霧崎さんだな」

「思い出してくれたのはありがたいけど、さっさと行くよ」

「うん」

「どこに、とか、なぜ、とか訊かないんだな。そのほうが楽だけど」

 響は玄関に向かった。足音がしないので振り返ってみると、楊はついてきてなかった。

「なぜついてこない?」

「ああ、ごめん。ボケっとしてた」

 はあ、と響はため息をついた。

 ああ、なぜ雨宮くんをうちに連れてくるなんていう役を引き受けてしまったのだろう。こんな面倒くさいことを。



 さかのぼること数十分。

「ってことで、ジャンケン負けたやつが、楊を呼びに行くんな」

「うーん、負けられないなあ」

 霧崎家のリビングでは、壮絶な戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。美羽と美久は視線を合わせ火花を散らし、二人の背後には火炎が巻き上がっているかのようだった。

 関ヶ原の決戦に臨む石田三成と徳川家康の意気込みもかくばかりか、という程の二人の様子だ。

「うん、いいね。真剣勝負はいい。たかがジャンケンでも、真面目にやるのはいいことだよ。問題はそこじゃない」

「なにヒビキ、ボケっとしてんだよ。出さなかったら負けだからな」

「最初はグーだよ、響さん」

「な ん で わ た し ま で そ の 戦 い に 加 わ っ て ん だ !」

「どうしたの?そんな大声出して」

「良識派っぽい美久ちゃんならわかるでしょ?なんで雨宮家の雨宮くんを霧崎家のわたしが連れてこなくちゃならないの?」

「まだ響さんだと決まったわけじゃないよ。それはこれからジャンケンで」

「そうだけど、可能性があるだけでもおかしくない?」

「そうやってイチャモンつけんのは、ヒビキ、さては負けるのが怖いんだなー?」

「美羽ちゃんはなにを仰っているのやら。わたしは今まで一度だって、負けを恐れたことなんてないよ」

「勝負から逃げようとしてるじゃねーか」

「それとこれとは話が別じゃない?」

「ねえちゃん、いつも逃げんなって言うじゃんか。逃げたって、みじめなだけだって」

「隼。隼は話に入ってこなくていいんだよ」

「ぼくにはそうやって言うくせに、ねえちゃんは逃げるんだー」

「戦わず逃げるなんてわたしの流儀じゃない。いいよ。そこまで言うんならやってやろうじゃんか」

「じゃ、行くよ」

 ジャン、ケン、ポン。

 負けた。



「よく考えたら、上手く乗せられたって感じなんだよね。隼がいきなり入ってきたのも、援護射撃にしか思えないし」

 響は楊を引っ張って玄関まで来ていた。

「ねえ霧崎さん。この靴の曲線はよく見たら意外と牽きつけられるものが」

「靴を眺めている暇ない!さっさと行くよ!」

「あ、せめて履く時間を」





「そういや、さっきヤーさんの集金くらいの勢いでドア叩かれたんだけど、霧崎さんなんか知らない?」

「はてねえ、なんのことだか」

「あれじゃ、近所から苦情が来るよ」

「はっ!…………もし来たら謝るよ」

「なんで霧崎さんが謝るの?」

「さあね」


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