シーン72:なにをやろうってわけでもないんだけどな
雨宮は図書館の受付をしながら考え事をしていた。
夏休みだ。
掃除洗濯料理エトセトラ。
宿題など勉強。
妹の世話弟の世話。
その他。
全部やってもおつりが来るくらいの時間がある。
なにをしよう。
なにをすべきだ。
なにがしたい?
「あ、すいません。これ借りたいんですけど」気がついて目を上げると、本を手に持った男子生徒が立っていた。本を受け取って貸し出しの作業をする。渡すと生徒は行ってしまった。
お腹がすいたな、と雨宮は思った。時計を見ると、もうすぐ十二時になろうとしていた。
夏休みの学校の図書館は、昼までで終わる。受付の当番の者は、補習が終わってからすぐ図書館に行き、受付をする。補習が終わってから昼までなので、図書館が開いている時間はわずかしかない。
そんなわけで、利用する生徒もわずかしかいない。さっきのように貸し出しをすることは稀なことだ。
図書館の方を見てみる。利用している生徒はいないようだ。そろそろ閉めるか。
そのとき、トントン、とドアをノックする音が聞こえた。
誰だろう。先生か?
ドアが開いた。開けた人物は、雨宮に向かって「やっ」と手を上げた。
「霧崎、なんか用か?」
「いや、なにも?」
「ん?なんだその本?」
「さっき借りたんだよ。ここでね」
「へえ?」
「つまり、雨宮さんが受け付けをしてくれたわけだ」
「…………なるほど」
「いや、まさか完全にスルーされるとは思わなかった。そこまでぼくの存在感は希薄だとは」
「や、それはその………、そういうわけでは」
「ないの?」
「……ある。うん、あるね。霧崎、気配消しすぎだよ。お前はスパイかなんかになるつもりかっつーの。うん、だから、あたしが悪いわけじゃない!」
「……そうかよ。ま、いいよそれで。謝ったら雨宮さんぽくないもんね」
「喧嘩売ってんの?」
「事実を述べたまでです。じゃ、帰りますわ」
「あ、あたしももう帰るから、ちょっと待ってろ。一緒に帰ろう」
施錠をして、雨宮は霧崎と歩き出した。
「なあ霧崎。夏休みだな」
「うん雨宮さん。言われなくても夏休みだね」
「霧崎は夏休み、なにすんの?」
「補習」
「それは当たり前だ。じゃなくてさ、なんか、ないの?小説を書いてやろう、とかさあ」
「雨宮さん、なに言ってんの?」
「いや、夏休みって、時間があるじゃんか。だから」
「自由研究とか?」
「自由研究か。懐かしいな。あたし、郷土史とか調べたことあるよ」
「うわっ、偉っ。おれ、ちゃんとやったことないや、自由研究なんて」
「さすが。霧崎はちゃんと霧崎だな」
「どういう意味ですか。でも、高校生にもなって、自由研究はないよ」
「あたしもやらねーよ。ていうか、なにをやろうってわけでもないんだけどな」
「なんだそりゃ」
「ただ、なにかやろうかな、って思ったってだけの話。あたしは部活をするでも、習い事をしてるでもないんだからさ」
そう、自分はなにもしてこなかった。家のことを少しでも手伝えるようにと、なるべく家にいたからだ。
手伝いは嫌いではなかった。特に料理を習うのが好きだった。台所に椅子を持ってきてその上に立ち、隣には姉がいて――懐かしい話だな。
「やること、ねえ。そうだなあ、毎日走ったら?充実感は得られると思うよ」
「この暑い中?」
「暑い中走ってこそ意義があるんだよ。目指せマラソン大会出場」
「そーか。頑張れよ」
「ぼくの話じゃないよ!」




