シーン57:今でも根暗で猫背なままだよ
「ああ、楽しかった。兄さん、この楽しさを独り占めしてたんだね。まったく、そんなんだから鋼兄さんなんだよ」
「おれの名前を悪いことのたとえみたいに使うなよ」
霧崎と響は夜の道を並んで歩いていた。雨宮家からの帰り道だ。
「雨宮さんなら、わからないこともないな……」
「なにが?」
「兄さんが変わった理由!」
「変わった?おれが?響、熱でもあるんじゃないか?おれは今でも根暗で猫背なままだよ」
「そんな自虐せんでも…。そして猫背は直して欲しいけど。でも……」響は星空を見上げた。
今日は星が綺麗だ。
「兄さんは変わったよ。すごくいい方に」
「そうかな……。そんなこと言うんなら、響も変わったけどな」
「えっ?そうかな」
「どんどん雨宮さん化している。おとなしかった響が!クラスで最も凶暴な人間のように!」
「くしゅんっ」自室で宿題をしていた雨宮はくしゃみをした。「風邪かな。クーラーに当たりすぎたかな」
「ええー、そんなことないよ。雨宮さん、おしとやかで落ち着いた人じゃん」
「それは響が雨宮さんの本性を知らないから言えることだよ。本当の雨宮さんっていうのは――」
「ん?なんか始まった?」
――あるクラスメイト(匿名希望)による雨宮美緒についての証言(プライバシー保護のため、音声は変えてあります)――
えっと、雨宮さんの怖さについてでしたよね。ほんと、凶暴ですよ。ぼくなんて、ちょっとボケただけでバンバン頭叩かれましたからね。仲良くなって日が浅いのに、容赦なかったですからね。これが痛いのなんのって。一発受けただけで三日間腫れが引きませんでしたから。そうそう、この間なんて、一人を除いて雨宮さんの近くから人が消えましたから。たぶん、みんな雨宮さんのひっぱたきが怖かったんですよ。無意識のうちにひっぱたきますからね、彼女……。あの、ほんとに大丈夫なんですよね。怖いですからね、こんなインタビュー受けてるってばれたら。またひっぱたかれんのはごめんですからねぇ。
「へえ、兄さん、雨宮さんのことよく知ってるみたいだね。いつも見てるとか?」
「なに言ってるんですか響さん。と・く・め・い・き・ぼ・う。それに、いつも見てるとかねーよ!」
「自分だって認めちゃったよ……。ま、いっか。雨宮さんみたいになれるっていうんなら、嬉しいしね」
「嬉しいかあ?」
「兄さんも嬉しいでしょ?雨宮さんが二人いたら」
「……なんですかその地獄。どれだけ殴られなきゃならなくなるんだ」
「よし、頑張ってひっぱたきを覚えようっと」
「止めよう、それは止めよう響」
「じょうだんじょうだん」
響はあははと笑った。
「ねえ響――」霧崎も響にならって星を見上げながら言った。「もう、辛くないか?」
「なんのこと?」
「わからないんなら、いいんだけどさ」
「……部活のことは、辛いよ。今でも、泣きたくなるくらい辛い」
「そっか」
「でも、それ以上に、楽しいから。雨宮さんも、美久ちゃんも美羽ちゃんも、とってもいい人で――雨宮くんはよくわからないけど。雨宮さんたちといるの、すごく楽しい。部活のことなんて、忘れちゃいそうなくらい」
「そっか。そりゃよかった」
「それに――」響は兄を見た。
「ん?」
「ううん、なんでもないや。あ、もうすぐ家だね」
それに、鋼兄さんといるのもすごく楽しい、と響は心の中だけで言った。




