シーン66:暇だからつけてみたんだ
夕方の路上を、美久が一人下校していた。
明日は終業式だ。
つまり、あさってから夏休みだ。
美久は少しうきうきしていた。
今日、学校の図書館で本を二冊借りてきた。夏休みだから、いつもより多く本が読める。
夏休み中に、十冊は読みたい。今日借りた分はすぐ読んでしまって、また借りに行こう。
たまにはおねえちゃんにねだって、新しい本を買ってもらおうかな。
それとも、おにいちゃんから借りようかな。おにいちゃんはあたしが今まで読んだことのないような本を、たくさん持っているから、楽しそうだ。
でも、本以外にも、たくさん遊べるといいな。
セミの鳴き声が聞こえていた。
懐かしいな、と思った。去年も聞いたセミの声。
夏が来た。
その人物は電信柱の影から、前を行く人をうかがっていた。前行く人に存在を悟られないように、慎重にそっと覗き込む。
なぜわたしはこんなストーカーまがいのことをしているんだろう。
そもそも、隠れる必要はあるのだろうか。追跡している人は、真ん前に立っている人にも気づかないことすらある人じゃないか。
帰ろうか。
でも、帰ってなにをしよう。暇だな。ダメだ。部活をやめてからというもの、なにをしていいのかわからない。ほんと、わたしは部活一筋だったんだなあ。
あさってから夏休みかぁ。嬉しいよ、そりゃ。嬉しいけどさ、なにをしろって言うんですか。宿題?なにが悲しくて宿題を楽しみにしなくちゃならないんだ。いや、やるよ?宿題くらい、ちゃんとやりますよ。けど、それが夏休みの中心になるのは、嫌じゃないですか。
ああ、バスケやりたいなぁ。バッシュが体育館の床に擦れる音が、聞こえてくるようだ。去年の夏はバスケ三昧だったな。暑かったな。今も暑いけど。
あ、忘れていた。前行く人を追跡中だったんだ。
見ると、前の人は道の端に生えている雑草の観察中だった。しばらく動きそうにない。
足早に歩いたり、かと思えば急に止まって草の観察を始めたり、やっぱり不思議な人だなぁ。
もう追跡を始めてから三十分は経つけど、一体いつになったら帰りつくんだろう。二十分もあれば充分帰れる距離なのに。
「なにしてるの?」
「うわぁ!」
急に横から話しかけられて、響は驚愕の声を上げた。
「み、美久ちゃん。こんなところで、偶然だね」
「うん。響さん、こんにちは」美久はペコリとお辞儀をした。
「で、こんな電信柱の影で、なにしてるの?」
「ちょっとした、ストーキングだよ」
「ストーキングって?」
「犯罪行為」
「ええっ、響さんって、悪い人だったの?!」
「まあね」
「どうしよう。警察の人呼んでこなきゃ。はっ、あたし、もしかして口封じに殺されるんじゃ!」
「よくわかったね」
「ああどうしよう。どうしたら助かるのかな。ダメだ。最初の目撃者は必ず殺されるんだ。こ、こうなったら探偵さんのために、なにかヒントを残さなきゃ。あたしの血で、響さんの名前を書けばいいんだよね」
「そうなんだ」
「うん。こういうのを、ダイイングメッセージって言うんだよね。でも、書いてる途中で力尽きちゃうんだ。だから、誰のことを書いたのかわからなくなっちゃう。そこで登場するのが探偵さんだよ」
「ま、探偵小説講義はそれくらいにして、前見てごらん」
「えっ?」
美久は前を見た。見覚えのある人物がそこにいた。
「あれは、楊くんだね」
「そう。わたしは雨宮くんを追跡していたのだ」
「なんで?」
「興味あるじゃん。雨宮くんがどんな生活してるのか。今日、校門を出るとき、偶然雨宮くんを前方に見つけてね。暇だからつけてみたんだ」
「……暇なんだ。それで、面白かった?」
「あんまり。フツーに歩いて、時々立ち止まっての繰り返しだった。帰るのにも時間かかるんだなあってことくらいかな、わかったのは」
「まぁ、楊くんはちょっと周りが見えてないだけだから……」
響と美久は前方の楊を見た。楊はまた歩き始めていた。
「さて、あと何分で帰りつくことやら」
追跡を再開した。
楊は歩いている。
前方に電信柱がある。
と、ゴツッと鈍い音がして、楊が額を押さえて屈んだ。
「えっ?なにがあったの?」美久は戸惑った。
「たぶん雨宮くん、電信柱にぶつかったね」
「でも楊くん、ちゃんと前を見て歩いてたよね」
「ちゃんと前見て歩いてたねえ」
「なんで……」
「やっぱり不思議な人物だねえ。前見て歩いているのに電柱にぶつかるとは。見てるのに見えてないのかな。理解しがたいことだけど」
「ていうか、助けないと」
「だね」
「うわっ。こぶになってるよ。痛そう」響は楊の額に触れた。
「なんで霧崎さんと美久がいるの?」
「そんなことはどうでもいいんだよ。なんで電柱避けなかったの?」
「急に柱が来たので」
「電信柱は急に来ない!……こんなんで、ちゃんと生きていけるの?」
「大丈夫だよ。致命傷にならない程度には避けれるから」
「それは大丈夫っていえるんだろうか……?」




