シーン55:蝶を追っかけてます
「ああ、快適だ」リビングではエアコンから涼やかな風が送り込まれていた。雨宮以外が送風口の下に集まって、快適な風を満喫している。
「ふん。そうやって人工の風に群がって、みんな風邪引けばいいんだ」雨宮は一人台所で皿を洗っていた。
「悪いね、雨宮さん。けど、自業自得」
「ほんとなら、うちは最高気温が35度超えるまでエアコン使わないんだからね」
「今日は別ですよ」
「ふんだ」
「でも、楊くんまでここにいるんだから、あながち悪いことでもないかもね」楊もまたクーラーの下に群がるうちの一人だった。「いつもなら、もう部屋に帰ってるよね」
「てことは部屋にエアコンないんだ」響が美羽と美久に訊いた。楊に訊くような愚かなまねはしない。
「ないよ」
「そんなに金持ちじゃねーよ」
「そうだよね。うちだってないし」
「なあ響、結局、響は楊くんと知り合いじゃないのか?」霧崎が訊いた。
「うん、知らなかった。クラスが違うからかな」
「楊くんの学校生活がわかるかと思ったのに」
「なに、霧崎、楊の学校生活が知りたいの?」皿洗いを終えて、雨宮がやってきた。「ああ涼しい。生き返るわぁ」
「……雨宮さんも暑かったんじゃん」
「『実録!!雨宮楊の学校生活』」
「なにか始まったぞ……」
――実録!!ついに公開 雨宮楊の学校生活――
ありふれた中学校のあるクラス。休み時間、今日も生徒は級友たちと談笑にふけっていた。
生徒A「ねえ、昨日のドラマ見た」
生徒B「見た。チョー面白かったよね」
生徒C「マジ感動って感じ。泣きまくり」
生徒D「死ぬなー、みたいな。もうほんと面白すぎ」
生徒E「なあなあ、昨日のお笑い番組さー」
生徒F「あ、それ忘れてたんだよな。面白かった?」
生徒G「お前馬鹿だなー。昨日のは笑いまくりだよ」
クラスにはいつも笑いがあふれていた。
いつものようにのどかな時間が流れ、いつものように日々は過ぎていくのであった。
完
「……もう終わり?!楊くん出てこないじゃん」
「馬鹿だな霧崎。このクラスの端っこに、席でうずくまっている生徒がポツンといるという」
「それが楊くん?悲しすぎるよ」
「違う!それは霧崎だ!」
「なぜおれ?関係ないんですけど!楊くんは?」
「楊は外で蝶を追っかけています」
「なんだそりゃ」
「甘いな霧崎。モンキチョウだよ」
「種類はどうでもいい!」
「けど、ありそうじゃない、楊なら。蝶とか追っかけて、授業サボってそう」
「あんた、実の弟を………。確かに、ありそうだけどさ」
「あの……」もじもじしながら、響が話に入ってきた。「わたし、聞いたことあります。授業サボってチョウチョ追っかけてた生徒のこと………」
「マジで?!」霧崎と雨宮が同時に響を見た。
「ほんとのことかどうかわからないけど、そういう噂が………」
「違うよ霧崎さん。それは誰かの作り話だ」楊が発言した。おお!楊が活動再開だ、とみんなが楊の方を向いた。「僕はそんなことしたことないよ」
「そっか、そうだよね。そんなの、ただの噂だよね」
全員、ホッと胸をなでおろした。
「ま、トンボを追っかけてサボったことはあるんだけどね」
「ん?雨宮くん、なんか言った」
「いいや、なんにも」




