シーン60:正直でよろしい
「あねき、ただいま」
「お帰り美羽」雨宮は帰ってきた美羽を迎えた。
「あれ?でも、さっき出たばっかりだよね――って怪我してるじゃない!救急車?救急車を呼べばいいの?」
「なわけねーだろ。かすり傷だよ」
「みたいだね。ちょっと、オーバーにしてみただけ」
聞けば、転んで怪我をしてしまったらしい。飛んできたボールにびっくりしたせいらしいので、腹が立つのだが、腹を立てても仕方がない。とにかく手当てすることにした。
「よし、こんなもんでいいでしょ。軽症でよかったね、美羽」ガーゼをテープで止めながら、雨宮が言った。
「まあな。けど、この足じゃ遊びに行けねーな」美羽は忌々しそうに怪我した足を見た。「野球はあきらめるか」
「うわあ、包帯だね、病院だね」男の子が美羽の足のガーゼを見ながら言った。美羽について来た男の子だ。
「いや、包帯でも病院でもねーよ――って、なんでまだお前はいるんだよ!」
「あれ?美羽の友達じゃないの?さっきから心配そうにしてくれてたけど」
「全然しらねーやつ。なんでかしらねーけど、ついてきたんだ」
「ふうん?じゃ、助けてくれたんだ」
「いや、なんの役にも立たなかった」
「ねー、足、痛い?大丈夫?」
「もう痛くねーよ。だから、お前はもう帰っていいぞ」
「そっか、じゃ、ぼく帰るね」
「ちょっと待って。せっかくだから一緒にお菓子でも食べようよ」
「えー。あねき、全然知らないやつだぜー」
「心配してついて来てくれたんでしょ?ねえ君、コーヒーでも飲む?」
「飲む!」
「いい返事だね。美羽はジュースにしとこうか」
「もちろん。コーヒーなんて苦いだけじゃねーか」
「オッケー」
準備をして、ソファに腰を下ろした。
「で、君――君ってのもなんだよね。名前は?」雨宮が男の子に訊いた。
「隼!」男の子は元気よく答えた。
「隼くんか。あたしは雨宮美緒で――」
「あたしは美羽な。隼ってさ、変わったやつだよなー」
「うん、ねえちゃんによく言われる。うわ、このジュースすごく苦いよ」
「ジュースじゃないよ。隼くん、コーヒー知らなかったんだね。ジュースに替えようか?」
「ううん。これはこれでおいしい」
「隼くんわかってるねー。苦いのって、それはそれでおいしいよね」
「なんで二人でほのぼのとしてんだよ。ちゃんとこいつの素性を問い詰めないと。隼は、あねきがいるのか?」
「いるよ。ねえちゃんとにいちゃんとにいちゃんとねえちゃん」
「なに言ってんだ?」美羽が首をひねった。
「たぶん、お姉さんが二人と、お兄さんが二人いるんだと思うよ。だよね、隼くん」
「うん。スズメねーちゃんと、スミレにーちゃんと、ハガネにーちゃんと、ヒビキねーちゃん」
「へえ。けっこう大家族なんだね。うちも大家族なんだよ」雨宮が微笑んだ。
「そうなんだ。おそろいだね」
「こういうのはおそろいって言わないけどね。ん、美羽、どうしたの?」
「いや、なんか引っかかるんだよな……。なにか見落としてるような……」
「美緒ねえちゃん。この真っ黒ジュース、おかわり」
「ん。おお、もう飲んだんだ。よし、今度はブラックで淹れてあげよう」雨宮は空になったコップを持って台所に行った。
「なー、隼って、この辺に住んでんの?」美羽が隼に話しかけた。
「そうだよ」
「じゃ、学校一緒かもなー。何年?」
「小四。美羽ちゃんは?」
「小五だよ。てことは隼、あたしのいっこ下じゃんか。敬語使えよなー」
「ケイゴって誰?」
「ケイゴってのはあたしの友達でさー、あたしのこと男女とか言ってくるやつでね――って違う!あたしをおねえさん扱いしろってことだ」
「えー、そんなのできないよ。美羽ちゃん、ぼくよりちっさいもん」
「なに馬鹿なこと言ってんだよ。あたしの方がおっきいに決まってんだろ?」
「ぼくだよ」
「あたしだ」
雨宮が戻ってきてみると、美羽と隼は立ち上がり、背中をくっつけあっていた。「なにやってんの、あんたたち……」
「あねき、どっちが背ぇ高い?」
「ん?」雨宮は二人の頭に腕を乗せてみた。「互角だな」
「うそだあ!」二人同時に叫んだ。
「うそじゃねーよ。ま、背伸びしてる方が背伸び止めたらわからないけどね」
「ちっ、ばれたか」美羽の頭が下がった。
「美羽ちゃん背伸びしてたんだ」
「そーだよ。悪かったな。ってことで、隼のほうが高いよ。残念だけどな」
「さて、本当にこれで決着がついたのかな?隼くん」雨宮はニコニコしながら隼を見た。
「うっ」
「美羽はちゃんと不正を認めて偉いなー」
「ご、ごめんなさい」隼の頭も下がった。
「なんだ、隼も背伸びしてたんじゃねーか」
「うん、美羽ちゃんごめん」
「ま、二人とも正直でよろしい」雨宮は二人の頭をなでてやった。




