シーン58:あそぼーよ
「にいちゃんにいちゃん起きてー」ふとんの中にいた霧崎は少年の声が近づいてくるのを聞いた。部屋のドアが開いた。「うわっ、にいちゃんの部屋、小豆バッシャン大変です、みたいになってるよ」
霧崎は寝ぼけた頭で、小豆バッシャンてなんだろう、と思った。ボウルいっぱいに入った小豆、をひっくり返す――バッシャン――か。なるほど大変だ。
起き上がってみると、開いたドアの向こう側に、活発そうな少年の笑顔があった。
「隼か。今日は日曜だから、起きなくてもいい日なんだよ。それから、人の部屋のドアを開けるときは、ノックをしよう」
「あそぼーよ」
「そうだよね。ぼくの話なんて聞かないよね。いいよ。慣れてるもん」
「ねえ、にいちゃん、遊ぼうよ!」
「兄ちゃんは、眠い」
「にいちゃん、あそぼーよ」
「………なにして?」
「ゲーム!」
「わかったよ……」
「兄さん……、やっぱり負けたか………」ドアの横から、女の子が顔を覗かせた。
「響、見てたんなら、助けてよ」
「泣く子と隼には勝てないからね」
とりあえず着替えて、顔を洗って、牛乳をコップについでリビングに座った。リビングでは響がテレビを見ていた。
「ヒビキねえちゃん、テレビ貸して。ぼくの部屋にはないから」隼が響に言った。
「やだよ。わたしの部屋にもないもん」
「えー」隼は霧崎を見た。「じゃ、どーしよーか、にいちゃん。ゲームできないよ!」
「……響相手なら、簡単に引き下がるんだな」
「外で鬼ごっこでもしようか」
「今の小学生は鬼ごっこすんのか?するとしても、日曜に家族とするのか?」
「兄さん、真面目に考えない。隼が相手なんだから」
「どちらにせよ、鬼ごっこは嫌だ。暑いし、ぼくは運動が苦手だ」
「えー。じゃ、もうなにもないね。せっかくハガネにいちゃんと遊べると思ったのに……」
「選択肢二つだけかよ」
「鋼兄さんの部屋でゲームしたら?あそこにはテレビあるでしょ」
「やだよ。にいちゃんの部屋でゲームなんてできないよ。にいちゃんの使ってる部屋、すっごく汚いもん。汚い部屋だもん。ぼく、入りたくないよ」
「うん、隼、その辺にしといてあげて。兄さんが半泣きになってる」
「そうだよな。ぼくが使ってる部屋なんて汚いよな。汚らしくって使えないよな。空気が汚いんだよな。ぼくが呼吸をしてるせいで空気が汚染されてるだよな。そうだよ。そうに違いない」
「兄さん、一応言っとけば、散らかってるという意味で汚い、だからね。空気は関係ない」
「なあ響。今日、姉さんと兄さんはいないんだっけ?あ、隼、そこでアイテムは卑怯だ」
「うん。二人とも用事があるんだって」響はテレビを見ながら答えた。リビングには霧崎と響と隼の三人がいる。
「にいちゃん弱いなー。もう一周遅れになってるよ」
「隼が妨害してくるせいだろ。てことは、今日は三人で過ごすわけか」
「そうなるね。まあ、夕方には帰ってくるらしいけど」
「そっか。あれ?隼もうゴールしちゃったの?おれまだ二周あるんだけど」
「早くゴールしてくれないと、次のレースが出来ないよ」
「………ねえ二人とも、さっきからなにしてるの?」響がテレビから霧崎と隼の方に目を移すと、二人とも手元になにか持ってそれに集中しているのがわかった。
「知らないの?ねえちゃん。現代にはけいたいゲームがあるんだよ。今はレースゲームでつーしん対戦してんの」
「そんなのがあるんなら、最初っからそうしろよ」
「にいちゃん、お昼食べたら公園行こうよ。野球やろー」
「よし、ゴール。野球は出来ないよ。小さい公園だから。それにさっきも言ったように、ぼくは運動が苦手で……」
「じゃ、鬼ごっこやろーよ」
「嫌だ」
「にいちゃん。うう。にいちゃんと鬼ごっこやるの楽しみにしてたのに」
「………わかったよ」霧崎がため息をつきながら言うと、隼は目を輝かせて喜んだ。
「ねえ響。対弟の必勝法とか知らない?」
「兄さんが明るくなったら勝てると思うよ」
「………難関だな」




