シーン63:叩くのはよくないよね、どんな理由でも
隼は兄が待っているはずの公園へ走っていた。
ああ、走ったらさすがに疲れちゃったなあ。
しかし、にいちゃんには悪いことしたなあ、置いてちゃって。
せっかくにいちゃんと遊べるはずだったのになー。
いっか、今から遊べば。
公園の外に設置してある自動販売機が見えてきた。
そうそう、にいちゃん、ここでジュースを買ってたんだった。
そこに、人影が見える。
にいちゃんだ。まだ、ここから動いてなかったんだ。にいちゃん、面倒くさがりだからなー。
「隼!」霧崎は向こうから駆けて来る隼の姿を見つけて、走り出した。隣にいた響も霧崎を追いかけて走り出した。
「にいちゃん!ごめんね、ほって行っちゃって」
霧崎と隼は互いの目の前まで走りよって、止まった。隼はしばらく駆けていたので、息がきれていた。
「あー、疲れたー」膝に手を持っていって、息を整えようとした。
そのとき――
霧崎が左手を振り上げた。
パンと鈍い音が響いた。
隼は手で頬を押さえた。激痛がした。
なにが起こった?
にいちゃんが叩いたんだ。
びっくりして兄の顔を見上げた。
兄は、泣いていた。
「ちょっと、兄さん、いきなり叩くなんて!」響が追いついて、霧崎の肩をつかんだ。振り向かせてみると、霧崎は歯を食いしばって、声を出さずに涙だけ流していた。
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」頬の痛みと兄に叩かれたショックで隼も泣き始めた。こっちは、人目もはばからない盛大な泣き声だった。
「これ、どうしたらいいのかな………」響は戸惑った。
――と、霧崎が突然かがんで地面に両手をついた。土下座だ。
「隼。ごめん。ごめんごめんごめん………」泣き続ける弟に向かって、泣きながらごめんを連呼し始めた。
「あの、兄さん、隼も、ちょっと落ち着こう。ねっ?ほら、こんな路上で………」
「あのね、隼、わかって。兄さんは、隼が心配だから叩いたんだよ」
「っく。………。っく」
響は隼と手をつないで家に帰っていた。隼は泣きやんでいたが、まだ少しシュンシュン言っていた。
「隼がいなくなったときなんて、すぐわたしに電話して、どうしようって、すごく取り乱してたんだからさ。もうほんとに死んじゃいそうなくらい、心配してた」
「………」
隼は響からも顔をそむけていた。すねてるんだな、と響は思った。
「まあでも、叩くのはよくないよね、どんな理由でも。よし、隼、兄さんのこと、許さなくてもいいよ」
隼はびっくりしたように響のほうを見上げた。「えっ?」
「だってそうでしょ?そもそもが隼から目を離した兄さんが悪いんだし、いきなり叩くんだから、最低だよね。よぉし、わたしも今日から兄さんのこと、嫌いになってやろうっと」
隼はなにを考えていいのかわからなくなっていた。
にいちゃんに叩かれて、すごくびっくりしたし、にいちゃんのこと、すっごくむかつくし、さっきまで美羽ちゃんと美久ちゃん家はすっごく楽しかったし、ねえちゃんはわけわかんないこと言うし、泣くのは疲れたし、にいちゃんに叩かれたほっぺはジンジン痛いし。
隼は後ろを向いてみた。にいちゃんはすっごく遠く離れた後ろから、しょんぼりしながらついてきていた。
それからしばらく、なにも言わずに歩いた。ねえちゃんももう話しかけてこなかった。
隼はまた、後ろを向いてみた。にいちゃんは、すっごくしょんぼりして、それでもちゃんとついてきていた。
「ねー、ねえちゃん」
「ん?」
「にいちゃん待とうよ」
「待つって、兄さんを待って、並んで一緒に帰るってこと?」
「……うん」
「いいの?隼のこと、叩いた兄さんだよ?」
「そうだけどさ………」
「わたしはやだなあ、あんな兄さん、一緒に帰りたくないな」
「………うん」
響は隼のほうをうかがった。隼は口をきつく結んで、なにか考え込んでいるようだった。
「じゃ、わたしだけ先に行くから、隼だけ兄さん待ってなよ」
「えっ?」
「だって、わたしは兄さんと帰りたくないもん。隼だけ、一緒に帰りなよ」
響が言うと、隼はつないでいる手をぎゅっと握り締め、懇願するようなまなざしで響のことを見上げてきた。響は微笑んだ。
「わかったよ。わたしも一緒に、兄さん待ってあげる」
「隼、ごめん」隼と響に追いついたとき、霧崎は言った。
「んー、ダメー」
「………うん」
「だから、帰ったらまたゲームしよー」
霧崎は隼を見た。
隼はにーっと笑っていた。




