シーン42:胸張ってんじゃねえ
ホームルームは十分間。休み時間十分を挟んで、一時限目が始まる。
今、クラスではホームルームの真っ最中だ。その中に、霧崎と雨宮はいない。
文芸部の部室で、二人は椅子に座って向き合っていた。
「雨宮さん、昨日妹に会ったよね」
「コンビニで?」
「そう」
雨宮はうなずいた。「紹介はしてもらえなかったけどな」
「その妹が、困ってるっぽいんだ」
「そうなんだ」
「うん」
「……で?」
「ん?」
「………」
「………」
「……あの、霧崎くん。もしかしてもう説明終わり?」
「うん、終わりだけど?」
「……いや、もうちょっとさ。具体的なことを言えとは言わないけど、どうしても助けが必要だから、とか、側にいてやらないとだめそうだ、とかないの?」
「うーん、それが、ぼくにもよくわからないんだよね」霧崎はうつむいた。「ぼくが必要かどうかさえわからないし、そもそも響がほんとに困ってるかどうかさえわかんないし。だから、ぼくが家にいる意味があるのかと言われると………」
「ぶつぶつうるさい!」雨宮が怒鳴った。「あーもう、よくわからないけど、とにかく妹さんが困ってんだね」
「うん。響がぼくに助けを求めるくらいだから、たぶん深刻」
「わかった。霧崎は妹さんの側にいてやんな」
霧崎はうなずいた。
「けど、解決したら、ちゃんとまた晩飯食べに来いよ。美久も美羽も楊も、けっこうあんたのこと慕ってんだからな」
「わかってるよ。ぼくだって、行けなくなるのは、すごく残念なんだから」霧崎は雨宮のほうをまともに向いた。「もしなんかあったら、ちゃんと教えてね」
「なんかって、なんだよ」
「困ったこととか。おれが力になれることなら、なんでもするからさ」
「バーカ。あんたはそっちに集中してろっての」
「いや、ほんとに。みんなになんかあったら、悲しいから」
「わぁってるよ。ったく、しつこいよ霧崎は」
「なんだよ。人がせっかく真面目に言ってんのにさ」霧崎は呟きながら時計を見た。「もうそろそろ、時間か」
雨宮も時計を見た。ホームルームがちょうど終わる時間だった。雨宮が時計を見るのに合わせたように、チャイムが鳴り始めた。
「ああ、授業が始まる。また憂鬱な時間がくるのか……」霧崎が嫌そうに呟いた。「雨宮さん、一時限目ってなんだったっけ?」
「英語だよ。あたしあの先生嫌いなんだよなあ」
「英語?」霧崎が凍りついた。「バカな!今日は英語なんてないはずでは?」
「………いや、そもそも英語のない日がないし」
「ええっ!なるほど、どうりで毎日憂鬱なわけだ!」
「………、いいかげん気づけよ。今何月だと思ってんだよ」雨宮はため息をついた。「なんで今日ないと思ったの?」
「さあ?単純に間違えたんじゃない?おれ、そういうことよくあるから」霧崎は笑った。確かに霧崎は教科書を忘れて怒られていることが多い、と雨宮は思い出した。
「笑ってる場合じゃねえよ。さっさと他クラスに、教科書借りに行く!!」
「他クラスに友達いるわけねえだろ!」霧崎は胸を張った。
「胸張ってんじゃねえ!ああもう。あたしもついてってやるから、さっさと行くぞ!」雨宮は霧崎の制服の襟をつかんで、文芸部から連れ出した。
「ぐふぅ。絞まってる、首が絞まってるよ雨宮さん。ちゃんと歩きますから」雨宮が手を離すと、霧崎はゴホゴホと咳き込んだ。「………暴力女」
「ああっ!?」
「なんでもありません。あ、そうだ雨宮さん」
「なんだぁ!」
「雨宮さんの料理は、本当においしいからね」さっきの雨宮のうそ泣きを思い出しながら、霧崎が言った。
「………。なんだよ」と雨宮は呟いた。




